第18話 マザー・シリウス
都市船シリウス号の操船ブリッジに初めて入った時、無遠慮にその領域を犯す構造物に対してトーマは継ぎ接ぎ船だからそういうこともあるかと流していたのだがここにきてそれは浅慮だったと反省する。
ブリッジを貫通している構造体はAIユニットの一部でコミュニケーション用のコンソールであったのだ。
ブリッジの艦長席とその周囲のわずかな席以外は使用不可状態になっていたとしてもこれで問題ないということの意味をもっと考えるべきだった。
「マザー、良いかしら」
この場における最上位権限所有者が呼びかければAIユニットのコンソールからアバターが投影される。
アバターが形成される直前に、コロニー・シリウス管理AIと表示されふんわりとした雰囲気の女性型が現れた。
トーマは、この都市船がシリウスというのはこのコロニー管理AIの名称からかという発見を得つつ、手元の端末でコロニー・シリウスを検索する。
管理AIとコロニーの名前はイコールだ。
ソウジロウ・コロニーの管理AIはソウジロウだった。
銀河ネットワークで検索すれば、どのような情報であろうとも入手可能だ。
この時代のネットは削除という行為を忘却している。
棄却されて採用されなかった論文やら、掘り起こしたくない黒歴史なんてものすらも、ネットの海の中には削除されずに残り続ける。
今もサーバー惑星と呼ばれる人工の惑星は、銀河ネットの拡張に合わせて増設され続けているだろう。
数百年もすればサーバーは銀河を呑み込むとアンダーウェブでは囁かれている。
出た。
表層的な情報によれば数百年前、銀河戦国時代の終わりに放棄されたコロニーのようだ。
それ以外の情報はない。
しかし、何かある、とトーマの嗅覚が隠し事の匂いを感じ取った。
コロニーの生活に関する情報などが一切出てこないからだ。
ソウジロウ・コロニーで検索すれば、特産から生活様式、姓名についての昔話なんてものまで出てくる。
どんなに古いコロニーでも最低限、上記の情報はでてくるものだ。
滅んだコロニーとてそれは同様である。
しかし、何も出てこない。
情報は消すことはできないが、隠すことはできる。
銀河戦国時代末期に何かがあったのだろう。
そういうものを拾い集めてくるのが得意な女であるとユリアの人物像に付け加えておく。
この女は一体どこからこういうものを探してくるのか。
いずれ聞いてみようかと思いつつ、AIとのやり取りを見守る。
『あらあら、ユリア。何でしょう。母に何か相談ですか?』
「ええ、これからシリウス号は海賊の拠点を殲滅に向かうわ。戦闘準備よろしく」
『あらあら、本当にやんちゃですね。命令受諾。これより都市船シリウス号は戦闘態勢を維持し該当宙域へと向かいます』
AIユニットが明滅し、緑色のエネルギーラインが奔っていく。
シリウス号がその快速を発揮して宇宙を進んでいるのが感覚でわかった。
AIシリウスの前には、作戦開始までの時刻が表示されており、刻一刻とカウントダウンが進んでいる。
「接敵は二十四時間後。それまでは待機ね。トーマはウェアで出る準備しておいて」
「了解した。作戦は?」
「なるべく釣り出してからシリウスで交戦。撃ち漏らしたらあんたの出番ってとこね。後は出たとこ勝負かしら」
「オーケーイ、高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応ね」
つまり作戦という作戦はないということだ。
「俺はあんたの撃ち漏らしをやるのが仕事らしい。よろしく頼むよ」
『はい。もしもの時はお願いしますね。母はあなたに危険なことはしてほしくありませんが、敵が何をしてくるのかわかりませんので』
マザー型思考を有する管理AIは、銀河戦国時代以前、銀河移民時代にまでさかのぼる。
母性本能によって人類を愛し、管理するAIは裏切らずに長持ちするのだとか。
それは銀河統一時代の今でも同様であり、コロニー管理AIのほとんどは女性型で母性的である。
そんなことを端末に表示させながらトーマは頷きブリッジを出た。
「了解した」
言われた通り、こちらも準備をする必要がある。
幸いなことにシーナとルカは現在、船内ワープ装置によって銀河帝国中央の学校に通っている。
実習があるらしく、今夜は帰ってこないから戦火に巻き込まれることはない。
今回もトーマはアルトエーラで出る。
格納庫ではヒェミィが機体の整備を行っていた。
武装の類は、対艦砲クルヴェットとライフルにブレード。
前回も使った海賊戦の基本通りの装備だ。
「大丈夫か?」
無重力で海藻のようにうねる彼女の髪の向こうから声をかける。
「えへ、あまり」
「安心しろ、俺が守ってやるよ」
「えへへ、トーマが守ってくれるなら大丈夫かも」
そうは言うがわずかに震えているのをトーマは見逃さなかった。
海賊は恐ろしいものだ。
それは彼女の砕けた精神に根差したトラウマで、それをさっさと解消できるとは思っていない。
カウンセラーでもドクターでもないトーマができることはない。
できることは示し続けるだけだ。
自分がいれば海賊なんて恐れなくて済むということを示して記憶を上書きしていく以外に、このトラウマを乗り越える手段はない。
「整備状況は?」
「えへ、良好」
「なら暴れられそうだな」
「えへへ、無茶しないでね」
「相手次第だな」
バッカニア海賊団。
トーマは、それほど悪名を聞いた覚えがない。
ローカルで有名な連中ならば良いが、小惑星基地を持つ規模の海賊団だ。
既にシリウス号の接近を感知して襲う準備でもしているかもしれない。
「さて、どんな相手か……」
考えているとふわりと揺蕩っていた髪が流れて眼鏡に歪んだアザレア色の瞳がトーマの顔を大きく映した。
「エネルギーコアの素材、とってきてね。えへへ」
「おう」
整備を終えてブリッジに向かうヒェミィを見送ってアルトエーラのシートに座る。
ハッチを閉めれば、完全な暗闇。
システム起動とともに銀河が生まれる。
「この時間が一番好きだな」
アルトエーラの双眸が起動とともに煌めき、咆哮するようにエネルギーが伝わった関節が音を鳴らす。
調子がよさそうだ。
「よろしく頼むぞ、アルトエーラ」
まるで応えるようにエネルギーコアが鳴動した。




