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34:幕裏で発破


 いよいよ魔導祭が近づくと準備を後回しにしていた学生が死相を浮かべ始める。

その中には呆れた事に幼馴染のセルゲイも含まれているようで、ヒルデガルドは思わず半目になった。


本来生徒会役員は総出で開催補助として、学園講師の手伝いや、会場の警備及び障壁魔導具等を動作させるため派遣される王宮魔導師と騎士団との打ち合わせも行わなければならないのだ。

つまり東奔西走、生徒会が生徒会として活動する時期でもある。


(にも関わらず!!副会長の癖してあの野郎!)


この怒りは髪を振り乱し鈍足で走り回るヒルデガルドだけでなく、他役員である後輩達も抱いている。

なんならセルに直訴し指名を入れて貰った二年生である生徒会長ソフィーの殺意が日に日に研ぎ澄まされ、高められているのを誰も宥めないくらいだ。

積み重なった経費書類を捌き乍らヒルデガルドもセルの戦い方や攻略法を話してしまうのも仕方ない。


「アレは足場が無くても自分で作るから早急に阻害して捕縛、何よりも捕縛」

「成程、私が用意できる最高の阻害魔導具持ち込みますね」

「恐らくセルなら、成績的に指名対戦早めに行われるだろうけど気にせずやっておしまい」

「捕縛に用いるのにオススメの魔導あります?」

「水、水魔導一択。私のせいでアイツ火と土の対処は別格だから」

「息の根って止めていいんでしたっけ?」


そんなやり取りをしつつ忙しい放課後の合間を縫っては商会に足を運び、なんとか自分の補助魔導具をもう一つ仕上げさせてもらう代わりに別の商品開発に声を掛けられ手伝う事になった。

いや私は既に別の開発が…お駄賃下さるんですかぁ、分かりました魔導祭終わってからになりますが、と行きよりも帰りの方が書類荷物を増やして寮に帰ってきた時にはリリに笑われた。



 激流のような日々を過ごしている間に、魔導祭当日が訪れた。


会場は学園の端にある実技場だ。

この日ばかりは観客席が高位貴族の為に華やかに飾られ、国旗だけでなく有力貴族家の旗がはためき、学園生だけでなく観覧する親族や招待客分もと席が臨時増席され普段より規模が随分広くなる。

日が昇れば続々と校門だけでなく外の路上にも馬車が溢れ、制服とは違う色鮮やかな服装の人々で溢れ返り、増々賑わいを増してゆく姿は中央の舞台から見上げても壮観である。


天候にも恵まれ雲一つない秋晴れで、少しだけ風が冷たいが出場者には丁度良いくらいだ。


ヒルデガルドは長い髪を高い位置で一つに結い上げ、普段の長いスカートから装いを変え、赤褐色生地の詰襟テイルコートと黒い細身のズボンを身に纏っていた。


腰から装飾の控えめな鞘に納めた杖を下げ、膝下までの編み上げブーツをリズム良く打ち響かせながら最終打ち合わせをするため実技場内に設置された生徒会役員用の控室へ向かう。

この廊下ですれ違う人は出場者よりも補佐する大人ばかりだからか、目に入る人が次々と「凛々しいな!」「強そう!かっこいいよ!」「頑張れ」と激励交じりの誉め言葉を飛ばしてくれるのが何とも気持ちを高揚させてくれる。


