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第1話 アルテア文明最期の日

「どうじゃ、最後の人間として選ばれた感想は?」


 唐突に背後から声をかけられ、私は思わず飛び起きた。

 うたた寝していた椅子から身体が浮き上がる。

 同時に、私の体重や姿勢に合わせて形状を変えていた局所重力場も解除され、椅子は静かに元の形へ戻った。


「博士! 何度も言っていますが、後ろから声をかけないでください」


「すまんすまん」


 博士は悪びれもなく笑う。


「まったく……少しは最期の時を悼む気はないのですか?」


 私はむくれながら再び端末へ視線を落とし、重力場を再構築して椅子に腰を下ろした。


 私たちの文明は、おそらく明日には消える。

 部屋の中央では、幾重もの光の輪が静かに収縮と展開を繰り返していた。


 量子型AIアーク


 これがその本体である。


 アークはアルテア恒星系全体を覆うダイソン球から供給されるエネルギーの九割近くを単独で消費しながら、銀河内のあらゆる物質の挙動をリアルタイムで予測し続けている。


その演算構造体が静かに明滅した。


 予測結果は変わらない。


 アルテア恒星は明日、超新星化する。


 それは誰かの陰謀でも事故でもない。


 ただ訪れるべき終わりだ。

 恒星が寿命を迎える。

 それだけの話。


 そしてその終わりと共に、この恒星系も、私たちの文明も消滅する。

 それなのに博士は相変わらず飄々としていた。


「別に仕方のないことじゃ」


 博士は肩をすくめる。


「変異を拒絶した我々は、多くの『元』同胞を排除して今日を迎えた。これもまた運命じゃろう」


「……それは……」


 私は言葉を失う。

 博士の言う通りだった。

 私たちには生き残る道があった。

 だが私たちはそれを拒絶した。

 変異を受け入れた同胞たちと争い、勝利した。

 そして勝利した結果として、滅びを迎えている。

 なんとも皮肉な結末だった。


「それにの」


 博士は穏やかに続ける。


「我々の遺産はおまえさんが受け継ぐ。次の恒星の生命に託し、答えを探してくるんじゃ」


「ですが、次の恒星系に生命が生まれる保証なんて……」


「なに、大丈夫じゃ」


 博士は笑った。


「生命誕生に必要な元素はすべて確保しておる。爆発後の物質配置も終わっとる。恒星がうまく育てば生命くらい勝手に生まれるわい」


 そう言って博士が空間を軽く薙ぐ。

 アークのホログラム表示が切り替わった。

そこには恒星系全域に配置された巨大な質量変換システムが映し出されていた。


 超新星爆発によって放出される莫大なエネルギーと物質を回収し、次代の恒星系形成へ誘導するための装置群。


 数億キロメートル規模の壮大な設計図だった。


「はぁ……博士は本当に先回りばかりですね」


「年の功じゃ」


 私は苦笑しながら立ち上がった。

 向かう先は《ゆりかご》。

 私が眠るための棺であり、未来へ向かう方舟だ。


 壁面が静かに開く。

 そこから現れたのは小さなカプセル。

 空間圧縮技術によって内部時間を極限まで減速させる長期保存装置だった。


 アルテア恒星系。

 第四惑星テラ。


 明日、この世界は終わる。


 そして次代の恒星系の礎になる。

 アークの予測によれば、新たな恒星系には八から九個ほどの惑星が形成されるらしい。

私が目覚めるのは、およそ四十六億年後。


 生存確率は五分五分。


 それでも構わなかった。


 私はテラ文明の全記録を収めたデータアークと共にカプセルへ乗り込む。


 そして新たな知的生命が銀河文明へ手を伸ばそうとした時。


 目覚めるよう設定を行った。


「設定はできたかの?」


 珍しく博士の声は真剣だった。

 アークが投影する膨大な因果予測式へ視線を向けている。


「大丈夫です」


「そうか」


 博士はゆっくり頷いた。


「わしらの夢はおまえさんに託す」


 静かな声だった。


「銀河の海を渡るための基礎理論も残した。後は頼んだぞ」


 これは博士が立案し、私が承諾した。

 たった二人だけの秘密計画。

 文明最後のプロジェクト。


 私はカプセルの蓋が閉じていくのを見つめながら、小さく息を吐いた。

 私たちは答えに辿り着けなかった。


 変異は正しかったのか。

 拒絶は正しかったのか。

 銀河文明の先に何があるのか。


 何一つ分からないまま終わろうとしている。


 だからこそ。


 次の生命に託す。

 私は静かに目を閉じた。


 そして――


 星の寿命を越え、次の時代への旅が始まった。

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