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33:その原動力は(武力的に)前向きな気持ち


 所謂これは『モテ期』とやらじゃないだろうか。


「……………」


そんな馬鹿馬鹿しい自惚れをするが、どちらからも告白をされていない、という現実。

更にサティはモーリスほどあからさまな視線をそこまでヒルデガルドに寄越していない気もする。


「あれ?私好かれてる?」程度のものを休日中にも思ったのは確かだが、昨日一瞬だが抱き締められたようなそうじゃないような出来事を気にするべきか否かは、実は親友のリリにも言えずに居た。


(何となく…サティの話をこれ以上するのは、可哀そうってのがなぁ)


どちらも男で、同い年で、穏やかで人当たりが良いのも似ているが。

モーリスは人当たりが良いと言うより、結構周りをどうでも良いと見做している気がするからか、言いふらさないとはしてもリリに話すのに抵抗が無いのかもしれない。

だがサティの方は周囲の事も気にする。何なら気にし過ぎてしまったのが一年次だ。

此方がこれ以上リリに話し、気にしているのを察しそうだし、それで苦しむのが気の毒に思える。


ガスガスと音を立てながら魔石を削りつつどうしたものかとヒルデガルドは唇を尖らせる。


(別に同情しているとかそういうのでは無いし…嫌いじゃない、寧ろ良い人だ)


少し気の弱そうな面差しも、以前に比べてぐっと努力して勉強家な面が出て来た事も好ましい。

図書館で、控えめな笑顔が見れた時など勝手に手懐けた心地になっていたのはヒルデガルドの方で。


偶然知ったとは言え休日の過ごし方は共通して楽しめるものだったり、彼の気取らない服装は此方としても肩肘張らなくて良い。

如何にも貴族らしい恰好が苦手な訳ではないけれど、ヒルデガルドは買い食いもしたいし、年頃らしくはしゃぎたい気持ちだってあるのだ。


「あっ」


パキリと削り過ぎた魔石が割れてしまい、天井を仰ぐ。

強く眼を閉じては、長い長い息を吐いて椅子にぐったりと持たれた。


(……ほんと、何考えてんだろ)


好きだと言われた訳じゃない。

言われたところで、付き合う気はない。


そう言い張りながら期待して、想像して、勝手に比べて。

私は一体何様のつもりだろう。


「…ヒルデガルド・デイビア様だっつーの」


ぼそりと口汚く言い払い、割れた魔石を片付けて新たな魔石を作業台に乗せた。

今度こそ、今度こそは集中して削らなければ。

この魔導具は障壁魔導具のように使い切る予定はなく、数も予備を含めて二つしか作らないのだ。

そう多く相応しい質の魔石が手持ちにある訳じゃない状況を改めて認識しつつ気合を込めて息を吐く。


先程よりは小ぶりな魔石だから力任せに削る訳にもいかない。

研磨用の道具を稼働させ少しずつ、少しずつその大きさを削いでいく。

粉塵がキラキラと舞う中で意識も次第に研ぎ澄まされてゆく。


填める大きさまで形を整えた後は台座に落とし、今度は高さを調整する。

既に出来上がっている蓋に丁度良く当たる高さを見極めながら、削っては蓋を閉め、また削ってを繰り返すのだ。

やがてカチリと金具が見事に嵌り、持ち上げて傾けても重心がぶれない事をまずは手元で感じてから改めて天秤の上に置き微細なブレを確認して、再び手元に戻しては開き整える。


