表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/28

第5話 通信アンテナ


[REPAIR MATERIAL STATUS]

――――――――――

船体補修材:搬入済み

簡易通信アンテナ部品:搬入済み

補助配管:一部搬入済み

自動工場 D-12F:限定稼働中

推奨作業:船体外板補修/受信アンテナ復旧

――――――――――


 工場から持ち帰った補修材は、船内の床に積まれていた。


 灰色の薄い板。表面には細い青線が走っている。金属のようで、完全な金属ではない。持つと軽い。曲げようとすると、少しだけしなる。端を叩くと、かん、ではなく、こん、と低い音がした。


 レンはその板を一枚持ち上げた。まだ工場の熱が残っている気がした。気のせいかもしれない。手袋越しでは、細かい温度まではわからない。


「これで船体を塞げるんだな」

『はい。小規模破損部、配管周辺、外板の割れに使用できます。大型破損部には複数枚の重ね貼りが必要です』

「接着剤で貼るだけ、じゃないよな」

『熱圧着と固定具の併用が必要です』

「だろうな」


 レンは船内図を見た。赤い部分が多い。最初に目覚めた時よりは減っているが、それでも多い。船体上部、右舷、下部推進区画。赤と黄色がまだらになっている。


 全部は無理だ。


 今すぐ塞ぐべき場所を選ぶ必要がある。


「優先順位を出してくれ。生命維持、電源、通信の順で」

『第一優先、右舷外板の圧力漏れ。第二優先、下部補助配管。第三優先、船体上部の簡易通信アンテナ基部です』

「通信は三番目か」

『はい。ただし、軌道上の信号監視を継続する場合、受信アンテナの復旧が有効です』

「送信はしない。受信だけだ」

『設定可能です』

「なら、まず穴を塞ぐ。次にアンテナ。配管はその後だ」


 ノアは少しだけ間を置いた。


『配管を後回しにすると、補助推進の復旧が遅れます』

「動かない船より、空気が漏れる船のほうが困る」

『判断を記録します』

「それは記録していい」


 右舷外板の圧力漏れは、船内から半分だけ作業できる場所だった。狭い整備通路の奥に、外板の裏側が見えている。裂け目は指三本ぶんほど。そこから冷たい空気が入っていた。ひゅう、と細い音がする。


 レンはライトを当てた。裂け目の縁が白く変色している。外の大気が触れた跡だ。近づくだけで、喉の奥が変な感じになる。


「ここ、船内側だけでいけるか」

『仮補修は可能です。完全補修には外部作業が必要です』

「今日は仮でいい。完全を目指して死ぬよりましだ」

『同意します』

「珍しいな」

『生存確率の面では妥当です』


 レンは補修材を裂け目に合わせた。少し大きい。工具で端を削る。き、と短い音が鳴る。粉が落ちる。吸わないように顔をそむけた。ヘルメットはかぶっているが、気分の問題だ。


