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第37話 団結

私に注文をさせない。


正体は女である可能性が高い。


背を高く見せるためのシークレットブーツ。


そして、“探している人がいる”という言葉。


さらに、あの腕についた筋肉――。


エリファーは柔らかなソファに腰掛けながら、グラスの中で揺れる氷をぼんやり見つめていた。しかし頭の中では次々と情報が繋がっていく。


まるで散らばった点と点が一本の線になっていくような感覚だった。


「あ、そういうことか……」


思わず小さく声が漏れる。


だが、それでもまだ確証が足りない。


推理としては十分形になっている。けれど決定的な証拠がない。このまま断定するには早い。


エリファーが目を細めてホストを見つめていると、当の本人はいつものように人懐っこい笑みを浮かべながら肩をすくめた。


「なーんて、探してる人なんてジョーダンだよ」


――嘘だ。


エリファーは確信した。


人は嘘をつく時、ほんのわずかに身体が揺れる。


視線、呼吸、声色、指先。


ほんの一瞬、意識の外で変化が出る。


ホストの瞳孔はわずかに開き、細い指先が無意識に自分の髪をくるくると巻きつけていた。


本人は気づいていない。


でも、エリファーの目は見逃さなかった。


裏社会の人間ですら隠しきれないものを、一般人が完璧に隠せるはずがない。


だからこそ、分かる。


この人は何かを隠している。


きっと直感的に私に助けを求めていたのだろう。


そうエリファーが考えていた時、店の奥から甲高い声が響いた。


「サトルさーん! 指名入りましたー!」


「あ、ごめんね。呼ばれたみたい。また来るよ」


「あ、うん」


返事をしたものの、エリファーの意識はすでに別のところへ飛んでいた。


集中しすぎて、返事が適当になる。


「あいつサトルっていうのか」


エリファーは源氏名すら知らなかった。


そして彼女はサトルの背中をじっと見つめた。


ここであの客にも注文させなければ私の考えは正しい。


サトルが別の席へ着く。


すると、派手なドレス姿の女性客が頬を膨らませながら声を荒げた。


「指名してくれてありがとー!」


サトルが営業スマイルを浮かべる。


しかし次の瞬間、その女の顔が怒りで真っ赤になった。


「でもさぁ!? いつもだけどサトルって貢がせてくれないよね!? 結婚するからお金貯めて欲しかったんじゃないの!?私、それ私が特別扱いされてるんだと思ってたの! なのにあの女の子にも注文させなかったよね!? どういうこと!?」


女の細い指が、遠くの席のエリファーをまっすぐ指差した。


エリファーはその勢いに少しだけ引きながら、ぽつりと呟く。


「……これがメンヘラ女か。怖いものだ」


「おい聞こえてんぞクソ野郎!」


「うわほんとに聞こえてた」


エリファーが真顔で引く。


(え、怖……指名客ってあんな感じなの……?)