今ヒルデガルドが作っているのはとても繊細な魔導具だ。

導図もさることながら、その芯となる魔石の重心が常に一定を示さなければならない。


なんせこれは、持ち主の指向と魔導の方向性を各段に上げる特殊な品なのだ。


多くの魔導具は現象を起こす方向を魔導師が指定する。

一度手元から離れる、現象として起きた魔導の操作は出来ない――これが常識であった。


つまり追尾、反射などの操作は元より導図に含まれており後に魔導師が操っている訳ではない。

攻撃魔法の多弾も一方向が常で、ヒルデガルドが得意とする土塊の突き上げも直線である。

セシルが見せた反射障壁も入射角度と同等へ返す指定が導図に込められており、基本導図とは別で手動切り替えで反射打ち消しの導図がついていた。

また、攻撃を受けた時だけ障壁を張る魔導具の特性は範囲指定のみで方向性を持たずに任意方向へ事象が発生している。


現象は導図で示したものが引き起り、更にそれを曲げる場合は別の導図が必要となる。

一か零か、そうした思考からヒルデガルドは脱却を図ったのだ。


さてと一息漏らし蓋を開け、杖で被せた導図を魔石へと転写する。

一本一本の線を丁寧になぞり旋律を生み出すように、均等で微細、迅速な魔力操作は得意とするところ。

この息を詰めるような作業にかける集中力、出来上がった時の達成感は何度味わっても最高である。


淡い光がゆっくりと消え、導図の定着を促す紋を空へ描けば一度強く光った。

煌めきが魔石の中に納まるのを確認してから手に取り、目視でも様子を見ては満足げに一人で頷き、蓋を閉じた。


「あっとーは」


ガサゴソと部品を取り出して組み立て順に並べ一瞥すると、迷いなく次の作業に入った。

この魔導具は芯が肝なのでここからの作業は鼻歌交じりで進められる。

ちゃきちゃきと輪を重ね組んでいけば、螺子も無いのにそれらはぴたりと噛み合い外れずに芯の周りを幾重にも囲う形、球体のような姿となりヒルデガルドの掌でころりと転がる。


じわりと彼女が魔力を通せば芯が回転をし、外殻に模様が浮かび上がった。


(早速試したい気分になってきちゃったけどもう一つ組まなきゃなのよねぇ)


ちらりと外を見れば陽も傾き始めていた。

夏が終わり秋が主張を始めて来たこの頃は陽が隠れるのが早いとは言え、もう一つを最後まで組み上げてからでは実技場は出入りも出来なくなってしまうだろう。


(芯だけ作って…外殻は、リリの商会の工房借りようかな)


そうと決まれば作業は早い。

昨日作ったばかりの障壁魔導具も持ってきているし、鞄には肩紐も入れてある。

ヒルデガルドはすぐに対応策を考える性格なのだ。



 今日はまだ夕暮れの赤味が残る時間に工房を出る事が出来、他の部屋の入口にはまだ「使用中」の札が下げられていたのを横目に小走りで学務に向かい手続きを済ませる。

執務室の奥にある大きな時計で時刻を確認すれば、まだ実技場にもなんとか入れる時間だ。


本人的にはいそいそと小走りで廊下を進み、外れにある実技場へと急ぐ。

受付を片付けようとしていた係員に慌てて声を掛け何とか入出記録帳を受け取れば、ふと視線が止まった。


入れ違いで実技場をサティが退室した形跡を見て、ヒルデガルドは密かに安堵する。


「ありがとうございます、急ぎますね」

「焦って怪我しても仕方ないのだから落ち着いて大丈夫よ」

「恐れ入ります」


今日は時間が無いのでロッカーにも寄らず荷物を抱えたまま廊下を駆け、重い扉を必死に開き中へ滑り込んだ。

人が居ない実技場など初めて見た、とあまりにも静かな様子に少し呆然としていたら講師控室から人が出て来て思わず肩が跳ねた。


「おや、デイビアじゃないか」

「サーンス講師」


見知った顔にほっとするのが相手も分かったのか、彼は明らかに笑いながら傍へ来た。


「実技場の補佐講師も残ってみるものだな」

「先日といい、珍しいですね」

「いや、前回も今日も見て欲しいと頼まれたし、私としても興味深かったから来ただけだ」


どうやら随分とサティの魔導具は面白いようだ。

気になる、と顔に出ていたのか、気まずそうにサーンス講師は視線も話題も逸らした。


「…まぁ先日は君の魔導具が見れなかったのは残念だったけれども」

「ご覧になります?」

「今あるのか?」


一年次から、ヒルデガルドの試合で用いる魔導具は長期休暇中に制作、地元で試験、と魔導祭まで徹底的に隠す方向を分かっていたからか、サーンス講師が信じられないと眼を瞬かせた。


「今年はちょっと別の都合があって学園で作ったんですよ」

「なんと…何故私に声を掛けてくれないのか…」

「お忙しいでしょう?」

「気遣いが痛み入るよ」


そう零す講師の姿に笑いつつヒルデガルドは荷物を端に寄せ、箱から障壁魔導具と今日作成したばかりの補助魔導具を取り出した。


「例年通り詳しくは魔導祭の後にはなりますが…ご慧眼に掛かれば、その頃に私の説明は不要でしょう」

「どうであろうな。

 …先日甥っ子から自慢され障壁魔導具を見せられたのだが、未だに解析が終わっていないよ」


サーンス講師が独り言のように零した内容に今度はヒルデガルドが眼を瞬かせた。

彼はちらりと少女を見るだけで、それ以上を言わなかった。


(えー…甥っ子って、えー…どっち?

