第8話 防衛設備確認
[BASE UPDATE]
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仮設拠点:設置完了
活動範囲:旧都市外縁 → 中心部方面へ拡大可能
長距離行動支援:改善
次段階:防衛設備確認
理由:中枢塔への経路上に未確認自律機械あり
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目を覚ました時、レンは一瞬だけ場所がわからなかった。
天井が低い。白灰色の板。細い青線。焦げた配線はない。警告灯もない。床ではなく、硬いベッドの上に寝ている。
家だ。
レンは息を吐いた。寝た。たぶん、ちゃんと寝た。身体の痛みは残っている。脇腹はまだ重い。左腕の補修跡も引きつる。だが、頭の奥に詰まっていた熱っぽさは引いていた。
『起床を確認』
「見張ってたのか」
『生体反応を監視していました』
「言い方が違うだけだな」
ノアの投影は、入口の近くに浮かんでいた。昨日より輪郭が安定している。髪の端がノイズで欠ける回数も少ない。居住モジュールの投影補助が効いているらしい。
レンはベッドから起き上がった。床に足を下ろす。冷たい。つま先を一度曲げる。すぐ足を引っこめるほどではない。
「水」
『左側です』
水供給口から、細い水が出る。レンは手で受けて飲んだ。指が遅れて、水が手のひらから床にこぼれた。
「……朝から床を濡らした」
『拭き取りを推奨します』
「飲んでからな」
もう一口飲む。今度はこぼさなかった。
「今日の予定は、防衛設備確認だったな」
『はい。中枢塔への経路上に未確認自律機械があります。また、拠点周辺の防衛機能は未設定です』
「要するに、この家、鍵どころか外から何か来てもわからない」
『はい』
「朝から嫌な確認だな」
モジュールの壁に表示が出た。
[SECURITY CHECK]
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拠点ロック:手動のみ
外部監視:未接続
警報装置:なし
周辺防衛設備:未確認
未確認自律機械:旧都市中心部方面に反応あり
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「警報装置なし、はきついな」
『最低限の警報装置は製造可能です』
「先にそれを作れないか」
『可能です。ただし、周辺防衛設備の確認後に接続した方が効率的です』
「効率より、寝てる時に撃たれない方が大事なんだが」
『拠点周辺に現時点で敵性反応はありません』
「現時点で、だろ」
『はい』
レンは顔をしかめた。ノアは悪くない。悪くないが、毎回、言い方が生存に厳しい。
作業台に工具を並べる。固定具、補修材、短いケーブル、昨日持ち帰った旧規格端子。工場へ行けば警報装置の部品を作れる。だが、まず周辺の反応を見た方がいい。
「確認範囲は?」
『拠点から半径三百メートル。旧都市外縁 E-04、防衛端末らしき反応が二箇所あります』
「らしき」
『識別情報が破損しています』
「またそれか」
レンは外部作業スーツを着た。左腕の補修が固くなっているので、袖を通すのに手間取る。肘が引っかかり、変な角度で止まった。
「入らない」
『角度を変えてください』
「わかってる」
『右肩を先に』
「わかってるって」
『現在、左腕部が内側で折れています』
「先に言え」
スーツを着直すだけで、少し汗をかいた。ヘルメットをかぶる前に、レンはモジュール内を見回した。狭い。簡単な作業台とベッドと水供給口だけ。それでも、扉を開けたまま出る気にはならなかった。
「ノア。留守中、ここは閉めておけるか」
『手動ロックをかけられます』
「内側からじゃなくて、外から」
『可能です。ただし、物理破壊には耐えません』
「鍵というより、閉めた気分だな」
『はい』
「否定してくれ」
外へ出た。雨は止んでいた。
初めてだった。空は相変わらず紫がかった灰色だが、ヘルメットを叩く音がない。地面は濡れている。黒い岩の隙間を水路が細く流れている。遠くで工場の光がまたたき、採掘ラインの低い振動が地面から伝わってくる。
レンは家の入口を閉め、手動ロックを回した。
かち。
軽い音だった。
「これで閉まった」
『はい』
「頼りないな」
