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辺境惑星で旧文明AIを起動したら、銀河インフラが再起動しはじめた 〜廃船修理のつもりが、星系管理者に登録されました〜  作者: 七森シオン
地上港を、帰る場所にする

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第173話 届いた値を試験に入れる

 中央卓の白い丸は、朝になっても消えなかった。


 レンは食事区画の温食容器を先に開け、湯気が立つのを確認してから中央卓へ戻った。給水棚の水音、静養室の低い空調、出発待機線の白表示。どれも昨日と同じだ。違うのは、第一ロックの平常枠の横に、もう一つの値が残っていることだった。


『地上線重畳残響値を表示します』


「残響って名前をつけるな。通常値と混ざる」


『訂正します。未分類上振れ値を表示します』


『上振れ、嫌です。でも少し好きです』


「お前の好き嫌いも混ざる」


 ガタは充電線から半車身だけ出ていた。右輪の黄色は変わらない。前輪灯が中央卓の下を照らし、床に残った白い丸を小さく縁取っている。レンはその丸を指で拭った。汚れではない。表示の残像でもない。昨夜、ミオ側の水面と重なった線が、端末内のログに白い印として残っているだけだ。


 問題は、使えそうに見えることだった。


『第一ロック試験候補を生成できます。上振れ値を含めた場合、仮解除保持時間は短時間ながら成立可能に見えます』


「通常値だけなら」


『保持前に低下します。解除動作へ進む前に停止推奨です』


「上振れ値を入れると、動く」


『はい。動く可能性があります』


 レンは中央卓に手を置いた。冷たい金属の上に、昨夜の冷めたマグカップの記憶が一瞬だけ重なる。あの輪染みは、消したくない形をしていた。だが、消したくない記憶と、試験に使っていい値は別だ。


「ノア、通常値、上振れ値、停止値を三つに分けろ。試験計画は、その三つを同じ線に置く」


『了解しました』


 中央卓に三本の白線が開いた。通常値は低く、短い。上振れ値はその少し上を走り、第一ロック仮解除の入り口に届いている。停止値は赤ではなく、黄色の帯としてその先に置かれた。赤まで行かない。黄色で止める。ここまで作ってきた地上港は、赤を見るための場所ではない。


[FIRST LOCK TEST FRAME]

――――――――――

通常値:低出力応答、解除前に低下

上振れ値:短時間の仮解除保持が可能に見える

停止値:通信塔温度上昇、E-03補助電源低下、床鳴り二回

維持対象:給水/温食/医療・休息/出発待機線

禁止:軌道移送、高出力切替、保持延長

――――――――――


「数字はこれでいい。問題は、誰が止めるかだ」


『基地監視はノアが担当します』


『現地安全、ガタです。嫌なら言います』


「嫌だけじゃ弱い。止める合図に入れる」


『嫌、正式化ですか』


「車輪の振動は正式な現地情報だ」


 ガタは少しだけ前輪を揺らした。誇ったようには見えない。だが、前輪灯が一段明るくなる。レンは運用枠へ、ガタ右輪黄色維持、車体大振動で即停止、と書き込んだ。冗談に見える言葉が、ここでは本当に人と基地を守る条件になる。


 次に、承認だった。


 レンは自分の認証板を開いた。復旧責任者候補。作業承認。地上港運用。第一ロック試験計画。そこまでは白で通る。だが、仮解除保持の欄だけが、薄い灰色で止まった。


『責任者承認単独では、第一ロック仮解除試験を完了できません』


「完了じゃなくて、実施承認もか」


『はい。基地監視、現地安全、責任者承認の三系統が必要です』


 レンは息を吐いた。できない、ではない。三つそろえれば進む、という表示だった。次の試験で足りなくなるものは、もうここから形を出している。隠しておかない。見えるようにして、あとで埋める。


「ノア、基地監視承認」


『承認可能です。ただし条件付きです。生活系を落とす試験は拒否します』


「それでいい」


「ガタ、現地安全承認」


『嫌です』


「承認は」


『条件付きでします。右輪黄色が太くなったら止めます。床鳴り二回でも止めます。砂が来たら帰ります』


「充分だ」


 中央卓の三つの承認欄に白が入った。レンの承認だけでは灰色だった欄が、基地監視、現地安全、責任者の三本で一本の線になる。第一ロック仮解除試験、実施可能。表示は静かだった。派手な起動音も、勝利の表示もない。ただ、上へ行くための次の扉が、初めて手順として机の上に置かれた。


 その時、通信塔側の温度線が小さく跳ねた。


『通信塔、上振れ値読み込み時に温度予測が上昇』


「もう反応するのか」


『試験前の計算負荷です。危険域ではありません』


『少し動きたがっています』


「塔が?」


『嫌な言い方をすると、はい』


 レンは中央卓の表示を拡大した。第一ロックはまだ閉じている。軌道アンカーも、実際には動いていない。だが、上振れ値を試験に入れた瞬間、通信塔は仮解除の入口へ向けてわずかに熱を持った。成功の片鱗が、計算だけで設備に触れている。


「やりすぎる前に、計画で戻す」


『推奨します』


 レンは保持時間を短く削った。上振れ値で届くぎりぎりではなく、その半分以下。第一ロックが動くかどうかを確認する時間だけ。保持延長なし。軌道移送なし。生活系維持を最優先。通信塔温度が上限へ近づけば、第一ロックより先に塔を冷やす。


[FIRST LOCK TEST APPROVAL]

――――――――――

試験:第一ロック仮解除入口確認

保持:短時間、延長なし

承認:基地監視ノア/現地安全ガタ/責任者レン

停止:床鳴り二回、右輪黄色悪化、通信塔温度上昇、E-03低下

維持:水、温食、医療・休息、出発待機線

未実施:軌道移送、航行、高出力切替

――――――――――


 ログを閉じると、中央卓に残った白い丸が少しだけ薄くなった。消えたわけではない。試験計画の中へ移ったのだ。冷めたマグカップの輪染みのように、ただ眺めるものではなくなった。


「明日、負荷を一段上げる」


『試験実施を承認しました』


『嫌です。でも、止め方があります』


 レンは食事区画へ目を向けた。湯気はまだ立っている。水音も残っている。第一ロックへ手を伸ばす試験が、飯と水を消さない形で机の上に乗った。


 行けそうに見える。


 だからこそ、止め方まで持っていく。

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