42:誰もかれもが揣摩臆測
「――――は?」
堪らず何とも太々しい声が出てしまった。
救護室のベッドに腰掛け治療を受けるヒルデガルドに、組担任講師が難しい顔をして言葉を重ねる。
治療を施す救護員も、それを手伝う王宮魔導師は口を噤み、我関せずを貫く姿勢のようだ。
「二人共舞台から落ちてませんよ」
「魔導祭規則では、意識喪失は勝敗を決す理由だろ?」
「っでも!アレは」
「控えていた講師の誰一人、戦況に手出し出来ずに怪我を負わせてしまったのは申し訳なく思う」
「…」
とんだ謙遜だ。
あれだけ舞台全体を原型を留めない程荒らしながら戦う二人を、講師なら止められた。
それでも好きに戦わせてくれたのだ。
ただ、かと言って適宜に止めるのが彼等の職務であり、結果、此度の監督責任を負うのは正しい。
分かっているのに、調子に乗ってより広く視界を遮る展開にしたのはヒルデガルド本人だ。
相手に居場所を悟らせないためとは言え、その阻害は傍から見ていた講師にも及んだのだろう。
「デイビアの話を聞く限り、二人は接近戦になりラゲールの武具を破損後に反撃されたんだよな」
「その時に私が障壁魔導を解いていたので、吹き飛ばした彼が驚き、その」
「思わず対戦相手を助けようとした、と」
通常であれば相手は障壁魔導を作動させているのだから多少の攻撃でも怪我は起きない。
しかしその感触が無い事に気付いたモーリスが慌ててしまったのだ。
彼の反射神経と身体能力だからこそヒルデガルドを捕まえる事が出来た。
他の人間では間に合わないものが、今回は災いしてしまった。
「それに気づいた君が再展開した障壁を解いたからの、裂傷」
「…あそこで手を取らず、私が彼を弾き返していれば良かったのです」
そう、手を取らなければ良かった。
引き寄せてその身体を掻き抱き、互いを思いだけで守ろうとした結末がこれだ。
あまりにも無様。
「たらればを話しても仕方あるまいよ、デイビア」
「…」
「なら私は猶更、無防備になった君達を保護した後でもラゲールは負けを認めたと思うぞ」
なんせ武具は壊されたのだ。
彼なら杖代わりの剣が無くとも魔導を放てるだろうが、装備の欠落が無い相手には分が悪すぎる。
況やその相手が、ヒルデガルドなら潔く舞台から降りただろう。
そう講師は言ってくれたものの、次席が空いた表彰台は虚しかった。
あれ程望んだ高みからの景色なのにまるで高揚せず、色褪せて見えてしまう。
真顔で注がれる拍手や声援に頭を下げては、顔の横を滑り落ちる夕景に似た柘榴色の髪が揺れた。
治療を施され白らかだった左手の包帯も同じ色に染められ、消毒液の匂いだけが鼻に残る。
描いていた高みは孤独だった。
こんなものを欲した訳じゃないと、駄々を捏ねるのは簡単だ。
感情のまま暴れて、親友に縋り大声で泣き喚き、爆ぜてしまえばどんなに楽だろう。
だがヒルデガルドはまっすぐに前を向いて佇む。
その青紫の瞳には、何も映していなかった。
こうしてこの年の魔導祭は静かに幕を下ろした。
両足の脛を骨折したモーリスは意識が戻らぬまま、救護室で対応し切れず速やかに病院へ搬送された。
この話題は、魔導祭後の休養として与えられた休日の寮内でも耳に入る程だ。
まだ意識を取り戻さない、いや既に侯爵家かかりつけ医により治療されて元気だとか、根も葉もない噂ばかりが行き交うのが煩わしくて、リリと共に街へ降りた。
そこでも昨日の決勝戦が如何に苛烈だったのか、息を呑む展開だったかが賑やかに語られていた。
「でも見えなかった最後は、良く分からなかったし消化不良な結果だよな」
「男の方が女を庇ったんだろ?」
「らしいけど、それで負けるのは可哀そうだよなぁ」
「女の方もそれを狙ったんじゃねーの」
堪らずリリが立ち上がるのを、そっと包帯を巻いた手で押さえた。
反射的にそちらの手を動かしてしまったのを優しい親友は心配そうに見ては、腰を落とす。
「あの子はそんな姑息な真似しなくても強かったぞ」
退席した食堂のドアベルに、そんな言葉も掻き消された。
言葉少なに大通りを歩くが周囲の賑わいはその静けさを紛らわせてくれる。
目につく屋台に並べられた艶やかな食事や、色とりどりの小物を把握出来るくらいにはヒルデガルドの心も落ち着いて来た。
徐に、「これ可愛いね」とリリに声を掛ければ、相手もほっと息を零して言葉尻に乗っかる。
「もうちょい色味が濃いのも良いかも、冬も使えそう」
「わ、触り心地も良い」
さらりとしつつも柔らかい質感のリボンが付いた髪飾りを手に取りながら呟く。
二人でそれぞれ色違いを見ながら、互いの髪色に合わせて遊ぶ。
「ヒルディの髪には陶器飾りくらいしっかりしたのでも似合う」
「リリはレース飾りも似合う」
気が付けば自分が似合うものじゃなくて、隣の人に似あうものを探し始めてしまうのはいつもの事。
何でもない日なのに、贈り合うのだっていつもの事だ。
店主が朗らかに「仲良しだねぇ」と笑っておまけしてくれるのを、愛想で御礼し、それぞれが選んだ品を同じ紙袋に一纏めで入れて貰う。
