第3話 採掘ラインの目覚め
[UNKNOWN RESPONSE]
――――――――――
採掘ライン、待機信号を受信。
地表水路の開放により、地下搬送系が一部復帰。
第一採掘群:応答あり
精錬施設:未接続
次段階:採掘ラインの手動点検
――――――――――
水が出た。
それだけなら、まだわかる。喉が乾いていた。船内の備蓄も足りなかった。だから水循環施設を起こした。そこまでは、生きるための作業だった。
だが、モニターに出た文字は、もう水の話ではなかった。
採掘ライン。
レンは給水口の下に座ったまま、表示を見ていた。手のひらにはまだ水が残っている。指の間から一滴落ちて、床で小さく弾けた。
「水の次は採掘。ずいぶん早いな」
『水循環施設の再起動により、地下搬送系の一部が復帰しました。採掘ラインは、その搬送系と連動しています』
「連動、便利な言葉だな。何でも勝手につながっていく」
『本来は計画的に接続された設備群です』
「俺は計画してない」
レンは立ち上がろうとして、やめた。左腕が重い。外部作業スーツの補修箇所が白く変色している。脇腹も痛い。水を飲んで落ち着いたぶん、身体のあちこちが文句を言い始めていた。
ノアはモニターの横に、青い立体図を出した。船。旧都市外縁。水循環施設。その下に、さらに太い線が何本も伸びている。線の先には、丸い施設群と、細かい点が並んでいた。
『第一採掘群は、墜落地点の地下北東側にあります。距離は地下搬送路経由で一・八キロメートル。手動点検が必要です』
「遠い」
『はい』
「否定しないのはわかってきた」
レンは額をぬぐった。汗と水が混じっている。手のひらに金属粉が残っていて、額にざらつきがついた。
「採掘ラインを起こす理由は、船の修理資材か」
『はい。現状の船内資材では、船体外板、補助推進系、通信アンテナの修復が不可能です。採掘ラインを利用すれば、鉄、銅、希少導体、旧規格合金の回収が可能になります』
「旧規格合金。いかにもこの船に合いそうな言葉だ」
『適合可能性があります』
「それは助かる。だが、俺はいま二十八分のスーツで死にかけて帰ってきたところだぞ」
『外部作業スーツは再補修が必要です。採掘ラインへは地下搬送路を使用できます。外部大気への接触時間は短縮可能です』
「つまり、行ける、と」
『はい』
「今すぐ?」
『推奨は休息後です』
「どれくらい」
『最低三十分』
「思ったより人道的だな」
『搭乗者の筋力低下、心拍変動、左腕部の損傷を確認しています。短時間の休息により作業成功率が上昇します』
「人道じゃなくて効率か」
レンは床に腰を下ろした。背中を壁に預ける。金属が冷たい。じわじわと体温を奪ってくるが、立っているよりましだった。
水の音がする。ぽた、ぽた、と給水口から落ち続けている。船の奥では、補助電源の低い駆動音が続いていた。さっきまで死んでいた船が、最低限の呼吸だけを取り戻したような音だった。
レンは目を閉じた。
すぐに、雨の夜が戻ってきた。ぬれたアスファルト。白い信号。伸ばした手。誰かの袖。指先が触れた気がした。そこで途切れる。
目を開ける。
ノアがこちらを見ていた。
『睡眠に移行しますか』
「今寝たら起きられる気がしない。三十分だけ座る」
『了解しました。三十分後に行動再開を提案します』
「提案じゃなくて起こしてくれ」
『了解しました』
三十分は、短かった。
途中で二度、船体が低く鳴った。一度目は水路の圧力変化。二度目は地下搬送系の自動診断だとノアが説明した。レンはそのたびに目を開けた。寝ていたつもりはない。だが、時間は進んでいた。
『休息予定時間に到達しました』
「もうか」
『はい』
「寝てたか」
『十九分四十二秒、意識反応が低下していました』
「寝てたな」
レンは立ち上がった。膝が鳴った。年寄りみたいな音だと思ったが、口には出さなかった。外部作業スーツの左腕を再補修し、工具箱の中身を組み直す。水を携帯容器に入れる。容器といっても、船内にあった細長い樹脂ボトルだ。少し薬品臭い。洗う時間はない。
ノアが経路を表示する。
[MINING LINE ACCESS]
――――――――――
目的地:第一採掘群 制御室
移動経路:地下搬送路 C-2
外部大気接触:最小
必要作業:手動点検/安全ロック解除/起動確認
危険要素:崩落箇所/未確認機械/残留電流
――――――――――
「未確認機械って何だ」
『稼働状態を確認できない機械群です』