 板を当てる。固定具を仮止めする。圧着器を押し当てる。


「ノア、温度」

『圧着温度、百八十度まで上昇中。手袋越しでも長時間接触は避けてください』

「百八十度は先に言え」


 圧着器が低く鳴った。ぶん、と手の中で震える。補修材の青線が薄く光り、裂け目の周囲へなじんでいく。嫌な臭いがした。熱した樹脂と焦げた金属の間みたいな臭いだ。


 レンは息を止めかけて、すぐに浅く吸った。止めると手がぶれる。


『圧力漏れ、三十二パーセント低下』

「まだ漏れてる」

『二枚目が必要です』

「重ねる」


 二枚目を当てる。今度は形が合わない。左端が浮く。レンは舌打ちし、固定具を外した。削る。合わせる。もう一度当てる。浮く。


 指先が遅い。疲れが抜けていない。焦ると、さらに合わない。


 レンは工具を床に置いた。かちゃ、と音がして、通路に響く。


「十秒待つ」

『推奨されます』

「数えなくていい」

『了解しました』


 十秒も待たなかった。五秒くらいで工具を拾った。今度は板ではなく、裂け目の縁を少し削る。補修材を押し込む。固定具を斜めにかける。圧着器を当てる。


 青線が光った。


『圧力漏れ、八十七パーセント低下。船内生命維持への影響は軽微になりました』

「完全じゃないが、今は十分だ」

『はい』

「その“はい”は助かる」


 レンは壁に背中を預けた。額に汗がたまっている。ヘルメットの内側が曇る。外してしまいたいが、ここはまだ漏れが残っている。やめておく。


 ふと、補修した外板を見た。


 壊れた場所に、別の素材が重なっている。雑だ。きれいではない。だが、塞がっている。そこだけは確かだった。


「次、アンテナだ」

『船体上部へ移動してください。外部作業になります』

「また外か」

『はい』

「今日、何回外に出るんだ」

『三回目です』

「数えなくていい」


 簡易通信アンテナ部品は、細い棒状のパーツと、小さな板状の受信器、それから旧規格の接続端子で構成されていた。見た目は頼りない。だが、ノアによれば受信だけなら十分らしい。


「これで軌道上の信号を拾う」

『はい。送信機能は切り離して構成します』

「絶対に送るな」

『送信回路を物理的に未接続にします』

「それなら信用できる」


 レンはスーツを点検した。左腕はさらに固くなっている。補修材を重ねすぎて、肘が曲がりにくい。だが、密閉率は八十二パーセントまで戻っていた。低い安心だが、ないよりましだ。


[EXTERNAL REPAIR PLAN]

――――――――――

作業対象:船体上部 簡易受信アンテナ

送信回路:未接続

受信回路:仮設接続

外部活動限界:二十四分

警告:船体上部に腐食性降雨あり

――――――――――


「二十四分。短くなってないか」

『スーツ補修材の硬化により、可動性が低下しています』

「動きにくいから時間も減るのか」

『はい』

「嫌な計算だな」


 船体上部へ出るハッチは、操縦室の後ろにあった。開けると、外の雨音が急に大きくなった。ぱちぱちとヘルメットに当たり、白い筋を作る。


 レンは船体の上へ這い出した。


 足元が丸い。船の外板はなだらかに曲がっていて、濡れている。立って歩く気にはならなかった。膝をつき、片手で固定具を探りながら進む。左腕は使いすぎない。右手と膝で身体を支える。


『前方一・五メートル、アンテナ基部です』

「見えてる。いや、見えてない。雨で白い」


 見えていない。ノアの矢印だけが頼りだった。レンはゆっくり進んだ。船体の向こうに、旧都市の光が見える。前より明るい。水路、採掘ライン、工場。自分が起こしたものが、地表のあちこちに細い光を走らせている。


 見ないほうがいい。


 レンは視線を足元へ戻した。


 アンテナ基部は折れていた。根元から斜めに曲がり、先端はなくなっている。周囲の外板にも細い亀裂が走っていた。


「ここに仮設アンテナを立てる」

『はい。折れた基部を切断し、受信器を固定。旧規格端子を仮設接続してください』

「折れた基部は使えないか」

『腐食しています。通電時にノイズ源となります』

「切るしかないな」


 レンは切断工具を当てた。刃が金属に触れる。きい、と高い音がした。雨の音に混じって、耳の奥が嫌な感じになる。工具を押し込む。曲がったアンテナ基部が少しずつ削れていく。


 途中で工具が跳ねた。


「っ」


 右手が滑り、身体が横へ流れた。レンはとっさに左腕をつきそうになり、止めた。代わりに胸で船体を受ける。息が詰まった。工具が手から離れ、ケーブルでぶら下がる。


『姿勢が不安定です』

「見ればわかる」


 レンは船体にしがみついた。雨がヘルメットを叩く。視界が白い。呼吸が速い。速すぎる。わかっている。だが、足元が丸くて、身体が滑る。


『外部活動限界まで十七分』

「わかってる」


 工具を拾い直す。今度は力を入れすぎない。刃を押し当てる角度を変える。きい、きい、という音が短く続き、折れた基部が外れた。船体の上を滑っていきそうになり、レンは足で止めた。


