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第16話 よくある話

 本当にそれはよくある話だ。


 大学の論文で色々と失敗したり敵を作ってしまったヒェミィは、生来の気質もあって就職で苦労したという。

 数少ない友人の紹介で、なんとか仕事にありついた。


 採掘業者の船内エンジニアだ。

 ありふれた仕事ではあったが、船からウェアクローズまで広く扱える技術と経験を積むことができるという謳い文句に乗せられてヒェミィはその仕事に就いた。


 彼女が務めた採掘業者はまともではなかったらしい。

 いわゆる暗黒物質――銀河帝国流のブラック企業の意――である。

 学生上がりの新人エンジニア一人に船の整備からウェアクローズを任せるという前代未聞の人事をやるばかりか、職責の範囲ではないあらゆるものの整備まで押し付けたのだという。


 どうやらその採掘業者にはエンジニアが彼女一人だけであったらしい。

 通常、採掘業には複数名のエンジニアの常駐が必須と定められている。

 それを一人だけというのは規則に違反しているし、いくらサイボーグ化などを行っていたとしても業務過多ですりつぶされていくのは当然であった。


 もっとも彼女の不運はそこではない。

 厳しい業務内容ではあったものの、彼女は才能がありエンジニアの仕事に関して言えば一流であった。

 整備ドローンを改造し、ただ一人でも万全の整備を行って見せた。


 彼女の不運は、エンジニアとして乗り込んでいた採掘業者の採掘船が宇宙海賊に襲われてしまったことにある。

 今回のような事態に遭い、ヒェミィは宇宙海賊に捕まってしまう。


 しかし、問題はないはずだった。

 宇宙海賊といっても人を捉えた場合、人質と身代金の交換を行うと決まっている。


 VR技術、後遺症もない電子ドラッグ、自慰製品やらが存在し簡単に本物以上の快楽を手に入れられる娯楽がある。

 相応のクレジットさえあればネットショッピングで惑星や文字通りの意味での孫の手すら手に入る時代だ。

 わざわざ捕まえた人質を相手に無体をすることに意味はない。


 そうするのはよっぽどの好き者くらいだし、後が面倒くさい上に一銭にもならないから基本的に人質の安全は保証されているはずだった。


 しかし採掘業者は、身代金を支払わなかった。

 人質としての価値はなくなり、宇宙に捨てられるかというところでさらなる不運だったのは、この宇宙海賊が好き者であったことだろう。


 男は労働力として売り払われたが、女は玩具として慰み者にされた。

 ヒェミィもまた当然のように《《色々》》とされたのだという。


 脳を壊すようなドラッグだとか、そういう行為だとか日夜――もはや時間の感覚すらないほど――受け続けた。

 ヒェミィの精神は、そんなことに耐えられるほど強くなかった。

 警察機構の船に助けられた時は、酷い有様だったという。


 割れたステンドガラスの方がマシに思えるほど散り散りになった心を、無理矢理額縁にはめ込んで繋ぎとめたものの彼女に待っていたのは酷い責任転嫁であった。

 採掘業者は身代金を支払えなかったことで生じた諸々の面倒くさい責任をヒェミィに押し付けていたのである。


 遺族からの叱責、告訴、莫大な慰謝料の請求。 

 世界は彼女にあらゆる負債を押し付けようとした。


「えへ、だからあっし、こんなん」


 ヒェミィはそう言ってサイズのあっていないジャケットに隠れた両手を出すように広げて、どう? 壊れちゃったとでも言わんばかりに見せつけるように不格好に笑う。

 この格好も、それ以外の服装をしようものなら殴られたから、こうじゃないと身体が動かなくなるからだと笑う。


 あまりに痛々しくてトーマは目を背けた。

 それを見たヒェミィがどんな顔をしているのか、瞳の色がどうなっているのかを確認する勇気はトーマにはない。

 ただ、頭を下げるしかなかった。

 無遠慮に人の闇を掘り返したツケだ。甘んじて受けるしかない。


「……悪い、嫌なことを思い出させた」

「えへ、旦那ぁ優しい」


 そっと氷のように冷たい彼女の指が頬に触れる。

