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26:お前もポンコツだったのか


 (とは昨晩、リリに言い訳したものの)


結った髪の先を指に絡ませつつ、ヒルデガルドは寮のロビーにあるソファーでゆらゆらと足を遊ばせ、何度目かになる時計へと視線を向けた。


さらりと揺れるワンピースは秋口を意識したベージュの細かいストライプに、柔らかな薄黄色が差し色に入ったもので、下に着込んだブラウスは首元まである繊細なレースが美しいラベンダー色。

髪色が濃く重いため、秋冬の色味は慎重に選ばないと全体的に重くなりがちなのを自覚しているヒルデガルドなりに、それなりの可愛い服を選んだつもりだ。


普段は広がり、面積を取る柘榴色の髪も複雑に編み、横に垂らしてみれば、自分的には尊大さが軽減されたとは思う。

化粧だって少し薄めにしたからか、寮生に会う度に「今日全然雰囲気違うね!それも可愛い!」と女子定番のお世辞を浴びせられれば、柄でもなく浮かれてしまう。

こつこつと床板を叩く編み上げブーツだって今朝ちょっとだけ磨いたし、如何にもな小さめの鞄は自分の髪色と同じものを揃えてみる遊び心がある。


滅多にしないイヤリングを選ぶ時に、セルの性癖が過って躊躇いながらも、揺れる形を選んだのは我ながら馬鹿みたいだとは思うが。


「……」


何時に迎えに来るって聞いて無かったなと、思い返したのは朝食を終えた後。

まぁ別に?遅れたって待たせればいいし?そもそも感謝される側ですし?と心では唱えながらも、せわせわと仕度をして階段を駆け下りた姿をリリが微笑ましそうに見ていたのは知っている。

そういうリリは少し前にセルが迎えに来て出掛けて行った。


(あの時のセルの、私を見た時の憎たらしい笑みは本当殴りたくなったわ)


思い返してささくれ立つ心からか、不安からか、また時計を見るが、長針は先程から大して進んでいない。

ふと、人が近づく足音が玄関先に微かに聞こえ、知らずに息を潜めるヒルデガルドを他所に管理人を呼び出す鈴が鳴る。

詰め所へ軽く駆け寄る彼女が小窓から来訪者と数度言葉を交わす姿がガラス戸の向こうに見える。

彼女はにこりと微笑みを浮かべ、管理人室からロビーへ続く扉を開きヒルデガルドに来客の旨を言付けた。


「ありがとうございます」


きゅっと唇に力を入れ、ヒルデガルドは立ち上がり裾を払い扉へ向かう。

重厚な玄関ドアを開きそっと顔を覗かせると、明るい玄関ポーチに佇む待ち人が、傍から分かる程息を呑み数拍の後、ゆっくりと溜息を零しながら眼を細め、笑った。


「可愛い」

「…ありがと、貴方も素敵よモーリス」

「可愛い、びっくりした」


そろりと扉から姿を出すヒルデガルドを待ちきれないとばかりに、モーリスも扉に手をかけ開閉を助ける。

真っ直ぐに見下ろす視線は先程から全く逸らされる事無くヒルデガルドに注がれていて、浮つくなという方が無理であった。


薄い煉瓦色のモーニングコートの間合いから覗くベストはしっとりとした黒に見えたが、よく見ると深緑色だ。細かい銀色のストライプが清廉で美しいし、シャツもクラバットも合わせて薄灰や銀色で纏めているのが、制服姿しか見た事の無かったヒルデガルドには新鮮で、思わず魅入ってしまう。


玄関ポーチから中々動かない二人に焦れてか、管理人室からがたがたと大きな物音が響き、二人して肩を跳ねさせては顔を見合わせた。


「…おはよう、時間指定し忘れててごめん」

「別に丁度降りて来たところだったし…いいわよ、エスコートまでは」


差し出された腕を軽く叩いて下ろせと示すが、モーリスは頑なに下ろそうとしない。

また立ち止まるのも何だしと、そっとヒルデガルドが控えめに腕に手を回せば嬉しそうに彼は笑った。


「セシー意外に初めてエスコートだ」

「…そ」


それはつまり、実質、女性をエスコートするのはヒルデガルドが初めてという意味なのだろうか。

いやまさか王都住まいの貴族嫡男がエスコートする機会が今まで無かった訳でもないだろうし、これは大袈裟なお世辞なのだろうか判断が付かない。


(くぅ…!フォーレ先輩なら喋る言葉全部が冗談だってすぐ分かるのに!)


