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辺境惑星で旧文明AIを起動したら、銀河インフラが再起動しはじめた 〜廃船修理のつもりが、星系管理者に登録されました〜  作者: 七森シオン
北東中継塔と灰色の庭

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第84話 拠点入口の除塵区画を直した

 温水系統候補。


 その手書きの札は、拠点の壁に少し曲がって貼られていた。


 下端には、粉の汚れがついている。レンが手袋を外さずに書いたせいだ。ノアは一度だけ文字の不鮮明さを指摘したが、その後は黙っていた。


 レンは札の下にある端末表示を見た。


[BASE OPERATIONS]

――――――――――

THERMAL LINE:DETECTED

HYGIENE LINE:CHECK REQUIRED

NEXT TASK:DE-DUST / WASH SECTION INSPECTION

――――――――――


「今日は入口だな」

『はい。温水系統候補は拠点入口の除塵区画に接続している可能性があります』

「いきなり温水は出るか」

『現時点では不明です。まず除塵ファン、洗浄ノズル、排水溝の生存確認が必要です』

「粉を落とす場所が先か」

『外作業回数が増えています。粉塵の持ち込みを抑制する必要があります』


 足元で、ガタが自分の前脚を持ち上げた。


『昨日から関節がざらざらします』

「ほらな。粉が入ってる」

『嫌が挟まっています』

「それ、粉だ」

『粉の嫌です』


 レンは工具箱を持ち上げ、エアロック内側へ向かった。


 拠点入口の横には、細長い区画があった。最初に来た時から壁の一部だと思っていた場所だ。だが、ノアが壁面表示を切り替えると、そこに古い区画名が浮かんだ。


[DE-DUST / WASH SECTION]

――――――――――

STATUS:DORMANT

FAN:LOCKED

NOZZLE:CLOGGED

DRAIN:UNKNOWN

――――――――――


「除塵、洗浄区画」

『外部作業者の粉塵除去、工具洗浄、外装簡易洗浄に使用されていた区画です』

「つまり、帰ってきたらここで粉を落とす」

『はい』

「なんで今まで黙ってた」

『関連配管の反応がありませんでした』

「温水系統候補が出たから、見つかったわけか」

『正確には、見つける価値が上がりました』


 レンは壁のカバーを外した。


 ばき、と嫌な音がした。


「……割れたか」

『カバー固定爪、三本中一本破損』

「二本残った」

『使用には支障ありません』

「ならいい」


 外したカバーの奥には、細いファンが三基並んでいた。羽根には灰色の粉が厚く付いている。奥のノズルは白く詰まり、排水溝の金属蓋は半分だけ浮いていた。


 ガタが一歩近づき、すぐ下がった。


『嫌の展示場です』

「だいぶ合ってる」


 レンは小型ブラシを取り出した。


「まずファンから」

『通電前に手動回転確認を推奨』

「了解」


 羽根にブラシを入れる。ざり、ざり、と粉が落ちた。古い粉は軽くない。油と混ざって、灰色の泥みたいに固まっている。


 レンは一枚ずつ羽根を拭いた。


 指先に力を入れるたび、手袋越しに硬いざらつきが返る。ファン一基目。二基目。三基目。三つ目の下側だけ、固着がひどい。


「ここ、動かないな」

『軸部に堆積物』

「洗浄液は」

『残量ゼロです』

「じゃあ削る」


 レンは細い金属片で、軸の隙間を少しずつ削った。


 きり、きり、と高い音が鳴る。


 ガタが横で震えた。


『その音、嫌です』

「俺も嫌だ」

『軸傷を最小限にしてください』

「分かってる」


 金属片の先が滑り、レンの手が少し跳ねた。


「っと」

『損傷しましたか』

「してない。たぶん」

『たぶんは嫌です』

「ガタ、そこは黙っててくれ」


 もう一度、慎重に削る。


 固まった粉がぽろっと落ちた。羽根を指で押すと、三つ目のファンが少しだけ回った。


「動いた」

『手動回転を確認』

「次、ノズル」


 洗浄ノズルは、壁に三つ並んでいた。


 一つ目は完全に詰まっている。二つ目は先端が曲がっている。三つ目は見た目だけならましだ。


 レンは細いワイヤーを差し込んだ。


 途中で止まる。


「詰まりが硬い」

『石灰質または粉塵固着物』

「温水があれば早そうだな」

『現時点では使用できません』

「分かってる。先に出る道を作る」


 ワイヤーを少し回す。


 かり、かり、と詰まりが削れる。白い粉が落ちた。二つ目、三つ目も同じように通す。二つ目は曲がったままだが、穴は開いた。


[NOZZLE CHECK]

――――――――――

NOZZLE-01:OPEN

NOZZLE-02:OPEN / MISALIGNED

NOZZLE-03:OPEN

――――――――――


「二番、曲がってる」

『噴射方向に偏りが出ます』

「使いながら直す」

『周囲への飛散に注意』

「まあ、濡れるだけだろ」

『濡れる嫌もあります』

「今日は粉の嫌を減らす日だ。濡れる嫌は後で考える」


 排水溝の蓋を持ち上げると、下から湿った臭いが上がった。


 レンは顔をしかめた。


「うわ」

『排水溝内部に滞留物があります』

「匂いで分かる」

『嫌が濃いです』

「ガタ、下がれ」


 排水溝には、粉と油と古い繊維片が詰まっていた。


 レンはフックでそれを引き出した。ぬるりとした灰色の塊が、金属床に落ちる。ガタが小さく後退して、壁に当たった。


『これは本当に嫌です』

「同意する」


 何度か引き出し、最後に細い水なし洗浄棒で奥を押す。ごり、と重い感触のあと、排水溝の奥で何かが抜けた。


 空気が少し流れた。


『排水経路に微弱な通気を確認』

「通ったか」

『仮通路です。液体流下試験が必要です』

「液体」

『現在使用可能な清水を少量使用してください』

「貴重なんだが」

『少量で十分です』


 レンは予備タンクから、小さな容器に水を取った。


 排水溝へ流す。


 水は一瞬たまり、それから、こぽ、と音を立てて落ちた。


「流れた」

『排水経路、低流量で有効』

「よし」


 ノアの表示が切り替わる。


[DE-DUST / WASH SECTION]

