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35:所謂、余波


「応援しているぞ妹よ、色んな意味でな」


レミック侯爵家の二人を見送った後、兄はそう言い残して肩を竦め一般観覧席方面へと消えて行った。

言われずともヒルデガルドの瞳は面会をする前よりも爛々と輝き、その立ち姿は開会式で多くの人の眼を惹くほど凄然とした闘志を伴い美しかった。


対戦表はあちらこちらに掲示されているが原本は主催である学校側の詰め所にある。

この原本による書き込みが連動し各箇所の対戦表が更新される仕組みとなっているのだ。

勿論動作確認は準備期間内に生徒会が講師立ち合いの下で行った。


舞台に程近い大広間の控室に張り出された対戦表の周囲には、次の出場者たちの人壁が出来ていた。

着々と進む試合へ降り注ぐ歓声と魔導の轟音を背景に聞きながらヒルデガルドはそれを遠目に眺め、自らの訓練服のスリットに仕込んだ導図を徒に撫でて確かめる。


「あ、ヒルディ!」

「一回戦突破おめでとうリリ」

「ありがと!」


親友の晴れ舞台を出場者用観戦席で見ていたが、危なげなく秒殺で障壁ごと一人フッ飛ばしていた。

振り返る事もなくさっと舞台から降りてゆくリリのかっこよさに痺れた、と語れば照れくさそうに彼女は笑いながら対戦表へと視線を向けた。


「セルの試合はもうちょい先かぁ」

「他の試合見ながら待つ?それとも檄を飛ばしに行く?」

「開会式前に喝入れしたから良いかなー」

「いつの間に」


流石抜け目ない、とヒルデガルドが零せばリリは少し頬を染めて可愛らしく明後日の方向に眼を泳がす。


「…喝入れねぇ?」

「そうよ、セルにとっては一番効くヤツをね」

「リリにしかできないヤツね、よくやったわ偉い」

「褒められるのも違う」


二人して笑い声を上げながら自然と足は観覧席へと向かう。

多くの学生は訓練服だが、家の権威を掛けたのだろうといった豪奢な装いや、それこそいつも通りが一番実力が出せるのだろう、制服のままの出場者もちらほらと目につく。


(や、制服の子は後輩か…そっか婚約者や親族なら出場者用区域も立ち入り出来るものね)