「言葉そのままだな。動く可能性は?」
『あります』
「襲ってくる可能性は?」
『用途によります』
「嫌な言い方をする」
地下搬送路 C-2 へは、さっき通った水循環施設の手前から分かれるらしい。外にはほとんど出ない。船体下部から旧都市外縁に入り、すぐに地下へ降りる。左腕の補修箇所は七十九パーセントまで戻った。高いとは言えないが、さっきよりはましだ。
レンはハッチの前で一度足を止めた。外の雨はまだ続いている。白く泡立つしずくが船体を打ち、じ、じ、と細い音を立てている。
行きたくない。
その言葉は喉まで来た。飲み込んだ。
「行くぞ」
『了解しました。第一採掘群まで案内します』
外に出ると、地表水路はさらに広がっていた。黒い岩場のくぼみに細い流れができ、青い光を拾っていた。遠くの蒸気は少し弱くなっている。地面の温度が変わったのか、ヘルメットの表示に小さな警告が出ては消えた。
レンは足元だけを見た。景色に気を取られると転ぶ。転べばスーツが破れる。スーツが破れれば終わる。順番に考える。足元。次の足場。左腕を壁につけない。矢印を見る。呼吸を乱さない。
地下搬送路へ入ると、外の雨音が消えた。代わりに、遠くで何かが回る音が聞こえる。ごく低い音だ。水循環施設のポンプとは違う。もっと重く、間隔が長い。
「もう何か動いてるな」
『地下搬送系の一部です。採掘ライン本体はまだ待機状態です』
「待機状態でこの音か」
『はい』
「起きたらうるさそうだ」
通路は広かった。二車線道路くらいある。床には二本のレールが走り、天井には太いケーブル束がぶら下がっている。ところどころ照明が生き返っていたが、点き方が不安定だった。明るくなる。暗くなる。少し遅れてまた点く。
搬送台車が一台、通路の中央に止まっていた。古い箱型の車体で、側面がへこんでいる。ノアの矢印は、その横を通れと示していた。
レンは近づいた。
台車の下で、赤い小さな光が点いた。
「ノア」
『停止してください』
レンは足を止めた。右足が半歩前に出たまま固まる。
『搬送台車に残留電力。自動復帰処理が走っています』
「動くのか」
『可能性があります。距離を取ってください』
言われる前に下がろうとして、工具箱が壁に当たった。がん、と音が響く。赤い光が強くなる。
「悪い」
『警告。搬送台車、再起動』
台車の奥で、金属がこすれる音がした。ぎぎ、と低く鳴り、車体が一度だけ跳ねた。レンは壁際に寄る。背中が冷たい金属に当たる。息が浅くなる。
台車は十センチほど動いて止まった。
それだけだった。
レンはしばらく動けなかった。ヘルメットの中で、自分の呼吸がうるさい。
『危険は低下しました』
「十センチで寿命が縮んだ」
『実際の寿命変化は算出不能です』
「そういう意味じゃない」
通路を進む。採掘ラインの制御室は、分岐の先にあった。入口の上に、読めない文字が並んでいる。ノアが一部を翻訳して、視界に重ねた。
第一採掘群。制御室。
扉は半分開いていた。中は暗い。レンは照明を向ける。円形の部屋だった。中央に操作卓。周囲に古いモニター。床には太いケーブルが這っている。空気は乾いていた。細かな粉がライトに浮かぶ。
「ここを起こせばいいのか」
『まず安全点検が必要です。右側の主電源盤、左奥の安全ロック、中央操作卓の順に確認してください』
「順番があるのは助かる」
『順番を誤ると、採掘機械が制御できなくなる可能性があります』
「そういう情報は最初に言え」
レンは主電源盤へ向かった。蓋が固い。工具を差し込み、こじる。き、と音が鳴る。もう一度。蓋が開いた瞬間、古い粉じんが舞った。ヘルメット越しでも喉がむずがゆい。
中には、太いスイッチが三つ並んでいた。一本は折れている。一本は下がっている。一本は中途半端な位置で止まっている。
「一本、折れてる」
『第三系統です。現時点では不要です。第一系統を上げ、第二系統は中立位置で固定してください』
「中立位置で固定。こうか」
『はい。固定具が必要です』
「固定具って言われても」
レンは工具箱を探った。金具、細いワイヤー、折れたクランプ。使えるものはある。第二系統のスイッチを中立に戻し、ワイヤーで固定する。二度巻いて、締める。少し緩い。もう一度締める。
指先がうまく動かない。疲れている。認めたくないが、疲れている。
『手順が遅れています』
「わかってる。焦らせるな」
『作業精度を優先してください』
「どっちだよ」
