第89話 拠点設備を、外作業用にまとめた
箱の畑、試験中。
旧生活区画の小型栽培槽には、そう書いた札が貼られていた。透明蓋の内側には、まだ細かな水滴が残っている。芽は出ていない。培地は黒く湿り、弱い緑白色の光を受けていた。
拠点入口にも札が増えている。
除塵区画、低出力可。温水洗浄、低出力可。簡易温水槽、低水位可。戻ったら、ここで落とす。
札が増えた。設備も増えた。そして、床には物も増えた。
レンは中央端末の前で、工具箱を見下ろした。反射マーカー、粉塵採取板、予備バッテリー、洗浄ブラシ、温度プローブ、補修テープ、水分パック、ガタ用の小型ブラシ。全部、床に置いたままだ。
「散らかってきたな」
『はい。外作業用資材の配置が非効率です』
「そこは少し遠慮しろ」
『作業動線を阻害しています』
「遠慮しないな」
ガタは工具箱の横で、前面表示を点滅させた。
『床の嫌です』
「足元がごちゃごちゃしてるってことか」
『車輪が迷います』
「それは困る」
『あと、四番のブラシがありません』
「四番?」
『ガタ車輪』
「ああ、帰還後手順のやつか」
レンは壁の手順札を見た。
帰還後は、まず風、ブーツ、工具、ガタ車輪、排水確認、槽を洗う。
たしかに、四番用のブラシは工具箱の奥に入っていた。毎回探すのは面倒だ。
「棚を作るか」
『推奨します。外作業用の出発準備、帰還後洗浄、ガタ整備を一か所にまとめることで、作業時間を短縮できます』
「基地っぽいやつだな」
『外作業支援棚です』
「名前が硬い」
『棚です』
「ガタが一番早い」
旧整備区画から、使えそうな棚板を二枚持ってきた。
一枚は金属板。もう一枚は樹脂の軽い板。金属板は重いが丈夫で、樹脂板は少し歪んでいる。レンは壁際に残っていたレールへ、棚受けを差し込んだ。
ぎ、と嫌な音がした。
「ここも歪んでる」
『レールの水平が三度傾いています』
「三度ならいい」
『物が転がります』
「よくないな」
レンは棚受けの下に薄い金属片を挟んだ。高さを合わせる。何度かやり直す。三度が一度になった。
『許容範囲です』
「完璧じゃない」
『許容範囲です』
「言い方が便利だな」
『許される棚です』
「まあ、それでいい」
上段には出発用として、反射マーカー、粉塵採取板、外周用端末、水分パック、予備バッテリー、反射テープを置いた。
中段には帰還後用として、洗浄ブラシ、布、排水網用の小ブラシ、工具洗い用の浅い皿、温度プローブ拭きを並べた。
下段にはガタ用として、車輪ブラシ、車軸用の細ブラシ、外装拭き布、充電端子カバー、小型マニピュレーター用の予備キャップをまとめた。
ガタが下段を見た。
『欄があります』
「好きそうだな」
『ガタ車輪の欄です』
「お前の欄だ」
『嫌ですが、分かりやすいです』
レンは下段の端に、手書きの札を貼った。
ガタ用。
ノアがすぐに表示を出す。
『正式名称は小型ローバー保守用品です』
「長い」
『ガタ用です』
「現場名が勝ったな」
『現場名として併記します』
中央端末の表示が更新される。
[SUPPORT SHELF]
――――――――――
TOP:FIELD OUT
MIDDLE:RETURN CLEAN
LOWER:GATA CARE
STATUS:TEMPORARY READY
――――――――――
「いいじゃん」
『外作業棚、仮運用可能です』
「棚って言った」
『現場名を反映しました』
「成長してるな」
次は補給箱だった。
外周の中間点に置くには、まだ早い。拠点入口に持ち出す箱を作っておけば、次に外へ出る時に迷わない。
レンは小型ケースを一つ選んだ。角に割れがあり、蓋の留め具が片方だけ壊れている。補修テープで留めれば使える。
「これでいいか」
『密閉性は低いです』
「水に沈めるわけじゃない」
『粉塵侵入はあります』
「内袋を入れる」
『有効です』
ケースの中に、水分パック二つ、簡易フィルター、予備バッテリー小、反射テープ、応急材、短いケーブル、薄い布を並べた。
ガタが覗き込んだ。
『嫌の箱ですか』
「外で困った時の箱」
『困った嫌の箱です』
「まあ、合ってる」
『補給箱として登録します』
[SUPPLY BOX-01]
――――――――――
CONTENTS:WATER / FILTER / BATTERY / TAPE / FIRST AID / CABLE
STATUS:READY
LOCATION:BASE ENTRY
――――――――――
「一号か」
『外周設置用への展開を想定しています』
「今日は入口まで」
『はい』
『一号なら、二号もあります』
「また嫌が増えるな」
『でも箱があります』
レンは補給箱を外作業棚の横に置いた。
次に、ガタの充電位置を変える。
今までガタの充電台は、中央端末の横に置かれていた。悪くはない。だが、外作業から戻って、車輪を洗って、外装を拭いて、そのあと充電台まで移動する動線が少し長い。