いやまぁ…二つで一つみたいな構成だから揃えないと意味が読めないところもあの魔導具はあるけれども…えー…いやぁ、あんまりあれは探られたくないなぁ)


「日々の研究も充実していらっしゃるようで何よりです」

「全く、楽しくて本業が疎かになりがちだ」

「今まさに本業中でしょうに」


ひとしきり笑い、ヒルデガルドはサーンス講師から離れるとまずは今日作った魔導具に魔力を込める。


(うん、廻り始めれば細い魔力で良い。寧ろ変に力んで此方に流し過ぎると壊れるか…安全策として上限補正も組み込むべきだったかしら)


今になって改善点を思いつくとは、やはり直前での準備や組み立ては良くないとつくづく思いつつ、ヒルデガルドは杖で紋を描いては魔力を込めて魔導を打ち出す。


(まずは火の第一章五節)


先日学友にも教えた、火の弾を複数一方向へ打ち出す魔導だ。

ボッと一斉に拳大の赤い火が五つほどヒルデガルドの眼前に浮かび、曲線を描きながら一か所へと降り注ぐ。


「?」


離れて見ていたサーンス講師の眉間に皺が寄る。


(よーしよしよし!発動箇所からの操作性も良いわね!)


更に同じ紋を複数個所に描き出し終えると、一つ別の紋を描き、全てに魔力を注ぐ。

無数の火の弾が浮かび上がるとほぼ同時に一羽の水で出来た蜥蜴が現れ、自在に宙を駆けあがった。

追尾するように火の弾が渦を巻き、その幾つかが明確な時間差を持ってかの蜥蜴を打ち落とさんと空を横切っては消えてゆく。


「は?」


さて次は物理操作だ、と頭を切り替えたヒルデガルドは新たな紋を慣れた手つきで描く。

これは何度も何度も描き慣れた十八番。


(どう、かなー!)


やはり重力の影響か、操作する意識の集中力が先程とは随分違う。

火弾は把握できる限りほぼ数量制限なく操作出来そうだが、土塊は最大出力で三本が限界だろう。

その一本の質量が随分大きく太いのはさておきだ。


「っは、はぁ…!」


堪らず息を零しつつ杖を振れば、縦横無尽にうねり形を変えていた土塊は轟音を立てて落ち崩れ、更にもう一振りでざっと地面が均された。


「………デイビア」

「っふー、どうですかサーンス講師?中々面白いものが出来たと思っているのですが!」

「面白いどころの話じゃないだろう…魔導祭に出すのかこれを…?」

「軍用には向かないでしょうに」


ヒルデガルドは肩を竦めてみせるも、額を押さえ俯いたサーンス講師は見やしない。

嘆くような仕草をされる覚えはないのだが、その気持ちが分からなくもないなとそれ以上の軽口は遠慮した。


「さてサーンス講師、学生らしくご協力を仰ぎたいのですがよろしいですか?」

「力加減を間違えそうだ」

「そよ風じゃあ困りますよ」


万が一の安全策として杖を構え、今度は障壁魔導具にも魔力を注ぐ。

一息置いてからサーンス講師が紋を描き、分かりやすく杖から魔力を通して魔導を発動した。


鋭い無数の氷塊が絶え間なくヒルデガルドの視界を塞ぐが、悉く障壁と相殺しきらきらと輝きながら散って落ちてゆく。

視界を確保するためにヒルデガルドも紋を描き軽く風を起こすついでに浮遊し、移動する。

それに合わせて今度は無数の石礫が飛んでくる。


だが先程の氷塊よりも速度が遅く、目視が出来た。

くっとヒルデガルドが意識を向けるとサーンス講師の描いた紋のすぐ前に突如障壁が生じた。


「!」


紋を消すよりも早く礫が障壁に衝突し弾け、講師へと欠片が散ったがそこは彼の持つ障壁魔導具が防いだようだ。


(ふむ、やっぱりこの障壁魔導具は物理攻撃と相性良いわね。範囲操作も補助魔導具があれば容易い)


「おいデイビア!」

「はい」

「今のは?!誤作動か!」

「誤作動だと思われますか?」


二コリと小首を傾げてみれば、今度は両手で顔を覆いサーンス講師が天を仰いだ。


「何故…ここにきてこんな魔導具を…」

「今年こそは全身全霊で魔導祭に挑みたいのですよ」

「……モーリスのせいか…」

「学生の成長こそ講師の本懐でしょうに」

「ああ、何故私は此処に残ってしまっていたのだろうか…帰れば良かった」

「なんて寂しい事を仰るのですか!実はこの障壁魔導具、あと十点ほどありまして」

「なんでそんなに量産している」

「たくさん見れば仕組みも良く分かりますわね、サーンス講師」


この後魔力攻撃の耐久試験も含め、全ての障壁魔導具の確認まで出来たのは幸いであった。

結果実技場の使用時間を大幅に超えて付き合わせてしまったサーンス講師には、魔導祭まで絶対秘匿の言質を取りつつ、お詫びとして一つだけ障壁魔導具を譲った。


一つ一つの障壁魔導具に性能差があるのを見てサーンス講師から「馬鹿じゃないのか」と苦言を頂いたのだけは解せなかったものの、ヒルデガルドはご機嫌で寮へと帰った。



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