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側妃さまの目論見  作者: 華霜
番外編
20/20

そして続く物語

側妃さまと陛下、交互に視点がかわります。

さて、今日は何をして過ごしましょうか。



マチルダさん監修のもと刺繍にいそしんでいましたが、いささか飽きました。

上流階級の女性のたしなみの一つ、刺繍は私の苦手分野なのです。

服の繕いだとか、傷口の縫合は得意なのですよ。花や紋章を縫いとっているつもりで、全然別物が出来上がるだけです!何故こうまでイメージと違ってしまうのか謎です。


午前中の予定はこれで最後。昼食後はしばらく時間が空く予定のようです。午後のお茶を陛下と共にいただくまで何をして過ごそうかと思案中なのです。



汗ばむような季節も過ぎて、頬を撫でる風がほんの少し肌寒く感じるようになってきました。もうすぐ秋がきます。


秋といえば食欲の秋ですよね。


山の幸も実りの時期を迎え、野菜も冬に向けて甘味を増し、そして私の肉体も美味しいご飯を所望しております。


痩せているせいか寒い季節は辛いのですよ。

野山の動物さんたちは良いですよね、ふかふかの毛皮があって。

私にもあんな毛がはえてきたらきっと暖かいのでしょうね。もふもふステキです。もふもふー。

あ、でも夏は蒸れて暑そうですね…。私のもふもふ計画は断念した方が良さそうです。残念。



そういえば、とふと思い出しました。

この後宮のお庭でも見かけたことがありますよね。そろそろ時期も良い頃合いですし。


ちょっと楽しくなってきました。





※ ※ ※




予定より早く政務が一段落したので、いつもより大分早い時間に後宮の一角に足を向ける。

おかげで今日はデルフィティアと共に過ごす時間がゆっくりと取れる。


秋の涼しさを含む風に誘われて空を見上げれば、雲一つない爽やかな秋晴れ。

風が首筋を撫でてほんの少しだけ肌寒さを感じ、柄にもなく人恋しい気分になる。

こんな時は彼女の傍にいるに限る。

隣にいてくれるだけで心の空虚が影を潜め、とってかわるかのように温かい何かで満たされる。

一度知ってしまったら、もう二度と手離せないと思えるほどの充足感。


早く彼女の元へ。


気が急いて知らず知らずのうちに早足になる。

先ほど空を見上げたついでにありえない場所でありえないものを目撃したような気もするが、気のせいだろう。

気のせい……か?

気のせいにしたいが、かなりの確率で気のせいなどではなく現実だと直感が告げている。

競歩のようにガツガツと歩を進めていると、奥庭の一角(ちょうど彼女の住まいでもある別棟からほど近い場所だ)で侍女たちが右往左往している。



はぁ。

やはり現実だったらしい。



侍女たちが私に気づいたようだ。

そのそれぞれの表情を表現すればだいたい「まさかなんでこんなに早い時間に陛下がここに?」「しまった」「ヤバイ」そして「陛下を早くここから引き離さなければ」といったところか。


手で侍女たちの動きを制して、人差し指で静かに、と合図をする。

侍女たちは不承不承という表情ながら私に従った。

誰よりもデルフィティアに忠誠を誓ってくれる人選をしたのだが、それが効を奏したのかデルフィティア付きの侍女たちはそれはそれはデルフィティアによく仕えてくれている。というよりも最近ではデルフィティアに心酔しきっている者たちが急激に増えているようで正直ちょっと恐ろしい。

まるで新手の宗教団体のようだ。さしずめデルフィティアが教祖といったところか。……………なんかいいな、それ。私も入信するかな。



とある木の下で侍従に邪魔な上着を手渡す。そして上を見上げた。

木登りなんて久し振りだ。

というより、はるか昔にシュトラーゼ伯領でデルフィティアに付き合わされて木登りした以来だ。


懐かしい思い出に自然と頬が綻んだ。


腕捲りをして、なるべく静かに、手頃な枝に腕を伸ばして私はゆっくりと登りはじめた。




※ ※ ※



も、もう少し………。


精一杯伸ばした指先に目当ての果物が触れました。あとちょっと私の腕が長ければ!