余所余所しいヒルデガルドに何か思うところがあったのか、モーリスは口を噤み、二人は無言で学園の門を抜けて外へと出た。

大通りの片隅に寄せた、恐らく彼の家の馬車の傍ら、日差しを遮る影に入るとモーリスがふと顔を覗き込む仕草をしたのでヒルデガルドも顔を上げた。


「どうしよう、嬉しすぎて抱き締めたくて仕方ないんだけれど」

「…は?」

「馬車の中じゃ密室で怖いでしょ?」

「いや、そういう話じゃないでしょ」


思わずヒルデガルドが身を引いて距離を取る。

成程、発言は突拍子もないがどうやら無理強いはされないようだ。

これだけ紳士然とした恰好をしておきながら、フォーレ先輩のような所かまわず異性に触れるような真似をされたら最早詐欺である。

軽率な奴は軽率に見合う恰好をして欲しいところである。


「可愛いが過ぎると嬉しくなるって初めて知った」

「貴方普段セシルぶら下げているでしょ」

「セシーの可愛いとヒルデガルドの可愛いは全然違うっていうか、並べるまでもなく圧倒的にキミが可愛い」

「ぉ…う」


この男、夏の休暇終わってから随分性格が可笑しいのではないか。

今までのあの穏やかで平坦に凪いだ様相はどこへ行った。

いや、その片鱗はところどころにあるのだが、言葉が直線過ぎる。


しどろもどろにたじろぎながら、日陰にも関わらずかぁと首筋まで赤くなっている自分に気付く。

陰る水色の瞳が普段よりも大人びていて、漫然とヒルデガルドを普段見るのとはまた違う、一つ一つの仕草を観察して記憶するかのような、強い意思を感じる視線が肌に刺さる。


(いやいや誉められているように感じるけど!これは錯覚よヒルデガルド!落ち着きなさい!)

