第22話 コア開発
都市船シリウス号の居住区を揺るがす爆音と衝撃が朝時間に木霊した。
「わあ!? 姉ちゃん! また爆発したよ!」
ルカが寝室から楽しそうに降りて来た。
調理器を動かして朝食を作っていたシーナは、ここ最近のこの衝撃と爆音にはすっかりと慣れてしまっていた。
いつまでもはしゃげるルカを微笑ましく思いつつも、また仕事が上手くいっていないだろう兄のことを考えると調理器を押すボタンが少しだけ重い気がした。
「うまくいってないみたい」
「大変だね、兄ちゃん大丈夫かな」
どうだろう、とキッチンに置いている兄のホログラム写真を見る。
ホログラム写真は、トーマが軍を辞めてレーサーの仕事を始めた時に撮ったものだ。
写真を撮ることに慣れていないトーマがぎこちない笑顔を浮かべている。
「うん、たぶんお兄ちゃんが何とかすると思う」
「兄ちゃん、たまに変なことするもんねー」
それはあなたもでしょ、とは言わなかったが、出来上がった料理を食卓に運ばせる。
「そういえば……」
写真を見て思い出した。
この写真を撮ってくれた軍の同期という人は今、トーマがサザンカ・インダストリアルで仕事をしていることを知っているのだろうか。
「お兄ちゃん、連絡してなさそうだなぁ――と、時間だ。学校に遅れないように早く食べちゃって!」
「はーい」
●
エネルギーコアの構造については帝国標準規格に定められているため銀河統一以降変化がない。
その構造は大まかに三つの要素に分けられる。
エネルギーを生み出す核となる真空高重力化で生成される圧縮ヴィスニウム結晶。
圧縮ヴィスニウム結晶を安定保護するための安定層――いわゆる外殻。
それからエネルギー生成などの様々な制御を行う制御機構だ。
エネルギーコアの改良とはヴィスニウム結晶の加工法の最適化である。
ヴィスニウム結晶は、圧縮率やカット法を変えることでエネルギー生成効率が変化する性質があり、ここ数百年はこの二つの要素の変化と組み合わせによってエネルギーコアの改良は行われてきた。
そんな中、ヒェミィ・レルネンのダブルコア理論は提唱され実証されずに消えた改良案である。
それが都市船シリウス号の中で静かに産声を上げようとしている。
しかし、進捗は芳しくはない。
「えへ、三十五回目の実験失敗。圧縮ヴィスニウム結晶のカットを変えても駄目だった。えへえへえへ……」
「この圧縮率でも駄目か」
「えへ、難しい」
爆発の煤汚れに覆われながらトーマは廃材を片付けていた。
仕事場である巨大倉庫は今や実験場となっており、作ったエネルギーコアを片っ端からダブルコアとして安定させるための実験を繰り返している。
なお、実際は最初の方はエネルギーコアの製造法を知るための実験だった。
エネルギーコアの製造法は帝国とユニバーサル・フレーム社とカッティング・デザイン社しか知らない秘密なのだ。
リバースエンジニアリングをしようにもエネルギーコア自体がそこそこ高価であることと、普通のコロニー居住地でこんなことをすればすぐに帝国やらに連絡が行って逮捕される。
都市船シリウス号の中という治外法権じみた脱法空間でもなければこんなことはできない。
最初の方は本当に失敗で爆発やら粗悪品を量産していたが、三十五回目ともなればきちんとダブルコアの実験ができるまでになっている。
ただここ数日は見ての通り爆発ばかりを繰り返していた。
「えへへ、自信と存在意義を失いそう……えへ……」
「落ち着け、徹夜したからだ。寝よう。こういう時は寝ると良い案が浮かぶんだよ」
「そうよ、寝ましょう。あたしも流石に疲れたわ」
「あんたは見てるだけだろう」
「監督も立派な仕事よ。それとも素人意見ほしい?」
「えへ、いらない」
「ほら」
これ見よがしに胸を張るユリアにトーマは溜め息を吐く。
二つのコアを同調させようとするとやはり安定しない。
わかっていたことだが出力を高めていけばある一定の時点で多少の安定を得るが、出力持続限界と同時に臨界に達して不安定化、後に爆発する。
「しっかし、なんてこんなに安定しないんだ」
「えへえへ、エネルギー周波数が違うのが大部分だけど、何度も試しているとエネルギーコアにある安定層と制御機構も干渉しているみたい」