悔しいです。

本当はあと一歩前に出られれば良いのですけど、足元の枝の太さと強度からいえばこれ以上は進まない方がいいと勘が告げているのです。



届きそうで届かない。



完全に手が出ない場所のものなら諦めもつきますが、だって指先に触れることができるくらいの場所にあるのですよ。諦める決心をすることができません。


かくなる上はもう一度トライしてみるだけですね。

足元を確認しながらそろりと踏み出した途端、ばちりと目が合いました。

軽やかに幹を登ってくる陛下と。



一度ぎゅっと目を閉じて、深呼吸。ゆっくり目を開けるとまだ陛下はそこにいました。というより私が乗っている同じ枝まで登ってきていました。



陛下の幻覚ではなかったようです。

……どうしましょう。



まず怒られるでしょうね。これは確定。

そして軟禁?うーん……現状とそう差がない気もします。

じゃあ監禁?それは犯罪ですかね。

拷問?私をいたぶってもどうしようもないと思います。

食事抜きとか?

それはいけません!私のささやかな楽しみの一つですのに。普段の食事は食べきれるほどの量をお願いしていますが、どれをとってもとにかく美味しいのです。食べ過ぎないよう摂生するために、どれほど私が精神力を鍛えていると思っているのですか。

後宮の美食に慣れてしまったので、実家での野性味あふれる田舎料理を懐かしく感じます。繊細さとは対極の、豪快としかいいようのない料理ばかりですが、それはそれでオツなものです。



陛下は私と、私の背後の果物を無言で見比べ、左腕で私を抱え込むように支えると、すいと右手を伸ばして私が狙っていた獲物(果物)をもぎ取りました。


く、悔しい!

そんなにあっさり採らなくてもいいではないですか!

しかもそれ私が狙っていたのに。




陛下はそのまま無言で私を近くの手頃な枝に座らせて自分も横に腰かけました。



…………。

…………………。



沈黙が続きます。

あれ、私てっきりお叱りを受けるかと思っていたのですが、違ったのでしょうか。


足をぷらぷらさせていると枝や葉の隙間から侍女さんたちや侍従さんたちがこちらを心配そうに見上げている様子。

大丈夫ですよ、子供ではないのですから、そう簡単には落ちませんとも。

子供でもないのに木登りなんて、と無理矢理に下ろされないのは、やはり隣に陛下がいらっしゃるからでしょうか。


陛下、怒るなら一思いにさぁどうぞ!心の準備はできております。

この沈黙、居心地が悪いのです。



お叱りを覚悟して身を固くし、沈黙に耐えます。



あのー私、いつまで耐えれば良いのでしょう。

刑の執行は可及的速やかにお願いしたいのです。むやみやたらと引き伸ばされても。

これが世に言う焦らしプレイ?

初体験なのです。



「!」

陛下の身じろぎに反応して、ついビクリとしてしまいました。


ふー。深呼吸して気持ちを落ち着けましょう。

隣の陛下をチラ見してみれば、私が狙っていた果物を軽く袖口でぬぐい一口かじっていました。



「ん、うまい」



そりゃあ美味いでしょうよ!

この私が目をつけていた果物です。数多く木になっている果実の中で、特に食べ頃な逸品でしたのに……。

私はがくりと肩を落としました。


そんな私に陛下は一口かじった果実をずいと差し出します。

思わず食べかけの果実と陛下を見比べてしまいました。

さらにずいと果実を差し出されたので、おずおずと手を出して受けとりました。



どうしてなのか、今陛下は私を叱るつもりはない様子。木登りなんて今どき田舎の子供しかしないようなことを、側妃が後宮でしかも目撃者が多数いる中でしでかしているというのに、お咎めの一つもないなんておかしくないでしょうか。いやおかしいはずです。

でも怒られないならこれ幸いと、私は受け取った果実を口に運びました。



美味し~い!


