第177話「野生への回帰」
5月25日 水曜日。
食料が尽きた。
最後の缶詰を開けた。ツナ缶。中身はもう変色している。でも食べるしかない。
「これで……」凛が呟いた。「本当に終わり……」
もう缶詰はない。ペットボトルの水もない。
これから凛は自然から食料を得なければならない。
凛は川に行った。魚を捕ろうとした。でも無理だった。素手では捕まえられない。
槍を作った。木の枝を削って。でも魚は素早い。当たらない。
「だめだ……」凛が絶望した。
木の実を探した。でも冬だ。実はない。
凛は草を食べてみた。苦い。でも食べるしかない。
その夜、激しい腹痛に襲われた。毒草だったのだろう。
凛は床に倒れた。吐いた。苦しんだ。
「死ぬ……」凛が呻いた。「このまま死ぬ……」
でも死ねなかった。核は死なない。凛の体は苦しみながらも生き続けた。
6月10日 金曜日。
凛は痩せ衰えていた。頬がこけ、目が落ち窪んでいる。
何日も食べていない。水も川の水を飲んでいる。また腹を壊した。
でも生きている。死ねない。
「なんで……」凛が泣いた。「なんで死ねないの……」
「核だから……」頭の中で声が答えた。「あなたは核……記録の器……だから死ねない……」
「こんなの……」凛が叫んだ。「拷問だ……生き地獄だ……」
凛は高いビルの屋上に立った。下を見る。
「飛び降りたら……」凛が考えた。「死ねるかな……」
でも怖い。痛い。そして死ねないかもしれない。核は死なない。
凛は屋上の縁に座った。足を宙に投げ出す。
「美波……」凛が呟いた。「迎えに来て……」
でも美波は来ない。もう誰も来ない。
凛は泣き続けた。空っぽの世界で。




