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30:こわいよ~こわいよぉ~


 「様子はどうでしたか?」と聞かれたので、「後で見に行けば?」と応えておいた。

何故なら衝立があったのでと内心零すも相手は予期していたのかそれ以上深追いはせず、宣言通り可愛いで埋め尽くされたもてなしをしてくれた。


ヒルデガルドだって学園の女子とお茶をすることはあるし、街で流行のカフェに遊びに行く事だって好きだ。

それなりに可愛いに触れてきて、可愛いものの好みも耐性もそれなりにある。


しかし流石というか、どうしてこれほどという洗練された可愛さに衝撃を受けた。

可愛さに洗練もクソもあるのかと以前のヒルデガルドであれば鼻で笑うところだが、セシルのこのもてなしを受けてからは口を噤むどころか激しく同意する。


寮に戻り、連日予定を狂わされたリリにお詫びの品を差し出しつつ、どれほど可愛かったのかを向こうに止められるまで喋りつくすくらいには、もうそれはそれは、可愛いの暴力だった。


「ヒルディが親衛隊員になっちゃう!篭絡されようとしている!」

「ならないわよ、可愛いのはお菓子や茶器であってあの金糸雀じゃ…いや可愛いわ」

「ほらーーー!!こわーい!何あの子こわーー!」


最早笑いではなく悲鳴を上げるリリの心情が微塵も分からない訳じゃない。

それにリリは知らないのだろうけれど、セシルにも冒険者として使うための障壁魔導具を贈った手前、その御礼であれだけのもてなしをしてくれたのだろうと予想していたため、ヒルデガルドはあまり強くセシルの事を言えなかった。


「ま、だからと言って魔導祭で手を抜く訳でもないし」

「殺意が高いいつものヒルディ安心するぅ」

「初手一発でブチ上がる程度なら、許さなくってよ」

「フー!それでこそ私達のヒルディだわ!」


もてなされ可愛いに嬲られ、感謝の気持ちも十分楽しませてもらったが、それとこれとは話は別である。

これがきっと陶酔している親衛隊や初心で純粋な学生だったら手心を加えるのだろうけれど、そこは魔王と田舎で呼ばれた傲慢苛烈の権化サマだ、加味などしない。


「ここ一番の大舞台なのだから私は勿論、リリもちゃんと準備するのよ?」

「…」

「何よその曖昧な笑顔」

「まだ日数あるし!」


確かに魔導祭まではほぼ一か月の時間があるが、試合で持ち込む魔導具の選定や自身の特性に合わせた魔導の調整や戦略を見直したりしていればあっという間である。

好戦的な学生や派手に魔導を放つのが苦手な者も一定数どの学年にも居るのは確かだが、その分しっかりと身を護る術や計画が重要になり総評を左右するのはわざわざ指摘するまでもない。


「…ちゃんとセルにも相談しなさいよ」

「はぁい。ねぇそれよりヒルディ、試作品出来たってよ」

「そうこうしてたウチに!」

「ほんとだよ」



 遅れを取り戻そうと翌日からの放課後はせっせと商会へ顔を出し、商品開発に奮闘した。

サティと立ち寄った中古魔導具店で見つけた部品が中々いい仕事をしてくれて、遅れを取り戻すどころか予想よりも早いペースで開発も改造も進んだため、今のヒルデガルドの懐はそこそこ温かい。


心の何処かで構えたいたよりもずっと平穏無事な時間を過ごせたのは、モーリスが学校を休んでいたからだ。

サティから聞いた話では、連日纏まっての休みを申請しており、この休日明けから登校するようだ。


魔導祭についてモーリスに相談をしていたサティの元には、対応が遅れてしまった謝罪と復帰予定の日付を報せる手紙がわざわざ届けられたようで、「気にしなくてもいいのにね」と彼は人の好い笑みで笑っていた。


(休養が必要なら取るべきなのは確かなんだけど…講師の視線が痛い)


ヒルデガルドに疚しい思いは微塵もないので堂々としていたが、ちょっと内心毒づくのくらいは良いだろう。

学園にも連絡があったのか、すぐにその視線も霧散して気にはならなくなったのだが。



濃密な魔導具時間を過ごす休日を終え、ヒルデガルドは髪を乾かしながら鼻歌交じりで寮の管理人から帰宅時に受け取った手紙を引っくり返す。

前回の休日からそう日数が経っていないのに随分心持ちが違う。

矢張り魔導具を弄るのは心の癒しだ、楽しい。


地元の友人からの手紙、よく使う商会からの展示会の報せ、と軽く眼を通しながら次の封筒を手に取り差出人を見てぴたりと動きを止めた。


「…ええ?お兄ちゃんからとか、怖いんだけど」


呼び慣れてはいるが、見慣れた訳じゃない瀟洒に記された兄の名前に不安を覚えつつ中を開き見る。

折りたたまれた手紙の書き出しはヒルデガルドの体調を慮る言葉からで、家族も領地も変わりなく元気な様子が流石作家というか滑らかな文体で記されていた。

するすると情景を思い浮かべ読み進め、ほぼ終わりに掛かった時、唐突な話題に思わず眉を潜めた。


「はぁー?釣書が来てる?婚約の申し込みぃ?…酔狂な」


デイビア家は確かに伯爵位だ。田舎の、と言えども貴族ではある。

王都周辺やら公爵位侯爵位の高位貴族はこうした礼節と手順を重んじるが、悲しいかな田舎にどっぷりと浸かった伯爵位下はそうでもない。

ほぼ本人同士の恋愛結婚で、貴賤結婚もザラである。

偶に、極稀に政略的なものや家を繋ぐための結婚が行われているのをヒルデガルドだって知っているが。


「というかこういうのお父さんが出すべきなんじゃないの…確かに爵位はお兄ちゃん継いでるけど」


入学前に『都会で良い男捕まえて来いよ!』と激励されたのを『私学生の間に恋愛する気ないから』と間髪入れずに叩き落としたのを覚えていたのか、手紙には婚約の打診が来ているものの、前言の通りヒルデガルドが卒業するまで待ってもらえるかと先方に返した旨が続いていた。


