第17話 海賊基地を襲撃
ユリアがブリーフィングルームと呼ぶ格納庫の一画にホロウィンドウを表示する。
座標だ。
どこかの宙域の座標と宙域データが表示された。
トーマの記憶によればその宙域には特に資源などの類もなければ、特産品を算出する惑星もない。
恒星系も少なく、航宙船が行きかうジャンクション宙域というわけでもない。
ユリアが何もなしにこんなデータを持ってくるわけはないだろう。
「さあ、次の仕事よ」
「嫌な予感がするんだが?」
「エネルギーコアの素材であるヴィスニウムを取りに行くだけの簡単なお仕事だから安心して」
「犯罪行為だろ、それ」
現在、エネルギーコアを生産できるのは国家と民間の二社だけだ。
その二社の中にサザンカ・インダストリアルは入っていない。
当然、エネルギーコアの素材となるヴィスニウムを採掘するのも帝国と二社のみに絞られる。
それ以外の者が勝手にやったら犯罪だ。
ただおそらくユリアは法の抜け穴でも見つけているのだろうとトーマは半ば確信していた。
この女は決して帝国の法を犯そうとはしない。
ただ上手くすり抜ける。
予想通りユリアが胸を張った。
「いいえ、犯罪じゃないわ。この宙域ならね」
ユリアがコンソールを操作して座標の詳細を表示する。
そこには古びた小惑星基地の画像データがあり、宇宙海賊のマークがホロウィンドウの端を回転していた。
それを見たトーマもまたユリアが何を言うのか察した。
「まさか……」
「宇宙海賊を殲滅した場合、その宇宙海賊が持っていたものは殲滅した者になるって法律は知っているわよね」
ちょうど該当宙域では未認可の資源小惑星帯があり、そこでエネルギーコアの素材が産出されているというデータがあった。
この女、あろうことかエネルギーコアの材料を溜め込んだ宇宙海賊を襲って自分のものにしようとしている。
あくどいが違法じゃないのが性質が悪い。
「海賊退治よ! 世間の為になるし、わたしたちはお宝を手に入れられる。一石二鳥でしょう」
「しかもこいつらバッカニアじゃないか」
「そう、この前あんたたちが戦った奴らね。奴らの航路データが欲しくて縄張りで採掘作業した甲斐があったわ」
「アレも仕込みかよ」
「ヒェミィには悪いことをしたけど、おかげでエネルギーコアを作れるのよ」
「えへえへ、自作エネルギーコア!」
ヒェミィは、海賊に襲われる恐怖よりもエネルギーコアを自作できるという方に意識が向いているようだ。
良いのか、悪いのか。
トーマは微妙な気分だ。半眼になる。
心情的には賛成できない方に傾いている。
アレのおかげでヒェミィに辛い過去を思い出させてしまった。
もちろん直接的に聞いてしまったトーマも悪いが、原因はユリアなので責任転嫁である。
そういう風な諸々を視線に込めて送った。
どうやらちゃんと伝わったらしい。
ユリアがわかりやすくバツの悪そうな表情でそっぽ向いて、コンソールに表示されたウィンドウを無駄にくるくると回す。
「そんな目をしないでよ、埋め合わせはするしちゃんと約束は守るわよ」
「だと良いがな……しかし」
海賊退治と言われればトーマの頭の奥にあるスイッチも同時に入った。
軍属時代のメンタリティーで戦力比を分析する。
余計なことを考えずに作戦を詰めて実行するための切り替え術は、軍では必須技能だ。
「俺だけじゃ殲滅は無理だぞ」
バッカニアが本拠地としている廃棄小惑星基地の規模からして数十隻は持っているはずだ。
それらをウェアクローズ一機で殲滅できるほどトーマは自分を高く見積もっていない。
いずれすりつぶされるだろう。
「もちろんわたしたちも行くわよ」
「ウェアでか?」
まさか、乗れるのか? と目を見開くがすぐに否定される。
「違うわよ。このシリウスで行くの」
「ただの極小型都市船でか?」
「防衛機構はきちんと完備しているもの。戦闘もお手のものよ」
「だからって、二人で操船は無理だろ」
至極もっともな指摘のはずだが、待っていましたと言わんばかりにユリアがにんまりとした表情を浮かべる。
隠し事をこれから明かす子供のようなわかりやすい表情でコンソールの上を心底楽しそうに指が踊っていく。
ホロウィンドウはこの継ぎ接ぎされ尽くしたパッチワーク号と改名した方がよさそうな都市船シリウス号の立体設計図を表示した。
「これを見て」
ピックアップされるのはシリウス号の中央に存在する生物の背骨のような巨大な構造体だ。
本当にあらゆる場所を貫通してそれは存在している。
都市船の規格に合っていないものを無理矢理突っ込んだかのようだ。
「これは?」
「これはね、うちの管理AIのコアよ」
「管理AIのコアユニット?」
「ええ、この構造体がね」
「……は?」
この全長十数キロはあるものが?
思わず二度見する。
都市船のコアユニットなんて、管制室に収まるくらいのせいぜいが数十メートルくらいのものだ。
何をパッチワークしたって十数キロの代物になるはずがない。
「何を突っ込んだ」
あまり聞きたくはないと慄きながらトーマは得意顔のユリアに聞く。
「廃棄されていた超大型コロニーシリウスのコロニー管理AIよ」
「馬鹿なのか?」
素だ。
本当に馬鹿だと思った。
「いや、馬鹿だろ!?」
次に驚愕で思わず叫んでしまった。
せいぜい都市船シリウスは数百人から千人規模の極小型都市船である。
それを管理するためにこの女はあろうことか数十億人が暮らすコロニーを管理するAIをぶち込んでいるのだ。
例えるならワードで文書を作るために世界中のスパコンを並列で繋いだ超超超高性能マシンを用意したと言っているようなもの。
過剰も過剰。
過剰すぎて無駄の極みと言っても過言ではない。
もしやこの都市船にかかっている税金が高いのはこのAIユニットがエネルギーを食っているからではないだろうか。
「それが今、役に立とうとしているんだから無駄じゃないわよ」
「ごくまれだろ、こんなの!? なんでこんなもんを積んでんだよ!」
「大きいことは良いことでしょ?」
大は小を兼ねるとは言うが、兼すぎだ。
「でもおかげで人がいなくても操船できているわけよ。戦闘だって余裕でこなすわ」
「だろうな!」
コロニー管理AIの演算能力はあらゆるAIの中でもダントツで高い。
なぜならばコロニー管理AIというものはコロニー全ての住人のIDを常にトレースし、どこで何をしているのかを把握管理していなければいけないからだ。
コロニーでは何か不具合が起きれば、それだけで存亡の危機に陥ることもある。
そのため完璧な管理が求められる。
トーマがいたコロニーですら、コロニーに住む者は誰であれ完全にすべての行動がトレースされ、情報サーバーで管理されていた。
権限さえあれば、コロニー議会議員の不倫相手が吸った煙草の数から年間で使ったコンドームの数まで丸裸にできる。
数十億人全員のトレースができる演算能力と情報処理能力を有するAIユニットならば都市船の操船と戦闘など容易だろう。
幼稚園の授業に成人が混じっているようなものだ。
「だから、次は一緒に戦うわよ!」
「…………」
「えへ、おー」
トーマが呆れ果てる名か、都市船シリウス号は目的の宙域に向けて加速を開始した。




