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第3話 文明との再会

 洞窟の出口を探したが、どこにも見当たらない。


「アーク? ここ、完全に閉鎖空間じゃない?」


『肯定します。この方舟を現地の生命から隠蔽するため、地殻内部の完全な閉鎖空間に迷彩を施し、隔絶しています』


「となると、ここから出るには『アストラル・ドミネイト』を使うしかないわね」


『その提案を肯定します。アストラル・ドミネイトで一時的に岩盤の分子結合を分解し、脱出後に再構成を行えば、方舟の隠蔽性に問題はありません』


「了解。それじゃあ始めるわよ」


 そう言って、私は左手首のブレスレット型デバイスを岩壁にかざした。


 ブレスレットから無数のナノマシンが銀色のもやのように放出されるのを確認し、命じる。


「アストラル・ドミネイト起動。出口までの空間を確保しなさい」


 放出されたナノマシンは指向性を持ち、目の前の硬い岩壁に波紋のように浸透していく。


 次の瞬間、岩盤が音もなく液状化し、まるで海が割れるように自ら左右へ退き、人が一人通れるだけの滑らかなトンネルを形成し始めた。


 それは魔法ではない。純粋な超科学による、原子レベルでの情報支配と再構築だ。


 トンネルを抜け、外の光が差し込む大地へ辿り着いた私は、振り返って再び命じる。


「再構成を実行。空間を閉鎖しなさい」


 その言葉と同時に、今私が通ってきたトンネルは液状に崩れ、あっという間に元の無骨な岩肌へと戻った。境目すら見分けがつかない。


 無事にナノマシンの回収を終えた私は、改めて周囲を見渡した。


(想定よりスムーズかつ容易にできた……)


(おかしい。いくら1.94の文明レベルの資源環境とはいえ、ここまで効率良く機能するはずがない)


(何か見落としている……?)


 眼下には、見渡す限りの広大な光の海が広がっていた。


 空中には幾重もの交通レーンが目に見えない規則的な軌道を描いて走り、光の粒が絶え間なく行き交っている。地平線の彼方には、大気圏を突き抜ける長大な軌道エレベーターらしき構造物すら見えた。


「思ったより、ずっと進んでいるわね」


 私は腕を組む。


 文明レベル1.94。


 アークから報告は受けていたが、実際にこの目で目にすると印象は違った。惑星という「物質の檻」の中にありながら、彼らは必死に空へ、宇宙へと手を伸ばそうとしている。


『アルテア文明の歴史モデルとの技術比較では、約27000年前の段階に相当すると推定されます』


「27000年、ね……」


 私は輝く都市を見つめながら思考を巡らせる。

 まず必要なのは、徹底的な調査。そして情報収集だ。


 恒星文明初期に潜むという『変異の兆候』を追うのなら、現地の社会へ深く入り込まなければならない。


「アーク、この星の知的生命体の姿形はわかる?」


『遠距離観測では、二足歩行型知的生命体である可能性が97.2%と推定されています。ただし、生体構造の詳細解析は未実施です』


「二足歩行……」


『方舟の内部リソースのみでは、現地情報ネットワークへの外部アクセスが不可能でした』


「仕方ないわね」


 アークのリソースのほとんどは、46億年もの間、私の生命維持と方舟の管理に割かれていたのだ。贅沢は言えない。


「となると、まずはあの近くの街へ直接降りて、彼らを知るしかないわね」


『同意します。移動時は光学迷彩の使用を推奨します』


「ええ、わかってる。ペルソナ・アームズを使うわ」


 私は腰にマウントされた小さなキューブへ触れた。


 文明支援用万能構築システム――『ペルソナ・アームズ』。


 本来は開拓用のインフラ装置だが、アルテア文明後半は軍事転用もされたまさに万能構築システムだ。


 小さな立方体が静かに浮遊し、表面がほどけるように分解される。 


 無数の微細粒子が私の身体をベールのように包み込んだ。周囲の光が歪む。


 次の瞬間、私の姿は完全に景色へと溶け込んだ。


『光学迷彩、正常稼働を確認』


「出力を、今の文明レベルの光学センサーや肉眼に合わせて調整して」


『個体名ソニア、理由を要求します。完全な透過状態が最も隠密性に優れています』


「ふふ、無色透明って、実はとても目立つ色なのよ」


 私は少し得意げに笑った。背景の光を完璧に透過しすぎれば、あまりに綺麗な無色透明になってしまう。それはそれで違和感につながる。そんなことをして現地の観測システムに異常な透明を悟らせるわけにはいかない。


