第2話「獄中の秩序」
炎は変わらず燃え続けている。
だが神埼 湊は、動かない。
暴れない。
叫ばない。
反逆もしない。
ただ、見ている。
そして――記録する。
地獄に紙も筆もない。
だが彼は覚える。
巡回の順番。
鬼の担当区域。
罰の強度。
亡者の扱い。
誰が優遇され、
誰が理不尽に焼かれているのか。
数字のように整理する。
かつて地上で不正を暴いたときと同じ目。
冷静な観察者。
やがて、亡者たちが気づく。
「あいつは騒がない」
「でも、見てる」
囁きが広がる。
夜。
炎が弱まる時間帯。
数人の亡者が近づく。
傷だらけの顔。
焼けただれた背。
「本当に裁いてくれるのか?」
希望と恐怖が混ざった声。
湊は静かに首を横に振る。
「俺は救わない」
亡者たちの目が揺れる。
「じゃあ、何をする」
「選ばせる」
一拍。
「自分がどの側に立つかを」
救済ではない。
赦しでもない。
構造を暴き、
立場を突きつけるだけ。
それが彼のやり方。
数日後。
証拠を掴む。
下層の一角。
かつて地上で名を馳せた元政治家。
表向きは深く焼かれている。
だが実際の苦痛は軽い。
理由。
鬼への“供物”。
地上で築いた縁。
残された信仰者から届く祈りを、
鬼へと横流ししている。
祈りは力になる。
鬼はそれを受け取り、
罰を調整する。
湊はそのやり取りを目撃する。
「地獄でも、賄賂か」
呟きは冷たい。
その夜。
亡者たちを集める。
「優遇されている者がいる」
ざわめき。
「証拠は?」
湊は淡々と説明する。
時間。
順序。
鬼の巡回記録。
供物の受け渡し。
感情ではない。
事実だけ。
亡者たちの目が変わる。
怒りが生まれる。
だが湊は手を上げて制する。
「暴れるな」
「じゃあ、どうする」
「選べ」
問いを投げる。
「見なかったことにして耐えるか」
「構造を知った上で、立つか」
沈黙。
地獄に初めて生まれる“選択”。
遠くから見つめる影。
閻魔大王
その視線は厳しい。
「また定義を変えるか、罪人」
だが止めない。
まだ。
湊は鎖に繋がれたまま立つ。
革命家ではない。
救世主でもない。
ただ、裁きの基準を再定義しようとしている。
「裁きは、罰じゃない」
小さく呟く。
「構造を暴き、立場を選ばせることだ」
炎が揺れる。
地獄の秩序が、わずかに軋む。




