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辺境惑星で旧文明AIを起動したら、銀河インフラが再起動しはじめた 〜廃船修理のつもりが、星系管理者に登録されました〜  作者: 七森シオン
北東中継塔と灰色の庭

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第88話 温水配管で、小型栽培槽に熱が回った

 戻ったら、ここで落とす。


 レンが手順札の最後に書き足した一文は、除塵区画の壁で少し曲がっていた。


 その下には、簡易温水槽がある。灰色の折りたたみ保守槽。低水位。縁に座るな。使ったら洗え。見た目は頼りないが、外作業後に足を温めるには十分だった。


 ガタは札の前で、前面表示を小さく光らせていた。


『戻ったら、ここで落とす。分かりやすいです』

「だろ」

『でも、落とすものが増えると、掃除も増えます』

「現実的なことを言うな」

『事実です。湿式洗浄の運用には、排水溝清掃と槽内沈殿物除去が必要です』

「二人して現実的だな」


 レンは濡れた布を絞り、温水ラインの簡易表示を見た。


[BASE FACILITY]

――――――――――

WARM WASH:ACTIVE

FLEX WARM TANK:TEMPORARY ACTIVE

THERMAL LINE:LOW / STABLE

EXCESS HEAT:MINIMAL

――――――――――


「余熱、少しはあるんだよな」

『あります。ただし量は小さいです』

「捨てるのはもったいない」

『排水熱の再利用候補があります』

「候補?」

『小型栽培槽です』


 レンは顔を上げた。


「栽培槽」

『旧生活区画側に試験用の小型栽培槽が残っています。温水ラインの余熱を循環させれば、低温環境を緩和できます』

「食えるものが作れるのか」

『現時点では不明です。種子パックの劣化状態によります』

「でも、芽くらいは」

『可能性があります』


 ガタが前輪をきゅっと鳴らした。


『食べられる嫌ですか』

「食べられるなら嫌じゃないだろ」

『知らない芽は嫌です』

「まあ、それは分かる」

『食用判定前の摂取は禁止します』

「誰も食わない」


 旧生活区画は、拠点中央から少し奥にあった。


 壁の照明は弱く、床には古いケースが積まれている。生活区画という名前のわりに、寝られる場所はまだほとんどない。壊れた棚、割れたパネル、空の保存容器。そこに混じって、低い箱のような設備があった。


 蓋には細い透明板。中は黒い培地のようなものが乾いて固まっている。


[GROW POD-03]

――――――――――

STATUS:DORMANT

WATER:EMPTY

HEAT:OFF

SEED MODULE:UNKNOWN

――――――――――


「これか」

『小型栽培槽です。個人区画または保守要員用の補助栽培設備と思われます』

「鉢植えよりは立派だな」

『栄養液循環、温度制御、低照度補助を備えています』

「今は全部死んでる」

『休眠です』

「ものは言いようだな」


 レンは蓋を開けた。


 乾いた匂いがした。土ではない。焦げた繊維と古い樹脂の間みたいな匂いだ。培地は軽く、指で押すとぱり、と割れた。


「これは使えるのか」

『表層は劣化。下層に保水材が残っている可能性があります』

「入れ替えた方が早い?」

『完全交換材は不足しています。表層除去と再湿潤を推奨します』

「手間だな」

『畑の嫌ですか』

「畑ってほどじゃない」

『箱の畑です』

「それは合ってるかもな」


 レンは乾いた表層を小さなスコップで削った。


 ぱり、ぱり、と薄い板のように剥がれる。下から、少し柔らかい灰黒色の層が出てきた。完全に死んではいない。少なくとも、水を吸う余地はある。


 ガタが覗き込む。


『黒いです』

「培地だ」

『焦げた嫌に見えます』

「言うな。俺もそう見えてる」


 削った表層を袋に入れ、底面の小さな循環口を開ける。


 そこにも粉が詰まっていた。レンは細いブラシで掻き出す。白っぽい粉と黒い粒が落ちる。除塵区画で見た粉とは違う。こちらは乾いて、軽い。


「ここも詰まりか」

『長期休眠設備では一般的です』

「一般的って便利な言葉だな」

『はい』


 循環口が通ると、ノアが壁のライン表示を出した。


 温水洗浄ラインから、排水熱回収の細い枝線。そこから旧生活区画の小型栽培槽へ。線は途中で途切れている。


[THERMAL ROUTE]

――――――――――

SOURCE:WARM WASH RETURN

BRANCH:GROW POD AUX

VALVE:STUCK

FLOW:NONE

――――――――――


「バルブ固着」

『はい。小型栽培槽への余熱供給弁が固着しています』

「またか」

『固い嫌です』

「そうだな。固い嫌だ」


 レンは壁の下部カバーを開けた。


 小さなバルブがあった。指先より少し大きい。表面は白く粉を吹いている。工具をかけるには狭い。


「これ、嫌な位置にあるな」

『保守性は低いです』

「設計したやつ、あとで文句言われてるぞ」

『可能性があります』

『手が入りません』

「ガタのアームは?」

『入りますが、嫌です』

「入るなら頼む」


 ガタは小型マニピュレーターを伸ばした。


 細いアームが壁の隙間に入る。先端がバルブの小さなリングをつかんだ。


『つかみました』

「ゆっくり回せ」

『固いです』

「無理するな」

『嫌ですが、少し動きます』


 き、と小さな音がした。


 バルブがほんのわずかに動いた。


『固着解除を確認。続けてください』

『続ける嫌です』

「あと少し」


 ガタの車体が少し震えた。


 アーム先端がもう一度回る。白い粉が落ちた。バルブが、ぐ、と動いた。


『動きました』

「よし」

『補助熱ライン、微開』


 壁の表示に、細い青白い線が通った。


[THERMAL ROUTE]

