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第4話 自動工場


[RESOURCE DELIVERY]

――――――――――

第一採掘群:限定稼働中

回収資材:鉄/銅/希少導体/旧規格合金

搬送路 C-2:稼働

一次選別機:稼働

搬送先:墜落地点周辺 仮設集積所

次段階:自動工場の再起動

――――――――――


 採掘ドローンが戻ってきたのは、レンが船内で左腕の補修跡を確認している時だった。


 最初に聞こえたのは、床下からの低い振動だった。ごん、ごん、と重い足音が近づいてくる。次に、搬送路のほうで金属箱がこすれる音がした。ぎい、と短く鳴って、船体下部の仮設集積所に何かが落ちる。


 レンは工具を持ったまま顔を上げた。


「今のは」

『採掘ドローンが資材を搬送しました。第一便です』

「第一便。そう言われると、普通の宅配みたいだな」

『通常の宅配ではありません』

「わかってる」


 レンは立ち上がった。膝がまだ重い。左腕の補修箇所は白い膜のようになっている。動かすと少し引きつるが、使えないほどではない。


 船体下部へ降りると、仮設集積所に黒い箱が三つ並んでいた。箱というより、採掘ドローンの背中から外れた鉱石コンテナだ。表面には細かい傷があり、下から青い認証ランプがまたたいている。


 蓋を開けると、金属片と黒い鉱石が入っていた。粉じんがふわりと舞い、レンは一歩下がった。


「これが修理資材か」

『原鉱石と一部回収済み資材です。このままでは使用できません。加工が必要です』

「だろうな。で、加工する設備は?」

『旧都市 D-12 南側に自動工場があります』

「また外か」

『搬送路経由で接続可能です。外部大気への接触は最小です』

「最小って言葉、だいたいゼロじゃないんだよな」

『はい』


 ノアが壁に経路図を出した。船。仮設集積所。搬送路。工場区画。距離は九百メートル。さっきの採掘ラインよりは近い。だが、表示の色は青だけではなかった。途中に黄色が二箇所、赤が一箇所ある。


「赤は何だ」

『工場区画前の電力盤です。過負荷の記録があります』

「燃える?」

『可能性があります』

「爆発は?」

『可能性があります』

「可能性を便利に使うな」


 レンはコンテナの中身を見た。これがなければ船は直らない。水は出た。採掘も始まった。だが、金属の塊だけでは外板もアンテナも作れない。


 加工がいる。


 部品がいる。


 工場がいる。


 レンは手袋の指を曲げた。関節がこわばっている。疲れはある。だが、昨日より悪い状態ではない。水があり、酸素があり、資材がある。少なくとも、死ぬ順番は少し後ろにずれた。


「行こう。自動工場を起こす」

『推奨します。ただし、工場区画は破損率が高く、手動補修が必要です』

「一回で起動しないってことだな」

『はい』

「もう慣れた」


 慣れていない。口だけだ。


 レンは外部作業スーツを着込んだ。左腕の補修をさらに重ねる。白い補修材が厚くなり、肘の動きが少し悪くなった。ヘルメットをかぶると、自分の呼吸がまた大きく聞こえる。


[FACTORY ACCESS]

――――――――――

目的地:自動工場 D-12F

移動経路:地下搬送路 C-2 → 工場連絡路

必要作業:電力盤補修/制御卓再起動/製造ライン点検

危険要素:過負荷記録/焼損配線/未確認アーム

推奨資材:絶縁材/固定具/手動工具

――――――――――


「未確認アーム?」

『工場内の製造アームです。停止状態ですが、電力復帰時に動作する可能性があります』

「人に当たったら?」

『重大な損傷を受ける可能性があります』

「俺が?」

『はい』

「そこは工場じゃなくて俺を主語にするのか」


 工具箱は重くなっていた。採掘ラインから回収した金具や旧規格の端子を追加したせいだ。肩紐が食い込む。レンは位置を直し、ハッチを開けた。


 外はまだ暗い。空の色が変わらないせいで、時間の感覚がおかしくなる。水路は細く広がり、黒い岩のあいだを流れていた。ところどころ白い蒸気が上がっている。


 レンは足元だけを見て進んだ。泡立つ雨がヘルメットを叩く。ぱち、ぱち、と細かい音がする。左腕は壁につけない。段差は低くても信用しない。ノアの矢印は旧都市の穴へ続いていた。