「切断完了」

『基部の残留ノイズ低下を確認。受信器を固定してください』


 受信器は小さな板だった。裏に青い回路が見える。これを船体に貼り、固定具で押さえ、端子をつなぐ。手順としては簡単だ。実際には雨と傾斜と時間制限がある。


 レンは受信器を当てた。ズレる。もう一度。固定具をはめる。片方が入らない。削る余裕はない。力で押し込む。入らない。


「ノア、固定具が合わない」

『製造誤差、または基部変形です。右側固定具を省略し、補修材で固定してください』

「省略していいのか」

『仮設受信のみなら可能です』

「じゃあ仮でいい」


 補修材を塗る。雨で薄まらないように、手で覆う。左腕がうまく曲がらない。肘が引っかかる。レンは身体の向きを変え、右肩で雨を受けるようにした。薬品臭がヘルメットの中にこもる。


 受信器を押さえる。十秒。二十秒。指がしびれる。


『固定率、六十二パーセント』

「低い」

『仮設としては最低条件を満たしています』

「最低ばかりだな」

『はい』


 端子をつなぐ。旧規格のコネクタは固い。奥まで入らない。レンは何度か角度を変えた。かち、と小さな音がした。


 その瞬間、ヘルメットの表示がちらついた。


[RECEIVER LINK]

――――――――――

簡易受信アンテナ:接続

送信回路:未接続

受信感度:低

軌道信号:検出

解析開始

――――――――――


「拾ったか」

『はい。軌道上からの微弱信号を受信しました』

「内容は」

『解析中です。信号形式が破損しています』

「破損しててもいい。読めるところだけ出してくれ」

『了解しました』


 レンは船体にしがみついたまま、画面を見た。雨が視界を流れる。受信器の青い光が、かすかに点滅している。


[PARTIAL SIGNAL]

――――――――――

……管理……応答……

第七……復旧……確認……

軌道監視……待機……

識別……ノア……

……管理者……生存……

――――――――――


 レンは息を止めた。


「ノアの名前が出た」

『はい』

「この信号、君を知ってるのか」

『不明です』

「不明じゃ済まないだろ。ノアって出てる」

『支援AI識別子として登録されている可能性があります』

「この船のAIじゃなかったのか」

『本船の限定支援モジュールとして起動しました。ただし、同一識別子が旧文明設備内に登録されている可能性があります』

「つまり、君はこの星の設備にも関係してる」

『可能性があります』


 レンは受信器を見た。小さな板だ。雑に貼りつけた仮設部品。その先に、上空の何かがいる。そこからノアの名前が返ってきた。


 手袋の中で、指先が汗ばんだ。


『外部活動限界まで九分。帰還を推奨します』

「待て。もう少しだけ」

『推奨しません』

「わかってる。信号の続きは」

『受信感度が不足しています』

「アンテナを少しでも上げれば?」

『固定率が低下します。落下の危険があります』

「俺が落ちるのか、アンテナが落ちるのか」

『両方です』

「最悪だな」


 レンは歯を食いしばった。戻るべきだ。わかっている。だが、ノアの名前が出た。管理者、生存、復旧。断片だけでも、見なかったことにはできない。


 受信器の角度を少し変える。固定具がきしんだ。補修材の端が白く伸びる。


『固定率、五十五パーセント』

「あと少し」

『危険です』

「あと三秒」


 表示が揺れた。


[PARTIAL SIGNAL]