レンは充電台を除塵区画の近くへ移した。
ケーブルが短い。
「届かない」
『延長ケーブルが必要です』
「さっき補給箱に入れた」
『補給箱から出してください』
「入れた直後に出すの、間抜けだな」
『箱の中身が働きました』
「前向きだな」
短いケーブルを一本つなぎ、充電台を棚の下段横に固定する。
ガタ用の前面表示板も、その隣へ移した。外周巡回の簡略表示、帰還後手順、車輪洗浄、排水確認。ガタが読む情報は、ここにまとめる。
[GATA STATION]
――――――――――
CHARGE:CONNECTED
DISPLAY:ACTIVE
CARE TOOL:NEAR
STATUS:READY
――――――――――
ガタが充電台の前で止まった。
『席ですか』
「まあ、そんな感じだ」
『ガタ席です』
「ガタ席」
『正式名称は小型ローバー保守ステーションです』
「また長い」
『ガタ席です』
「採用」
『現場名として併記します』
端末表示に、少し間を置いて文字が追加された。
[GATA STATION]
――――――――――
FIELD NAME:GATA SEAT
――――――――――
レンは笑った。
「英語にすると急にそれっぽいな」
『席です』
「そうだな。席だ」
棚、補給箱、ガタ席。
それらが並ぶと、入口の見え方が変わった。外へ行く前に準備し、戻って洗い、道具を戻し、ガタを整備する場所になった。
ノアが中央端末の画面を切り替える。
[BASE OPERATIONS BOARD]
――――――――――
01:OUTER WORK WINDOW
02:FIELD SHELF
03:RETURN CLEANING
04:WARM WASH
05:FLEX WARM TANK
06:BOX FARM
07:GATA SEAT
――――――――――
「増えたな」
『拠点設備群が増加しています』
「今、一瞬ためたな」
『不要な分類語を破棄しました』
「ならいい」
レンは端末を見た。
外作業時間表、外作業棚、帰還後洗浄、温水洗浄、簡易温水槽、箱の畑、ガタ席。並べると、思ったより多い。
全部が仮で、低出力で、見た目も雑だ。棚は少し傾いている。補給箱の留め具は片方壊れている。温水槽はビニールプールみたいだ。箱の畑にはまだ芽も出ていない。
それでも、拠点の中に役割を持った場所が増えた。
レンは外作業棚から、反射マーカーを一つ取る。戻す。中段から布を取る。戻す。下段から車輪ブラシを取って、ガタに見せる。
『四番です』
「そう、四番」
ブラシを戻す。
物がある場所に戻る。それだけで、作業が少し楽になる。
「ノア、運用表を出してくれ」
『作成します』
中央端末の隣に、古いパネルが一枚起動した。
朝二は外周短巡回と粉塵確認。帰還後は除塵、温水洗浄、ガタ車輪、排水確認。昼は屋内整備と箱の畑確認。夕方前は短時間外作業のみ。夜は外作業なし、温水槽清掃、充電。
「だいぶ生活っぽくなったな」
『運用が安定します』
『夜は充電です』
「お前の欄、あるな」
『あります』
「嬉しそうだな」
『少しだけ』
レンは運用表の横に、手書きで一文を足した。
出る前に取る。戻ったら戻す。
『表記は簡略ですが有効です』
「俺にはこれくらいがいい」
『分かります』
少しだけ、拠点の空気が変わった気がした。
音は増えている。除塵ファンの低い音。温水ラインの小さな水音。箱の畑の弱い循環音。ガタの充電台が出す、かすかな電気音。
拠点が動いている。
レンは入口から中央端末までを見渡した。外作業棚、補給箱、除塵区画、温水洗浄、簡易温水槽、箱の畑、ガタ席。入口まわりに、外へ出て戻るための設備がひと通り並んだ。
拠点は、外へ作業を出す基地へ近づいていた。
ガタが充電台に乗り、小さく車体を沈めた。
『ここなら、次に出る場所が分かります』
「そうだな」
『帰る場所も分かります』
「それも大事だ」
レンは少しだけ黙った。
帰る場所。
外へ出るためには、それがいる。
灰色の庭の外周へ向かう巡回路も、粉塵時間表も、除塵区画も、温水洗浄も、簡易温水槽も、全部、外へ出て戻るためのものだ。
レンは手順札の最後に、小さく書き足した。
戻ったら、ここで落とす。
『新規文言を確認』
「何か言うか」
『分かりやすいです』
「ならいい」
除塵区画のファンが、ぶん、と低く回った。
温水ノズルの先から、最後の一滴が落ちる。
こぽ、と排水が受けた。
拠点に、外作業の準備をする場所ができた。戻った後、片づける場所もできた。ガタが座る場所もできた。
外へ出るためのものが、入口に並んだ。
拠点は、少しずつ基地になっていた。
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