生化学兵器をスープにする男
神界のモニター前でヨダレを拭いています、神様です。魔獣(デカい犬)から逃げ切った大輔は、ついに念願の「人間の村」へ到着しました。お腹ペコペコの彼が駆け込んだのは、今にも潰れそうな一軒の食堂。そこで、異世界の食文化を揺るがす大事件が勃発します。
「す、すいません……! お金はこれしか無いんですけど、何か食べるものをくれませんか……!」
辺境の村の片隅にある『おひさま食堂』のドアを叩き、高坂大輔はカウンターに崩れ落ちた。
差し出された手のひらには、村の入り口で拾った数枚の銅貨。それと、麻の服の裾にパンパンに詰まった、禍々しく紫に光るトゲトゲのキノコ。
「ひゃいっ!? ど、泥棒!?……じゃなくて、お客さん!?」
奥から慌てて飛び出してきたのは、エプロン姿の少女だった。栗色の髪を三つ編みにした、この店の看板娘――ミリアである。
ミリアは大輔の顔と、カウンターに転がった紫のキノコを交互に見つめ、次の瞬間、顔面を蒼白に染めた。
「ちょっと! 何よこれ、魔の森の『マギ・マッシュルーム』じゃない! 触るだけで手が腐り落ちて、一口齧れば3秒で即死する特級呪物よ!? なんでそんなの持ち込んでるの!?」
「え? いや、昨日生でバリバリ食いましたけど。ちょっと辛口の明太子みたいな味で美味かったですよ?」
「はああァァ!? 嘘つかないで! 生きてるわけないでしょ!?」
ミリアが頭を抱えて叫ぶ。
それもそのはず、大輔の【頑丈な胃袋】は神様直製のバグスキル。彼にとっては完全栄養食でも、一般人から見ればただの自殺志願者だ。
「……はぁ。もういいわ、お腹が空いて頭がおかしくなってるのね。うちも今、冒険者が減って全然食材が仕入れられなくて、まともなもの出せないんだけど……」
ミリアはため息をつき、厨房から「薄くて干からびた肉の一切れ」と「酸っぱいスープ」を持ってきた。
大輔はそれを一口啜り――あまりの不味さに顔をしかめた。
「……不味い。いや、ミリアさんの腕じゃなくて、食材が死んでる。これじゃお客さん来ないよ」
「う、うるさいわね! 経営難なのはわかってるわよ! でも、普通の食材は高いんだから仕方ないじゃない!」
悔しそうに涙目を浮かべるミリア。
その姿を見て、大輔の元・現代人としてのプライドと、胃袋の記憶がチクリと疼いた。
「……ちょっと厨房、借りていい? お礼に、仕入れ値タダで最高に美味いもん作ってあげるから」
「え? ちょっと、何する気――」
大輔は止めるミリアを無視して厨房に入ると、持ってきた紫のキノコをまな板に乗せ、包丁で手際よく刻み始めた。
大輔自身は気づいていないが、【頑丈な胃袋】のパッシブ効果により、彼が触れて調理している間、キノコの毒素はみるみるうちに「極上の旨味成分(出汁)」へと分解されていた。
じっくりとバターで炒めると、厨房の中に、異世界では嗅いだこともないような、濃厚で芳醇な香りが立ち込めた。
「な、何これ……。あのドブみたいな匂いのキノコから、どうしてこんな美味しそうな匂いが……?」
ミリアがコクりと喉を鳴らす。
大輔は茹で上がった地味な麺に、その特製キノコソースを絡め、仕上げにトゲ草を刻んでパセリ代わりに散らした。
『幻の魔界キノコとトゲ草の濃厚和風パスタ』の完成である。
「はい、出来上がり。毒は……まぁ、俺がこれだけ触っても生きてるし、多分抜けてるっしょ! 安心して食べてみて!」
「えっ!? 『多分』って何よ!? 確信ないの!?」
「細かいことは気にしない! ほら、冷めないうちに!」
「う、嘘よ。あんな生化学兵器が美味しくなるわけ……」
ミリアは怯えながらも、立ち上る暴力的な香惑に勝てず、フォークで麺を巻き取って口に運んだ。
――瞬間。ミリアの目が、これ以上ないほどにカッと見開かれた。
「な、何これええええぇぇぇおいうまぁぁぁい!!」
お上品な看板娘が叫んだ。
口いっぱいに広がるのは、王宮の高級料理をも凌駕する圧倒的なコクと、ピリッとした小気味良いスパイス。噛むたびに溢れるキノコの旨味。
「毒がない……どころか、体がポカポカして元気が湧いてくる……! あなた、一体何者なの!?」
「いや、ただの通りすがりのMOB……あ、いや、一般人だけど。もしよかったら、ここで雇ってくれない? 三食昼寝付きでさ」
大輔はニカッと笑った。こうして、チートを奪われた転生者は、異世界の小さな食堂で「シェフ」としての第一歩を踏み出したのだった。
ーーその頃、神界のモニター前。
「いや『多分抜けてるっしょ』じゃないわよバカ大輔ーーー!!!」
私はベッドの上でじたばたと足を動かし、枕を何度も殴りつけた。
「確信なしに女の子に特級呪物食わせたの!? サイコパスかよ! 結果的に私の【頑丈な胃袋】の隠し効果で毒が消えてたから良かったものの、一歩間違えたらヒロインが1話で退場するところだったわよ!……って、いや、それにしてもなによあのパスタ! 画面越しでも絶対に美味いってわかるじゃない! 私のポテチが急に色褪せて見えるんだけど!?」
画面の中では、ミリアが大輔の手を握りしめ、「お願い! うちのチーフシェフになって!」と猛烈にスカウトしている。
「……あーあ、ヒロインまでゲットしちゃってさ。まぁ、生意気だったあいつが、自分の腕(と私の地味スキル)で必死に働いて、女の子を笑顔にしてるんだから……まぁ、合格点をあげてもいいけどね」
私は不貞腐れながらも、大輔が少し誇らしげに笑う姿を見て、ほんの少しだけ胸が温かくなるのを感じていた。
ご覧いただきありがとうございました!
大輔は鑑定スキルもないのに「俺が平気だから大丈夫」という超絶ガバガバな理論でミリアにパスタを勧めました。神様もハラハラでツッコミが止まりません。
次回、大輔の作った「毒キノコパスタ」の噂が広まり、寂れた食堂に大行列が!?
しかし、その美味しすぎる匂いに釣られて、また別の『厄介な存在』がやってきてしまい……?




