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32話 VSバルロス 開戦

夜が明けて、バルロスとの対戦当日。

『闘技場』へと移動した私は、控え室にてストレッチをしていた。


片手間の話し合い手はもちろんハンゾウだ。


『それで、実際のところ勝ち筋はあるんです?』


「んー、どうだろう。相手の実力が未知数だし、こればっかりはやってみないとだな」


身体を反らし、筋肉を伸ばしながらそつ答えた。


過剰な魔力で身体を強化する私にとって、準備運動は必要不可欠。右へ、左へ、全身をくまなく目覚めさせる。かれこれ一時間ほどこうしているのだが、今日は相手が相手だ。準備してもし過ぎるなんてことはないだろう。


これだけやって「実はバルロスの噂が一人歩きしてるだけでした」なんてオチだったら笑えるけどね。


まぁその心配はないか。

なにせあの教官が称賛してたんだ、私にはそれだけで充分な脅威だと分かる。あの人は噂なんかに惑わされず、自分の目で見たモノだけを語る。だからこそ無駄な先入観を持たず私にも公平に接してくれるのだ。その人が『最強』と称したのだから苦戦を強いられるのは間違いないだろう。


『シャロン嬢、なんだがいつもと雰囲気が違いますな。緊張しておられるので?』


「え、そうか?普段通りだと思うけど……」


『否!!このハンゾウ、四六時中シャロン嬢をみっちり眺めております故、変化には敏感ですぞ!!………具体的に言うと、いつもならこういう窮地に直面した時ド変態みたいに笑って喜んでおられますが……今日はそうでもなさそうですな」


「お前が私を変態って呼ぶな。あと影の中から下着を覗くなって、何回も言ってるだろドスケベ」


まったく……困った使い魔だよ本当に。

口だけ達者だけど、戦闘能力はほぼ皆無。

カニス君曰く、優秀な召喚士は複数の使い魔を同時に使役して戦うらしいが、ハンゾウがいくら束になっても魔物一匹倒せないと思う。嫌がらせとかなら適任だろうけどね。


ただ、今回に限ってはハンゾウの指摘は的を射ている気がする。

なんというか、無意識に心が強張っているかもしれないな。せっかく身体を解したというのに、これでは意味がない。


「たしかにハンゾウの言う通りかもしれないけどさ。でも仕方ないだろ、今回は譲れないモノが多いし………」


『…………一つ質問してよろしいですかな?」


思い悩む私に対し、珍しく低いトーンで問うハンゾウ。元より渋い声ではあるが、おちゃらけを抜き取った声色に以外にも知的な印象を受けた。


「いいけど、どうしたんだよ」


『シャロン嬢の言う「譲れないモノ」とは何ですかな……?歩みを止めぬ事?、友人や知人を侮辱されたことへの怒り?…………………それとも、「最強」という肩書への憧れですかな?』


「っ………………!?」


図星だった。

序盤の二つも勿論そうであるが、ハンゾウが最後に指摘したそれは、私ができる限り遠ざけようとしていた本音。


強さを求める者であれば憧れずにはいられない王冠。

勝者のみに与えられる唯一無二の栄誉である。


『シャロン嬢、人間ががその生涯で抱えていられる「譲れないモノ」は等しく一つだけなのですぞ』


「一つ……だけ……?」


『というより、たった一つだけだからこそ、それは何よりも輝きを放つのです。全てを奪われた時、それでもなお唯一残るものなのです。今や吾輩は生きた歳月だけが取り柄の老獪。しかしその道程に則り、軽くアドバイスをば』


ハンゾウは何かを懐かしむように顔を上げながら、続けた。


『この世の誰もが隠しきれない本音を持ち合わせております。故に心を律して欲を抑えるのは至難であり、また殊勝な行いです。……しかし何より尊重すべきは本音を抑える事でなく、数ある本音の中からただ一つを選び抜き、それを原動力に前へと進む事ですぞ』


「抑えるのではなく、選び抜く……か……」


『そうですぞ。してシャロン嬢にはこの言葉を送りましょう―――「他の何にも囚われず、心のままに進まれよ」』


言い終えたハンゾウは、ひとしきり喋り疲れたのか再び影の中で静かに眠った。


私が選び抜くべきただ一つの本音とは何か。

それはまだ分からないが、歩みを進めるべき方向が定まった………そんな気がした。










―――――――――――――――――――――――


「そろそろ時間だな……」


ウォーミングアップを済ませた私は、控え室をあとにして決戦の地へと向かう。


だだっ広い廊下を抜けた先には日差しのカーテンが待っていた。


今の自分の足取りは軽いだろうか?それとも重いだろうか?私には分からない。


この胸中に抱く感情を言い表せぬまま、私はカーテンの向こう側へと歩みを進める。


瞬間、ワァー!という大きな歓声が空間を揺らした―――。


「おい来たぞ!!!あの女の子だ!!!!」


「うぉ〜!!!今日はどんな試合を魅せてくれんだぁ〜!?」


「綺麗ー!こっち見てくれー!愛してるー!」


「期待してるぜぇ!!野郎なんぞぶっ飛ばしちまえ!!!」


朝っぱらから人集まりすぎだろ……。


円形のアリーナを取り囲む観客席、その全てが満員であった。座席が埋まっている為か、立って後方から腕を組んで見守っている者もちらほら。あ、最前列でカニス君達が手を振ってくれてる。


「うぉ!?なぁ、おい!!今俺に向かって手を振ったぜ!!!!」


「ばっかやろう!!!!目が合ってた俺様に対してに決まってんだろ!!」


まったく関係のない者達の間で喧嘩が始まってしまった。

カニス君達に向けてしたんだけどね。まぁいいや。


闘技場の中央にて、不敵に笑うバルロスともう一人、気怠そうな男が私を待っていた。


「えっとー……審判役の人、ですか?」


「そんな所だ。今日は久方のぶりの休日だったんだけどな。朝っぱらからヤンチャしようっつーお前さんらの為に、わざわざ来てやったってわけ」


「なら安心しろよ。女なんぞを屠るのに時間は食わねぇからよ」


「まぁそう早りなさんな。せっかくの機会だ、良い試合を魅せてくれよ。回復担当の術士も準備してっし、本気でやってくれていいぞ。万が一死んだら……そん時はまぁ、弱い自分を悔いながら逝ってくれ」


そう言い終えた審判役の男は、観客席にも届く大きな声で開戦を告げた。


「あー、コホン。これより!!バルロスとシャロンによる対戦を開始する!!!!!!賭けるポイントの額はぁ……!!あ、ポイントは賭けない?珍しいなおい……あっそう。…………まぁどうでもいいか!!!!!野郎ども!!!!!!盛り上がってけェェェェ!!!!!!!!」


「「「うぉぉぉぉ!!!!!!!!」」」



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