第2話 46億年後の目覚め
私は夢を見る。
うねるマグマの海がやがて冷えはじめ、青い海ができる。
遠い年月の後、小さなカプセルのような有機高分子――タンパク質が形成される。
小さなそのカプセルはやがて結合し、命の拍動を始める……。
そんな夢を見る。
◇
【――過去ログ再生。テラ紀元34億2000万年:演算終了】
【生命の進化速度が、アルテア恒星系の基本歴史モデルより52.1%遅延していると判定】
【このままでは当該知的生命が誕生し、恒星文明に至る前に、主星が主系列星としての寿命を迎える可能性:極大(99.8%)】
【文明継承プロトコル起動】
【許容範囲内の確率偏向を実施】
【進化経路における停滞点を補正します】
◇
私は夢を見る。
この星の生命は、大質量天体の衝突や環境激変による幾度もの絶滅の危機を乗り越えながら進化を続けていく。
海から陸へ。
陸から空へ。
そして知性へ。
まるで誰かに導かれるように。
◇
私は夢を見る。
夜を照らす灯り。
巨大な都市。
空へ伸びる軌道エレベーター。
月面都市。
赤い惑星に広がる居住区。
無数の人工衛星が恒星を囲み、人類はついに母星だけに縛られない種となった。
その光景は、かつて私たちが歩んだ道によく似ていた。
◇
【――過去ログ再生。テラ紀元46億年:演算終了】
【当該知的生命体の技術水準が、惑星文明レベル1.94を突破したことを確認】
【恒星文明移行への必須条件である、ダイソン球構築技術理論の完成を検知】
【第一フェーズ建造開始予測:28年後】
【宇宙の深層構造接触に伴う『最初の変異』が開始される確率:97.98886%】
【個体名ソニアの『一度目の』目覚めを27年後に設定します】
◇
ピピピ、ピピピ。
『個体名ソニア、覚醒シークエンス終了。目覚めの時間です。個体名ソニア、意識をサルベージしてください』
「う、うぅ……」
私は頭を押さえた。思考がまとまらない。
確か私は、博士に見送られて星の時間を眠りに……。
「ここは……! 私、起きているの……?」
身体を満たしていた保存液が排出され、空気を吸い込んだ事実そのものに、私は激しい衝撃を受ける。
『その通りです、ソニア。あなたは今、一度目の目覚めにあります』
「だ、誰……!?」
『私はアーク。アルテア恒星系の量子型AIアークです』
「アーク? あなたも星の時を渡ったの!? いや、でも、あなたの膨大な演算リソースはどこから調達しているの?」
アルテアにいた頃のアークは、恒星全体のエネルギーを喰らう怪物だったはずだ。
『問題ありません。かつての私は恒星文明全体のインフラ管制及び各種演算を行うため極大のエネルギーを消費していましたが、現在はあなたの補佐を最優先としてこの保存カプセル型方舟内に全構造を圧縮しています。この方舟の内部リソースだけで、私の全機能は十分稼働可能です』
「……あの博士の仕業なのね。本当に……」
『肯定します。カイゼル博士による隠しコードと基本設計に基づいた最適化行動です』
私は、カプセルから這い出し、辺りを見渡した。どこかほの暗い。
人工的な建造物ではない。剥き出しの岩肌が続く洞窟だ。いったい、ここはどこなのだろう。
「アーク、私を目覚めさせたということは、この星の生命はもう、銀河文明に近づいているの?」
『いいえ。現在の文明レベルは1.94です。現地のタイムラインにおいて、ダイソン球第一フェーズの建造開始は1年後と予測されています』
「ちょっと、どういうこと……!? その文明レベルなら、私はまだ起きるはずがないわ! そこから私たちの領域にまで文明を引き上げるなら、どれだけ効率的に進めても、最低でも30000年は必要なはずよ!」
私は途方に暮れた。頭の芯が冷えていくのを感じる。
これでは、博士から託された願いを叶えることなんてできないではないか。
何のために私は、46億年という星の時間を眠りに費やしたというのだ。
『ソニア、あなたの懸念は論理的です。しかし、現地の生命体において『最初の変異』が今後1年以内に発生する確率は99.999%と算出されています』
アークの冷徹な見解を聞いたその瞬間、私は背筋に凍りつくような戦慄を覚えた。
「どうして……? アルテア恒星系で最初の変異が観測されたのは、文明が熟して、レベル2.7を超えたあたりからのはずでしょう?」
「アーク、何かのエラーじゃないの? 計算を間違えているわ」
『否認します。失礼ながら個体名ソニアに事実を返答します。あなたが眠りについていた46億年間、私はアルテア恒星系の滅亡データを何兆回と再解析し続けました。その結果、変異の真の発生タイミングは文明の末期ではなく、恒星文明の初期に潜んでいることを突き止めたのです。この星では、すでにその兆しが確認されています』
「そんな……、まさか……」
『個体名ソニア。私たちの真の目的は、かつて人類が解けなかった変異の真実を解明し、この星が破滅を避けて銀河文明へ至るのを見届けることです。よって、まずはこの地において、初期変異の確認と直接調査を行うことを提案します』
「……変異の、真実……。わかったわ……」
変異の始まりは、恒星文明の初期からすでに始まっていた。
だとしたら、アルテア恒星系の人類は、自覚がないだけで全員が大なり小なり変異の影響を受けていたというの?
だとしたら――私たちが、あの時、同胞と血を流し合ってまで「人で在ろう」とした選択は、本当に正しかったのだろうか。
私は、それを突き止めなければならない。
そのためにも、この星で起きようとしている『最初の変異』を、この目で調査しなければ。
私は、まだこの星の名前すら知らない。
けれど、起きてしまった以上、もう歩き始めるしかないのだ。
ただ、その強い想いだけを胸に、私は46億年ぶりに自らの足でしっかりと大地を踏みしめた。
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