 地下搬送路に入ると、採掘ドローンの足音が遠くに聞こえた。ごん、ごん。前より規則的だ。どこかで搬送台車も動いている。レールの下から、低い振動が伝わってくる。


「少しずつ騒がしくなってるな」

『復旧範囲が拡大しています』

「俺の許可なく」

『初期操作により連動復旧が開始されています』

「最初のレバー一本、重すぎだろ」


 工場連絡路は、採掘ラインより狭かった。壁に古い配管が何本も走り、天井から切れたケーブルが垂れている。照明はほとんど死んでいた。ノアの矢印と、ヘルメットのライトだけが頼りだ。


 途中で、焦げ臭さが強くなった。


 レンは足を止めた。


「この先か」

『はい。工場区画前の電力盤です。過負荷により一部焼損しています』

「火が残ってる可能性は」

『低いです』

「低い、か」


 角を曲がると、壁一面の電力盤が見えた。蓋は半分吹き飛び、中の配線が黒く焦げている。床には溶けた金属が固まっていた。冷えてはいる。だが、ライトを当てると、表面が鈍く光った。


 レンは息を細く吐いた。


「これは嫌だな」

『補修しなければ、工場制御卓へ安定電力を供給できません』

「わかってる。手順を出してくれ」

『焼損した第三線を切断。第二線を迂回。旧規格端子を使用して仮設接続。通電前に絶縁確認が必要です』

「第三線を切る。第二線を逃がす。端子でつなぐ。絶縁確認。よし」


 声に出して、順番を固定する。胸の奥がざわつく時は、順番を声にしたほうがいい。レンは工具を取った。


 焦げた線に刃を入れる。ざく、ではなく、じゃり、と嫌な感触がした。被覆が炭のように崩れ、黒い粉が手袋に付く。切断した線を横へどけ、第二線の被覆をはがす。中の金属はまだ生きている色だった。


「ノア、ここで合ってるか」

『はい。切断位置は許容範囲内です』

「許容範囲、好きじゃないが今は褒め言葉に聞こえるな」

『褒め言葉ではありません』

「知ってる」


 旧規格端子をはめる。サイズが合わない。少し削る。金属片が飛び、ヘルメットの透明板に当たって小さく鳴った。きん。レンは目を閉じかけ、すぐ開けた。


 もう一度削る。今度は入った。固定具を締める。締めすぎると割れる。緩いと通電時に焼ける。レンは指先の感触を探りながら、半回転ずつ調整した。


『心拍が上昇しています』

「電気をいじってる時はだいたい上がる」

『作業精度は維持されています』

「それは助かる」


 絶縁材を塗る。白い樹脂が黒い線の上に広がる。薬品臭がヘルメットの中まで入ってきた気がして、レンは顔をしかめた。実際にはフィルター越しだ。気分の問題かもしれない。


「通電する」

『確認。周囲に可燃物なし。作業者は一メートル後退してください』

「一メートルで足りるのか」

『最低距離です』

「最低ばっかりだな」


 レンは後退した。工具箱を足元に置き、壁に手をつく。指が滑った。手袋に黒い粉が付いている。


『通電します』


 電力盤の奥で、低い音がした。ぶん、と重い振動が壁に伝わる。青いランプが一つ点く。次に二つ。三つ目で火花が散った。ぱち、と乾いた音。


 レンは肩をすくめた。


『電力供給、限定安定。工場制御卓への接続が可能です』

「限定でも動けばいい」


 工場の扉は、電力が戻ると勝手に開いた。重い隔壁が左右に引き込まれ、内側から冷たい空気が押し出される。古い油と金属粉の臭いがした。


 中は広かった。


 天井が高い。見上げると、暗がりの中に太いレールが何本も走っている。床には製造ラインが並び、停止したアームが何十本も折りたたまれていた。巨大な虫の脚のようにも見える。レンはそう思って、すぐ考えるのをやめた。


