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24:彼は自ら知らず浮かれていた

※ 二話(24話、閑話)連続投稿しています。


『学園一の美少女が、実は美少年であった』


 言葉で表すのならその一言であるのだが、なまじその美少女具合が高かった為か余波は暫く続いた。

なんなら未だに彼女、いや彼の親衛隊は継続しているのだから人間とは分からないものだ。しかも今までは男子ばかりが所属していた親衛隊に、今は女子も随分加入しているとも小耳に挟んだヒルデガルドの感想は、「よくやるわ」の一言だ。


「いやー、考えてみれば『侯爵家の人間』としか聞いて無かったのよね」


リリが行儀悪くフォークの切っ先を揺らしながら零す言葉に、ヒルデガルドは目線を上げるだけで何も言わず食事を口に運んで咀嚼する。


「以前から茶会でもドレス姿だったそうだし」

「まぁ似合うものねぇ、私が親でも許すわね」

「分かる」

「俺はリリのスカート姿が好きだからスカートでいて欲しい」


そっと食事の手を止めて真顔で告げるセルゲイを二人も真顔で見つめるも、何も言わず食事を続けた。


「ふわっと揺れる裾が良いよな、心が躍る」

「夏休み、彼に一体何があったのか…気になるわぁ」

「噂好きも程々にしなさいよリリ」

「ズボン姿の凛々しい姿も良いけどさ、やっぱ狩猟本能っていうの?」

「でも長期休暇中の茶会もドレス姿だったって話でさ」

「ふーん」

「それがリリだから余計に、こう、クるものが」


「「セルうるさい」」


お前の性癖はどうでも良いと二人に窘められながらも、構ってもらって嬉しそうな顔をしているのだから手に負えない男だ。

やっと二人が声を掛けたからか、彼は嬉しそうに食事を再開しながら水を向ける。


「それで、飯食い終わったら試験結果見に行くんだろ?」

「そうね」

「私ちょっと今回あんまり自信無いのよね」


リリが眉間に皺を寄せ、豆を悪戯につつく。

長期休暇明けの試験は前期の復習は勿論の事だが、休暇中の課題図書、特に魔導史について触れたものが多い傾向にある。

セルゲイの実家に滞在中に関連書籍をリリにも提示し出題傾向を教えてはいたのだが、予習しているヒルデガルドの理解力に及ばないのは仕方が無いことでもあった。


「外界用、ダンジョン用、それぞれの特色はまだしも、その先の軍用とかダンジョン特色に合わせた調整の変遷とかどれがどれだか分からなくなるのよね」

「調整の目的を意識して読むと良いわよ」

「どっちかっつーと、『俺は今何を読んでんだろ』って思うわ」

「分かる」

「…」


そう言いながら笑い合う二人だが、座学が不得意な訳でもない。

寧ろ自信が無いといいながらもそこそこの点は取れるのだから素地が良いのは言うまでも無いだろう。


「あ、そういえば魔導祭の準備はどうなのヒルディ」


食事を一通り終え、お茶を飲んでいた相手にリリが視線を向ける。

ヒルデガルドは如何にもな表情で唇を尖らせ、そっと茶器を置く。


「先立つものが無いってのはこんなにも苦しいのね」

「外食減らせよ」

「これ以上?!」


夏の自費研究により手持ちがほぼ無くなったものの、仕送りは定期的にあるので学園生活は恙無く送れる。

そのやりくりの中で多くを占めていた外食を、ヒルデガルド的には随分、抑えて出費を減らしてはいるものの魔導具を自作するには中々金額は貯まらない。

かといって気分転換になる外食をゼロにするつもりは毛頭ないのだが。


