43:祭りの後に訪れるもの
たかが一日であの大掛かりな設営の片付けが終わるはずもなく、あと一週間は生徒会として魔導祭の片付けをしなければならないだろうと、放課後に実技場を見に来たヒルデガルドは思った。
「燃やすなら手伝うわよ」
「きったーー!おい焼却炉が来たぞ!再利用しないもんはバラす必要もねぇ!!」
「ありがたーい!魔王様ー!」
「感謝なさい、下々」
声を掛けたセルゲイの即断に生徒会役員や有志で手伝いに来てくれていた学生から歓声が沸く。
組み立ての木材の多くは魔導によって生じさせたもので、加工や再利用も可能だが、耐久性が森から伐採したものに劣るためほぼ暖炉用の薪として低価格で卸される。
といってもその量も量だ。
いくら木こりが斧を振るよりは魔導を使用して早いと言えど、一般観客席で使用される量だけで王都の冬が賄える程の膨大な木材は中々片付かない。
専用の業者が列を成し、次々に薪として割られた木材が積み込まれ走り去れど荷車の数は減らない。
「去年も思ったけどこのやり方見直した方が良いんじゃない?」
「あーなー…でもゆーても一括で保存しておけるような商会も無いし」
「学園に保存しておく場所設ければいいじゃない」
「その障壁魔導具を誰が保持すんだよー」
「うーん」
敷地は学園に余っているとは言え、冬が来れば野ざらしにした薪は雪で濡れてしまう。
その前に解体して各商会へ持って行ってもらうのが学園としては好都合ではあるのだ。
別に燃やしてしまっても良いのだろうけれど、折角魔導師が魔力を注ぎ生み出した木材なので有効利用し始めたら、次の年から王都の冬を支える大事な一資源として期待されるようになってしまった歴史がある。
ぶつくさと考えつつ杖を振るえば風が木材を刻み上空に巻き上げる。
その着地点は離れた集積地に設定されており、先程から止めどなく落ちてくる木材に誰も近づかない。
片や金属などは別の魔導で引き寄せ、更に上空で轟々と渦を巻き障壁内で燃え盛る炉に投げ込まれてゆく。
偶に他の学生も魔導でぽいぽいと要らないものをその炉に投げ込み遊んでいた。
「いやー、デイビア先輩がいると早い早い」
「お疲れ様」
「昨日も差し入れありがとうございました」
「いいえー、私だけ休ませてもらったし」
後輩たちににこやかに応えつつ担当する区画が終わり、次の区画の手伝いに入る。
先に作業していた担当者は少し浮遊魔導が苦手だそうでちょこちょこと指導をしながら作業を進める。
いつの間にか休憩中だった後輩も一緒になって話を聞きつつ作業したので、思ったより進みが早い。
「デイビア先輩教え方上手いですね」
「初めて言われたわそんな事、ありがとね」
「いやいやお世辞じゃなくて」
さて次は何処を手伝おうか、生徒会長に指示を聞くかと視線を回すヒルデガルドに後輩がしみじみとした表情で言っては、小首を傾げてみせた。
「聞いた話、先輩は卒業後ご実家に戻るんですよね」
「どこまでその話広がってんの…」
「まぁまぁ。講師補助として学園に残ったりしないんです?」
「柄じゃないわ」
偶に、講師と馬が合ったり、その道を目指そうと卒業後も学園に残る卒業生は居る。
だが研究や開発は思ったよりも出来ないみたいだし、担当講義の準備や学生の補助に精を出せるような献身的な心が無ければ続けられないようだ。
ヒルデガルドの自分本位な性質とは全く真逆である。
「残ってくれたら来年も片付け楽なのになぁ」
「人の使い方」
一頻り笑い合った頃、生徒会長と合流し次の指示を相談する。
今度はセルゲイがそのままにしておけと指示していた金物周りの焼却だ。
因みに金属は面倒臭いので纏めて熔かして棒にしておく。
これも商会が引き取り、加工するなり精製するなりして使用する。
木材とは違い魔力を帯びていない金属ばかりなので、いっそそのまま売りに出せば良いのにと思わなくもないがこれも毎年の学園からの寄付であるためそうもいかないらしい。
並べられた見るからに熱そうな赤い棒に、近づくような馬鹿は居ないと思いたいが念のため声を掛ける。
今日は少し風が冷たいからか暖を取るのは自己責任で許した。
日が陰るのも早くなったなと、粗方片付いた実技場を眺めていたとある放課後。
珍しくセシルが顔を出し、目が合ったヒルデガルドを手招いていた。
「どうしたの」
「お疲れ様ですっ随分片付きましたね~」
「後半に手伝う人が増えたからね、意外だわ」
それほど皆実技場を使いたかったのだろうか。
魔導祭の片付けが終わらないと実技場の放課後使用は再開しないのだ。
三年生達の華々しい戦いに触発され、実用的な訓練を積むのは良い傾向である。
ヒルデガルドは内心そう独り言ちては今日も手伝いに来ている生徒を眺め、親衛隊幹部がいる事に気付いた。
まさかと思い、さっとセシルを見下ろせば、彼はニッコリと無邪気な笑みを浮かべ返す。
「…人望があるのね」
「人心操作は得意なんですっ!」
人が折角言葉を選んだというのにこの金糸雀は。
「デイビア先輩、怪我してるのに片付けしてるし…放課後一緒に過ごせないの、寂しい…」
「って言ったら、ああなの」
「褒められるならまだしも呆れられる覚えはありませーん」
「想定外で驚いてるだけよ、感謝はしてる」
そう返せば、彼は照れくさそうに素の笑みを零し、細い指で自分の髪を耳に掛けた。
「…今日は、もう遅いですので、あの、明日の放課後、なんですけど」
けぶる様な睫毛を震わせ、少しだけ俯きつつも潤んだ若葉色の瞳が相手に見える、絶妙な角度。
艶のある桜色の唇が躊躇いがちに蠢く間。
白磁の頬がほんのりと血の気を帯びた様を見せつけてくるのは、何とも庇護欲をそそる。
(あ、あざと…コイツ、分かって全部やってるんだろうな…)
冷静を通り越し恐怖すら抱きながらヒルデガルドは彼の言葉の続きを黙って待つ。
「…………」
ふと、セシルの表情から色が抜け落ちた。
暫しの硬直をしたと思ったら、ぐしゃりとその面持ちが悔しそうに歪む。
真っ直ぐにヒルデガルドを見上げる彼の瞳は今にも泣きだしそうに濡れていた。
「――二択のお誘いです。
僕の邸でドレスの採寸をするか、お兄さまのお見舞いに一緒に行くか」
何を言われているのだろう。
ヒルデガルドは、思考が止まった。
「明日、正面玄関で答えを教えてください」
彼の唇の震えは、先程のような打算ではないのだろう。
零れんばかりの大きな瞳から、それが落ちぬように力が入った顔はそれでも愛らしいが。
ただ、見ているのが切なかった。
それからどうやって寮まで戻って来たのかヒルデガルドは記憶がない。
心配するリリの言葉に気も漫ろで、ぼんやりと湯上りに朧月を見上げてばかりだった。
秋の夜が深まり木々が揺れる度乾いた音がした。
冬の気配は、もうすぐそこまで来ていた。