「学園の制服姿も凛としていて綺麗だけど、私服姿可愛すぎで可愛いが止まらない。

このまま馬車に乗ったら決壊して暴れそうというか今もう本当暴れたいくらい可愛い、だめだ言葉が可愛いしか出てこない」

「っモーリス、確実に知能低下してるわ!」


自身でも異常に気付いているのか、口元を片手で覆い視線を下げるもののそれは束の間で。

すぐにモーリスの視線はヒルデガルドを捉えて、逸らした時間の数倍は見つめてくる。


「馬車乗るの危ないよね…え、でも歩く度に隣が可愛いの?可愛いって口に出しながら歩けばいい?」

「貴方熱でもあるの?!」

「黙って歩いていた時は抑えていたから熱っぽかった気がするけど…口に出したらそうでもない。

風邪で知能って低下するの?初めての経験だ」

「現実的を見て帰りなさいよ」


困ったように眉を下げ、じっと此方を見つめてくるが様子がおかしいのはモーリス自身も分かっている筈と、ヒルデガルドは視線を逸らさずにその顔を見つめ続ける。


「…帰りたくない」

「具合が悪いのなら帰る、合理的な判断も下せないのなら猶更帰るべきよ」

「知能低下は具合が悪い部類に入るのだろうか」

「具合が悪いから知能が低下してるの!」

「提案を拒んでいる間は、キミが僕を見ていてくれるんだと考えてしまう知能程度は?」

「…ほぼ幼児」

「成程、知能が低下しているな」


ふぅと一息静かに吐き出しながら、モーリスが瞳を閉じる。

見上げたその面持ちは普段と変わらず整っていて、凪いだものだ。

とても先程から馬鹿馬鹿しい問答を寄越す人間には見えない、ヒルデガルドが良く知る――。


「…ああ、だめだ可愛い…ヒルデガルド、僕は諦めた」

「…」


ゆっくりと眼を開いた彼は困ったような、それでも嬉しそうな顔で笑う。

此処までして褒めるのだから、それなりに眼前の男の琴線に触れたのだろう。


セシル経由で贈った魔導具の感謝をされるために誘われた筈なのに、何故こんな知能低下した男の良く分からない情緒を宥めてやらねばならないのだろうかさっぱり分からない。

が、このポンコツのまま返せば、昨日の学園でのようなやりとりをされるのもヒルデガルドは御免だ。


「…はぁ、分かったわよ…路上は嫌だから馬車の中にして」


そう零しながら、エスコートの手を離しさっさとヒルデガルドが馬車に乗り込む。

取り残された男は知能だけでなく反応も鈍っているのか、ぱちりと目を瞬かせるだけで動かない。


「ほら、抱き締めるんでしょ?終わったら帰りなさいよ」

「…」


ようやく緩慢な動きでモーリスがステップに足を掛けのそりと馬車に乗り込むも、その扉は開いたまま。

流石にと扉を閉めるヒルデガルドの一挙一動を、彼は瞬きも忘れたように見ていた。


(先程まで、可愛さに嬉しさ極めて抱き締めたいと恥ずかしげもなく言っていたのはモーリスなのに)


まるで警戒する猫のように動きは鈍く、狭い馬車の中で気を張り詰めているのが良く分かる。


(やっぱり具合悪いんじゃない?見学会中、打ちどころでも悪かったのかしら)


「ん」


ヒルデガルドは対面で両腕を軽く開き、どうぞと相手を促し受け入れる姿を示す。

だが、彼の両手は座面を握ったまま微動だにしない。

動くのは瞼と、僅かに上下する胸だけだ。


「…早くしなさいよ」


舌打ちしたい気持ちを押さえ、ヒルデガルドは編んだ髪を揺らしモーリスの隣へと身体を移した。

彼は座面の真ん中に鎮座していたため、やや狭い、彼と窓の合間に身体をねじ込めば自然と、腰が密着するがこれから抱き締めるとすればそんな接触は些事である。

さて、と徐に上げた視線が、水色の瞳に捕まる。


じわりと、彼の目元が赤く染まっている気がするのを見ないふりをして、ヒルデガルドは視線を逸らし顔を彼の胸に預け腕は軽く纏めて自分の膝へ。


思いの外、耳朶を打つ心音は穏やかだった。

仄かに香るコロンの匂いは、嫌いじゃない。

寧ろ、学園でそれなりに近づいた時には無臭だったのが不思議なくらい、鼻孔に彼の匂いが残った。


とくとくと規則正しく刻む心音、着痩せするんだと気付く程度には鍛えられた身体の厚みと、体温。

薫りを理解し、噛み締める程度に頬を寄せていれば、漸くヒルデガルドの背に腕が回った。

ぐるりと囲う腕は余りあるのか、肩と頬を寄せるヒルデガルドをより力強く彼の懐へ誘おうとする。


その衣擦れの合間に、短く、零した彼の呼気が、地肌に触れた。


(あ、これ、ヤバいかも)


本能に理性が追い付いて理解を示すも、行動に移すことが出来なければ無意味だ。

もうヒルデガルドの耳は彼の心音を捉えるよりも、零される吐息に集中し。

クラバットとベストの合間に埋めた鼻は、コロンよりも奥に潜んだ肌の匂いを求めた。

与えられる体温よりも、自らの熱が知られるのが恥ずかしくて、気が気で無くて余計熱が上がる。


(…ぬいぐるみ可愛さに抱き締める、みたいなのだと…思ったのに)


親友よ、見立ては間違いなかったと、ヒルデガルドは首筋の匂いを嗅がれながら反省した。



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