魔導祭の安全を保つため出場者は負けても最後まで専用区域からは出ない事となっている。

そこへ立ち入りを許されるのは親族や婚約者までで、生憎正式な契約のない恋人や友人、後輩は離れた応援席から出場者の雄姿を応援するしかない。

複数ある出入口には騎士や王宮魔導師が立ち随時警戒をしているが、毎年一定数の侵入者が出ているので彼等の働きは言うまでもない。


「やぁ~~~!やっと見つけたよ緋色の君!!」


さて、と観戦席に出る階段を上り切った矢先、後ろからぐいと腰を引かれヒルデガルドがたたらを踏む。

反射神経の良いリリが思わず手を伸ばしてくれたが、生憎その身体は後方に傾ぐと共にぐるりと爪先が空をきって身体が持ち上げられた。


「ひっ」


堪らず己の身体を掴む安定した腕に手を伸ばし掴むが、視界に入った金色の美男子を認識した直後に離し、何ならその頭を思いきり叩いた。


「危ないじゃないですか!怪我したらどうするんですか!」

「これでも鍛えているんだよ?安定しているだろう?」

「人一人持ち上げるのに魔力使う男が何をほざいてるんだか」


身体が持ち上がる瞬間に魔導未満、魔力の動く気配を足元にしっかりと感じていた。

恐らく掲げる補佐で魔力を放出した後、今は身体強化にでも回しているのだろう。


杖も無くまぁ繊細で無駄のない流動的な魔力操作を、無駄な動きの為にする。

教えた先生役(モーリス)が良かったのか、流石公爵家の血筋と言ったところだろうか。

兎に角いい加減下ろせとヒルデガルドは今度こそ拳を構えた。


「感動の再会ではない?」

「不法侵入者ですよね」

「ちっがうよ!ほらちゃんと見て!」


誇らしげに彼が懐から取り出したのは、首から下げていた許可証だった。


「は?ご親族いらっしゃいませんよねフォーレ先輩」

「やぁリリ嬢!先程の冷静で素早い見極め、そして繊細な魔力操作は美しかったよ!惚れそう!」

「ありがとうございます不要です。ヒルディその許可証偽造?突き出す?」

「リリ嬢と話すのはほぼ初対面なのに何故こんなに辛辣なのかな?ヒルデガルドちゃん」


フォーレ先輩が首から下げていた許可証を見ていたヒルデガルドが、さも嫌なものを見たと言いたげにそれを思いきり振り捨てれば、勢いのままカードが男の顔面にぶつかる。

その一瞬を見て腕関節の筋をごりっと押し退け、ヒルデガルドはやっと地に足を付けた。


「知らなかった…フォーレ公爵家とレミック家って親戚同士だったのね」

「え?ああー…そっか、金糸雀」


後ろを振り返らずにリリの元まで駆け上り、賑やかな会場を見渡せる出場者用観戦席を進む。


「入れ違いだったからそこまで気にしなかったわ」

「もしかして去年、金糸雀もフォーレ先輩の応援に入って来てたのかもね。

 だってホラ、愛しのお兄さまも指名受けて出場していたし」

「猶更知らないわ」


去年一昨年は控室ではなく、観戦席にヒルデガルドはほぼずっと居た。

指名出場者以外の後輩は基本的に一般観覧席側であり、出場者用観戦席ほど舞台が近くない。

特等席で先輩達の、自分がまだ学んでいない魔導や彼等が考え出した魔導具を観察できる少ない機会なのだから当然と言えば当然であるが。

その分舞台と一般観覧席を隔てる障壁の内部に座るため、流れ弾からの自分の身は自分で守った。


「懐かしいねぇ…観客席側からも分かるくらいずーっと居たよね、ヒルデガルドちゃん」

「セシルの応援に向かわれたら如何ですか」


さも当然のように隣へ座って来たテオドールへ視線も寄越さず言い放つ。

彼は長い脚を優雅に組み、嫣然と髪を掻きあげる。


「セシーが随分可愛げの無い事を言うものだから腹が立ってねぇ…何て言ったと思う?」

「部外者?」

「不審者?」

「従兄だよ」


リリとヒルデガルドの息の合った太々しい言葉に彼は楽しそうに肩を揺らしては、視線を舞台へ向けた。


「『テオお兄さまみたいな卑怯な手を僕は使いません!』だってさ」

「ああ…まぁそれは確かに腹が立ちますね」


事も無げに返すヒルデガルドの横顔を、テオドールが言葉なく見据える。


「……あんな人をボロクソにした子が言う台詞とは思えないね」

「ねちっこいんですよ、あんな手を使われれば私とて腹を立てます」

「ヒルディの沸点はもとより低いでしょ」

「リリにだけは寛容な筈なのだけれど」

「羨ましいですか?フォーレ先輩」

「ハンカチ噛みそう」


大体三分の一、第一試合が消化されたのであろう。

一時舞台と観覧席を区切る障壁魔導具の点検や審判の休憩へと入り、これが終わると指名対戦の一つが催される。


「ねぇヒルデガルドちゃん、閣下から聞いたよ」

「…」

「あの条件なら猶更俺で良くない?それとも去年の力量ですら足りない?」

「今の先輩は去年よりも本気を出すと?」


真っ直ぐに見つめる青紫の瞳に、テオドールは押し黙った。

嘘も、見栄も、全てを洗い浚い流され、雑踏すら聞こえない。


「それが答えですよ」

「火輪に炙られた燃え滓に与える慈悲など無いって訳か」

「炙られるも何も、地面から飛びもしなかったでしょう貴方は。

 見上げているだけで火輪が落ちる訳ないでしょう」

「そりゃそうだ」


苦笑を残してテオドールは立ち上がると建物内に消えて行った。

途中から口を閉ざし会話を見守っていたリリへ、ヒルデガルドが漸く曖昧な笑みを浮かべ顔を向ける。


「見合いの話、あれ、相手がセシルだったの」

「………………?」


声を出そうとしたのだろうも、リリの驚嘆は音に成らなず消えた。

それを笑い、ヒルデガルドは人のまばらな舞台を見つめては表情を沈ませた。


「どれが切欠なのかも私としては曖昧だけど…向こうは本気みたい」

「……衝撃、的、過ぎて…ちょっと待って…」

「うん」


微かに視線を下げて考え込むリリを視界の端に捉えたまま、ぼんやりと舞台の上に指名対戦のために登場した男を見つめていた。


(予定ではもっと後だった筈なのに、何かあったのかな)