…一時間後…


 都市圏の外縁部に到着した私は、光学迷彩を解き、路地裏で立ち尽くしていた。


『周辺環境解析を開始。言語体系、交通規則、衣服文化のサンプリングを実施します』


『ソニア?』


「……似てる」


『何がでしょう』


「人類よ」


 大通りを行き交う人々。

 その姿は、驚くほどアルテア人と酷似していた。


 二本足で歩き、二本の腕を持つ。頭部の配置、表情筋の動き、平均的な身長。骨格の構造から皮膚の質感に至るまで、ほぼ同じだ。

私は思わず足を止めた。


「アーク、顔面構造を解析して」


 数秒後、網膜に解析結果が投影される。


『観測対象128万7742名。アルテア人類との平均形態一致率94.8%』


「平均!?」


『最大一致率99.2%』


「……は?」


『同意します。単純な収斂進化では説明が困難です』


「いくらなんでも出来過ぎている……」


 博士が生きていたら、研究者として歓喜していたかもしれない。


 でも今の私は博士のことより別の意味での衝撃が勝っていた。


「……博士との思い出は後! それより、何、あれ?」


『衣服です』


「見ればわかるわよ!」


 私は呆れた声を出した。

 すれ違う人々が身にまとっている布の数々。

色彩。装飾。意匠。アルテア文明の基準とは何もかもが違う。


 アルテアでの衣服は、ナノマシンによる自己修復や温度管理を行う「環境制御装置」に過ぎなかった。だが、この星の衣服は、機能性よりも自己表現や装飾が明らかに優先されている。


「凄いわね……」


『否定的評価ですか』


「逆よ」


 私は目を細めた。


「私たちはいま、未来の過去を知る生き証人なのよ。かつて私たちが歩いたはずの道を、未来のこの星の人々が歩いている」


 あの頃は、人として生きるのか、変異を受け入れるのかで世界が染まっていたが、それを感じさせない世界は美しく見えた。


『個体名ソニア。問題は、私たちが現在着用している衣服です』


「そうね」


『現地通貨の所持金はゼロ。購入資金はありません』


「アストラル・ドミネイトで材料は作成可能?」


 私が提案すると、アークは数秒沈黙した。


『可能です』


「やっぱり……」


『なにか気になる点でも?』


「もう少し確証が取れたら話すわ」


 私は路地の奥にあった廃棄資材置き場へ向かった。


 打ち捨てられた金属片。合成樹脂。炭素繊維。素材の質としては原始的だが、十分だ。


「材料の総量は足りる?」


『衣服を再構成する質量としては過剰なほどです』


「なら、やりましょう」


 私は再びアストラル・ドミネイトを展開し、廃棄資材の山へ取り付かせた。


 素材分析。

 構造解析。

 元素分離。

 再構成。


 アルテア文明における標準製造技術、アストラル・ドミネイト。


 それは無から有を生み出す魔法ではない。既存の物質を原子レベルでほどき、別の形へと組み上げる極限のリサイクル技術だ。


 数十秒後。


 淡い光が収まると、そこには一式の服が完成していた。


 私はそれを手に取り、満足げに頷いた。

 しかし…


『却下します』


「……は?」


『目立ちます』


「どこがよ!」


 私は完成した服を見る。

 黒を基調とし、無駄な装飾を一切省いた機能的なスーツ。動きやすく、合理的で、実用的。そしてシルエットも美しい。完璧な仕上がりだ。


『現在までに取得した55万件の衣服データとの比較において、大きく逸脱しています』


「だから何よ」


『潜入任務において、周囲から浮くことは不向きかつ危険です』


「だからって――」


 アークが、私の網膜に一つのホログラム映像を投影した。


 それを見た瞬間、私は絶句した。


「……却下」


『合理的です』


「却下!」


『当該デザインの現地適応率、92%』


「却下!」


『若年女性層における魅力度評価、上位5%にランクイン』


「却下ったら却下!」


 私は全力でホログラムをかき消した。


 映像に映っていたのは、ひらひらとした過剰な装飾に、無駄に露出が多く、機能性など欠片もないような「現地の流行服(しかもかなり派手なもの)」だった。


『個体名ソニアの強い拒絶反応。理解不能』


「そっちの美的センスの方が理解不能よ!」


 ――こうして、46億年の時を越えた私たちの最初の地球調査は、変異の兆候を探るでもなく、陰謀に巻き込まれるでもなく。

 ただひたすら不毛な『服装論争』から始まったのだった。

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