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第36話 異世界ホストクラブ

「うぇーい! 楽しんでるぅ姫ぇ〜?」


耳が痛くなるほど騒がしい音楽と、鼻をつくほど甘ったるい香水の匂い。店の中にはキラキラとした照明が反射し、高そうな酒瓶がずらりと並んでいた。巨大なシャンパンタワーが中央で輝き、赤や金を基調としたゴテゴテした内装は、まるで成金趣味をそのまま部屋にしたような空間だ。


そして何より異様なのは、店にいる男達が客である女性を「姫」と呼び、満面の笑みで酒を注いでいることだった。女性達も女性達で、嬉しそうに笑いながら高価そうな酒を頼み、男達へ惜しげもなく金を使っている。


そんな光景を見たエリファーは、帽子のつばを押さえながら顔を引きつらせた。


「なんだここホスクラじゃねぇかー!?」


完全に日本のホストクラブだった。


異世界に来たはずなのに、何故か前世の記憶を刺激される空間にエリファーは大変動揺している。


その横で、パーソンが面白そうに肩を揺らしながら耳元で囁いた。


「ここに、うちの国が長年追いかけてた犯罪者がいるんですよ」


「は? ならすぐ軍が捕まえればいいじゃん」


エリファーが呆れたように眉をひそめると、パーソンは軽く肩をすくめた。


「それがねぇ、軍なんか動かしたら相手も警戒しちゃうんだよ。こっちはやっと潜伏場所を見つけたんだから、慎重に行きたいわけ」


「国には報告したの?」


「秘密♡」


「えぇー……こいつ味方なんだか敵なんだか、国から見てもわかんねぇな……」


エリファーが胡散臭そうに目を細めると、パーソンは楽しそうに笑う。


「でもさ、こんな偉業を成し遂げたら、うちの国でもかなり歩きやすくなるよ?」


そう言ってパーソンは一枚の顔写真を見せてきた。エリファーは写真の男の顔を頭に叩き込み、そのまま店の中へ入っていく。


元殺し屋であるエリファーだが、ホストを“殺した”ことはあっても、客として来店して貢ぐなどという経験は当然ない。


勝手が分からない。


「うーん……うーん……」


どう動けばいいのか悩みながら周囲を見渡していると、一人の青年がにこやかに近づいてきた。


「君が指名してくれたの? 若いねぇ〜! お兄さん頑張っちゃうよ〜!」


軽薄そうな笑みを浮かべた男は、長いまつ毛を揺らしながらエリファーの隣へ腰掛ける。


「あんた幾つや」


エリファーは咄嗟に口調を崩した。ここでお嬢様言葉を使えば、育ちの良さを怪しまれる可能性がある。


そう判断しての演技だった。


「おれは20だよー! 君は?」


「15」


その瞬間、男はふっと笑いながらエリファーの帽子を取った。


さらり、と黄金色の長い髪がこぼれ落ちる。


照明を反射したブロンドはまるで溶けた金のように輝き、白く透き通った肌と整いすぎた顔立ちは、人形のような美しさを際立たせていた。


周囲の空気が一瞬止まる。


「……まぁ聖女ってバレてないしいいか」


エリファーは特に気にした様子もなく呟く。


男はそんな彼女を見て目を丸くしたあと、ふっと色気のある笑みを浮かべた。


「君、めっちゃ可愛いね」


そう言いながらエリファーの顎に指を添える。


だがその瞬間、エリファーの脳裏に違和感が走った。


(……あれ? こいつ写真の男じゃね?)


視線の先にある顔立ち。輪郭。目元。確かに写真と一致する。


しかし、何かがおかしい。


その様子を、少し離れた場所からパーソンが静かに眺めていた。


ちなみに、この店に大罪人が潜んでいるという話は本当だ。


だがパーソンが本当に見たかったのはそこではない。


彼女に“見抜く力”があるのかどうかだった。


「このメニューってやつ頼めばいいの?」


エリファーがメニュー表を眺めながら尋ねると、男はすぐに笑顔を作った。


「あぁ、君は可愛いから頼まなくていいよ!」


(これで経営成り立ってんのか?)


エリファーは真顔でそう思った。


しかし次の瞬間、彼女はさらに別の違和感に気づく。


声だ。


低めに作ってはいるが、男にしては少し高い。


そして足元。背を高く見せるためのシークレットブーツを履いている。


だが本当におかしいのはそこではない。


骨格だ。


どれだけ服装や声を変えても、細かな骨格や身体の重心までは誤魔化せない。


(……こりゃ盛ってるな)


エリファーは目を細めた。


一見すると男にしか見えない。


だが――。


(あれ、女だな)


そう確信したエリファーは、隣に座る“ホスト”へそっと顔を寄せ、小声で囁いた。


「……女でしょ?」


その瞬間、ホストの瞳が大きく揺れた。


一瞬だけ、心臓を掴まれたような顔をする。


だが次の瞬間には、もう笑顔へ戻っていた。


流石はホスト。表情管理が完璧だ。


「なんで?」


その問いに、エリファーは当然のように答える。


「バレたことないんだね。人ってちゃんと観察すると違和感があるんだよ。それを見続けて、違和感が確信に変わるまで見るの」


そして少し考えるように視線を上げる。


「例えば別人に変装しても、まつ毛が十本足りないとかあるよ」


その言葉を聞いた瞬間、ホストの目がぱあっと輝いた。


まるで宝石でも見つけたかのように。


その横でエリファーは別のことを考えていた。


(なんでこんな仕事を……お金に困ってるとか? いや、でもそれなら私がメニュー頼むの断ったりしないよな……)


するとホストは、少しだけ真剣な顔になって口を開いた。


「ねぇ君さ、人って探せる?」


その光景を遠くから見ていたパーソンは、ゆっくりと口角を上げる。


「――俺の主人は、あいつで決定だな」

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