「節約するよりも資金稼ぎよね…ねぇリリ、何か無いかしら?」

「短期なら売り子でこれくらい、卒業まで手伝う条件で商品開発部なら先払いでこれくらい出すわ」


流石親友、話が早い。

パッパッと指先を翻し労働対価を示してみせてくれる。

しかも時間が無いヒルデガルドの事を思って先払いという条件も出してくれた。

特に商品開発部なんて、結果が出るかどうか分からないにも関わらず中々の金額を提示してくれるのは信頼されている証だろう。


「商品開発部で結果を出してみせるから、一案件これくらいでどう?」

「くっ卒業ギリギリまで居てくれたっていいじゃない!これでどう?!」

「学園に居る時間は有限だもの、他を当たるわ」

「んーっ!分かった!飲む!」

「ありがとリリ!愛してる!!」

「身体で示してね~」

「爛れてる」


セルが笑いながらトレーを持ち席を立つのを皮切りに、二人も片付けつつこれからの流れについて打ち合わせ、会話に華を咲かせる。


リリの実家、ドルシャン伯爵家が経営している商会は主に被服や関連商品を取り扱っている。

日用品もそうだがやはり貴族向けの主力商品の方が割合は多い。


「商品開発部にお願いするのもどうかなって思ってはいるんだけど、輸送力を上げるための魔導具が欲しくて」

「魔導具?何故魔導具に着目したの?工程はどうしようもないの?」

「街道整備なんて一商会だけの力じゃさぁ」

「まぁそれはねぇ」

「おーい、それ後にしろよ」

「セルも聞いておくべき話でしょ」

「学園でする話でもねーだろ」

「それはそう」


雑談をしながら三人が向かった先は予見していた通り人だかりが出来ていた。

張り出された結果の詳細は分からなくとも、文字の長さを察してヒルデガルドは歩みを止めた。

顔を顰めて立ち止まった幼馴染にセルが振り返るも彼女は動かないまま、ただ、「悔しい」と零した。


「またよ?!またぁ!?おかしいんじゃない?!」

「一回目から俺はそう思ってた」

「私も思っていた。やっと私達のヒルディらしくなってきたわね」


笑いながらリリはヒルデガルドの背を押し、先を促す。

緩慢な動きでのろのろと歩き出すものの足は重い。

いつの間にか彼女の背を押す親友の手は、片手から両手に変わって、その細身全身で押してくる程だ。


「現実受け止めなさいよ。

寧ろ私達からしたら『よーやるわ』だから、これ」

「お?今回は見方によっちゃヒルディが勝ったんじゃね?」


セルゲイが指さす首席欄の名前は、ヒルデガルドが先でモーリスが次だった。

前期は二度続けてモーリスが先に記されていたため、確かにそう見えなくもないと思ってしまう自分をヒルデガルドは吐き捨てた。


「一位は一位よ、名前が前後なのかは関係ないわ」


寧ろ何故順番を変えたのかと下手に勘ぐってしまう。

前期の同率一位に関して講師室へ突撃はしなかったものの、今回ばかりはその点についてご意見を頂きたくなる。


沸々と込み上げる何とも言えない苛立たしさに顔を戻せないでいるヒルデガルドの肩を叩く手に気付き、彼女が振り返ったものの、思わず二度見して余計顔を顰めた。


「おめでとうヒルデガルド」

「おめでとうモーリス」


穏かに微笑みつつ、彼は人混みの中からヒルデガルドを連れ出し廊下の角に身を寄せた。

順位表に集まる生徒達の賑わいが耳にしっかりと届く距離だが、陰った窓が浮かびあげる階段の陰影がやたら二人が佇む踊り場の空間を、喧噪から切り取ったような心地にさせる。


