第15話 三下助けに宇宙を泳ぐ
戻るまで何度も呼びかけを行ったが反応はない。
採掘艇には傷を受けた様子は何もなかった。
ハッチがこじ開けられているということもないが、ハッキングされて解放された可能性もなしではない。
サイボーグではないトーマには、それを知るすべがなかった。
アルトエーラのスキャン機能も採掘艇相手では過剰すぎてわからないのだ。
「俺が行くしかないのか」
正直に言えば、行きたくない。
この巨大で安心感のある衣服を脱ぎ捨てて広大すぎる宇宙へと出て採掘艇に飛び移って中へ入る。
絶対に安全と言われても、命綱なしでバンジージャンプなんて誰もやりたがらないのと同じだ。
広大な宇宙では何が起きてもおかしくない。
スーツの酸素量ではいつまでも助けを待ち続けることなんてできやしないし、間違ってどこかの重力に足を掴まれてしまえば落下死する。
「でも、中で倒れられても困るからな」
ここでヒェミィを見捨てるトーマを、シーナやルカは兄とは認めないだろう。
軍時代の同期たちも、トーマに後ろ指を指すに違いない。
だから行かなければならない。
そうやって必死に理由と覚悟をひねり出して、トーマはパイロットスーツの気密性や酸素残量などをチェックする。
「問題なし。行けるな……はぁ」
ここで何か問題でもあればよかったのにと思う心を溜め息とともに捨て去って。
必死にうるさいくらいに鳴り響く心臓を落ち着けようとする。
「ハッチ解放……」
船外活動用モードとして減圧を行ったコックピットハッチを開いた。
音もなくコックピットハッチが宇宙への通り道を作る。
「…………」
シートベルトを外せば身体は勝手に浮き上がり、無限の宇宙へと飛び出す。
ハッチに命綱を取り付けると少しは安心できた。
そこで採掘艇を見据える。
短い距離だ。
すぐ目の前。
ちょっと蹴りだせば問題なく向こう側に行ける。
どれだけミスって変な方向に行こうとも命綱があってやり直しができる。
「……行くぞ」
何度も覚悟を反芻して、そっとアルトエーラを蹴った。
身体は簡単に自分を絶対に守ってくれるおくるみのようなアルトエーラからゆっくりと離れていく。
水のない水の中を泳ぐように採掘艇のハッチへと向かうのは酷く心細い。
たった数十メートルというわずかな距離だが、広大な宇宙を肌で感じる。
足元のない不安定さが、どんどんせり上がってきて恐怖として沈殿していきそうだった。
それでも必死に遊泳して採掘艇のハッチを掴む。
一瞬掴み損ねたが、なんとか指をひっかけることができた。
「はぁ……はぁ……宇宙遊泳、苦手だ」
命綱を採掘艇のポールに接続する。
ハッチの接続モジュールに採掘艇のコンピューターに端末をセットして認証し、ハッチを開けてもらう。
エアロックの中に入ったらハッチを閉めて加圧し、ゆっくりと一気圧まで戻していく。
「これも苦手なんだよなぁ」
耳抜きで空気を抜きつつ、じれったいほどの時間が経ってようやく加圧が終わり採掘艇内部へと進入することができた。
「はぁぁ……」
あまりの安心感に安堵の息を吐いて座り込みそうになる。
しかし、ここで座り込むわけにもいかない。
「さっさと確認しよう」
採掘艇内部は主に三つのブロックになっている。
船の操作を行う操縦ブロック、休憩や仮眠などを行う居住ブロック、採掘した資源を補完する格納ブロックだ。
エアロックがあるのはこの格納ブロック付近の通路で、今からトーマが向かうのは居住ブロックだ。
といっても採掘艇の中はそれほど広くなく、すぐに居住ブロックへと辿り着く。
広い大部屋が一つで、収納式のベッドやテーブルなどは全て収納されている。
「ここにいないなら、操縦ブロックか?」
操縦ブロックでは採掘作業のコントロールも行っているから、ここにいないならそこしかない。
ここに来ても誰かに侵入された形跡はなかった。
何かの不具合で通信がされていなかっただけと思いたいものだ。
誰もいない宇宙船の中を進んでいると、前世の映画のおかげで嫌な想像をしてしまう。
「エイリアンとか出てきそうなんだよなぁ」
採掘艇の通路は狭く、薄暗い。
快適な造りと無縁の無骨な船の中を漂っていると、そこのダクトなどから人に寄生する宇宙人でも出てきそうでは? と想像が掻き立てられる。
もちろん、そんなエイリアンなんてものは存在しない。
いるのは宇宙怪獣と呼ばれる宇宙ですら生息域にしてしまうほどに進化した巨大な生物だけだ。
そもそも銀河帝国人自体が広義のエイリアンでは? などとくだらないことを思っているうちに操縦ブロックの扉の前にやってきた。
サザンカ・インダストリアルのIDで認証するとすぐに開いた。
「ヒェミィ! いるか!」
注意深く操縦ブロックへと進入する。
すると計器類のコンソールの下にある空間に彼女は小さく蹲っていた。
ぼさぼさの黒い髪が海に浮かぶ藻のように揺蕩っている。
見たところ怪我もなさそうだし、呼吸もしているようだ。
「無事そうだな」
スーツの磁気吸着機能で膝などを床に吸着させて傍に寄る。
「大丈夫か?」
ふと視界の端をきらりと輝く何かが通り過ぎた。
泡のような小さなそれは無重力下での水分。
「泣いているのか?」
顔を覗き込むと、ヒェミィは小さく泣いていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……ヒェミィが悪いんですぅ……」
うわごとのように謝罪しながら自分を責め続けて居る。
トーマは、しばらく考えて、彼女の前の前で大きく手を叩いた。
スーツ越しの拍手だが、思ったよりもうまく音が鳴り響く。
「ひゃああああ!?!? いだい!?」
そのおかげで驚いた彼女はごちんとコンソールに頭をぶつけて目を白黒させる。
「終わったぞ」
「えっ、あ、だ、旦那ぁ?」
「おう」
「え、ま、なんで、ここ、に?」
ヒェミィはどうやら驚きで意識が戻ったようで目をぱちくりさせながらトーマを見上げている。
どうしてここにいるの、という疑問がありありと顔に浮かんでいた。
「通信で反応がないから様子を見に来たんだよ」
「え、えへへえ、それはぁ、御迷惑ぉ」
「良い。それより、大丈夫か?」
「へへへへ、大丈夫でさぁ」
「泣いていたみたいだが?」
「うへえへえへ……それはお見苦しいものぉ」
「見苦しくはないが気にはなるぞ」
まだ一か月の付き合いではあるが、泣いている女を前にして気にしないということはトーマにはできない。
特に同僚だ。
ここで見なかったことにすれば、トーマは彼女と顔を合わせる度にこのことを思い出して後悔するだろう。
「何があった」
「な、なにも……」
「言わないなら、前に言ってたなんでもを使わせてもらうぞ」
「えへ……旦那は物好きでさぁ。あっしのことなんざ、気にしたところでなんの得にもなりやせんぜぇ」
「得? あるが? あんたみたいな女性に恩を売れる」
「えへ、えへえへ……旦那ぁ、それが物好きって言うんですぜ」
「物好きでも良いから、話せ。海賊が怖かったのか?」
「……へい、あっし、海賊に襲われたことが、ありまして…………」
よくある話でさ、と前置きし彼女は深い井戸から水をくみ上げるようにぽつりぽつりと話し始めた。