「………」


実家の商売も領地の経営も堅実で、特段直近に問題は抱えていなかったよなと思い起こすものの、相手の爵位も家名も書かれていないせいか腑に落ちない。

詳しくは魔導祭の折りに兄が学園に来るからそこで話すともあるが、ヒルデガルドは手紙を見下ろし難しい顔のまま腕を組んで暫く思考を巡らせた。


「なーに難しい顔してんっのっ」

「いや、お兄ちゃんがさぁ」


風呂から上がったリリの温かい体温を背負ったまま、ヒルデガルドは兄からの手紙を見せた。

読み進める内に彼女も気になる点があったのか、思わずといった風に腕が伸び、手に取って眺め直しては勢いよく顔を上げた。


「ヒルディ婚約するの?!」

「打診、って書いてあるでしょ」


再び手紙に視線を落とし読み込むリリを尻目に、ヒルデガルドはどうしたものかと難しい顔を解かない。


「はー…ラゲール君かわいそ」

「何でモーリスが出てくるのよ」

「ええー、だっていくら地元が自由恋愛推奨だからって、ちゃんと手順踏んでる家押し退けるのはさぁ」

「寧ろ田舎の伯爵家にこんな丁寧な手順踏む家の気が知れなくて怖いんだけど」

「それもそうか」


リリから返された手紙を受け取り、ヒルデガルドも再び兄の文面に、特に気になるその一文に眼を落とす。


「それにモーリスは王都の侯爵家よ、家格が違い過ぎるでしょ」

「いけ…いや、うーん」

「何にせよ魔導祭でお兄ちゃんの話聞かないでどうこうじゃないし」

「いっそ魔導祭でお兄さんにモーリスが『妹さんと結婚させてください!』とか言わないかなー」


笑いながら大衆向けの恋愛小説にありがちな展開を語る親友を呆れた眼で見上げ、思わず頭を振った。


「付き合ってないし付き合う気も無いし、そもそも告白もされてない」

「はいはい学園に在学中は~」

「リリ」

「そんなピリつかないでよ?何が不安なの?」

「…」


そっと封筒に兄からの手紙を戻しながら肩の力を抜き、ヒルデガルドが躊躇いがちに口を開く。

思いの外、その声は弱々しかった。


「何か、急にもう、学園終わるんだなって思うのと…描いてない未来が迫るのが、怖い」

「自立して自ら道をかっぴらいてゆくのがヒルディだもんね」

「ああー卒業後の自分が思い描けていないのが不安ー!」

「ウチで働くんでしょ、何言ってんの」

「…それも楽しそうではあるのよねぇ」

「おや」


行き慣れた商会の従業員にも顔繫ぎは出来ているし、何よりもリリとセルゲイが居る。

王都はまだまだ慣れないが、目新しいものには困らない程、流行が渦巻いているのは楽しい。


商会で魔導具や商品を開発する傍ら、賑やかに日々を重ねるうちに誰か好きな人が出来たりすれば恋をして。


「……」


きっとそういう生き方も満ち足りているのだろう。

絵に描いたような幸せな人生かもしれない。


でも、それは本心からヒルデガルドが望む未来ではない。

もっと心の奥底で激情を渦巻かせ、燃えるように生を謳歌したいのだ。


そう願ってはいるものの未だに切欠は掴めず。

先送りしていた問題が兄の手紙を呼び水にして彼女を苛む。


思わず零れた溜息すらも宥め慈しむように、リリがそっと何度もヒルデガルドの髪を撫でた。


「どこに切欠が落ちているのかも、何が琴線に触れるのかも分からないのが人生よ」

「…そうね、立ち止まっていたら見つかるものも見つからないわね」

「そ!例え転んでも私やセルが居るんだから、安心してすっ転びなさいな!」

「はぁ…リリ大好き…何で私と結婚してくれないの」

「ごめんなヒルディ…俺、セルゲイを愛しているんだ…」

「うっ!」


沈んだ空気を二人で笑い飛ばし明るい心持ちになってから、明日に備えてベッドに入ったのに。


「…ねぇその例の釣書がラゲール侯爵家からとかだったら恐怖だね」


そんな事をリリが言うものだから、飛び起きて仕舞い込んだ兄の手紙を確認した。

速達で出された形跡は無く、恐らく郵便の距離的に長期休暇が終わってすぐに出されたものだと話せば、それなら違うでしょとリリからもお墨付きをもらってやっと安心して眠った。


うん、長期休暇の終わり頃はモーリスも普通だった。

確かに領地に立ち寄った形跡はあったけど、それなら猶更休暇中に兄に話されている筈。


(何でこんな勝手に怯えているんだ私…あ、アホらし…)



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