――――――――――

SOURCE:WARM WASH RETURN

BRANCH:GROW POD AUX

FLOW:LOW

TEMP:28.0

――――――――――


「二十八度」

『栽培槽の低温緩和には有効です』

「湯としては弱いが、芽にはちょうどいいか」

『種子種別によります』


 レンは古い保存箱を開けた。


 中には、銀色の小袋がいくつか入っていた。文字は薄れている。ノアが読み取れるものを拡大する。


[SEED PACK]

――――――――――

LEAF-BASE MIX:UNKNOWN VIABILITY

SPROUT TEST:POSSIBLE

CAUTION:DO NOT CONSUME BEFORE ANALYSIS

――――――――――


「葉物系か」

『発芽試験用の混合種子と推定』

「食えるかどうかは後だな」

『はい。まず発芽確認です』

『知らない芽です』

「だから食わないって」


 レンは小袋を一つ開けた。


 中の種は小さい。丸いもの、細長いもの、薄い欠片みたいなものが混ざっている。生きているようには見えない。乾いた粒だ。


 だが、ここまで来たら試すしかない。


 培地に小さな溝を作り、種を少しだけ撒く。水は清水ではなく、温水洗浄ラインから取ったぬるい水を冷まして使う。栄養液は残っていない。まずは水と熱だけだ。


[GROW POD SETUP]

――――――――――

SURFACE:REWORKED

WATER:LOW

HEAT:LOW

SEED:TEST

LIGHT:MINIMUM

――――――――――


「ライトは?」

『低照度補助のみ使用可能です』

「点く?」

『試験します』


 透明蓋の内側で、細い光がついた。


 弱い緑白色。


 明るくはない。だが、真っ暗な箱の中に光がある。乾いた培地の表面が、少しだけ湿って見えた。


 レンは蓋を閉じた。


「これで何時間?」

『早期反応は数時間。発芽確認は一日以上必要です』

「この話のうちに芽は出ないか」

『通常は出ません』

『出ない嫌です』

「そこは現実的でいい」

『ただし、長期保存種子の覚醒反応として培地変化が見える可能性はあります』

「変化くらいは見たいな」


 レンは小型栽培槽の横に、古い温度計を貼った。


 温度二十七度。

 水分低。

 ライト最小。


 その下に手書きで札を貼る。


 栽培槽、試験中。食べるな。


 ガタが読んだ。


『食べるな、分かります』

「お前に言ってる」

『食べません』

「俺にも言ってる」

『作業者にも必要な注意です』

「分かってる」


 数時間後。


 除塵区画の掃除、温水槽の排水確認、工具棚の整理を終えてから、レンは旧生活区画へ戻った。


 小型栽培槽の内部は、少し曇っていた。


 透明蓋の内側に、細かな水滴がついている。培地の表面は、さっきより黒く、しっとりして見えた。


「お」

『保温と再湿潤を確認』

「芽は?」

『未確認です』


 レンは目を凝らした。


 芽はない。


 それでも、乾いて割れていた箱の中に、湿った黒い面ができている。薄い光が当たり、水滴がついている。死んだ箱ではない。


 ガタが横から覗いた。


『生きている嫌ですか』

「嫌じゃない」

『知らない芽は嫌ですが、湿った箱は少し良いです』

「お前もだいぶ雑な感想になってきたな」

『箱の畑です』

「それは採用」


 ノアの表示が更新される。


[BASE FACILITY UPDATE]

――――――――――

GROW POD-03:TEST ACTIVE

THERMAL SUPPORT:LOW

MOISTURE:RESTORED

FOOD SUPPORT:PENDING

――――――――――


「食料補助はまだ保留」

『はい。発芽および安全判定が必要です』

「でも、槽は動いた」

『小型栽培槽は試験稼働状態です』


 レンはしばらく、その小さな箱を見ていた。


 温水配管の余熱。

 除塵区画の排水。

 旧生活区画の栽培槽。

 古い種子パック。

 弱い光。


 どれも頼りない。


 だが、つながった。


 粉を落とすために戻した温水が、足を温め、車輪を洗い、今度は小さな箱を温めている。


 拠点が、ただ消耗するだけの場所ではなくなってきた。


 外へ出る。

 戻る。

 洗う。

 温める。

 そして、何かを育てる。


 レンは壁に新しい札を貼った。


 箱の畑、試験中。


 ノアがすぐに反応した。


『正式名称は小型栽培槽です』

「分かってる」

『箱の畑です』

「ほら、現場名が通った」

『現場名として併記します』


 端末に表示が追加された。


[GROW POD-03]

――――――――――

OFFICIAL:SMALL GROW POD

FIELD NAME:BOX FARM

STATUS:TEST ACTIVE

――――――――――


「箱の畑、動いたな」

『箱の畑、嫌ですが少し良いです』

「それで十分」


 レンは蓋の内側についた水滴を見た。


 まだ芽はない。


 だが、乾いた箱に水と熱が戻った。


 拠点に、食べ物へつながるかもしれない場所ができた。

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