「ごめん、僕が進言したんだ」

「は?」

「得点は同じなのに、何故僕の名前が先なんですかって」

「…」


モーリスの声は、大きくもないが囁き程に小さくもない。

だけどやたらよく聞こえた。


先程からヒルデガルドの中で泡のように立ち昇っては弾ける苛立ちが、固まる。

凪ぐのではなく、明確にその形を持ち、青紫の瞳にじわりと潜む。

閉じた口、奥歯が疼く感覚にヒルデガルドは腕を組み己の肌を握り締め痛みで戒める。


ぶつけてしまいたい、見下しているのかと。

哀れんでいるのか、毎回自分を越せない女だと。


「…貴方、私を好敵手だと言ってくれたのよね?」


思った以上に低い声が出た。

相手も驚いたのか、水色の瞳が見開かれ微かに震えた。


「…ヒルデガルド?」

「それで?何故前期で貴方の名前が先だったの?」

「入試の、成績順」

「ハッ!それが在学中の試験結果にまで影響するだなんて考えもしなかったわ!」


吐き捨て、床を睨む視界の端でモーリスの手が持ち上げられるのに気付き、ヒルデガルドが下がる。

見上げた先の彼の表情は困惑と、まるで悲しくて今にも泣きだしそうな、見た事も無い顔をしていた。

何故彼がそんな面持ちをするのかが分からず、小首を傾げるもののヒルデガルドの表情から険は消えない。


「で?今度は何を基準としているのかしら?組?背の小さい順?それとも誕生日かしら!」

「…」


中途半端な高さで動けない彼の手、その指先が震えているのを分かっていた。

モーリスが何を思って進言したのかはわざわざ教えて貰う気もなければ、知ったところで「だからなんだ」としかヒルデガルドは返せない。


少なくとも、彼女の考える『好敵手』と彼の考える『好敵手』は違う事だけは気付いた。


「気を回させたのね、申し訳無いわ」

「ヒルデガルド、僕は」

「何?」


今此処で、彼の考えと自分の考えを話し合って、擦り合わせて『好敵手』ごっこを続けるのか?


何て馬鹿馬鹿しい!コケにするのも大概にして欲しい!

これなら一方的に好敵手と見做して、相手にされなくとも、己を奮い立たせて挑んでいた時の方がよっぽど充足していた!


言葉を出さないモーリスを見つめ返す自身の瞳がきっと苛立ちで燃えているのを理解していながら、抑えることも隠すこともして見せないのは甘えだろうか。

だがそれくらい、甘んじて受けて欲しい。


先日、彼が、自分を『好敵手』として見据えてくれた事が、それだけ嬉しかったのだ。


(…ああ、私、怒る程…悲しいんだわ)


他人なのだから認識が違う事なんて当たり前じゃないか。

それなのに、それが受け入れられない程に怒り、甘え、ともすれば勝手に悲しんで。


(情けない)


思わず唇から零れたのは溜息。

閉じて、開いた瞳からは苛立ちは消えた。


代わりに青紫の瞳に浮かぶ感情を見つめる男の、唇が戦慄いては声にならない叫びをあげる。

しかしそれは雑踏に揉み消されるほどの無力さでただただ沈黙を深めるだけだった。


「…私が貴方に勝てば良いだけの話よ。

 ほんと…それだけの事」


ひらりと片手を上げ、ヒルデガルドは友人たちの元へと戻ろうとする。

その手をモーリスが衝動的に掴んで引き寄せた。


先程会話していた距離とは随分違う、互いの体温がじわりと時間差で分かる近さにヒルデガルドが息を呑む。


「勝たないで」


ほぼ、真上から覗き込むモーリスの水色の瞳から、眼を逸らせない。

思わず止めた呼吸を取り戻すタイミングが分からず、ヒルデガルドの身体が固まる。


数秒がまるで永遠のように感じられ、息苦しさから胸が上下する程の激しい呼気が彼女の唇から漏れる。

きっとその生温い風が、彼の首筋に当たってしまったのだろう。

ぐっと彼は眉間に皺を寄せ苦悶の表情を浮かべては、再び、掠れた声音で繰り返す。


「勝たないで」

「……まだ一度も勝てていないわよ」


ぐっとモーリスの肩を押し、身体を離せば掴まれた手も力無くするりと解かれた。

背けた横顔に彼の視線が刺さっているのは分かっていたが、ヒルデガルドは目線を合わせなかった。

再びその瞳を覗き込めば、彼の繰り返す懇願がその言葉のままでは無いのではと、妙な事を考えてしまいそうだったからだ。


そんな事を意識してしまった瞬間、ぞわりと背筋を何かが這う感覚を抑え込もうと背筋を伸ばし、今度こそヒルデガルドは歩みを進めた。


もうその手は掴まれないのが当たり前なのに。


後ろへ手を振る度、そこに彼の手があるのでは無いかという緊張が、人混みに戻るまで続いた。



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