『現状では最善です』
「よし。最善なら仕方ない」
最初の防衛端末は、家から百二十メートルほど離れた岩陰にあった。地面に半分埋もれた低い柱だ。表面には細い溝があり、上部に割れた透明カバーがついている。
「これが防衛設備か」
『監視端末の可能性があります。周辺警戒用の小型センサーです』
「撃ってこない?」
『単体では攻撃機能を確認できません』
「単体では、か」
レンは端末に近づいた。表面は冷えている。雨の跡が白く残っていた。カバーを外すと、中に小さな接続口がある。古いが、船や工場で見た規格と似ている。
『端末を起動すれば、拠点周辺の簡易監視に利用できます』
「起動したら、ほかの防衛設備も連動する?」
『可能性があります』
「その可能性が怖いんだよな」
レンは工具を取り出した。接続する前に、送信線を探す。赤い印の回路。細い。これを切れば、外部へ勝手に知らせる確率は下がるはずだ。
「これ、切っていいか」
『外部警戒網との自動同期が停止します。拠点単独の監視端末としては使用可能です』
「じゃあ切る」
ぱちん、と線を切る。端末は何も言わない。機械だから当然だが、青いランプが急に点いたりはしなかった。
補助電源セルをつなぐ。小型なので重くはない。端子を押し込む。かち、と音がして、端末上部に青い光が点いた。
[LOCAL SENSOR NODE]
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周辺監視端末:起動
外部同期:遮断
検知範囲:半径百五十メートル
拠点接続:未設定
警告:防衛網本体とは未接続
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「本体って出たな」
『はい。周辺には防衛網本体が存在します』
「どこだ」
『二つ目の反応地点です』
「撃つ方か」
『可能性があります』
「行きたくない」
『防衛設備確認を中止しますか』
「言ってみただけだ」
二つ目の反応は、家から見て中枢塔方面にあった。つまり、これから進みたい方向だ。見ないわけにはいかない。
レンは歩き出した。足元は昨日よりましだった。雨がないだけで、だいぶ違う。岩は濡れているが、泡立ってはいない。水路のそばには、細い白い蒸気が残っている。
『前方、未確認自律機械の反応があります』
「防衛設備の近くか」
『はい』
「動いてる?」
『低出力待機中です』
「寝てるなら起こしたくないな」
『接近により起動する可能性があります』
「なら遠くから見る」
『監視端末の接続には接近が必要です』
「嫌な設計だな」
二つ目の設備は、地面ではなく、倒れた壁の裏にあった。
半円形の台座。その上に、折りたたまれた機械。小型ではない。レンの腰くらいの高さがある。三脚に近い形で、中央に丸いセンサー、左右に短い筒状の装置がついていた。
銃に見える。
レンは物陰で止まった。
「ノア。あれ、撃つやつだろ」
『防衛タレットの可能性が高いです』
「タレットって言うな。撃つやつだろ」
『はい。撃つ設備です』
「言い直されると、余計に嫌だな」
防衛タレットは動いていない。センサーも暗い。だが、近くの端末には青い待機灯がかすかに点いている。完全には死んでいない。
[DEFENSE NODE]
――――――――――
防衛端末:待機
接続機器:防衛タレット一基
弾体種別:非致死性/不明
識別系:破損
警告:未登録対象を敵性判定する可能性あり
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「非致死性って書いてあるが、不明もある」
『記録が欠けています』
「未登録対象って、俺だよな」
『現在のままでは可能性があります』
「つまり、起こしたら俺を撃つかもしれない」
『はい』
「帰るか」
『防衛設備確認を中止しますか』
「言ってみただけだって」
レンは壁に背中をつけた。心拍が速い。自分でもわかる。撃つ設備を前にしているのだから当然だ。
「俺を登録できるか」
『可能です。ただし、端末に接続する必要があります』
「タレットの横の端末か」
『はい』
「撃つやつの横まで行けってことか」
『はい』
「この星、設計者の性格が悪い」
ノアは答えなかった。
