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25:高揚は瞬間風速


 ヒルデガルドの放課後通い先に、新たにリリの実家が追加されて数日、寮から出た二人の会話は主に商品開発の打ち合わせに変わるのも当然であろう。


「導図は出来たし主任の確認も貰えたから、週末には試作品作れると思う」

「は、はやー!分かっていたけどヒルディ有能~」

「既存品の改造だものそこまでかかるものじゃないわよ」

「そう言っても中々進まなかったんだから、温度調整」

「下げる機能は付いていないから取り扱い側の注意は必要だけどね」


ドルシャン商会の商品開発部は小さいながらもそれなりの設備は整っていたため、材料さえ揃えれば試作品づくりに踏み込むのは容易だったのは嬉しい誤算だ。

流石、フロイディヒ魔導学園生の家業である。


と言いつつもリリやセルゲイはヒルデガルド程、導改造や開発に熱意がある訳ではないが、担当者の話をしっかり理解出来る知識や技術力がある事を考えると、学園卒業生には良い働き口であろう。


「香りや防虫系はどう?」

「んー、やっぱそういう消耗品系は魔導具にしない方が良いと思うのよね」

「だよねー私もそう思う。やりたいって言うからやらせてるんだけどもさぁ」

「方向性を変えさせたら?特に防虫は、範囲を棚でなく部屋とかに向けるとか」

「そんな広範囲要らないんじゃない?」

「私はちょっと欲しいかも、部屋にも入って欲しくないもの」

「そりゃそう」


軽やかに笑い合い階段を上り切り教室へ向かう最中、ふと入り口に一人佇むモーリスの姿が眼に留まった。

目が合った瞬間、綻ぶように笑う彼に隣のリリも息を呑んだ。


「ヒルデガルド」


駆け寄るまでの僅かな合間にリリは隣の少女へ視線を向け小首を傾げた。

彼女が見つめた先の友人は一瞬、顔を顰めていたからだ。


「おはよう、モーリス」

「おはよう」


真っ先にヒルデガルドへ挨拶をし、その隣のリリへもモーリスはおはようと言葉を掛ける。

だがリリへ向ける視線もすぐさまヒルデガルドに戻され、どこかそわそわと浮ついた様子で口を開く。


「ヒルデガルド、ありがとう」

「…?」

「御礼がしたいんだ」


何の?とヒルデガルドが問いかけるよりも先にモーリスが軽く手を挙げ、手首を見せた。

シャツの袖口をずらした肌をしゃらりと滑り落ちる腕輪に、ああと小さく零した声でさえ、嬉しそうにモーリスが何度も頷き返す。


「セシルから分けて貰ったのね」


廊下を行き交う学生の視線を慮ってヒルデガルドが返した言葉に、彼の顔から笑みが消えた。

適度に開いていた距離をモーリスが踏み込むのとほぼ同時に背後から暢気な声が掛かる。


「はよー」

「おはよセル」

「セル、寝癖」


振り返った少女達の視線の先には寝癖を直しきれていないセルゲイが居た。

彼は眠たそうな面持ちのまま、モーリスよりも二人に近い距離、リリ寄りで立ち止まり小首を傾げた。


「何?珍しいなリリまで一緒に話してんの」

「そういう日もあるのよ」


肩を竦めてセルから視線を外したリリがちらりとヒルデガルドを見やる。

示し合わせたようにヒルデガルドも肩を少し竦め、苦笑いを浮かべながら口を閉ざしたモーリスを見上げた。


「御礼はセシルにしてあげなさいよ、喜ぶわよ」

「キミは?」

「…リリ先行ってて」

「はいはーい」


軽い返事を残して、リリはセルの腕を引き教室へと向かう。

反してヒルデガルドは指先でモーリスの袖を引き、窓側へと人通りを避けて向かった。

対峙して見上げた先で彼は言葉を待つように少女を見つめていた。


窓際で立ち止まりそっと袖を離すが彼は腕を下ろさなかった。

寧ろ掴んでいろとばかりに腕をヒルデガルドに寄せる。


「何」

「掴まないの?」

「皺になるでしょ」

「いいよ」


にこにこと機嫌よく言い放つ相手の考えが全く読めず、とりあえずヒルデガルドは腹いせのため両手でモーリスの袖をぐしゃぐしゃと握り潰してから腕を下ろさせた。


「これで満足?」

「ええー」


何だ、その「ええー」は。

先程よりも更に嬉しそうに笑って袖を見るモーリスの姿に、見上げる少女の胸が痒くなる。


まるで、そう、撫で回された大型犬のようなふわふわと多幸感を零す笑みを、憎たらしく暫く睨んでみるも、モーリスは表情をこわばらせる事も鎮める事も無かった。


(数日前の気まずさを持ってるの、私だけなのかしら)