理論上はエネルギー周波数が異なることによるヴィスニウム結晶自体の不同調だけが原因とされていたが、検証を続けるにあたり別の原因も存在していることがわかってきた。
「なんでその後半二つも干渉を起こしているんだ?」
「安定層と制御機構も内部のエネルギー周波数に合わせて作られるからだね、えへ。あとは制御機構が両方のコアをお互いに制御しようとしてるみたい」
「なるほど……いろんなとこで競合しているわけか。片方の制御機構を外すのは?」
「二十五回目で試して爆発したね、えへ」
「ああ、あの実験か。片方を外すと出力調整が上手くいかなくて吹っ飛ぶんだったか……」
「えへえへ、そう」
「そうなると、もっと考えを変える必要がありそうだな」
そうなると役に立つかもしれないのが前世の知識である。
ロボ系創作を嗜んでいた前世であるから、こういう時役立ちそうな発想として出力できるかもしれない。
転生知識無双はできずとも、発想の転換とかはできる。
「とりあえずダブルコアについておさらいさせてくれ」
「えへ、うん、どうぞ」
「ダブルコアってのは、二つのコアを同調させることで出力を上昇させるんだよな?」
「えへ、そう。でももっと正確に言うとコアの核である圧縮ヴィスニウム結晶を同調させるんだよ」
「つまり、あれか? ヴィスニウム結晶を同調させるだけでもエネルギーを発せられるのか?」
「えへへ。うん。でもエネルギー発生条件があるから、ちゃんと安定層で覆ってコアにしないとだめだよ?」
何度も聞いた話だ。
「なあ、ちょっとした思いつきなんだが、一つのコアに二つのヴィスニウム結晶入れたらどうなる?」
「…………」
ヒェミィが持っていた瓦礫がぽとりと床に落ちた。
彼女は微動だにしない。
中空を見つめたまま、完全に停止してぶつぶつと何事かを呟いている。
「おーい?」
「止まっちゃったわね」
「大丈夫なのか、これ? よだれたれてるぞ」
「呼吸はしてるし、大丈夫だけれどたぶんめちゃくちゃ計算しているんじゃないかしら」
「誰もエネルギーコアの中の結晶を増やすとかしなかったのか?」
「そうね、エネルギーコアの構造も帝国標準規格化されているし、何よりエネルギーコアを製造できるのは帝国とユニバーサル・フレーム社とカッティング・デザイン社だけで、そこに入れるのはエリートのみ」
「あまり研究は進んでいないわけだ」
「そもそも最初は帝国が独占してて、民間に製造法が降りて来たのはアルトエーラが作られた百年前くらいだしね。アルトエーラがよっぽどの傑作機だったのと、帝国のモジュール統一という政策にも合致したから」
「その褒美としてエネルギーコアの製造法を民間に降ろした、と。帝国ってのはよっぽど統一が大好きなんだな」
「帝国自体というよりかは戦国時代を知っているお歴々が大好きなのよ。それに結晶を一つ入れるだけで十分なエネルギーを半永久的に得られるからね」
「改良することもないってか」
エネルギーコアを二つにするという行為は帝国標準規格に逆らうことでもある。
銀河統一直後の時代では、《《事故》》も多発したことでエネルギーコアの構造をいじるという試みや発想は今や廃れて久しいとのこと。
どう見てもエネルギーコアの抜本的な改良や改造が行われていないのは帝国のせいである。
そりゃ色々とヒェミィも苦労したことだろう。
棄却されているが一度は論文として出せたというのはもしや奇跡的なのではないだろうかとトーマが掃除機をかけていると。
「そ、の発想は、なかった……!」
ヒェミィが再起動した。
「トーマは科学者になった方がいいと思う。天才、えへへ。ハグ! ハグ!」
むぎゅぅと抱き着かれて悪い気はしないわけであるが、お互いに煤塗れなのがいただけない。
お互いをもっと汚しただけでハグは終わり、ヒェミィは猛然と製造装置のコンソールに向かう。
ファブリケーターは、万能の製造マシンで設計図と材料さえあればどのようなものでも簡単に作れてしまう代物だ。
現行機に取り付けられている武装や装甲を創り出す装置もこれである。
そうして二つの圧縮ヴィスニウム結晶を使ったエネルギーコアの設計図は完成した。
「えへ、作って実験!」
そして無事に爆発した。




