38:目指す火輪の高さを知る
『この魔導祭で貴女の瞳に映る名誉を貴び、舞台に恥じぬ戦いをすることを――このセシル・レミック、家名に掛けて誓います』
その言葉は、「必ず僕は貴女と対峙するに相応しい戦いをしてみせる」とヒルデガルドには聞こえた。
だからヒルデガルドは宣誓を受け取らなかった。
あくまでもセシルは挑戦者であり、ヒルデガルドへその実力を見せてもなければ認められてもいない。
見せぬように努力する気概も高みを目指す意欲も。
己の箱庭を守らんとする気の強さも。
セシルの性質であると把握はしているが、だからと言って我が身相応とは微塵も考えていない。
彼が挑み追う者としてではなく、ヒルデガルドに並び立ち隣を望むのならば、好きにすればいい。
だが、甘んじてその手を伸ばし歩む速度を落とすような女ではないと分かっているのだろう?
追い掛けた背を抜き去り正面から叩きつけてみよ、と煽れば彼は笑みを深めた。
出来る、出来ないの話ではない。
家名を掛けた宣誓すら、未だ起きていない戦いへの意気込みでしかないと知れ。
希望を胸に抱き熱く瞳を輝かせるのが愚かだと、此処では敢えて嗤ってやろう挑戦者よ。
舞台の上で対峙する二人に降り注ぐ歓声。
野太い声援がヒルデガルドを殴る様にあちらこちらから上がる。
「精神統一は充分?」
「こう見えても大舞台には強いんですよ」
「見たまんまじゃない」
「デイビア先輩程じゃありませんけど」
過度な緊張を解くようにセシルが肩を竦め両の掌を広げて息を吐く。
ヒルデガルドの不敵な笑みに、やがて引き寄せられる様に彼も笑えば両者を見据えていた審判が開始を告げた。
先制したのはセシルだった。
懐から投げ込まれたのは数本の小さなナイフ。
(打ち落としもできるけれど)
敢えて魔導は発動させずに障壁魔導で阻む。
反射とは違う、衝撃に跳ねた軌道で落下する銀色を視界の端で捉えると、ヒルデガルドは一枚の紋を取り出して打ち抜いた。
巻き上がる旋風がナイフを地上へ落下する前に虚空へ持ち上げ、纏めて後方の場外へ放り出した。
直後背後で爆発が起きる。
(一纏まりで一武具扱いのナイフとは随分抜け道を分かってるじゃない!)
飛び道具や双剣などは同じ型であれば複数個で一武具扱い申請が通る。
しかし魔導師の体力的に身体を重くするのは機動力を下げるため、選択肢に入れる者は少ない。
加え、武具に毒などを付着させて使用する事は魔導祭規則では禁じられているので、そこまで攻撃として旨味がある訳でもないのだ。
だがセシルは投擲の際、柄に起爆の紋を張り付け魔力を通して見せた。
刺突に加え爆破という二段階攻撃を企てたのだ。
通常であれば魔導具ではないただのナイフは、障壁で阻んだ後に相手は意識を逸らすだろう。
その隙を狙って軽度といえ爆破が起きれば充分な目晦ましとなった。
見越してセシルは紋を描いていたが、ヒルデガルドの対処が予想以上に早かったため途中だ。
すかさずヒルデガルドがスリットからカードをばらまき打ち込む。
複数の紋が一気に発動し無数の火の弾が勢いよく舞台を奔る。
「ハッ!ひっど!」
多弾を障壁で受ける度に小爆発と煙が上がり、濛々とした中を反射された弾が威力を落としながらヒルデガルドへと牙を向ける。
それを更に描いた紋で迎撃しつつ、スリットから新たに紋を取り出して作動の機を窺う。
攻撃により遅延していた紋を描き上げてセシルが打ち抜けば稲妻が轟音と共にあちらこちらに落ちた。
