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40:二兎を追う者


 小腹を満たすため大広間で軽食を摘まんでいたら、勤務中であるはずの騎士や王宮魔導師がひっきりなしにヒルデガルド達へ声を掛けて来た。


モーリスと見事な接戦を魅せたセルゲイや、緻密な魔力操作と身体能力に優れたリリに騎士団入団の熱烈な勧誘が行われるも、「俺たち卒業後は結婚して商会を継ぐんです」という付け入る隙を与えぬ返しに叫び声が上がった。


「何故!?こんなに才能溢れた人材が!目の前に居るのに!!喉から手が出てるのに届かない!!」

「もっと早く魔導祭は行われるべきだ!騎士団にも見学しに来てくれたっていいのに!」


なお、フロイディヒ魔導学園とは別に王都には騎士訓練学校が存在する。

何なら騎士訓練学校を抱えた領地も複数あり、騎士団はその卒業生を採用するのが主だ。


騎士訓練学校でも魔導の訓練は行われるが魔導学園程熱は特化してはいない。

極稀に魔導の才を見出され、騎士訓練学校からフロイディヒ魔導学園へ入学する者も居るが、その逆は殆どない。

魔導学園に入る人間は魔導を学びたいのだ。


故に、偶にこうした身体能力が高い原石が現れるのだが、騎士団の人間が知り得るのはこの魔導祭という時期でしかあり得ず、こうして頭を抱え盛大に嘆いているのだ。

まぁまだ入団テストにはギリギリ間に合うであろう時期だが、この二人にはそれも関係ない。


「デイビア嬢は?君の魔導もそりゃあ圧倒的だが運動は?」

「馬に乗れませんね!」

「鈍足で可愛いですよ!」

「…そう、かぁ…鈍足なのかぁ」


間髪入れず答えた二人の言葉に、騎士団の人達が憐憫の眼差しをヒルデガルドに向ける。

全く失礼な視線である。


「となるとやはり…」

「狙うはラゲール君か…」


ぼそぼそと頷き合う騎士たちを横目にヒルデガルドはエッグタルトを咀嚼しながら、ちらりとセルゲイを見た。

気付いた彼は救護室で耳にした内容を事も無げに答えた。


「モーリスは興味無いって返してたけどな」

「そうなんだ」

「彼なら十分騎士団でも上を目指せるのに!」

「魔導の腕が確かな若手人材が次々魔導師部隊に引き抜かれていくから…!」

(フォーレ先輩のせいかぁ)


確かに杖による魔導ではなく、剣に乗せた魔導を彼は魔導祭で使用していた。

武具も武具だが、あの戦い方は騎士団であっても活躍出来るだろう。


「彼なら華もあるし近衛も目指せるだろうよ」

(女性の騎士団希望者も増えそうですもんねぇ)


声には出さず騎士の言葉に相槌を打つ。

何とも切実な戦況らしい。

他の騎士訓練学校生の質がどうなのかは全く知らない為、話を聞く中ではそう思えた。


「…実際に勧誘するなら何を提示したのですか?」

「何を?」

「わざわざ魔導を優先し学びに来ている学生に、最新研究や技術が近い魔導師団では無く騎士団に所属してもらうのです。何も餌を用意していない訳じゃないですよね?」


権限の問題もあるだろうが、そこは今日来ている騎士団員の中で出来る限りを捻り出すべきだろう。

無手で誘って来てくれるような武闘派は少なくともこの魔導学園には居ないと断言しよう。

誰も彼もそこそこに魔導馬鹿である。


「因みにデイビア嬢だったらどんな餌を用意する?」

「そうですね、彼が武具にしている剣や性能を上げる研究を騎士団で有するとか」

「でもあれは魔導具では…」

「どうでしょう?私の所見では違いますが」

「……成程」


ぐっと騎士の声が低く小さくなった。

恐らく、魔導具ではない武具であれだけの魔導伝導率を持つものに思い当たったようだ。


ダンジョン産の鉱石を用いた武具。

広くは冒険者が使用する武具であり、その稀少性から騎士団ではあまり採用されていないのだろう。

それこそ何らかの形で市場に出回れば王宮魔導師の実働部隊が優先して手にする部類だ。


「そういう研究も王宮魔導師の管轄になるのでしょうか?」

「微妙なところだな、共同研究にはなりそうだが」

「使い手が騎士団だと明確にしないと実働部隊に持っていかれそうですね」

「いや、魔力量や陣形の視点からしても考慮する余地は多分にある。

 その方向で勧誘してみようかと思うよ!ありがとうデイビア嬢!」

「光栄です」


ぶんぶんと手を握り振られがくがくと身体が揺れる。

大きな身体に見合った凄い力だ。


「よしっ!レミック閣下はまだご子息のところに居るか!?」

「試合終わってしまいましたからどうでしょう…探して参ります」

「ああ頼んだ…ところでデイビア嬢は発案者として参加する気は?」

「畏れ多いで「あああダメ~~~!」」


そうヒルデガルドが答えている最中に王宮魔導師が割って入って来た。

さっきまで親の仇かといった恨めしい目で騎士を睨んでいつつも黙っていたのに。


「デイビア嬢は!純魔導師!運動苦手なところも含めて!!」

(一言余計だわ)