レンは地面を見た。端末まで約六メートル。タレットは停止中。起動する条件は不明。こちらが接続した瞬間に目覚める可能性もある。なら、先に物理遮断できる部分を探す。
「タレットの電源線、外から見えるか」
『右脚部の基部に補助電源ケーブルがあります』
「それを切ったら?」
『防衛端末の起動後もタレット本体は動作しません。ただし、警報は出る可能性があります』
「撃たれるよりましだ」
右脚部。見える。黒いケーブルが一本、台座に沿って伸びている。距離は近い。タレット本体のすぐ下だ。
レンはニッパーを握った。
「ノア。センサーが光ったら言え」
『了解しました』
壁の裏から出る。一歩。二歩。タレットは動かない。三歩。ケーブルに手が届く。しゃがむ。膝が濡れた地面につく。冷たい。
ニッパーを当てる。
『センサーに微弱反応』
「早い」
切った。
ぱちん、と軽い音。次の瞬間、タレット中央のセンサーが青く光った。
レンは横へ転がった。
タレットの筒が動く。ぎ、と短い音。だが、途中で止まる。撃たない。右脚部のケーブルが切れている。センサーだけが、レンのいた場所を探すように揺れた。
「切れてるよな」
『タレット駆動系、停止。センサーのみ低出力で起動しています』
「よし。よしじゃないけど、よし」
レンは起き上がった。膝に黒い泥がついた。スーツの表面が少し白く変色している。長く触れない方がいい。
端末に接続する。指先が震えて、コネクタを一度落とした。
『落下物を確認』
「実況するな」
『拾ってください』
「わかってる」
コネクタを拾い、端末へ差す。画面が点いた。古い文字が流れ、ノアの翻訳が重なる。
[DEFENSE REGISTRATION]
――――――――――
識別系:破損
登録対象:未設定
現地管理者権限:仮設拠点管理者
登録可能対象:黒瀬レン/支援AIノア/簡易居住モジュール
――――――――――
「登録対象、俺とノアと家」
『はい』
「家も登録するのか」
『防衛対象として登録可能です』
「急に家らしくなったな」
レンは登録を押した。物理ボタンではなく、端末の青い枠に指を置く。針は刺さらなかった。助かった。
[REGISTRATION COMPLETE]
――――――――――
黒瀬レン:友軍
支援AIノア:友軍
簡易居住モジュール:防衛対象
防衛タレット:駆動系遮断中
警戒範囲:設定待機
――――――――――
「友軍って言われると、戦場感が出るな」
『防衛設備の分類です』
「警戒範囲は家の周りだけにできるか」
『可能です。半径二百メートルまで設定できます』
「百メートルでいい。撃たない。警告だけ」
『タレット駆動系は遮断されています。音響警告と照明警告のみ設定可能です』
「それでいい。むしろそれがいい」
端末に設定を入れる。警戒範囲百メートル。友軍除外。未登録移動体は警告。攻撃なし。送信なし。外部同期なし。
レンは一つずつ確認してから確定した。
[LOCAL SECURITY MODE]
――――――――――
拠点警戒範囲:半径100メートル
攻撃機能:停止
警告機能:有効
外部同期:遮断
防衛対象:簡易居住モジュール
備考:手動確認後、防衛機能の段階的復旧が可能
――――――――――
「よし。これで鍵よりはましだな」
『はい。簡易警戒網が成立しました』
「警戒網って言うと急に大きくなる」
『実際には小規模です』
「小規模でいい」
その時、タレットのセンサーがもう一度光った。
レンは身構えた。だが、タレットは動かない。かわりに端末の画面に別の表示が出た。
[UNKNOWN MOVEMENT]
――――――――――
警戒範囲外縁に移動反応。
位置:中枢塔方面 旧都市道路跡
種別:自律機械
数:2
状態:低速移動
――――――――――
「来てるのか」
『中枢塔方面から、こちらへ近づいています』
「敵か」
『識別不能です』
「友軍登録は」
『ありません』
「距離は」
『四百八十メートル。速度は低速』
「こっちに気づいてる?」
『不明です』
レンは中枢塔方面を見た。黒い道路跡の向こう。倒れた壁と、細い水路と、まだ死んだままの街区。その奥で、小さな青い光が二つ動いている。
こちらへ向かっているようにも見える。
ただ巡回しているだけにも見える。
「家まで戻る」
『推奨します』
「タレットは使わない。警告だけ。撃たせるな」
『攻撃機能は遮断中です』
