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45:ツケを払うのに、この不遜さ


「何時だって来て構わない、寧ろ来て毎日来て」


 そう言われて毎日来るような人間じゃない事は分かっているのだろうにと断れば、絵にかいたようなしょんぼり顔をモーリスがした。

知能指数また下がってるなと内心呆れるものの、苦笑するだけに留めたヒルデガルドも相当だろう。


「当日の昼にでもお出し頂ければ、放課後お迎えに参りますので」


去り際、執事さんに渡された文箱にはぎっしりと侯爵家の家紋入り便箋と封筒が詰まっていた。

実に恐ろしい。

唇の腫れぼったさも結構マシになったと思って退席した筈なのに、この対応である。

因みに帰りも当然の様に馬車で送り届けられ、何なら寮の玄関まで馭者さんが重い文箱とまた頂いてしまった土産だけでなく鞄も持って運んで下さった。

これは素直にありがたかった。


なお侍医の治療は遠慮した。

何かついでに色々検査されそうだと失礼な疑念を抱いていたが、明らかに使わないだろう大量の器具が運ばれて来たので逃げ出して正解だろう。

これ以上の情報をまだ侯爵家に控えられる度胸は無い。



自室に戻れば目の合ったリリがぱちりと一度眼を瞬かせたかと思えば、にたりと、本当にそう言い表したくなる笑顔を浮かべて抱えていた荷物を奪われた。


「な~~に~~~?ヒルディ~~~??あ~れぇ~~~?この箱ぉ見た事あるなぁ~~!」

「でしょうよ…これから、もう少し…見るかもね」

「なーーにーーー?!」

「声大きい!」


堪らずその口を抑えれば、もごもごと掌の下で口答えをしながらも彼女は嬉しそうに笑っている。

興奮の第一波は過ぎ去ったようだと手を離せば、身体を寄せぶつけてきた。


「えっへへへ!」

「…」

「そんな顔しないでよー!これはっヒルディが元気になったみたいで嬉しい笑いです!」


胸を張って言い退ける親友の姿が可愛くて、愛しくて、気付けばヒルデガルドも顔を緩めていた。

気付いていたつもりだったが、随分と心配をかけていたようだった。

感謝と、大好きの気持ちを溢れんばかりに込めてその身体を抱き締めた。


「リリ、大好きよ」

「私も大好きだよ、ヒルディ…それで何がどうなったの?ん??」

「…」


親愛の抱擁が拘束に変わるまでが速い。


侯爵家のお土産は食べた事のない変わり種の焼き菓子が入っていた。

スパイスが効いてるのも美味しいとヒルデガルドは楽しむが、リリは甘いものの方が好きだ。

ヒルデガルドの話を聞きながら食べる速度が落ちない。


「はー…セシルたん、ちゃんとヒルディが魔導祭の結果にもやもやしてたの気付いてくれてたんだ。

 良い奴じゃんめっちゃ有望株じゃん」

「リリまでその呼び方するの」

「セルの呼び方が移った」

「アイツ…」


指に付いた欠片を軽く叩き落としマグに淹れた紅茶を啜る。

侯爵家ではなんだかんだあって、助かったのだが、温かい紅茶を楽しむ余裕が無かった。


「でも本当、魔導祭も本気でぶつかって来て、負けても立ち上がって…こっち気に掛けて」

「うんうん、牽制交じりだったけどねー」

「大事に想ってくれてるのは痛いほど分かったのよ」

「セシルたんのは最早『愛』だ」


しみじみと呟いたリリの言葉にただ眼を伏せて、彼の姿を思い起こす。


泣きそうな顔をしながらも、ヒルデガルドの選択に委ねてくれた。

ヒルデガルドの心が晴れる道へそっと背を押してくれた。

抑えて、誤魔化していたものにすら、聡い彼は気付いていてくれたのだ。


「…ちゃんと話す」


未だ視線は下がったままだが、心を叱咤するように、意識して言葉を喉から押し出した。