本来は相手に多弾で直進する魔導だが、ヒルデガルドが火の弾を無数に起こす中で紛らわせた阻害魔導が上手く作動したようだ。
(でも思ったより乱れていない…風の適正が強いのね)
となれば、手段を変えた方が良いかもしれないとヒルデガルドはカード片手に紋を描く。
もうこれは見ないでも正確に描けるものだ。
昇り立つ土煙の中で走り位置を変えたセシルが再びナイフを投擲してきた。
歓声で風を切る音が聞き取りづらく、ややヒルデガルドも反応が遅れた。
魔導で打ち落とすのには間に合わず補助魔導具で障壁を押し出して、離れた場所での爆破を狙った。
「っ!」
途端、地面を疾風が走る。
ナイフに付けられた紋が先程と変わっていたようだ。
手で持っていた紋を打ち抜き、忽ち湧き上がった水流が疾風にぶつかり飛沫が派手に舞った。
ヒルデガルドが放った十八番の土塊は誰も居ない場所をぶち上げる。
片や目晦ましとなった飛沫を物ともせずセシルが間合いを飛び込んで来た。
魔力を前方に打ち出して自分の身体を押し出しつつ杖で紋を描き、更に浮遊魔導で距離を取る。
開いた間合いに再び彼が投げたナイフが刺さり、今度は稲妻が走った。
濡れた地面のせいで予期せぬ動きとなったからかバチバチと音を立てた閃光がセシルの背後を照らす。
「ぐっ!」
直後、彼の横っツラを土塊が叩いた。
既に現象として離れた場所で起きていた筈の、ヒルデガルドの不発の土塊。
反射障壁がその切っ先を僅かながらに押し返すもののなぜが推進力が落ちない。
勢いに押されるままセシルの身体が転がる。
体勢を整えつつ軌道から逸れようと咄嗟に後方に跳ぶが、待ち構えたように次の土塊が彼を打ち上げた。
「っ」
怒涛、その一言に尽きるヒルデガルドの攻撃。
紋を描く速度もさることながら、何枚ものストックを携え打ち抜く速さ。
手数が多く戦況は目まぐるしく変わり、対峙する相手は選択を常に強いられる。
虚空を舞いながらセシルはそんな事を思った。
自分が準備した反射付きの障壁魔導具の性能は即座に彼女に把握され、押し返せない質量での攻撃に切り替えられた。
描き途中だった紋をすぐさま読み取り場を優位に整えるため構えるだけでなく次点の攻撃を備えていた。
予期せぬ動きに現状の最善を瞬間で選び、臨機応変に攻め手を生かして変える。
隙が出来れば見逃してくれやしない。
追撃に増す追撃。
息つく暇さえ与えてくれない。
((でも、まだ))
そう思ったのはお互いだった。
セシルが魔導具に魔力を通し、ヒルデガルドは杖を向けた。
空を舞う華奢な身体がその反動で更に吹き飛ぼうと放たれた稲妻の砲撃。
爆発のような轟音が轟くよりも速く、ヒルデガルドが放った反射魔導がそれを打ち返す。
逸れた極太の稲妻は観客席と舞台を隔てる障壁を激しく揺らし上へと駆け抜けた。
爆音に思わず身を竦め眼を逸らした観客が顔を上げた時には、セシルは舞台外へ投げ出されていた。
「なんつー魔導具持ち込んでるのよ…」
過剰であろうともと、最大出力で反射魔導を放って正解だったとヒルデガルドは杖を下ろしながら一人安堵に胸を撫で下ろす。
反射先もセシルではなく上空にしたのも我ながら良い判断であった。
いくら反射付きの障壁魔導具を備えていたとしても、あの太さの稲妻は対処し切れないであろう。
そんな魔導を放つような切り札を持ち込んでいるのがまた何ともセシルらしいのだが。
落下を講師に補佐されたセシルに怪我はないようだが、両手で顔を覆い座り込んだままだ。
ヒルデガルドはゆっくりと舞台を進み、立ち位置でそれを眺めている。