彼はさらさらと黒い髪を風に揺らし、真っ直ぐに背筋を伸ばし観客席方々への顔見世と礼をする。

開会式の宣誓もそういえばやっていたなと、そしてあの時も後ろ姿だった事を思い起こす。

モーリスは今年も黒い訓練服だ。

縁取りに銀糸、差し色の瞳の色が美しい造りの、彼に良く似合う衣装だと改めて思う。


すらりと余計長く見える脚に沿って今年は剣を佩いていた。

杖の代わりにするにはあまりにも長く重いそれを、何故魔導祭で選んだのだろう。


(魔力の伝導率が高い鉱物の場合、魔導具扱いにはならないのだったけ?

 でもそんなの最早宝剣じゃない…アイツこの前と同じような事しでかしてない…?)


舞台に上がって来た対戦相手はヒルデガルドの知らない女の後輩で、彼女は示し合わせたようにモーリスと同じ黒い衣装を身に纏っており、遠目で見るとお揃いのようにも見える。

少女は亜麻色の髪を複雑に結い上げているのだが、果たしてあんな髪型で戦えるのだろうか。


そんな事をぼんやり考えるヒルデガルドに気付いていないのか、モーリスは一度も此方を見なかった。


「…お兄さんは何て?」

「私の好きにしろって感じだけど、お母さんが推しているとは言ってたかな。

 さっきの呼び出しでセシルの御父上にもご挨拶して、卒業までは話を進めないって確認したの」

「はぁ…とんだ伏兵だわ…で、ヒルディ的にはどうなの?」


眼下で試合が始まった。

モーリスが腰から下げていた剣を抜き終わる前に少女の雷撃が走る。


(初激が速い、魔導具か。でも威力は低い猫だまし…魔力量で出力を上げるものかしら)


相手を見据える彼の周囲に障壁が展開されるが、見た事も無い相殺に思わずヒルデガルドが腰を浮かす。

それは観客席も同じなのか、ざわりと揺れる音に彼は構いもせず疾走し剣を一振り。

地面を一閃し抉るような風が足元から少女を容赦なく空へと巻き上げた。


威力は見かけ通り相当だったのだが、障壁を破壊されたものの彼女は無事なようで、高く打ち上げられた状態から体勢を整えようと杖を抜かんとする。

途端、追随するように巻き上がっていた土煙の中でチラチラと光っていた何かが駆けあがるように彼女の胸元までを覆った。


(一閃の土煙に隠して氷の魔導、しかも時間差!)


腕まで凍らされた彼女が成す術もなく地面に叩き付けられようとするのを、せめてもの気遣いかモーリスが紋を描き放った風が阻止したが、結局すべての勢いは消されず彼女は身体を打ち付けつつ舞台外へと転がり落ちた。