「ん、誠意見せてこい」

「うん」

「ところでモーリスは把握してるの?」

「…」


リリの指摘に思わず動きが止まった。

その様子を照れでは無いと見抜いた相手が眼を眇める。


「忘れてたな?」

「はい」

「浮かれポンチしちゃった?」

「はい…」

「ふっ…ははは、あはっ!ヒルディ、可愛い!ばーか!」

「バカです…」


今度こそ恥ずかしくなって両手で顔を覆う。

自分らしくない迂闊さを、良く知る人物に指摘されるのがこんなにも恥ずかしいとは。

キスした時だってまだもう少し抑えられていたのに、今は首筋まで赤くなっているであろう。

火照りを収めようと手で顔を仰いでは溜息を零した。


「ま、私は面白いからいーけどさっ!確認はしておいた方が後々の為だよ」

「そりゃそうだけど…幻滅する?するよね?」

「ヒルディ的には幻滅事案なんだ」

「『恋に浮かれて現実見てないのね』って思う」

「急に冷静になんなやー!」


片やケラケラと笑いながらソファーに転がり、片やおろおろしながらまた両手で顔を覆う。


そりゃ冷静にもなるだろうに。

過分ではあるが手順を踏み婚約の打診を受けているにも関わらず、他の人に現を抜かすような相手など、理性が甘すぎて先が思いやられる。

婚約が打診の段階だから恋愛をしても良い、という訳でもない。


話が来た時点で、それこそ魔導祭の日にちゃんと断るべきだったのだ。

それを甘えたのはヒルデガルド自身。

今日だって、セシルの気持ちを踏みにじった上で甘えた。


注がれる愛情を軽んじる相手に幻滅するなと言う方が無茶だ。

一度でもすれば、婚約打診を蹴って選んだ相手にも起きうると考えるのは当然で、信頼を失する。


「明日朝イチでモーリスに手紙出すわ」

「うんうん、怖くても真っ直ぐ進む!それが私達のヒルディよ!」

「交際一日でモーリスに…す、捨てられても、リリは捨てないでね…」

「あったぼーよ!骨は拾ってあげるわ!」


そうと決まれば暫く開かないと思っていた文箱に手を伸ばすが、それは違うなと思い返し自分の便箋に筆を走らせた。


セシルから婚約の打診を貰っていたこと、魔導祭で顔合わせもしたこと。

卒業まで恋愛はしないとしながら、その、モーリスに…ひ、惹かれていたこと。

にも関わらず、その打診を断らずにいた上に、セシルの真摯な態度に靡き甘えていたこと。

不誠実にもそれを今日伝えずモーリスに想いを告げたこと。

可及的速やかにセシルには婚約打診を正式に断るつもりではあること。


字面に起こすと増々酷い。

情けなくも泣きそうだ。そんな権利などヒルデガルドには毛頭無いのだが。

泣いて良いのは気持ちを踏みにじられたセシルと、浮つかせられたモーリスだ。


それでも別れたくない、捨てないでと何度書いてしまっては、握り潰して捨てたことか。

モーリスにまず届けるべくは事実のみである事が誠意だろう。

客観性を失った自身の想いばかりぶつけたって何にもならない。


分かっているのにらしくもなく駄々を捏ねそうになっては、自分に酔うなと頬を叩く。

勉学をするためにしか使っていなかった机に、するつもりの無かった恋で悩みながらかじりつく。


バカだなと自嘲する意識の中、それでも恋をしなければ良かったとは思わなかった。


空が白むまで机に向かう親友の丸まった背を、ベッドの中からリリはそっと見守っていた。



何とか書き上げた手紙を何度も読み直し、躊躇いながら恐る恐る封をする。

もうここまで仕上げたら出すしかない。

勢いのある内にと、寝巻のまま一直線に寮の管理人室に駆け込み手続きをお願いする。


(ごめんモーリス…初めての手紙が、こんなで)