微かにだが、確かに気を張っていた自身が滑稽で、思わず視線を窓の外に投げて溜息が出る。

途端、向かい合う男の空気が変わったのが肌で分かった。

顔を上げた先、先程のあの緩んだ空気を掻き消し、唇を引き締めた面持ちのモーリスがじっと此方を見つめていた。


「…ねぇ、私の気遣いは無碍にされる程、モーリスにとって軽いものなの?」

「ごめん嬉しすぎた」

「まぁ貴方も大概魔導狂いの気質だものねぇ」

「それもそうだけど、それ以上にキミが」


言葉を切った彼の口から零れた吐息が、溜息が、物語る熱量は、その水色の瞳も相俟って周囲の音を遠ざけた。


「…キミに感謝を、ありがとうって気持ちを伝えたいのは本当なんだ」

「十分、今伝えてくれたので…」

「でもそれ以上にどれだけ、どれほど、僕が嬉しいのか伝えたくて…喚きたいくらいで」


いつの間にか顔を寄せられ二人にしか聞こえないような掠れた声で、互いに囁いていた。

やめて欲しい、とヒルデガルドが脳裏で拒むのを嘲笑うように、首筋に這い上がる怖気が指先を震わす。

緊張からか喉が渇き、咥内に唾が溜まる。


無意識で飲み干し蠢く喉の音がやけに大きくて、この男に聞こえてしまうのが恥ずかしい。

視線は勿論合わせられずいつの間にか外したままだ。

けれど、背けた自分の顔を、相手がじっと見ているのは泡立つ肌で感じていた。


「この前の事で、反省したのに…結局身勝手でごめん、ヒルデガルド」

「…っいい、もう分かったから」

「いやだよ、全然、伝えた気になれない」

「知らないそんなの」


逃げようとする顔を覗き込むように、モーリスの身体が傾ぐ。

窓枠についた手首に見えた腕輪がきらりと陽の光を反射して輝くのが眩しいから、ヒルデガルドはぎゅっと眼を閉じて身体ごと彼に背を向けた。


「うん、だから明日の休日付き合って…お願い」

「みっ…耳元で!言わなくても、聞こえてる!」

「寮まで迎えに行くから、お願い、出てきてね」

「っしつこい!」


後ろから囁かれ、思わず震えた背中を彼の気配から遠ざけようと腕でその身体を押し退け、ヒルデガルドは教室へ走り込みそのまま机に突っ伏した。

ばくばくと早鐘を打つ心音に全身が脈打つのを抑え込もうと歯を食いしばるも、一向に落ち着かない。

消し去り忘れようとすればするほど、先程のやりとりが脳裏を焼いて彼女を苛む。


腕で耳まで隠し抱え込んだ頭を、ぽすぽすと柔らかに叩いてくれる感触にくぐもった声を漏らす。


「ヒルディって押しに弱かったのね」

「どっちかーてーと押す側だよな」

「だからじゃない?」

「だからかぁ」

「言いたい放題言わないでよ!!」


悔しくて思わず叫ぶも、未だに顔が上げられないままでは恰好はつかない。

滑る様にリリが隣の席に座り、その身をぎゅっとヒルデガルドに寄せる。


「はいはい、悔しいのね」

「り、リリっ!」

「でも早くあれは躾けないと所かまわずになるわよ、きっと」

「なんでっそんなっ!」

「おもしれーからそのままでも良くね?」

「ブチ上げるぞセル」

「こわっ」


他人事だと面白おかしく笑い飛ばす幼馴染へ八つ当たりの恨み言を投げ掛けるも、全く気分は落ち着かず。

講義の合間に何度もリリに宥めすかされ、ヒルデガルドはどうにか夕方には真顔を取り戻した。



「フォーレ先輩はちゃんと撃退出来てたのに…あの野郎…」

「それ自分で言っちゃうの?」


ケラケラと笑い紅茶の入ったマグをご機嫌に揺らしているリリを、恨めしそうにヒルデガルドが睨む。

彼女のベッドの上には色鮮やかに私服が散乱したままだ。

それを見て、わざわざ何か言う程、彼氏持ちの親友は野暮でもない。


「ほーんと『僕は無害です』って、人に興味無さそうな顔してたのに」

「まぁね、モーリスは平等だよね」

「…その枠内でライバルになれれば、私は別に」

「ヒルディはそうだろうねー、押されちゃうと嫌いじゃなければってなりそう」

「そんなチョロそう?!」

「うん」


ローテーブルについていた頬杖が崩れ落ち、長い柘榴色の髪がお化けのように広がる。

ぐずぐずと頭を振りながら、現実、自分の押され弱さを受け入れられない友人を見下ろし、リリが苦笑を零す。


「ただ一緒に出掛けるだけじゃん、良くない別に?」

「…こんなのデートじゃん」

「笑うー!ヒルディ可愛いー!」

「でもアイツそんなん一言も言って無いし!私だけが意識してる気がするんだけど!それが悔しい!」

「デートしよって言われてたら断ったの?」

「………どうしようリリ、想像できない」


むくりと起き上がったヒルデガルドが本気の真顔で、リリは思わず言葉を失った。

投げ掛けた言葉が失言だったと気付いたのは彼女が髪をいつも通り尊大に掻き揚げたからだ。


「そうよね、アイツが嬉しいのを伝えたいってだけで本当ただ感謝されるだけだったわ」

「あー…ヒルディ、ちょっと待とうか」

「別に服に悩む必要とか無かったわ、片付けよ」

「あー…ああー…」

「っていうか嬉しいなら一人で飛んで跳ねて踊ってれば良いのよ、傍迷惑な」

「ヒルディ、それは…あんまりよ」

「まぁ私は寛大だから?感謝されに行ってやっても良いってだけよ」


ぶつくさ言いながらさっさと機敏に服を片付け、寝床を整えるとすぐに横になってしまう親友の切り替えの早さというか思い切りの良さにリリはもう何も言えず、すごすごとマグを片付け自分も布団に入った。

ただ、寝入る前にリリは全く親しくないモーリスへの謝罪を心の中で一言添えるのだけは忘れなかった。



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