 触れられたところから、冷気が心を凍り付かせようとしているかのようだ。

 思わず払いのけなければと思ってしまうのに、払いのけられない。


 そのままぐっと顔を上にあげさせられた。

 レンズで歪んだ深いアザレア色の瞳は、まるで鏡のようでトーマの顔が反射している。

 深すぎてそこからなんの気持ちも読み取ることはできない。


 ただトーマにはまるで責められているように思えて仕方なかった。

 その目を、見ていられない。

 それでも目を逸らせない。


 宇宙で海賊を殺すことに罪悪感は感じないが、目の前の女の子に責められるのには罪悪感を感じてしまう。

 薄情とか、人でなしと蔑まれるだろうか。

 しかし、誰だって目の前の数字に同情することはできないが、目の前の女の子には同情することができるものだろう。


「ヒェミィ……」

「えへ、旦那ぁ。あっし、どう生きたらいいのか、もうわかんないんでさぁ。でも、やりたかったことはあって」

「それは……?」

「見返すこと」

「見返す……」

「えへ、全部、あっしをこんな風にしたやつとか、あっしを否定したやつ、とか。見返したいの、えへ」


 そんな思いをどこから話を聞きつけて来たのかユリア・サザンカという女がやってきた。


「見返させてくれるっていうんでぇ。代わりに力を貸せってぇ」

「弱ったところに寄ってくるハイエナか何かなのか、あいつは……」

「えへ、同じなんだぁ」

「似たような勧誘だったな」


 お互いの共通項を見つけたようにヒェミィの瞳に映るトーマの姿が大きくなった。

 吐息すらお互いにかかる距離までになる。

 見つめ合うのではなく、まるで落ちるかのような視線の交差。

 瞳に映る自分の姿が、軽い気持ちで過去を暴いた罪悪感をより募らせていく。


「どうしてそうなったのかはわかった。悪かった」

「えへえへ、いいよぉ。旦那ぁ、助けに来てくれたからぁ」


 赦されているのか。

 ただ反射のように言っているのか。

 瞳に映るのは自分だけでわからない。


 でも、ちゃんと言わなければならないと瞳に映る自分ではなく、彼女自身を見つめる。


「仲間だからな。何かあったら助けに行く」

「…………えへ」


 一瞬、深い虚無を見たが、すぐにヒェミィの緩い笑みの向こうに消えてしまった。


 話を聞いただけだ。

 彼女の全てを理解したわけではないし、救えるとも思っていない。


 トーマはカウンセラーやドクターというわけではないレーサーだ。

 そんなトーマにできることは一つだけしかない。


「見返してやるよ」

「へ?」

「あんたの理論で作られた機体に乗るのは俺だろ。だから見返してやるよ」


 この宇宙全ての存在の度肝を抜く。

 どうせ新型機を作ったら嫌でもそうなる。

 相手は世界だ。

 ここでヒェミィに宣言するくらいどうってことはない。


「俺がやってやるから、あんたは安心して機体を作ってくれ。良い機体を」

「……うん」

「…………」

「…………」


 あまりにもキザな物言いをしてしまったから、なんとも言えない沈黙が気恥ずかしい。

 どうやってこの沈黙を破ってくれと祈っていると、採掘終了を告げるアラームが鳴る。

 よかったこれで合法的に離れられると安堵の息が漏れた。


「じゃ、じゃあ、俺は機体に戻るよ」

「えへ、ありがと、トーマ」

「……礼を言うのは早いぞ。最後に取っておいてくれ」

「えへ、えへへへ」


 前より少し楽し気に見える笑いを背にトーマは機体へと戻る。

 そこでふいに。


「ユリアは本当にやりたいだけでこんなことをやっているのか?」


 彼女の真意はわからない。

 ヒェミィに聞いたように何かとんでもないものが飛び出してくるかもしれない。


「聞ける時に聞いてみるか」


 それでも知らなかったよりかは知りたいと思う。

 ヒェミィの過去を知って良かったように。


「今は帰ろう」


 ヒェミィを乗せた採掘艇とともにトーマもまた帰還軌道へと乗るのであった。


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