やがて何とか立ち上がった彼が重い足取りで舞台に戻れば、周囲からは歓声と拍手が巻き起こった。
「…聞いていた以上に、激しいんですね」
「誰に聞いたかは知らないけど、モノは体験してみないと分からないわよね」
からりと笑ってみせるヒルデガルドの疲れ知らずの様子に増々セシルは肩を落とす。
「切り札だって過剰なくらいだと思ったのに…一応躊躇ったのに」
「ほぼ対城砲撃だった自覚はあったの」
「リースお兄さまが『これくらいしないと』って言ったから」
「人を何だと思ってんのかしら」
思わず半目になった相手に、セシルが苦笑を浮かべ手を差し出す。
それをヒルデガルドも快く握り返した。
「楽しかったわよセシル」
「お世辞なんて、らしくありませんよ」
慰められるのは談話室でもう卒業したのだと、零すセシルにヒルデガルドは眼を瞬かせた。
悔しそうに視線を合わせようともしない後輩はそれなりに自分を奮い立たせ、踏ん張っているようだ。
いじらしいと思うが、口にしないでおく。
「あと二年、精進なさいな」
「……」
ぎゅうと握った手に、彼の力が籠められる。
追い縋るのは談話室で卒業した訳ではないようだ。
白い手袋の下、きっとセシルの白魚のような華奢な手には不釣り合いな青筋が浮かんでいるのだろう。
「あと二年、早く僕が生まれていれば良かったのに」
呟かれた言葉には答えず、握られた手をそのまま掲げ周囲の観客席へヒルデガルドは手を振り返した。
視線を巡らせれば兄とレミック閣下が並んで拍手しているのが見えた。
爵位を考えれば可笑しな席順であるのだが、兄よそれで良いのだろうか。
出場者用観戦席には飛び跳ねる親友と幼馴染の姿があり、思わず無邪気な笑みが零れた。
その奥に、静かに手を叩くモーリスとサティの姿もあった。
隣のセシルはと言えば、何とか表情を取り繕い同じように手を大きく振り歓声へ応える。
敬愛する人が見ていていたよと示すように、彼の手を軽く引き視線を誘導した。
気付いたセシルは一瞬息を飲み込むも、普段通りの華やかな笑みを顔いっぱいに浮かべてみせた。
そんな中でも矢張り野太い声援が一際目立っていた。
「ちょっと、いい加減手ぇ離しなさいよ」
「仲良く退場するのもいいじゃないですかぁ」
「貴方の親衛隊に餌をやるつもりはないのよ!」
「知ってました?あの人達は僕が幸せそうだと喜ぶんですよ」
つまりそういう事だと二コリと強かに笑うセシルはもう普段通りの雰囲気で、ヒルデガルドは顔を引き攣らせた。
此方が気付かぬ間に婚約を打診し、大舞台で手を繋ぎ見せつけるこの策士っぷり。
成程、これぞ入学初日にモーリスの取り巻きへ牽制を仕掛ける強かさだ。
例え最上の結果を得られなかったとしても転んだままにしておかない精神は見上げたものだが、それに巻き込まれるヒルデガルドからしたら迷惑もいいところである。
建物内に戻っても頑なに離そうとしない手をどうにかして振り解こうと足掻くも、あの凄まじい攻撃出力の魔導具を見せられたりヒルデガルドが使っていた魔導具の見解を述べられたりと、まぁ見事に話を逸らされた。
趣味の話を振られれば思わず思考を其方に寄せてしまうヒルデガルドも悪いのだが、結局観戦席までもセシルはくっついて来た。
手を離さないで座れるよう、既に座っていた人間を潤んだ眼と懇願で追い払う姿にセルゲイもリリも愉快そうに大笑いをするばかりで手助けをしようとはしない。
結局、手を離してもらえたのはヒルデガルドが第五試合に向かう直前だった。




