第1話「堕獄」
炎が噴き上がる。
鬼を殴った罪人――
かつて“ジャッジメント”と呼ばれた男は、
次の瞬間、無数の鎖に絡め取られていた。
鉄が食い込み、
膝をつく。
鬼たちが嘲笑う。
「身の程を知れ、罪人」
「秩序を語るな」
棍棒が振り下ろされる。
衝撃。
視界が赤く染まる。
だが、神埼 湊は叫ばない。
ただ、鬼を睨む。
再び、鎖。
より重く。
より深く。
地獄の下層へと引きずられる。
そこは、光すら届かぬ層。
叫びが反響し、
絶望が沈殿している場所。
だが――
囁きが広がる。
「また“裁く者”が現れた」
「鬼に手を上げたらしい」
「愚かか……それとも」
視線が集まる。
恐れと、期待。
湊は観察する。
鎖に繋がれたまま。
鬼たちの巡回。
亡者の配置。
罰の順序。
やがて、気づく。
“平等”ではない。
地上で権勢を誇った亡者。
莫大な財を築いた者。
彼らは苦痛が軽い。
炎は浅く、
責めは短い。
代わりに、何も持たなかった者。
声を持たなかった者。
弱い者ほど、永遠に近い責めを受けている。
「秩序だ」
鬼は言う。
「罪の重さに応じている」
だが湊には見える。
そこにある“交渉”。
媚び。
取引。
力の残滓。
地獄ですら、力は消えていない。
ある亡者が焼かれる。
罪は軽微。
だが鬼の機嫌を損ねた。
炎が強まる。
叫びが途切れる。
その隣で、かつての権力者は静かに座る。
苦痛は最小限。
目も合わせない。
湊は、ゆっくりと息を吐く。
「ここも腐っている」
誰に言うでもない。
ただの事実として。
鬼が近づく。
「何を見ている、罪人」
「構造だ」
湊は答える。
「構造?」
「腐敗は個人じゃない。仕組みだ」
鬼は鼻で笑う。
「ここは地獄だ。救済も革命もない」
「だから腐る」
その目は、静かに燃えている。
怒りではない。
観察の光。
遠くの玉座。
炎の向こう。
閻魔大王
その視線が、わずかに動く。
「……まだ壊す気か」
誰にも届かない独白。
鎖に繋がれながら、湊は立つ。
今は動けない。
だが、見ている。
罰の流れ。
鬼の弱点。
亡者の不満。
地獄の下層で、
小さな波紋が広がり始める。
裁かれるはずの罪人が、
再び“裁く”目をしている。