しゃりしゃりとした果肉の口触りと、強い甘みの中の少しの酸味が丁度良くて、自分の目利き具合を大絶賛中です。

あっという間にぺろりと平らげて、後に残るのは僅かな種と芯のみ。

調子にのって陛下の食べかけを全部たべてしまいました。

もしかして陛下、私には一口おすそ分けで、残りは食べようと思ってたんじゃあ…。


こっそり陛下を伺えば、私のことなど気にする風もなく、枝の隙間から見える城の外壁やその向こう側の王都を眺めていらっしゃるご様子。


種と芯を処分して、陛下と同じように景色を楽しむことにしました。

今しかないこの一瞬の光景は、たとえ同じ景色であったとしても、二度と同一のものたりえないだろうから。



す、と横から伸びた陛下の指が私の指とからまってきました。これは名高いカップルつなぎ。

果物の果汁で少々ベタついていますが、陛下、気づいてますよね?気持ち悪くないですか?早く指を離しましょうよ。


ぴくりと指に力を入れれば、余計にぎゅっと握りこまれる始末です。こりゃあ駄目だ。



こうなってからの陛下はご自分が満足されるまでテコでも動かないのはもう分かっているのです。無駄な抵抗はやめて、もうしばらく陛下とこのかけがえのない時間を過ごすことにしましょうか。




遥けき王都をのぞみつつ。






※ ※ ※



「ん、うまい」



デルフィティアが採ろうとしていた果物にかぶりついた。

ここにある樹木はあくまで鑑賞用なので、その果実も勿論鑑賞目的だ。食用として品種改良をしていないので(デルフィティアが食べられると判断したのなら問題ないだろうとは思ったが。彼女の判断力は野生の動物並だ。)口に入れても問題ないか、毒見をしてみた。

彼女に何かあっては大変だからな。


この果物は赤色のものが完熟で一般的だ。こんな黄みがかかったものは初めて見た気がする。まだ熟していなさそうなのに食べ頃だった。デルフィティアは目利きだな。

しばらくして特に問題がないと確認できたので彼女に果実を手渡した。


それはそれは嬉しそうな表情で果実を食べていくデルフィティア。

隣に座るデルフィティアを横目でちらりと伺う。食事中のレディをあまりじろじろと見るのは不作法だからな。私としてはどんなデルフィティアでも見つめていたいのだが、彼女が気まずかろう。



気まずいと言えば、さっきまでデルフィティアは何となく挙動不審だった。あからさまに身構えて、目が泳いで落ち着きがなかった。気まずげにモジモジしているのも可愛らしい。


理由はわかっている。


木に登っていたのを咎められると思ったのだろう。

まぁ普通は咎める。

というよりも誰も側妃が木登りをするとは想定していまい。側妃、というよりも、一般女性が木登りをすることはまずない。常識の枠外の行動にカテゴライズされていると思う。

しかもシンプルながら布地をふんだんに使った裾の長いドレスを、両足の間で布地を結んで簡易ズボンのようにしているのだ!その発想と姿に笑いがこみあげ、笑いをこらえるのに必死になった。多分私はぷるぷる震えていた。



私にはデルフィティアの木登りを公には許容しない、というスタイルを取るしかない。

ただし、あくまで公に、だ。


個人的には木登りくらいすれば良いと思う。

私の我が儘でデルフィティアには随分と行動を制限させてしまっている自覚はある。

木登りで少しでもデルフィティアの気晴らしになるのなら、いくらでもすれば良い。落ちる心配はしていない。山猿だからな。

ここなら要らぬ流言飛語を垂れ流すような輩は入り込めないし、警備の者たちは口が固い少数精鋭を選んでいるし、侍女たちはデルフィティア信者なので彼女の不利になるようなことはすまい。



木登りは侍女たちがおろおろとするくらいで実害は特にない。可愛らしいものではないか。

先日焚き火をされたときは本当に驚かされたがな。


火事か、間喋による狼煙かと王宮は一時騒然となったのだ。

実際はというとデルフィティアが「サツマイモ」なる芋の一種を入手したので焼いて食そうとしていた、というのが真実だ。その「サツマイモ」はどこから入手したのだ…?