一連の動きを見終えると静かに彼は剣を鞘に納め最初の立ち位置に戻り、礼を尽くす。


いつの間にか静寂に満ちていた会場が、歓声で爆発する。

喝采を浴びる主役はするりと舞台から降りて建物へと戻っていく。

ヒルデガルドに見えたモーリスの横顔は、周囲の空気と対照的に、研ぎ澄まされた刃のように鋭く静かだった。


「…すっご」


リリが思わず呟いた声にヒルデガルドも小さく頷いた。


「実践向きな動きだったわね」

「一年次とかもっとなんか、こう水の珠の上ぽよぽよさせて出すとか笑えるのだったのに」


そういえばそんな穏やかな指名対戦をしていたな、と思い返しては随分昔に感じる。

あの頃は面白半分で絡んできた先輩と楽しそうに魔導を披露していた。


「相手に思うところでもあったんじゃない?」

「まぁあの子モーリスの追っかけやってるからねぇ」

「…実際に居るんだ、そういう事する人」

「ええ?去年から凄かったじゃな…ああヒルディ、図書館通いしてたもんね」


寧ろあの、人当たりの良い穏やかの代名詞である男がそこまで苦手な人が居るというのが意外だ。

モーリスも今年は二人から指名を受けていた筈だが、もう一人は今頃震えている事だろうに。

どうか精々善戦出来るよう頑張れば良い。


「あれ、ヒルディならどう攻略するの?」

「もとよりモーリス相手に先手を取ろうとしないからなぁ…でもあれなら接近一択かな」

「まさかの肉弾戦?自分の身体能力過信してない?」

「失礼ね」


威力はかなりあるが、ヒルデガルドの準備している障壁魔導具なら捌ける。

寧ろ懐に入られる前にと彼があの一撃を放ったのなら、恐らく障壁はそこまで耐久値はない。


(そもそもあの障壁、魔導を()()()


障壁、の名の通りに遮り隔てる効果を持つのが障壁魔導具だ。

しかしモーリスの魔導具は受けた攻撃をわずかに逸らし、後方へ受け流した。


(つまり多弾で押し流して処理を麻痺させるか、物理で攻めて避け地を作らせない)


そうヒルデガルドは静かに対処法を思考したが相手はあの秀才だ。

見越した対策としてもう一つの魔導具を所持している可能性も高い。

ただ、やはりあの剣は魔力伝導が高いようであるが杖として紋を打ち抜くのは使いづらそうだ。


(一閃が魔力で押し出した斬撃っぽいけど風も併用している気がするし、何より氷の魔導。

紋を描いていた様子は見逃したし、後から撃ち出したとしてもタイミングが絶妙過ぎる。

武具を魔導具と見るか、もう一つの魔導具が攻撃補助と見るか…それもだけどあの障壁魔導具よ!どうやったらあんな動きで魔導を流せるというの?!常に流動させる構成にして?いや障壁の前提条件にそれを入れて発動条件は別に設定すれば)


「ヒルディ~そろそろ戻っておいでー」

「あ、ごめん」


気が付けば既に次の試合が始まって終わっていた。

セルゲイの出番もそろそろだろう。


「で、話戻すんだけどさぁ」

「どのあたりに?」

「ヒルディ的にどうなの?ってとこ」

「ああ…」


先程まで出ていた脳汁がスンと止まった様子が見ても分かるのか、リリが苦笑する。


「そんな先の話でも無いでしょうに、気分落とさないでよ」

「別に趣味に比べたらなんでもそうなるでしょうよ…。

 そうね、現状なら卒業後であろうと確実に断る」

「現状なら?何?物語みたいに第二形態でもあるの彼」


既に入学時から比べれば第二形態だろうと呟くのが面白すぎてヒルデガルドも思わず声を上げて笑った。


「私からしたらどっちも同じだからねぇ」

「それもそれで酷い言い草だわ」

「魔導祭で、どれだけ本気か見せてもらうのよ」

「はぁー…元々はモーリスの名誉を守る的な流れだったのにね」

「そういえばそうね」


言われてみればそんな流れだったなと思い出し、真顔で頷く。

セシルは覚えているのだろうか。

まぁモーリスの名誉は自分たちの勝敗で揺るぐような軽いものではないのは確かだ。


先程の戦いぶりを見れば見学した王宮魔導師だけでなく、騎士団も思うところはあるだろう。

才能溢れる彼ならどちらにでも、他の道を選んでも結果を出しそうだ。


(いつか何処かの戦場で、ああやって戦うのかな)


その時モーリスが対峙するのが人か魔物かも分からないし、そもそも実践に出ずに終わる事になるかもしれないのに、ヒルデガルドは覚えのある焦燥が込み上げてくるのを感じていた。


(…ダンジョン用の障壁魔導具じゃ足りないかな)


そもそもあれだけの障壁魔導具を自分で用意出来るのならヒルデガルドのお節介など不要だろうに。

良く考えればそんな事、夏が始まる前に気付けた筈だった。


だけど彼女は突き動かされた。


「……人の為に、とか言う人間あんまり好きじゃないのよね」

「お、急に悪役ムーブ?」

「だからモーリスの名誉なんかより、私に認められようと発起している方が好ましいのよね。

 中々分かってるのよあの金糸雀…望み通り思いきりコテンパンにしてやるわ」

「発破かけられてるのヒルディの方なの」


やっと出て来たセルゲイが観戦席に愛しい恋人を見つけたが、その隣に嗤う魔王が居たのが本当に謎だった。



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