――――――――――

……第七管理区……

……ノア・コア……分離……

……生存管理者を確認……

……通信塔……接続せよ……

……軌道リング……待機中……

――――――――――


「軌道リング」


 言葉が口から落ちた。


 衛星ではない。船でもない。リング。軌道上に、輪のような設備があるのか。


 レンは空を見上げた。紫がかった雲しか見えない。だが、その向こうに何かがある。こちらを見ている。通信塔をつなげと送ってきている。


 受信器が、ぎ、と鳴った。


『固定率、四十九パーセント。これ以上の保持は困難です』

「戻す」


 レンは慌てて受信器を元の角度に戻した。補修材が伸び、指に白くつく。固定具が一つ外れかけたが、なんとか止まった。


『受信器、仮固定状態。帰還してください』

「わかった」


 レンは工具をまとめ、船体を這って戻った。行きより遅い。右手が疲れている。左腕は使いにくい。膝が滑る。ヘルメットの中で息が荒い。


 ハッチが見えた時、右足が滑った。


 身体が横へ流れた。レンは反射的に手を伸ばす。指先がハッチの縁をかすめる。届かない。


「っ、くそ」


 腰の安全ワイヤーが張った。がん、と身体が止まる。脇腹に痛みが走り、目の前が白くなる。工具箱が船体に当たって跳ねた。


『転落防止ワイヤー作動。外部活動限界まで四分』

「言われなくても、痛い」


 レンはワイヤーをたぐり、身体を引き上げた。手が滑る。もう一度。右手の爪が痛い。ハッチの縁をつかむ。今度は離さない。


 船内に転がり込んだ時、しばらく起き上がれなかった。ヘルメットの内側で、呼吸音だけが大きい。雨の音が遠くなる。ハッチが閉じ、圧力が戻る。


 しゅう、と空気が鳴った。


 レンはヘルメットを外した。床に置くつもりが、手から落ちた。ごん、と鈍い音を立てて転がる。


「……生きてる」

『はい。生体反応は安定範囲内です』

「安定って言葉の幅が広すぎる」


 レンは床に仰向けになった。天井の配線が見える。最初に目覚めた時と同じむき出しの配線だ。だが、今は赤い警告灯だけではない。青い補助灯もついている。船は少しずつ戻っている。


 ノアの投影が横に浮かんだ。


『受信データを整理しますか』

「今、読む。忘れる前に」

『了解しました』


 モニターに、断片が整理されて表示された。


[RECEIVED DATA SUMMARY]

――――――――――

送信元:軌道リングと思われる設備

対象識別:ノア・コア

状態確認:生存管理者あり

要求:通信塔への接続

補足:第七管理区の復旧を確認

――――――――――


「ノア・コア」

『不明な識別名です』

「君じゃないのか」

『支援AIノアとの関連は高いと推定されます。ただし、現在の私は限定支援モジュールです』

「本体が別にあるってことか」

『可能性があります』

「軌道リングに?」

『不明です』

「不明ばかりだな」


 レンは起き上がった。脇腹が痛む。さっきワイヤーに引っ張られたところだ。手で押さえると、呼吸が浅くなった。


 ノアは変わらない声で続けた。


『通信塔に接続すれば、追加情報を取得できる可能性があります』

「同時に、こっちの情報も送ることになる」

『はい』

「軌道リングが味方とは限らない」

『はい』

「でも、船を直すにも帰るにも、情報はいる」

『はい』


 レンはモニターを見た。右舷外板の漏れは軽減。受信アンテナは仮設接続。工場は稼働。採掘ラインも動いている。通信塔は未接続。


 次の段階は、もう表示されていた。


[NEXT RESTORATION TARGET]

――――――――――

地表通信塔

位置:旧都市 D-12 東側高台

状態:沈黙

必要資材:簡易アンテナ部品/補助電源セル/高所作業具

危険要素:腐食性降雨/高所落下/軌道設備への送信リスク

――――――――――


 レンはしばらく黙った。


 上に何かがいる。ノアの名前を知っている。通信塔につなげと言っている。行けば、何かがわかる。行かなければ、ここで作れるものだけで船を直すしかない。


 どちらも危ない。


 だが、危なくない選択肢は、最初からなかった。


「今日は行かない」

『了解しました』

「だが準備はする。送信回路を切れるようにしたまま、通信塔を起こす方法を考える」

『可能です。受信専用接続から開始し、送信系は物理遮断できます』

「それでいく。勝手に送るな」

『了解しました』

「あと、ノア」

『はい』

「ノア・コアって言葉、君は本当に何も知らないのか」

『現在の記憶領域には該当情報がありません』


 現在の、か。


 レンはその言い方を聞き逃さなかった。ノアは嘘をついているわけではない。だが、全部を持っているわけでもない。たぶん、本人にも抜けている。


 それは少し、レンと似ていた。


 雨の夜。伸ばした手。思い出せない名前。


 レンは給水口の下に置いたボトルを取り、水を飲んだ。こぼさなかった。少しだけ手の震えが落ち着いていた。


「明日は通信塔だ」

『はい。レン』


 船の上では、仮設アンテナが雨に打たれている。


 その小さな受信器は、上空からの信号を拾い続けていた。

 送信はしていない。

 まだ、こちらからは返していない。


「続きが読みたい」と思ったら下の評価とブックマーク登録をどうぞ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