侍女たちも警備の者たちも、何故誰一人としてデルフィティアの行動を止めようとはしないのだろう。そこが疑問だ。

…………かくいう私も「許可をとってから焚き火をするように」とは注意したが、よく考えてみれば焚き火自体は禁止していないな…?

どうしてなのだろう。 ううむ。



満足げな表情のデルフィティア。

視界の隅に捉えたまま、そっと自分と彼女の指を絡ませた。俗に言うカップルつなぎだ。こんな風に手を繋いだのは初めてかもしれない。


なんかペタペタしている。


果汁が指についていたのだろうか。

それを舐め取りたい欲望に一瞬駆られたが自制した。繰り返したい。本当に一瞬だったのだ。ちらりと思っただけなのだ。実行にうつしていない。


代わりにぎゅっと握りこんだ。



ぴくりと身を固くしたデルフィティアだったが、振りほどくことはなかった。

本当に嫌だったら全力で拒否するだろうから、きっとこの距離は彼女に許されているのだろう。


それにペタペタしているおかげで彼女の指との密着感が半端ない。いずれ指とは言わず、全身全霊で彼女と密着………したいが、もちろん今のところは自制するぞ。

私はちゃんと順番を踏める男なのだ。

どこに黒熊の目が光っているかわからないし。迂闊な行動でこの世から抹殺されたくはない。



彼女と指を絡めたまま、視線は木々の隙間から僅かにのぞく王都の町並みに向ける。




私が治める国。



幸いにも、私が即位してからこれといった戦争もなく、国境でちょっとした小競り合いがある程度。国内情勢もひとまずは落ち着いていて、問題は山積していながらもどうにかやっていけている、と思う。


戦争がないことは国の発展に大きな意味をもつ。

戦争があれば軍需はあるかもしれないが、国民は疲弊する。田畑は焼かれ略奪がおき治安は悪化。戦禍が市街地にまで及べば国家として大打撃だ。


将来はどうなるのかわからない。今のところ、という言い方しかできないのがもどかしい。

それでも束の間かもしれないけれども、平和には違いない。


私がデルフィティアにうつつをぬかせるぐらいには平和だ、ということだ。

少しでも長くこの平和が続くよう。


デルフィティアには私の隣でこの国を見ていてもらいたい。



普通の恋人であればお互いを見つめていれば良い。

普通の妃であれば私の後ろで控えていれば良い。



しかし私がデルフィティアに求めているのはあくまで私の隣なのだ。

同じ目線で同じ場所を見つめ、同じ未来を共に描く。



つないだ指先にぐっと力をこめた。



どんな未来でもこうして彼女を連れていきたい。

私の隣は彼女のための場所。

彼女にとっても、その隣にいるのは唯一私でいい。

その手を離さずに、互いを更なる高みへと引っ張って行けるのなら。

嬉しさも哀しみも喜びも淋しさも分かち合っていけるのなら。



私の魂の半身。





願わくはこの一瞬が永遠に。

遥けき王都をのぞみつつ。









To be continued.






読了ありがとうございました。ここまでお付き合い頂きました皆様と、評価・ブクマして頂いた方々に感謝をこめて。

とりあえず一旦完結といたします。本編二話で、まさかここまでひっぱるとは予想外でした。続きは「不憫陛下と恋の駆け引き」というタイトルで細々と投稿中です。あいかわらずのグダグダ感が溢れた作品となっております。ようやくライナス様が出てきます!が、ちょっと違う展開になるとかならないとか?自分の発想と文章力の貧困さに戦きつつも、頭を捻っています。こちらも早く完結のボタンが押せるように頑張ります。

重ねて、ありがとうございましたm(__)m

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