「よし」
レンは端末からケーブルを抜いた。走らない。右足を置く場所だけ見て進む。手の中にコネクタが残っていた。抜いたまま握りしめていたらしい。
「……これ、持ったままだ」
『持ち帰ってください』
「わかってる」
濡れた岩を踏むたび、靴底が少し滑った。胸の奥がせまい。息が早くなる。レンは一度だけ立ち止まり、コネクタを工具箱の横ポケットに押し込んだ。
「転ぶなよ、俺」
家の入口が見えた。白灰色の半円形。昨日、自分で固定杭を打った場所。入口の横に、さっき閉めた手動ロックがある。
レンは歩幅を少し大きくした。
手動ロックを開け、中へ入る。扉を閉める。ロックをかける。
「ノア、監視表示」
『表示します』
壁に簡易マップが出た。家を中心に円が描かれる。監視端末。遮断したタレット。中枢塔方面から近づく二つの点。
[SECURITY DISPLAY]
――――――――――
拠点警戒:有効
攻撃機能:停止
未登録自律機械:2
距離:412メートル
進行方向:旧都市外縁 E-04方面
接触予測:18分後
――――――――――
「十八分」
『はい』
「長いようで短いな」
『準備時間としては不十分です』
「そういうこと言うな」
レンは工具箱を開けた。鍵。警報。照明。何ができる。撃つ気はない。撃たれたくもない。なら、まず近づかれた時に相手を止めるか、こちらを認識させる必要がある。
「音と光で警告できるか」
『可能です。監視端末と居住モジュールの照明を連動できます』
「未登録が百メートルに入ったら、光らせる。音を鳴らす。言葉は出せるか」
『簡易音声なら可能です』
「内容は、“これ以上近づくな。攻撃意思なし。識別を要求する”」
『登録します』
ノアの声が、少し間を置いて続いた。
『ただし、相手機械が音声を理解する保証はありません』
「保証があるものなんて、この星にあったか?」
『水は飲用基準内です』
「そういう返しは今いらない」
レンは外部照明の接続を開いた。モジュールの入口上部に、小さなライトがある。それを監視端末とつなぐ。ケーブルを差す。設定を入れる。手元が急ぐ。急ぎすぎて、端子を一つ逆に入れた。
「違う」
『逆です』
「わかってる」
差し直す。今度は入った。
[WARNING SYSTEM]
――――――――――
照明警告:接続
音響警告:接続
警告文:登録
発動条件:未登録対象が警戒範囲100メートル内へ侵入
攻撃機能:停止維持
――――――――――
「これでいい」
『最低限の警告システムとして成立しています』
「最低限でも、ないよりましだ」
二つの点は、まだ近づいていた。
距離、三百四十メートル。三百二十。三百。
レンは壁の表示を見たまま、作業台の端を握っていた。握りすぎて指が痛い。離す。すぐまた握る。
「ノア。相手の形は見えるか」
『外部カメラ映像を補正します』
壁の一部に映像が出た。荒い。ノイズが多い。だが、二つの影は見えた。
低い車体。四本脚。背中に細いアーム。採掘ドローンに似ている。だが、前面の装甲が厚い。腕の先が工具なのか武器なのか、よくわからない。
「作業機械に見える」
『旧都市保守機械の可能性があります』
「敵じゃない?」
『不明です』
「不明はもう聞き飽きた」
距離、二百四十メートル。
影が止まった。
レンも息を止めた。壁の映像の中で、二機の機械は同時にこちらを向いた。青いセンサーが光る。
[IDENTIFICATION REQUEST]
――――――――――
未登録機械より識別要求を受信。
旧都市保守機械:二機
所属:第七管理区 保守群
状態:低出力巡回
要求:拠点登録情報
――――――――――
「向こうから聞いてきた」
『はい』
「返したら送信になるか」
『ローカル短距離応答です。軌道リングへの送信ではありません』
「本当だな」
『通信先は二百四十メートル先の保守機械です』
「なら返す。攻撃意思なし。仮設拠点管理者。防衛対象はこの家。接近は一時停止」
『送信します』
短い沈黙。
外の二機は動かない。青いセンサーだけが点いている。レンは作業台の端を握った。今度は離さなかった。
[LOCAL RESPONSE]
――――――――――
仮設拠点管理者を確認。
簡易居住モジュールを拠点登録。
旧都市保守機械 二機:中立
巡回経路を更新。
拠点警戒網へ接続しますか?