片やセルゲイとリリは噴き出し肩を震わせている。

世間の抱く印象通りの魔導師だとは自分でも思うが、敢えて人に指摘されるのは癪に障った。


「ねっねっ?デイビア嬢、見学会にも来てたじゃないか!」

「その節はお世話になりました」


必死に身振り手振りでアピールする目の前の魔導師は、確かに夏の体験会で顔合わせをした人物だ。

更に詳しく言えば、一緒に開発部であれこれ相談し合った仲でもある。

相変わらずどこか狂気じみた眼をしているが、ちゃんと寝ているのだろうか。


「また一緒に研究しようよ~~~~楽しかったじゃん~~!」

「私は人間らしい生活がしたいのです」

「おいでよ魔窟~~~!キミの障壁魔導具も魔導の軌道変えるのも何あれぇ~~教えてよぉ~!」

「サーンス講師に一つお渡ししていますよ?」


スンッと顔色を変えた魔導師に思わずセルゲイが「こわっ」と声を滑らす。


「もしかして例年、サーンス講師が見せてくれる魔導具の出処?」

「人を指さすのは御遠慮下さる?」

「即戦力!まごうことなく即戦力!!何?!何を差し出せば来てくれる?!!命?!」

「人を悪魔みたいに言わないで頂戴!」

「ラゲール君は騎士団に持っていかれたとしても君だけは確保せよって部長に言われてんだよぉ!」


今にも泣きだしそうな大人に流石のヒルデガルドもたじろいだ。

短い期間だったにも関わらず、開発部の部長まで自身の能力を高く買ってくれているのは素直に嬉しい。

しかし王宮魔導師になってまでやりたい事がヒルデガルドには無い。


そう告げれば彼はますます息巻いて餌を挙げてきた。


「お金?!研究費用なら僕も私費出しちゃうよ?!!貯金全然使ってないからたんまりあるし!

 設備だって部長が会議で競り勝って揃え始めてるんだよ君が来た時の為に~~~!」

「傍迷惑な!皮算用もいい加減になさって?!」

「食事だってメイドに運んでもらうよう賃金出す計画でさぁ!シャワー室だって掃除したんだよぉ!」

「それくらい自分たちでやれって私言いましたよねぇ?!!」

「え~~~~~~ん!!お願いっおねがい~~っ!願書だけでもっ受け取ってぇ!?」

「ぐぅ…!!」


勢いに押され、手に握らされた書類を受け取ってしまう。

受け取るだけならまだ何も話は進んでいないのだ、その筈だ。


「じゃあこっちも受理しておくねっ!!!」

「何の?!意味が分かりませんがっ?!!」


本当に意味が分からないまま、かの王宮魔導師は軽やかに大広間を出て行った。

嵐が去った後の静けさとはこの事か、と思い至る静寂が部屋に満ちていた。


「………あの人達と一週間、過ごしてたのかヒルディ」

「ウチの商品開発部の社員が可愛く思える」

「あの方が、特殊」


その前に来て勧誘していた王宮魔導師はもっと理性的だった。

同じ開発部の人も居たが、本当に、あの魔導師だけが尋常じゃないだけだ。

あれでも部長補佐の地位を持っているのだが。


ヒルデガルドは渡された書類を溜息と共に見下ろしては、力無く項垂れる。


「とりあえず…控室に置いてくるわ」

「おー」

「先に観戦席向かってるねー」


リリ達の力無い声援を受けながらとぼとぼと控室へ戻り、テーブルの上に無造作に書類を投げた。


ちらりと目にした書類の殆どが既に埋められており希望箇所はでかでかと「開発部」と書かれ、何なら「採用」の赤い印まで押されている。

勿論、名前の欄は既に「ヒルデガルド・デイビア」まで記載済みである。


「…はぁー…」


頭が痛い、と思わずこめかみを抑えて俯く。


これは誇るべき評価であり、自分の才覚ならば当然とすら思う気持ちもあるのだが。

感心が向かなければただの迷惑というもの。

断るに値する理由も熱意も無い時に、こうして強引に話が持ち込まれるのは中々に堪えた。


(まぁ確かに最新研究に携われるのは面白いのだろうけれど)


前向きに捉えようとしても心がそれ以上に進まず、まるでストンとその場に座り込むように動かない。

やらなければならないものでも無ければ、その場じゃないと出来ないものでも無い。

思考が落ち着く方向がそうであるならほぼ答えは出ていると言っていいだろう。


(なんて断ろう)


家族に相談しようか?

そうなると母が「結婚して家を守っちゃえばいいじゃなーい」とか言い出しそうだ。

それはそれで自分の望む形ではない、御免被る。


(リリの提案が現実味を帯びて来たわ…)


何度目かになる溜息を零し、ヒルデガルドが控室を出ると廊下の先で部屋から出て来た人物と目が合った。

彼は今にも跳ねだすかといった足取りと笑顔を零しつつ手を振り、ヒルデガルドとは反対の階段へと消えて行った。


「…………」


あの、肩書持ちの王宮魔導師の不審な挙動に怖気を覚えつつ、足早にヒルデガルドはその場を後にした。



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