彼女の常識に新しい恐怖が追加された。


女はヒートアップしたまま叫ぶ。


「私はいつも通りヘルプに貢げばいいんでしょ!? それなら間接的にサトルに貢いでることになるもんね!? エンジェルとシャンパンタワーお願い!!」


その言葉にエリファーの頭の中でまたひとつ線が繋がった。


――なるほど。


ヘルプに注文させれば店の利益になる。


だから店側も黙認しているのか。


サトル本人に注文を取らせなくても店が儲かれば問題ない。


そこまで理解したところで、サトルが再びエリファーの席へ戻ってきた。


「待たせてごめんね」


柔らかく笑う顔は完璧だった。


「あと言い忘れてた。僕の名前、サトルっていうんだ」


エリファーは小さく息をついた。


「……ほんとうは?」


「なんのこと? 僕はサトルだよ?」


しらを切る。


その顔も、声も、仕草も完璧だ。


男にしては高い声。


女にしては低い声。


中性的で整った顔立ち。


客を惹きつけるにはこれ以上ない武器だろう。


けれど、誤魔化せないものもある。


エリファーは静かに口を開いた。


「畑仕事」


「……ん?」


サトルが首を傾げる。


「君が昔やっていた仕事だよ。違う?」


その瞬間だった。


サトルの目が大きく見開かれた。


明らかな動揺。


エリファーは微笑んだ。


「これで分かったでしょ。私は、君の探してる人を見つけられる」


サトルの喉が小さく鳴る。


驚きと困惑と希望。


その全部が混ざった顔だった。


今まで閉ざされていた扉が、一気に開いたような顔。


今ここで失ったら引き返せない。なにか希望のようなものを感じた。この人は信じられる直感的にサトルは思った。


「……私はグーナ。あんたの名前は?」


エリファーは柔らかく笑った。


「エリファーよ」


金色の髪が照明を受けてきらりと揺れる。


グーナは思わず息を呑んだ。


エリファーはそのまま続ける。


「君は農家出身。畑仕事をしていた。そして探している人がいる。この店で働きながら、その人物を待っている。違う?」


言葉がすらすらと流れていく。


グーナはぽかんと口を開けたまま固まった。


信じられない。


どうしてここまで分かるのか。


エリファーの瞳は静かだった。


宝石みたいに澄んだ青い瞳が、相手の心の奥まで見透かしているようだった。


観察力。


思考力。


そして違和感を拾う才能。それが彼女の武器だった。


「違和感が確信になるまで相手を見極めるんだよ。そうすれば真実に近ずく」


「へぇー」


グーナはそれが鍛え抜かれたものだとわかっていた。期待に胸が踊る。



「探している人の特徴を教えて。できれば癖も、声も、歩き方も、知ってる限り全部」


グーナはこくりと頷いた。


「年齢は五十歳前後の男。背は百七十五くらい。小太りで……この店によく来るらしい」


「……らしい?」


エリファーが眉を上げる。


「見たことないの?」


グーナは少し俯いた。


「うん……でも理由があって……」


そして静かに語り始めた。


自分が農家の娘だったこと。


村が賊に襲われたこと。


弟と妹が攫われたこと。


そして賊の頭領を探してここまで来たこと。


エリファーは黙って聞いていた。


必死なんだ、とすぐに分かった。


藁にもすがる思いでここまで来たのだろう。


笑顔を作って、嫌な客にも耐えて、男のふりまでして。


その執念に、エリファーの胸が少しだけ熱くなった。


「グーナはいつからここで働いてるの?」


エリファーが問いかけると、グーナは少し視線を落として答えた。


「私は……一ヶ月前から」


「一ヶ月!?」


思わずエリファーの声が大きくなる。


ホストクラブの喧騒の中でも、その驚きははっきりと自分でも分かるほどだった。


「じゃあ賊が村を襲ったのも最近なの?」


グーナは小さく頷く。


「うん……二ヶ月前だよ」


その返答を聞いた瞬間、エリファーの中で何かが弾けた。


二ヶ月前。


グーナが働き始めたのは一ヶ月前。


つまり村が襲われてから、たった一ヶ月でここまで辿り着いたということになる。


弟と妹を取り戻すためだけに。


たったひとつの手がかりを信じて。


エリファーは勢いよく立ち上がった。


金色の髪がふわりと揺れ、椅子が小さく音を立てる。


「ちょっと待ってて」


そう言い残し、そのまま店の外へ向かう。


裏口の壁にもたれかかっていたパーソンが、駆け寄ってきたエリファーを見て眉を上げた。


「どうしたの?」


エリファーは迷いなく言った。


「ここ二ヶ月で賊に襲われた村の記録と、行方不明者の資料を全部ちょうだい。それと、その賊を率いていた人間について分かるものも」


パーソンの目が細くなる。


エリファーはまっすぐ前を見たまま続けた。


ただの農民なら、きっとここで終わっていた。


村が襲われ、大切な人を奪われても、泣いて諦めるしかなかったかもしれない。


けれど今は違う。


ここにはアルファ帝国の使者であるパーソンがいる。


そして今ウィル王国で五百年ぶりに生まれた聖女がいる。


そのうえ、その聖女の中身は――前世で数え切れないほどの任務をこなしてきた殺し屋だ。


国の情報網。


聖女としての力。


そして裏社会で培った知識と経験。


本来なら交わるはずのなかったそれらが、今ここに揃っている。


エリファーは静かに息を吐いた。


胸の奥が熱い。


まるで、まだ見ぬ何かが動き出そうとしているようだった。


きっと――ここから先、とんでもないことになる。


「グーナ、ちょっと外来て」


裏口に出ると、そこには壁にもたれかかって待っていたパーソンがいた。


グーナは警戒して足を止める。


「大丈夫。味方だよ」


エリファーが振り返る。


「これから一緒に、妹さんと弟さんを探す味方」


「改めて紹介するね。この怪しい男がパーソン」


「名前はアイクだよ」


「先に言いなさいよ、、この男はアイク・パーソン」


エリファーが即座にツッコむ。


そして少しだけ表情をやわらげて、自分の胸に手を当てた。


「それと私の本名も言っておくね」


グーナが息を呑む。


「ヴァロイアント・リリー・エリファーよ」


その名前にグーナの顔色が変わった。


ヴァロイアント家。


ウィル王国でも知らない者はいない名門貴族。


国王以上の権力を持つとも囁かれる家柄。


「えっ……!?」


声が漏れる。


エリファーは苦笑した。


「さすがにそこまではないかな」


「あ、声に出てた!?」


「全部聞こえてた」


そう言って笑うエリファーの顔は、どこか楽しそうだった。


夜風が金の髪を揺らす。


こうして――


新しい仕事が始まった。


人探しのために動くグーナ。


主人を密かに決めたアイク。


そして、面白そうだと首を突っ込んだエリファー。


三人の奇妙な作戦会議が、静かに幕を開けた。

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