 余計な比喩はいらない。アームはアームだ。動いたら危ない。それで十分だ。


「ここで船の部品を作るのか」

『はい。現状の工場機能が復帰すれば、船体補修材、補助配管、簡易アンテナ部品の製造が可能です』

「どれくらい復帰すれば?」

『最低十八パーセント』

「今は?」

『三パーセント未満です』

「遠いな」

『はい』


 レンは工場の中央へ進んだ。床に積もった粉が靴底で鳴る。ざり、ざり。ところどころに古い部品が落ちている。手のひらほどの歯車。曲がった板材。割れた透明チューブ。


 制御卓は、工場奥の高い台の上にあった。階段は錆びている。いや、さびに似た黒い劣化だ。踏むたび、きし、と鳴る。


「この階段、落ちないよな」

『荷重は許容範囲内です』

「その言葉、信用しすぎると死にそうだ」


 制御卓は半分死んでいた。画面は割れ、入力パネルの一部が剥がれている。だが、中央に青い認証枠が残っている。


『管理者認証を行ってください』

「また刺すのか」

『生体認証の可能性があります』

「そこは隠すなよ」


 レンは右手を置いた。今度は針の感触はなかった。代わりに、手のひらの下で低い振動が走った。画面がちらつき、古い文字が浮かび上がる。


[FACTORY CONTROL]

――――――――――

自動工場 D-12F:限定応答

主製造ライン:停止

補助製造ライン:破損

素材投入系:接続待機

設計データ:一部保全

管理者認証:確認

――――――――――


「設計データが残ってる」

『はい。一部保全されています』

「船の補修材は作れるか」

『素材投入後、製造可能です。ただし、補助製造ラインの手動調整が必要です』

「また手動か」

『はい』

「この旧文明、意外と人力に頼るな」

『緊急時の手動復帰を想定した設計です』

「緊急時すぎる」


 素材投入系は、工場入口側のコンベアだった。そこへ採掘ラインからのコンテナを接続する必要があるらしい。ノアが搬送台車を呼ぶ。少しして、通路の奥から低い音が近づいた。


 コンテナを載せた台車が、ゆっくり入ってきた。今度は突然跳ねたりしない。レール上をまっすぐ進み、素材投入口の前で止まる。


『素材投入口の固定具が破損しています。手動で合わせてください』

「重そうだな」

『重いです』

「だろうな」


 レンはコンテナの横に回った。固定具は大きな金属フックだった。片方が曲がり、噛み合っていない。レンはバールのような工具を差し込んで、てこの要領で動かす。


 重い。


 腕だけでは動かない。腰を入れる。脇腹が痛い。足を踏ん張る。床の粉で靴底が滑る。もう一度、位置を変える。


「ノア、これ何センチ動かせばいい」

『四センチです』

「四センチが遠い」


 息を止めて押す。金属がぎぎ、と鳴る。フックが少し戻る。あと少し。もう一度押す。がちん、と噛み合った。


『固定を確認。素材投入が可能です』

「よし」


 コンベアが動き出した。黒い鉱石と金属片が、工場の奥へ流れていく。ごろ、ごろ、と低い音を立てる。途中で選別アームが一本だけ動いた。ゆっくりと首をもたげ、素材の上をなぞる。


 レンは一歩下がった。


「今のアーム、生きてるな」

『補助選別アームです。限定稼働しています』

「俺の近くで急に動かすな」

『自動工程です』

「だから怖いんだよ」


 制御卓へ戻ると、製造可能リストが出ていた。


[PRODUCTION LIST]

――――――――――

船体補修材:製造可能

補助配管:製造可能

簡易通信アンテナ部品:製造可能

居住モジュール外殻:条件付き可能

小型作業艇フレーム:条件付き可能

防衛ドローン基礎部品:権限不足

――――――――――


 レンは表示を二度見した。


「待て。上三つはわかる。船を直すためだ。下の三つは何だ」

『保全されている設計データです』

「居住モジュール。作業艇。防衛ドローン」

『はい』

「俺は船を直したいだけなんだが」

『現在の管理者権限では、防衛ドローンは基礎部品の表示のみです』

「そこじゃない」


 レンは額に手を当てた。ヘルメット越しなので意味はない。透明板にこつ、と音がした。


「作業艇フレームって、船とは別の小型船か」

『大気圏内外で使用可能な簡易作業艇の骨格です。現状の工場復旧率では、完全製造は不可能です』

「でも設計図はある」

『はい』

「居住モジュールは?」

『長期滞在用の簡易居住区画です。外殻のみ条件付きで製造可能です』

「長期滞在するつもりはない」

『現状、帰還手段は未確立です』

「正しいことを言うな」


 工場の奥で、製造ラインが動き始めた。アームが一本、また一本と起きる。全部ではない。十本に一本くらいだ。それでも、さっきまで死んでいた空間に動きが生まれる。金属板が切られ、曲げられ、重ねられる。火花が短く散り、すぐ消える。