とぼとぼと力無く階段を上がり、のろのろと着替え、もそもそと朝食を摂る。

実に陰気臭いのだが、愛しい親友は差し入れでちょっといい栄養剤をくれた。

愛してる、もう一生一緒に居ようと心に誓った。


「顔死んでるじゃん」

「顔だけじゃなくて心も瀕死」

「…衛生兵リリ隊員?」

「今夜が峠かもしれません」


教室で朝から呆然と座っているヒルデガルドを見て、セルゲイがリリに事情を聞くもこのやり取りだ。

彼はどうしたものかと頭を掻くのも程々にし再び口を開く。


「お陰さんで昨日で魔導祭の片付けは終わったぞ」

「…そかぁ」


無心で取り組めそうな雑事が終わってしまった事に少しばかり残念な気持ちを覚える。

片付けている間は抱かなかった、祭りの後の物悲しさすら今はヒルデガルドの心には辛い。

力無く吐息を零す幼馴染を見下ろしたまま、彼は言葉を続ける。


「で、様子見に来ていたサーンス講師が『今日の放課後、魔導祭で使用した魔導具を見せに来い』って。

 お前に伝言」

「ああ…そうね…うん、分かった」


平時であれば、「じゃあ昼休み、寮に取りに戻ろうかしら」とか「放課後、今日は商会へ行かない」だとか即断で計画を立てるのだが思考が見た目の通りに萎れているのだろう。

薄っすらと隅を浮かべたヒルデガルドの顔を片手で押して、セルゲイは「放課後もう一回声掛けるからな」と面倒見の良い事をぼやきながら立ち去った。


押し伸されたまま天井を仰ぎ見る親友の肩を叩いてから、リリも鞄から勉強道具を取り出した。

始業の鐘がなる頃になってやっと慌ててヒルデガルドも机の上を整えた。


こんな状態だから、やっぱり授業に身は入らない。

判決待ちの罪人だってもう少し意識をはっきり持っているだろうに。

なんとか板書だけはノートに書き押さえたものの、どこか空白が目立つそれは、今の自分が平静でない事を良く示していた。


「そーいやモーリス、怪我で学校休んでるけど勉強どうすんだろな」


気が付けば食堂に居たヒルデガルドがぴくりと反応を示した様子にセルゲイが眼を瞬かせた。

反して、彼の隣でリリは手を止めずに食事を進める。


「彼に渡して役立つノート取れる人って居るの?」

「ヒルディくらいか?まぁこれからは授業も自習が多くなるだろうけどな」


魔導祭が終われば、後一二か月で年末を迎える。

他の学年は違うが三年は卒業後の進路へ向けて活動出来るよう、授業枠が随分減るのだ。

セルゲイやリリは既に進路が決まっているためのんびりと過ごせるのだが、大半の同級生はそれこそ王宮魔導師の採用試験のため集まって勉強会をしたり、領地に向かって身の振り方を固めたり社交を勤しむなどと忙しい。


「で、ヒルディお前何時(実家)戻るの?早めならついでにウチへ手紙持ってってくれよ」

「ああ…そう、そうだ…進路…」

「……なぁ、コイツの峠超えたら教えてな、リリ」

「匙投げおったよ、この幼馴染」


昼食時はそんな態度であったのに、放課後になってもう一度サーンス講師からの伝言を言い直してくれるだけでなく「サーンス講師の部屋分かるか?寧ろサーンス講師分かるか?」と過保護過ぎる対応をするセルゲイに、ヒルデガルドはこくりと首を縦に振って魔導具を取りに一人で寮へ戻った。


「お帰りなさい、デイビアさん。お手紙来ているわよ」


先日、モーリスが寮へ迎えに来てくれた時、対応していた管理人の女性が微笑みながら一通の手紙をひらりと振って見せた。

しかし予想していた反応と異なったのかその表情は次第に曇っていった。


ずどんと重みを何十倍にも増した身体に鞭打ち、なんとか部屋まで辿り着いてヒルデガルドは崩れ落ちた。


(返ってきてしまった…いや、返事は、欲しい内容、だけれど…)