――――――――――

FAN:MANUAL CLEAR

NOZZLE:OPEN

DRAIN:LOW FLOW

POWER TEST:READY

――――――――――


「電源入れるぞ」

『低出力から開始してください』

「分かってる」

『嫌な音がしますか』

「するかもな」

『予告される嫌です』


 レンは壁面の小さなスイッチを押した。


 最初は何も起きなかった。


 次に、奥から低い唸りが上がった。


 ぶん、と一基目のファンが回る。遅れて二基目。三基目は少し引っかかり、がが、と鳴ったあと、急に回った。


 灰色の粉が壁から剥がれ、細い流れになって吸い込まれていく。


「おお」

『除塵ファン、低出力稼働』

「三番が荒い」

『軸部に残留抵抗があります』

「でも回ってる」


 風がレンの足元を抜けた。


 エアロックから持ち込まれた粉が、床の細い溝へ集まっていく。完全ではない。だが、足元のざらつきが目に見えて減った。


 ガタの前脚にも風が当たった。


『嫌が取れています』

「粉な」

『粉の嫌が取れています』


 レンは少し笑い、ノズル試験に移った。


 温水はまだつながっていない。清水を少量だけ通す。ノズル一が、細い線を出した。ノズル三も出る。二番は、予想通り横へ飛んだ。


 水がレンの左袖にかかった。


「冷たっ」

『ノズル二、角度補正が必要です』

「言われなくても分かる」

『濡れる嫌です』

「俺が受けた」


 レンはノズル二をレンチで少し回した。


 もう一度出す。今度は床の洗浄溝へ落ちた。


[WASH TEST]

――――――――――

NOZZLE-01:PASS

NOZZLE-02:PASS / ADJUSTED

NOZZLE-03:PASS

DRAIN:PASS

――――――――――


『除塵区画、低出力運用可能です』

「温水なしでも使えるか」

『はい。現状では除塵ファンと少量洗浄のみ有効です』

「十分だ」


 レンは工具袋を持ち、エアロックの外に出てすぐ戻った。


 わざとブーツに粉をつける。少しだけだ。除塵区画に立つ。


「実地試験」

『開始してください』


 ファンが回る。


 ぶん、と低い音。足元から風が引く。ブーツの溝に詰まった粉が、白っぽい筋になって床の溝へ吸われていく。


 レンは足を上げて、裏を見る。


「だいぶ落ちた」

『粉塵付着量、目視で六割以上低下』

「目視なのか」

『高精度測定器がありません』

「今日は目視でいい」


 次に、ガタが区画へ入った。


『嫌ですが、入ります』

「そのまま立ってろ」


 ファンが回ると、ガタの外装から灰色の粉がふわっと抜けた。細かな粉が、吸気溝へ流れる。ガタは少しだけ前脚を動かした。


『軽いです』

「関節か」

『はい。嫌が減りました』

「よかったな」


 ノアの表示が更新される。


[BASE FACILITY]

――――――――――

DE-DUST SECTION:ACTIVE

FAN:LOW OUTPUT

WASH:COLD / LOW FLOW

THERMAL LINE:PENDING

――――――――――


 レンは表示を見た。


 温水はまだ先だ。だが、除塵区画は動いた。


 外から戻ったら粉を落とせる。ブーツも工具もガタの外装も、ここで一度きれいにできる。拠点の床に粉を引きずらなくて済む。


 それだけで、入口の空気が変わった。


 前は、外と内側の境目があいまいだった。灰色の粉が、当たり前のように拠点へ入ってきた。


 今は、入口に止める場所がある。


 レンは壁に、新しい札を貼った。


 除塵区画、低出力可。


 その横に、小さく書き足す。


 温水、次。


『表記が簡略です』

「分かればいい」

『温水、次。分かります』

「だろ」


 ガタは除塵区画の前で、何度も前脚を曲げ伸ばししていた。


『ここは、少し良い嫌です』

「また良い嫌か」

『粉が取れるので』

「じゃあ採用」


 レンはエアロック側を見た。


 外はまだ灰色だ。風も粉もある。灰色の庭は相変わらず黙っている。


 だが、戻ってきた時に粉を落とせる場所ができた。


 巡回路。

 外作業時間表。

 除塵区画。


 一つずつ、拠点は外へ出るための形になっていく。


 ノアの声が静かに響いた。


『次の推奨作業は、温水ラインの接続確認です』

「いよいよ湯か」

『現時点では温水洗浄です』

「湯って言った方がやる気出る」

『了解しました。次作業名を温水洗浄ライン確認に変更します』

「そこは普通だな」


 レンは少し笑った。


 入口のファンが低く回っている。


 ぶん、という音が、拠点の中に残った。


 外の粉を、ここで止める。


 そのための場所が、今日、拠点入口に戻った。

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