 かん。ぎい。しゅっ。

 音が少しずつ増えていく。


 レンはそれを見ていた。怖い。だが、同時に、胸の奥で別の感覚が動いた。壊れたものが、形を戻し始めている。水が出た時とは違う。今度は部品だ。目に見える。


『船体補修材、第一ロット製造開始』

「第一ロットって言うな。工場長みたいな気分になる」

『現在、工場 D-12F の限定管理者です』

「本当に工場長になってるじゃないか」


 製造ラインの端から、灰色の板材が出てきた。厚みは薄いが、表面に細い青線が走っている。レンが触れると、まだ少し温かい。


「これで外板を塞げるか」

『はい。小規模破損部の補修に使用できます』

「通信アンテナは」

『次工程で製造予定です』

「ここまで来ると、少しだけまともな遭難生活になってきたな」

『遭難生活がまともであるという定義は不明です』

「俺も不明だ」


 その時、制御卓の画面が勝手に切り替わった。


[ACCESS UPDATE]

――――――――――

自動工場 D-12F、限定起動。

製造可能品目を更新。

船体補修材:可

簡易通信アンテナ部品:可

居住モジュール外殻:条件付き可

小型作業艇フレーム:条件付き可

権限区分を更新します。

生存維持補助 → 仮設拠点管理者

――――――――――


 レンはしばらく黙った。


「ノア」

『はい』

「いま、何か増えたな」

『権限区分が更新されました』

「仮設拠点管理者」

『はい』

「俺の許可は」

『旧文明復旧システムが、現在の復旧状況に基づき自動更新しました』

「俺の許可は」

『確認項目には含まれていません』

「含めろ」


 ノアは表情を変えない。工場は動き続けている。製造ラインの音が、少しずつ整ってきた。ぎこちないが、止まってはいない。


 仮設拠点管理者。


 言葉は軽くない。船内の空気を戻し、水を出し、採掘ラインを起こし、工場を動かした。そう並べれば、たしかに遭難者の作業ではない。


 だが、レンの実感は追いつかない。まだ喉は乾く。腕は痛い。ヘルメットの内側は汗で気持ち悪い。帰り道もわからない場所で、工場の管理者にされたと言われても困る。


 制御卓の隅に、小さな通知が出た。


[SATELLITE LINK]

――――――――――

軌道監視衛星より応答。

工場起動信号を受信。

通信塔:未接続

衛星同期:保留

次段階:地表通信設備の復旧

――――――――――


「また上か」

『はい。軌道上の応答が強くなっています』

「さっきの正体不明のやつか」

『一致率、八十二パーセント』

「八十二なら、だいたい同じだな」

『推定では同一です』

「通信塔をつなぐと、あれと話せるのか」

『可能性があります』

「話したい相手かどうかもわからないのに」

『はい』


 レンは製造ラインの先を見た。船体補修材が積み上がっていく。通信アンテナ部品の製造も始まった。これで船の通信を少しは直せるかもしれない。


 だが、通信が戻るということは、外に届くということだ。


 助けを呼べるかもしれない。

 何かを呼んでしまうかもしれない。


「ノア。今日は工場で作れる部品を持ち帰る。通信塔はまだ触らない」

『了解しました。通信設備の復旧は保留します』

「衛星の監視は続けろ。勝手に送信するな」

『了解しました。送信は保留。受信監視のみ継続します』


 レンは工具箱を床に置き、できたばかりの補修材を持ち上げた。思ったより軽い。表面はまだ温かい。金属なのに、どこか樹脂のような弾力がある。


 これで船の穴を塞ぐ。

 アンテナを直す。

 少しずつ、帰るための形に戻す。


 ただ、その帰る先がどこなのか、まだわからない。


 レンは工場の出口へ向かった。背後でアームが動いている。かん、ぎい、しゅっ。金属を切り、曲げ、重ねる音。さっきより規則的になっている。


 眠っていた都市は、水を流し、鉱石を掘り、部品を作り始めた。


 レンは振り返らなかった。振り返ると、自分が起こしたものの大きさを見てしまう気がした。


「帰るぞ、ノア」

『はい。仮設拠点管理者』

「それ、やめろ」

『登録区分です』

「名前で呼べ」

『了解しました。レン』


 その方が、少しだけましだ。

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