四つん這いで項垂れたままぐぅと喉を鳴らして暫し固まり、やっと手元の封筒に眼を向ける。


彼の精緻な文字は一年の時から変わらない。

気品と知性を感じさせるその美しさが今はこんなにも胸を苦しくさせるとは。


長い、長い息を吐き出してヒルデガルドは封筒を開けずに机へ置くと、まずは目的であった魔導具を取り出して鞄へ詰めた。

そして手紙を視界に入れぬように努め、緩慢な動きで来た道を戻った。


(ああ…ああ…、怖い…何が書かれているのか考えたくない…)


考えたくないのに考えてしまう、この矛盾。

抑えきれずぐるぐると思考をめぐる不安は、届いた手紙を見ないとどうしようも無いと分かっている。

けれど現実を叩きつけられるのが酷く恐ろしい。

こんなに自分は臆病だっただろうか。


(モーリスの前では、あんな…強気でかっこつけてる癖に…)


ほとほと自分の見栄っ張り振りと愚かさに辟易する。

学園でのヒルデガルドばかり見ているモーリスからしたら、こんな情けない自分はもっと魅力に欠ける。

そう思うと更に心は沈み鉛を飲み込んだように身体が重くなった。


(…しっかり、なさいな…ヒルデガルド・デイビア…!!)


一度空を仰ぎしっかりと息を吸い、吐き出す。


(後悔も失態も、全てが私を成す欠片…傷を瑕疵にするも価値にするのも私次第!)


青紫の瞳に力を燈し、意識してその一歩を踏みしめればぐっと背が伸びた。

向かい風の冷たさすら今は虚勢を煽るものにしてみせる。

自分が歩く場所が舞台だと悠然に闊歩すれば、行き交う人の視線が寄せられるのを感じた。


(するべき事をする!求められたのなら応えよ!その分、私は前へ進めるのだから!)


憂いて竦む事を悪いとは思わない。

そうしなければ心が壊れてしまう事だってあるのを知っている。

だが、立ち上がり進む先に、何時だって愛せる自分があったのを経験が教えてくれている。

愚かさを吐露し、悲しみで涙するのを、最後には笑ってくれる家族や友人が居る。


いつしかその足は遅くあるものの走り出していた。

サーンス講師の控室へ転がる様に駆け込み、相手が驚嘆するのに目もくれず話し出す。


淀みなく魔導具の説明をし始めれば彼も頭を切り替えたのか、適切な見解を述べつつ意見を交わす。

ヒルデガルドの語る熱量は普段より少なかったが、それでもやはり一目置かれているだけあって相手は満足げに書き留めた要項を眺め、退席を許可してくれた。


そのまま教室で待っている二人の下へ向かうかとした爪先を一瞬止め、切り返す。


「セシル・レミックはまだ残ってるかしら」


教室の入り口に残っていた一年生へヒルデガルドが尋ねた。

確かこの組だったと思ったのだが、と小首を傾げる先輩に相手は慌てて頭を振った。


「きょ、今日はセシルた…セシル君、お休みです」

「そうなの…体調不良?」

「急遽ご実家の都合で、週明けまでお休みだそうですよ」

「そう、ありがとう」


息巻いて気合を入れた分、肩透かしを喰らった心地を覚えたが、休みなら仕方が無い。

先んじてセシルと話を付ける予定を押さえたかったと内心で独り言ちては、今度こそヒルデガルドは二人の待つ教室へと急いだ。


出迎えたリリには手紙が届いた報告を、セルゲイには明日改めて全部話す旨を伝えた。

その後、すぐに寮へ向かうはヒルデガルドただ一人。

今度は冷たい北風が、彼女の背を力強く押していた。



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