――――――――――
「接続?」
『保守機械を拠点周辺の巡回に組み込めます』
「攻撃機能は」
『機体によります。現状では保守用アームのみ確認。武装は未確認です』
「武装がないなら、巡回だけ頼めるか」
『可能です』
「外部同期なし。軌道リングへ報告なし。拠点周辺の巡回だけ」
『設定します』
レンは確定する前に、一度止まった。
家を作った。鍵を作ろうとした。警戒網を作った。今度は保守機械を巡回に入れる。最初は寝る場所が欲しかっただけなのに、もう拠点運用になっている。
レンは作業台の上に置いたニッパーを見た。泥がついている。さっきタレットの線を切った時のものだ。そこまでして、ようやく入口の外を見張れる。
「接続する」
[PATROL LINK]
――――――――――
旧都市保守機械 二機:拠点巡回へ編入
攻撃機能:なし
任務:外縁巡回/異常検知/障害物除去
外部同期:遮断
拠点警戒網:拡張
――――――――――
外の二機が動いた。こちらへは来ない。家の外周を大きく回るように、ゆっくり進路を変える。青いセンサーが、淡く点滅している。
レンは息を吐いた。
「撃たれなかった」
『はい』
「鍵どころか、見回りができたな」
『はい。拠点防衛能力が向上しました』
「防衛っていうより、ご近所の見回りだけどな」
『近い表現です』
モニターに、新しい表示が重なった。
[BASE SECURITY UPDATE]
――――――――――
簡易警戒網:構築
監視端末:二基接続
保守機械:二機巡回
攻撃機能:停止
警告機能:有効
中枢塔方面への安全経路:一部更新
――――――――――
「安全経路も更新されたのか」
『はい。保守機械の巡回により、旧都市道路跡の障害物情報が取得されました』
「中枢塔へ少し近づいた」
『はい』
レンはベッドに腰を下ろした。力が抜けた。まだ昼か夜かもわからない時間だが、もう一仕事終えた気分だった。
家の外を、二機の保守機械がゆっくり歩いている。ごん、ごん、という足音が、壁越しにかすかに聞こえた。昨日なら怖かった音だ。今は、足音の間隔を数えていられる。
「ノア」
『はい』
「この家、鍵はできたな」
『はい。手動ロック、警戒網、巡回機械があります』
「鍵にしては大げさだな」
『安全性は向上しました』
「ならいい」
壁の表示の端で、中枢塔の位置がまた点滅した。
距離は変わらない。まだ遠い。だが、経路の線が少し伸びている。保守機械が拾った障害物情報が、青い点で追加されていた。
レンはそれを見て、短く息を吐いた。
「明日は、中枢塔へ行く準備だな」
『推奨されます。ただし、追加装備が必要です』
「何がいる」
『移動用台車、予備電源、簡易防護板、保守機械との連携確認』
「遠足じゃないな」
『遠足ではありません』
「知ってる」
外で、保守機械の足音が止まった。次に、低い作業音。ごり、と何かを削る音がした。
「何してる」
『巡回経路上の障害物を除去しています』
「勝手に道を作ってるのか」
『はい』
「便利だな」
『はい』
レンは笑いかけて、口の端だけ動いた。
水が出る。工場が動く。家がある。外を機械が見回っている。危ないものは増えたが、使えるものも増えている。
レンは壁の表示を消さずに、作業台の上を片づけ始めた。端子を箱に戻す。ニッパーを右側へ置く。予備ケーブルを丸める。明日使うものと、今夜いらないものを分ける。
外の足音が、また動き出した。
ごん。ごん。
「ノア。夜間警戒、設定できるか」
『可能です』
「未登録が百メートル以内に入ったら起こせ。保守機械が止まった時も起こせ。水路か電源に異常が出ても起こせ」
『条件を登録します』
「多いな」
『多いです』
「寝られるか?」
『不明です』
「そこは嘘でも寝られるって言え」
『寝られる可能性があります』
「雑だな」
レンはベッドに座ったまま、ヘルメットを足元へ寄せた。
昨日よりは準備がある。鍵もある。警告もある。見回りもいる。
レンは手動ロックの表示をもう一度見た。警戒範囲、百メートル。保守機械、二機巡回。水供給、安定。補助電源、低出力。
よし、と声に出さずに口だけ動いた。
それから目を閉じた。
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