第一系統を上げる。重い。ぐ、と押すと、奥で低い音がした。室内のモニターが一斉にちらつく。消える。もう一度ちらつく。ひとつずつ青くなる。
[MINING CONTROL CHECK]
――――――――――
主電源盤:限定復帰
安全ロック:未解除
操作卓:待機
採掘機械群:休眠
搬送路:低出力稼働
――――――――――
「第一段階は成功か」
『はい。次に安全ロックを解除してください』
「解除していい安全ロックなんだな」
『解除しないと採掘ラインは起動できません』
「聞き方を変える。解除したら危険は増えるか」
『はい』
「正直で助かる」
左奥の安全ロックは、壁に埋め込まれた赤いレバーだった。周囲に古い警告表示が並んでいる。ノアが翻訳する前に、レンは手を止めた。赤い。大きい。重そう。だいたい嫌なものはこういう見た目をしている。
『安全ロック解除には、二段階操作が必要です。レバーを引き、三秒以内に足元の確認ペダルを踏んでください』
「一人でやる設計じゃないだろ」
『本来は二名作業を推奨します』
「今それを言うな」
レンはレバーに手をかけた。足元のペダルを見る。距離が微妙にある。身体をひねれば届く。脇腹は痛むだろう。痛むだけならいい。
「三秒だな」
『はい』
「数えてくれ」
『了解しました』
レンはレバーを引いた。重い。途中で引っかかる。さらに引く。がちん、と音が鳴った。
『三。二』
「早い」
レンは身体をひねり、右足を伸ばした。ペダルに届かない。もう少し。脇腹が痛む。歯を食いしばる。つま先がペダルをかすめた。
『一』
「くそ」
踏んだ。
床下で何かが外れる音がした。がこん、と重く響く。室内の赤い表示が青に変わる。レンはレバーにぶら下がるような姿勢のまま、数秒動けなかった。
『安全ロック解除。姿勢が不安定です』
「見ればわかる」
レンは壁に手をついて体勢を戻した。息が荒い。ヘルメットの内側がまた曇る。腕でぬぐおうとして、透明板に金属粉の筋をつけた。
「次は操作卓だな」
『はい。中央操作卓に管理者認証を行ってください』
「認証って、何をする」
『手を置いてください』
「それでいいのか」
『暫定管理者として登録済みです』
「便利なのか危ないのか、まだ判断できないな」
操作卓の中央に、手形のようなくぼみがあった。レンは右手を置いた。表面が冷たい。すぐに、細い針のような感触が手のひらに走った。
「痛っ」
『生体認証です』
「先に言え」
『軽微な痛覚反応です』
「痛いもんは痛い」
操作卓の周囲に青い線が走る。モニターの表示が切り替わった。採掘機械の輪郭。坑道の地図。資源の分布。読めない単語の横に、ノアの翻訳が重なっていく。
鉄。銅。希少導体。旧規格合金。高密度結晶。反応炉用触媒。
最後の一つで、レンは目を止めた。
「ノア。反応炉用触媒って何だ」
『高出力炉の運用に用いられる資材です』
「この船に必要か」
『現時点では不要です』
「じゃあ、何に必要なんだ」
『推定。大型施設、軌道設備、または艦船用反応炉』
「艦船」
レンはモニターを見た。採掘ラインの地図は、想像していた鉱山ではなかった。地下に網のような坑道があり、搬送路が伸び、さらにその先に未接続の施設が並んでいる。資源を掘るだけではない。集めて、運んで、加工する前提の配置だ。
「ここ、ただの鉱山じゃないな」
『はい。星系復旧用の資源保管惑星である可能性があります』
「星系復旧用」
言葉が大きすぎて、すぐに飲み込めなかった。
船を直す。水を出す。資材を集める。レンはずっと、その程度の範囲で考えていた。だが、目の前の地図はその外側を示している。惑星全体。軌道設備。艦船。星系。
レンは操作卓から手を離した。手のひらに小さな赤い点が残っている。
『第一採掘群、限定起動可能です』
「起動したら、どこまで動く」
『第一採掘坑、搬送路 C-2、一次選別機までです。精錬施設は未接続のため、原鉱石と一部回収済み資材のみ搬送可能です』
「船体修理には足りるか」
『一部足ります。通信アンテナ、外板補修、補助配管の修理が可能になります』
「なら、やる」
レンは起動キーを探した。物理ボタンではなく、操作卓上の青い枠だった。押すというより、手を乗せる。ノアが横で無言のまま待っている。
「ノア。変なものが動いたら止めろ」
『停止権限は限定的です』
「そこは任せろって言ってくれ」
『保証できません』
「だろうな」
レンは手を置いた。
