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第34話 嘘

「そんなに言うなら行ってあげるわよ、アルファ帝国!!」


エリファーは勢いよく言い放ったが、その声にはどこか自分でも整理しきれていない感情が混じっていた。怒りなのか、焦りなのか、それとも別の何かなのか、自分でも分からないまま言葉だけが先に飛び出していく。


「観光ですか?」


ロイアントはいつも通り落ち着いた声で問いかけた。別邸へ移動したばかりの静かな廊下に、その穏やかな声がよく響く。まるで日常の延長のような空気で、エリファーの決意とは対照的だった。


「違うわっ……いや……そうよ、一人旅してくる」


一瞬の沈黙のあと、エリファーは言い直すように視線を逸らした。胸の奥に引っかかる“さっきの出来事”を思い出すと、ロイアントを連れて行くわけにはいかないと直感的に理解していた。もし同行されれば、全力を出せない。もし護衛をつけられれば、自由も消える。


だからこれは“旅”だと偽るしかなかった。


「大丈夫よ、変装もするし。世間は私が聖女だって気づいてすらいないわ」


軽く笑ってみせたが、その笑みはどこか固かった。自分でも嘘だと分かっている言葉を、無理やり整えて口にしている感覚があった。


「そうですか。行ってらっしゃい」


「やっぱりダメよね……って、いいの?」


予想外の返事に、エリファーは目を瞬かせた。止められると思っていた。聖女という立場を理由に、強く制止されると思っていた。だがロイアントはいつもと変わらない表情のまま、静かに頷いている。


「聖女様は今年で16ですよね。もう大人に近づいています。そんな貴方に、この国だけでなく外の世界も知って欲しいのです」


その言葉は優しく穏やかだったが、エリファーの胸にまっすぐ刺さった。信頼されているという実感と、それを裏切っているという罪悪感が同時に押し寄せてくる。喉の奥が詰まり、視界の端が揺れた。


「それに貴方は、大切な部分は守る人です。それくらい私も分かりますよ。もう15年仕えていますから。貴方が嫁いでも、私は貴方を見守りますよ」


穏やかな微笑みだった。その笑顔が優しすぎて、エリファーの胸はさらに苦しくなる。自分がどれだけ信頼を受けているのか、それを理解してしまうほど、罪悪感は重くなる。


(ごめんなさい……)


心の中で何度も繰り返す言葉が、喉の奥で詰まって出てこない。


こんなに信じてくれる人に嘘をついている。自分が一番信頼している人に、何も言わずに背を向けている。もし自分が同じことをされたら、きっと許せない。


そう思うのに、言えない。


弱い自分がそこにいるだけだった。


エリファーの目頭が熱くなり、視界がじわりと滲んでいく。瞬きをするたびに涙が溜まり、黒い瞳の奥で光が揺れた。


そして、ぽろりと溢れた。


「あ……ありがとう」


声が裏返った。「ありがとう」というたった一言が、普段の彼女からは想像できないほどか細く揺れていた。必死に抑えようとしても、喉の震えが止まらない。


鼻をすする音が小さく響き、涙は止まらないまま頬を伝う。ロイアントは慣れた手つきでハンカチを差し出し、静かに涙を拭った。


「何やってるんですか。普段は泣かないのに」


「ん……ぅ……」


エリファーはただ首を振ることしかできなかった。自分でもどうして泣いているのか分からない。ただ、嘘をついたことだけが重くのしかかっていた。


(この嘘は……きっと墓まで持っていく)


心の奥でそう決めてしまうほどに、後悔は深かった。


翌日ーーー。


「こんなんでどうかな?」


大きな帽子を深く被り、動きやすいスニーカーを履いたエリファーは、鏡の前で軽く回ってみせた。いつもの華やかな衣装ではなく、質素なブラウスと短めのズボン姿は、年相応どころかさらに幼く見えるほどだった。


ブロンドの髪も隠され、聖女としての気配は完全に消えている。代わりに残ったのは、ただの小柄な少女、、いや少年の姿だった。


「よし!待ってなさいよ、パーソンめー!」


その声だけが、いつものエリファーに戻っていた。

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