控室に入れば顔色の悪いセルと目が合った。

どうやら既に生徒会長から言葉での一撃でももらったのかもしれない。


「ヒルディ…信じてたのに…」

「己の胸に手を当ててみなさいな、副会長」

「俺の繊細な胸が震えている」

「そのまま止まらなければ良いわね」


軽口を叩きつつ、予定や担当業務の再確認と伝達をしている内にどんどん会場の方は賑やかになる。

ふと顔を上げたヒルデガルドの肩に、学園内でのみ使用が許可されている伝令魔導の小鳥が降り立った。

さっと杖で触れれば鳥は一瞬で三つ折りの手紙に変わる。


「呼び出しか?」

「うん、お兄ちゃんが応接室に来てるみたい」

「激励かね」

「それよりも例の件じゃない?」

「あー…」


何も試合前にしなくても、と言いたげなセルゲイに肩を竦めて見せ、ヒルデガルドは後輩からの激励もそこそこに裾を翻し実技場の一画にある応接室へと向かった。


「お兄ちゃん」

「元気そうだな…なんだまたそんな、強そうな恰好で」

「今までの黒い訓練服を『悪役』って言ってたのはどの口よ」


軽快な言葉のやり取りをしつつ抱擁と親愛のキスを交わし終え、夏休み振りの兄の顔をしげしげと見る。


「痩せた?」

「やつれた」

「執筆?領地経営?忙しいの?」

「気にするな、ちょっと気疲れしただけだから…」


手を振っては妹の視線を散らすように誤魔化して用意されていた茶を雑に啜る。

確かに兄なら趣味の執筆活動中はもっと生き生きとしているのだ。

寝食を削っているのに肌艶良くなる仕組みは良く分からないが、妹も似たようなものなので血筋だろう。


「爵位継いで間もないからねぇ、抱え込まないで相談してよ?」

「ありがとなー…じゃあお言葉に甘えて相談したいんだが」

「どうぞ?」

「お前への婚約打診、つまりはまぁ見合いだが…その相手がここに来る」

「…………は?」


それは相談ではないのでは?と言いかけた口を無理やり閉ざし、ヒルデガルドは真面目な顔で兄をまじまじと見上げてもう一度言ってみろと圧を掛ける。


「お前の、見合い相手様が、ここに直接、わざわざ、ご挨拶を下さりに、いらっしゃる」

「………」


流石は兄というべきか。

妹の圧にも屈せず、寧ろ圧を掛けてくる言い方で返してきた。

今度こそヒルデガルドは痛む頭を抑え、深く嘆息を吐きだした。


「…高位貴族、なのね……確認だけど、釣書が家に届いたのは?」

「そっちはお前が学園に戻ったのと入れ違いだ」

「つまり私の予定が分かる相手、という訳か」


いつの日かリリと夜、寮のベッドでうわごとのように話した事が脳裏を過り背筋が震えた。


「お持ちくださった使者の方は、お前が学園生活を楽しむ事をお相手も望んでいるとの事でな。

 だから卒業を待つのは既に先方の想定内だったから、その時は良かったのだが…」

「不安になってきちゃったのね…お兄ちゃん…」

「というか母が」

「お兄ちゃんが趣味と仕事に生きすぎて結婚遅いから」

「血筋だ、血筋」


前デイビア伯爵である父も、彼の場合は狩猟だが、趣味に生きる人だ。

故に結婚は遅かったが年若い母の猛攻に絆されるとすぐに姉と兄を授かった。

その後、歳が離れた末っ子のヒルデガルドが誕生するのだが、そういえば自分が生まれた時の姉兄も大体学園に入った頃であろうと思い浮かべ、なんともなしに顔を顰めた。


「可愛がり対象が欲しいのね…お母さん…」

「子ども、というかアレは見合いの相手を気に入った様子かな」

「何よそれ…」


見合い相手を母が気に入るとはどういう事だ。

少なくとも結婚を視野に入れているなら随分育った男だろうに、それほど何かを可愛がりたいのか。

もう兄は壮年に差し掛かり、可愛いと称するのは厳しいから仕方ないのかもしれないが。


「俺も驚いたが………なぁ、気の迷いとかじゃないか?」

「質問の意味が分からないんだけど」

「いや、この席を望んだのは先方だから俺はあまり口を挟む気は無いのだが」

「めちゃくちゃ口挟んで濁してるじゃない」

「だってなぁ…」


腕を組み、兄が天井を仰いだ時だった。

控えめなノック音と来客を報せる声に兄が応え、二人して立ち上がり高位貴族を迎える為に頭を下げる。

靴音から複数人、恐らく二人か。

ヒルデガルドの視界の端を磨かれた軍靴が過った。


「顔を上げてくれ」


厳かな声音に顔を上げたそこには、人は此処まで分厚くなれるのかと驚くような屈強な身体を紺地の軍服に包んだ声の通りに厳格な雰囲気を持った長身の男性が居た。


「…………………」


その隣にはまるで人種が違うかのような華奢な出で立ちで、同じく紺地の軍服を模したであろう訓練服を纏ったセシルが佇み、ヒルデガルドと目が合うと二コリとその若葉のような瞳を細める。


「挨拶が遅れてすまない。レミック侯爵家当主のモデスト・レミックと言う。

 こっちが三男のセシルだ」

「直接ご挨拶出来て嬉しいです、セシル・レミックと申します」


「ご丁寧にありがとう存じますレミック侯爵、セシル様。

 デイビア伯爵家当主のリーディッヒと妹のヒルデガルドがご挨拶させて頂きます」

「お目に掛かれて光栄です閣下、セシル様。ヒルデガルドと申します」

「美しいお嬢さんだ、さぁかけてくれ」

「ありがとう存じます」


猫を溺れるくらい借りてきて淑やかな笑みを浮かべ腰掛ける最中、ちらりと目が合ったセシルは悪戯に成功したように満足げな笑みを口元へ浮かべていた。


(おま、お前!このっ!!お前!!!あとで見ていなさいよ?!!)


「さて、若い二人とも魔導祭もあるから手短に話させてもらうが構わないだろうか?」

「ええ勿論」


田舎の伯爵家が王都に居を構える高位貴族に口答えなどする筈がない。

どうりで兄がやつれる訳だ。

貴族情報に疎いヒルデガルドから見ても軍人として地位の高そうな相手、レミック侯爵家からの申し出を先方の理解があれど引き延ばしているのだから、気が気じゃないのだろう。