「今日はセルは?」
「副会長してる」
急遽街へ降りてきたがリリならセルに声を掛けているのでは?と考え尋ねれば、彼女は事も無げにそう返した。
確かに、魔導祭の片付けで生徒会は今日も休日返上で動き回っている。
ヒルデガルドは負傷のためその使役を免除されたが、セルゲイはそうもいかないのだろう。
「事前に手伝いしていなかったのだから、当然よ」
リリはからりと笑いつつ手を軽く振って見せた。
何から何まで、本当にこの親友は出来た人間だなと改めて思う。
予定では昨晩魔導祭の打ち上げをする予定だった。
しかし、ヒルデガルドの怪我が治り次第と日を改めるよう言い出したのは彼女だ。
それにはセルゲイも当然のように同意した。
加え、本来デートする予定だった身を返上し今働いている。
週末の休日にはリリにも回復薬を差し入れしておこうと密かに思っている。
生徒会の皆へと差し入れのため焼き菓子と紅茶を買いたい、とヒルデガルドが言えば二つ返事でリリは頷きつつ、まだ時間があるからと最近出来たばかりの商会へ敵情視察の足を向けた。
女性向けの被服を多く扱う店舗の奥で前衛的な下着を見つけ慄きつつ、面白がって親友の手に幼馴染の瞳の色の商品を握らせて会計へ押し出した。
これは私もセルゲイに褒められるべき働きだろう。
恥ずかしくて悔しいのか、誤魔化すように妙な柄の巾着までお揃いで買って戻ったリリが可愛くて愛おしくて、暫く笑いが止まらなかった。
早速その巾着に先程の髪留めを入れた紙袋をヒルデガルドが入れて持つ。
リリの巾着には勿論違うものが入っている。
「こんな変顔みたいな柄の巾着、良く見つけたわね!」
「お揃いで持ってても「可愛い」以外の感想貰えそうなの良いわよねぇ」
「ね、花屋も寄ってこの巾着に付けてあげましょうよ」
「ヒルディ気に入り過ぎー!」
笑いながら腕を組み、楽しさで思わず駆け縺れるようにして花屋に向かうと、丁度可愛らしい格好をした女の子が出て来た。
嬉しそうに胸に抱いた水色の花束を見下ろしていた横顔が一転、目が合うと憤怒に染まる。
笑っていたヒルデガルドの顔も何故か曇った。
亜麻色の髪をこれまた複雑に編みつつ、しかし昨日よりはより女性らしくふわりと揺らし、彼女は傍らで日傘を傾ける侍女へ一声掛けると此方へと向かってくる。
リリも先程浮かべていた、零れんばかりの笑みを消し去り腕を解いた。
困惑も怒りも見えない静かな表情は随分とリリを冷ややかに魅せる。
「ご機嫌よう、デイビア先輩」
「ご機嫌よう、どうやら学園の後輩である貴女。
昨日の貴女も凛々しかったけれど、休日の装いは花も恥じらう愛らしいさね」
豪奢な髪を手で軽く払いつつ、言葉とは裏腹にヒルデガルドの表情も態度も愛想は無い。
白と水色のワンピースだが寒々しくないように暖かなオレンジ色のストールを掛けた装いの彼女は、上から下までヒルデガルドの服装を見て小さく鼻で笑った。
「先方に失礼の無いよう気を付けただけですわ。
まぁ…この花束よりも視線を向けて頂けるのが分かったのは、嬉しいです」
大事そうに腕に抱いた花束まで誰かを彷彿とさせる水色を主体としていると、些か、悪い意味で目が眩むなと思ったのは恐らく隣で黙っているリリもだろう。
「お見舞いに行くのね」
「ええ、勿論」
嫣然と少女は嗤い、顎を上げた。
その瞳はどう見ても嘲笑ではなく、怒りだった。
「私ったら心配性だから…あの方を怪我させた原因が、のうのうと見舞いと称して顔を出していたらどうしてくれようかと考えてしまっていたのですが、どうやら杞憂のようでしたわ」
「心を配るべくは見舞う相手の事でしょう?貴女自身の不安を持ち込むのは不躾よ」
「ハッ!言われるまでもありませんわ!」
今度こそ瞳に揺れる感情と表情が一致する。
「私を始め、多くの者が貴女の勝利を認めておりませんから」
庇われ、怪我をさせた癖に、どのツラ下げて表彰台に立った。
その厚顔無恥、今此処で切り裂いてやろうか。
言外に態度で此処まで語れる後輩は中々肝が据わっているなと、ヒルデガルドはゆるり小首を傾げ、たっぷりの間を持ってその口角だけを上げた。
「外野の囀りとは、こうも見苦しいものなの?」
まるで操られたように雲が日差しを遮り、その青紫色の瞳が煌々と輝く。
悠然と冷酷すら感じる表情に、対峙する少女の身体が無意識で退いた。
彼女が浮かべていた怒りは勢いを失くし、そのままふいっと身体ごと逸らされ荒々しく髪を揺らして侍女と共にヒルデガルドの前から立ち去った。
「…金糸雀なら『愛らしい声を聞き取る感性が無くて残念ですねっ!』とか言い返すのにね」
「ふふ!言いそうだわ」
黙っていたリリが突然そんな事を零すものだから、堪らず笑ってしまった。
あの可愛らしい顔をぷりぷりさせて言い返すスカート姿のセシルが容易に脳裏に浮かぶ。
「そもそも何故私がモーリスの見舞いに行くと思ってるのかしら」
溜息交じりに呟き、花屋の扉を開く。
瑞々しい香りが犇めき合う店内で大きく深呼吸をする親友を横目にリリは何も言わなかった。