操作卓が低く鳴った。床下で、何かがひとつずつ起きていく。遠くで金属が動く音。レールが震える音。空気が押し出される音。通路の奥から、重い機械の駆動音が近づいてきた。
[MINING LINE BOOT]
――――――――――
第一採掘群:限定起動
採掘ドローン:三機復帰
搬送路 C-2:稼働
一次選別機:待機解除
回収可能資材:鉄/銅/希少導体/旧規格合金
――――――――――
「ドローン、三機」
『はい。採掘用の、自分で動く機械です』
「勝手に動くやつだな」
『はい』
通路の奥で、金属が床を打つ音がした。ごん。ごん。一定の間隔で近づいてくる。レンは工具箱からスパナを取った。役に立つとは思えない。だが、手ぶらよりましだった。
暗い通路に、三つの青い光が浮かんだ。
採掘ドローンは、人型ではなかった。低い車体に四本の脚。前方に削岩アーム。背中に鉱石用の箱。表面は傷だらけで、ところどころ装甲がはがれている。三機とも、レンの前で止まった。
中央の一機が、頭部らしきセンサーを上げた。
『採掘ドローン、管理者認証を要求しています』
「どうすればいい」
『右手を前に』
「噛まないよな」
『採掘ドローンに、噛みつく機構はありません』
「そういう問題じゃない」
レンは右手を出した。指先が少し震えている。ドローンのセンサーが青く光り、手のひらをなぞる。何も起きない。噛まれもしない。
ドローンが一斉に姿勢を下げた。
『認証完了。採掘ドローン三機、暫定管理者の指揮下に入ります』
「指揮下って言われてもな。採掘しろ、で通じるのか」
『作業指示を簡略化します。第一目標は船体修理資材の確保でよろしいですか』
「それでいい。量は必要最低限。余計に掘って崩れるな」
『指示を変換します』
ノアの声のあと、ドローン三機が通路の奥へ向きを変えた。ごん、ごん、と重い足音が遠ざかる。
レンはその背中を見送った。
「俺、鉱山の責任者になったのか」
『第一採掘群の暫定管理権限を取得しました』
「言い方を変えただけだな」
操作卓の地図が更新された。採掘地点。搬送経路。回収予定資材。船体修理への転用可能性。数字が並ぶ。今度の数字は、酸素残量よりはましだった。少なくとも、増える方向の数字だ。
だが、右端に別の表示が点滅していた。
[UNKNOWN RESPONSE]
――――――――――
軌道上より応答あり。
識別不能。
旧文明認証コードを含む。
信号強度:微弱
解析待機中
――――――――――
レンは動きを止めた。
「軌道上?」
『はい。この惑星の上空です』
「衛星か」
『可能性があります』
「それとも、別の船か」
『可能性があります』
「どっちだ」
『不明です』
レンはモニターを見た。青い地図の上、惑星の輪郭の外側に、小さな点がひとつだけ点滅している。今まで何もなかった場所だ。
採掘ラインを起こした信号を、上空の何かが受け取った。
船を直すために資材を探した。
その結果、地下の鉱山が起きた。
そして今度は、空が反応した。
レンはスパナを握り直した。手のひらにさっきの認証の赤い点が残っている。そこがじん、と痛んだ。
「ノア。あれは敵か」
『不明です』
「味方か」
『不明です』
「わかってることは」
『旧文明認証コードを含む信号です。こちらの採掘ライン起動に反応しました』
「つまり、こっちを見た」
ノアは一拍置いた。
『はい。上空の何かが、こちらを認識した可能性があります』
レンは天井を見上げた。そこには地下制御室の黒い天井しかない。だが、その向こうには岩盤があり、旧都市があり、有毒の雨が降る地表があり、さらにその上に、正体不明の何かがいる。
水は出た。資材も手に入りそうだ。
船は少しずつ直せるかもしれない。
だが、静かに直して帰るだけでは済まなくなってきた。
「採掘を続ける。船の修理資材を最優先。軌道上の信号は監視だけ。こっちからはまだ返すな」
『了解しました。採掘優先。軌道信号は受信監視に留めます』
「あと、帰り道を出してくれ。今日はもう、上も下もこれ以上起こしたくない」
『帰還ルートを表示します』
青い矢印が、通路の出口へ伸びた。
レンは工具箱を拾った。重い。だが、さっきより中身がある重さに感じた。
遠くで採掘ドローンの音が響いている。ごん、ごん、ぎいん。岩を削る音。搬送路が動く音。眠っていた地下が、また一段深く目を覚ました音だった。
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