はしゃいでる気持ちはさておき、母の進言も尤もだ。


「見合いの話を届けさせた時に使いに確認はさせた筈だが」

「父上、それは私から」

「む?そうか」


毅然と男座りをするセシルの姿は様になっているものの、やはり可憐さが漂う。

まるで軍神の一輪華のようだ。

彼は父親を見上げ言葉を止めると、ヒルデガルドへ一度微笑みかけてから顔を引き絞めリーディッヒを見据える。


「私はデイビア先輩…ヒルデガルド嬢がこの学園での学びを謳歌するのを邪魔したくないのです」

「なんとも畏れ多いです。しかし妹はこの学園で学ぶ事を大いに楽しんでいるのは事実ですね」

「ええ、私も日々ヒルデガルド嬢の生き生きした姿を見るのがとても幸せですから。

 恐らくその点を気にされているのではと考え、こうしてお時間を頂きました」


(突っかかって来てたのはそっちの癖に、まー良く言う)


ヒルデガルドが張り付けた微笑みの下でそう考えているのが分かったのか、セシルの視線が向けられた。

思わずピクリと口角が震える。


「私はまだ一年次ですが、ヒルデガルド嬢は残すは僅か。

 こうして共に学び舎で過ごせる時間を私は何よりも大切にしたいのです」


学園内でセシルと過ごす時間など、ほぼヒルデガルドの記憶にない。

それは恐らく語るセシル自身も分かっている。

だが、敢えて口に出したのは、きっとあの時話した言葉を覚えているからなのだろう。


「『学びへの意欲ある者こそ学園に通う意義がある』、あの日貴女が語ってくれた言葉が今も私を突き動かしているのですよ…デイビア先輩」

「…光栄ですわ、セシル様」

「そこはいつも通りに呼んでくださいよ」


そう笑うセシルこそ、いつも通りに甘ったれ媚びた声音で話して欲しい。

急にこんなまともな『少年』らしさを前面に出されて戸惑ってしまうではないか。

ひとしきり笑いを収めると、彼は再びリーディッヒへ顔を向ける。


「ですからご令嬢の在学中、此方が強引に話を進めるつもりは御座いませんのでご安心を」

「…そうですか」


傍から見ても分かる程に安堵の息を零す兄に、セシルが二コリと微笑む。


「ですが」

「はい」

「ヒルデガルド嬢が望むのであればその限りではありません、とだけ」

「…………左様、ですか」


このセシルの言葉に笑えたのは、彼の父親だけだった。

デイビア伯爵家は二人して硬直して言葉を失くしている。


「いいのかセシル、そんな悠長な事を言ってて。

 話を聞いていた以上にご令嬢は美しく、凛々しい方だが?」

「父上に言われずとも分かっております」


失礼、と小さく声を掛けてセシルが徐に立ち上がり、ヒルデガルドの傍へ膝をつく。

薄い胸板に白い手袋をつけていても華奢だと分かる指先を当て、真っ直ぐな瞳で見上げてくる。

柔らかそうな繊細な金髪に、瑞々しい若葉を思わせる美しい瞳。

白い肌理細やかな肌にすっと通る鼻筋に、可憐なつぼみのような小さな唇。


確かに高名な画家が描いた軌跡の美少女に見えたのに、ちょっと見ないうちに面差しは精悍さを伴い、仕草はぐっと性差を抱かせるほどに磨きがかかっていた。


可愛いものをあれ程悦び楽しみ、好み、似合うような人。

今のセシルをセシル自身がどう思っているのか聞いた事はないが、傍らに跪く彼は心底嬉しそうに笑うからヒルデガルドも仕方なしに笑うしかない。


「デイビア先輩」

「なぁに、…セシル」

「僕はまだまだ足りないのだとちゃんと自覚してます」

「自らを振り返る事が出来る者は大概強かよね」

「そうありたくて、今日まで黙っていました」


そっと握り締められていたセシルの指先がヒルデガルドの手を取り引き寄せる。

額に掲げられる訳でもなく、唇を向ける訳でもなく。

ただただ、微かに彼の震える細い指先の感触があった。


「この魔導祭で貴女の瞳に映る名誉を貴び、舞台に恥じぬ戦いをすることを――このセシル・レミック、家名に掛けて誓います」


微笑みを失敗した顔で見上げる相手に、うっそりと女の口角が歪む。


「希わないその姿勢、勇ましいじゃないセシル」

「先輩はどうしてそう…ああもう、格好つけたのに!」

「報復が舞台上だけだと思うからいけないのよ。私は何時だって何処でだって、私よ」


嫣然よりも泰然とした、と称するような嗤いを浮かべるヒルデガルドを見上げるセシルが、今度こそ美しい微笑みを浮かべた。


「誓いを受け取らせたいのならどうぞ叩きつけてみなさいな」

「受け取らせたらもう婚約期間設けませんよデイビア先輩?自分で蒔いた種ですからね?」

「ちょっと性格違い過ぎない貴方」


いよいよ幕開けの鐘が鳴り響く。



リーディッヒ:ヒルデガルド兄

(どう見ても美少女なのに男なのかぁ…しかしあの御方と言い、マジで妹に懸想してるのかぁ…そしてこの数年で悪役風味増してるのなんだろーなーそんな作品、俺書いて無いんだけどなぁー)


モデスト:セシル父

(気の強い女に惹かれるのは血だな…しかしセシルも気が強いのにあのお嬢さんの方が強いのか…)

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