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辺境惑星で旧文明AIを起動したら、銀河インフラが再起動しはじめた 〜廃船修理のつもりが、星系管理者に登録されました〜  作者: 七森シオン
地上港を、帰る場所にする

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CROSSOVER 7-Prelude / MIO 同じ空を支える線

 通信塔の残留冷却は、夜になっても低く鳴っていた。


 基地の食事区画には、まだ温食容器の熱が残っている。給水棚の水音は細く、静養室の白い表示も落ちていない。レンは中央卓の前に立ち、夕方のログをもう一度開いた。地上港一日運用。第一ロック低出力応答。未登録地上線の重畳。


『再確認しますか』


「追跡じゃない。残響だけ見る」


『残響確認として登録します』


『追跡じゃないなら、嫌が少なめです』


「少なめなら付き合え」


『少なめに付き合います』


 ガタは充電線に乗ったまま、前輪灯だけを中央卓へ向けていた。右輪の黄色は変わらない。レンはそれを確認してから、第一ロックの低出力応答ログを開く。高出力照会でも、受け入れでも、冷却でも、基地は落ちなかった。だから次に見るのは、落ちなかった基地の上に一瞬だけ重なったものだ。


[GROUND LINE RESIDUAL CHECK]

――――――――――

対象:第一ロック低出力応答後の未登録地上線

基地状態:給水/温食/休息/出発待機線を維持

通信塔:残留冷却

目的:追跡ではなく、残響確認

禁止:第一ロック解除、軌道移送、高出力切替

――――――――――


「解除はしない。高出力にも戻さない」


『はい。低出力残響だけを照会します』


 承認キーに指を置くと、冷えた金属の感触が手のひらへ伝わった。昼間より基地は静かだ。静かなぶん、床下の低い振動がよく分かる。通信塔から戻る細い線が、中央卓の端で白く明滅した。


『第一ロック、閉鎖保持。低出力残響を再取得』


「未登録線は」


『再出現します』


 中央卓の表示に、薄い線が重なった。


 E-03でも、保守棟でも、通信塔でもない。けれど、基点へ戻る形をしている。行った先で途切れず、足元へ戻る。線の途中に、水面のような丸が二つ浮いた。続いて、短い白い灯り。布の端が乾くような、柔らかい反応。


「南系統」


 表示を読む前に、言葉が出た。


『未登録語です。南系統、地上標識、帰り線に類似する断片を検出』


『水の線です。車輪、濡れません』


「ガタにも見えるのか」


『見えます。嫌ではありません。少し、あたたかいです』


 レンは中央卓に手をついた。画面の中の線は、基地の線より柔らかい。水と石と布の反応が、金属の端末の上で無理やり翻訳されている。知らないはずなのに、意味だけは入ってきた。荷が来る。人が戻る。白湯を受け取る。車輪の泥を落とす。村が止まらない。


「地上帰還網……か」


『類似語として登録します』


 白い線が一度、太くなった。


 その瞬間、基地の金属臭の中に、別の匂いが混じった。


 冷めたコーヒー。夜中の部屋。机の上に広がったノートパソコンの画面。飲み忘れたマグカップ。取っ手のところに欠けがあって、そこを親指で避ける癖。


 机には、丸い輪染みがあった。


 ミオはいつも画面を広げすぎた。タブも、資料も、地図も、見つけたものを全部横に並べて、結局マグカップの置き場をなくす。


『また広げてる』


 それは、自分の声だった。


 レンは息を止めた。


「……ミオ」


『MIO類似反応、上昇』


「類似じゃない」


『断定条件が不足しています』


「分かってる」


 分かっている。通信ではない。接続でもない。目の前にミオがいるわけでもない。だが、今のマグカップを、ただのノイズとは言えなかった。取っ手の欠けを知っている。輪染みの位置を覚えている。あの夜、広げすぎた画面の横で冷めていった飲み物を、レンは覚えている。


 中央卓の白線に、別の文字が混じった。


 そちらにも、地上に残る場所があるんですね。


 音ではない。字幕でもない。けれど、ミオの声として読めた。柔らかくて、少し息をのみながら、それでもまっすぐ確かめる声だった。


 レンは承認キーから指を離さなかった。離せば消える気がした。だが押し込めば、たぶん進みすぎる。床下の低音が一拍だけ太くなり、通信塔の白線が上限近くまで明るくなる。


『同期値、平常枠を超過。警告未満。通常運用可能値に見えます』


「見えるだけか」


『判定不能。地上線同士の重畳干渉の可能性があります』


『嫌が増えました。止める前の嫌です』


 ガタの声で、レンは手を引いた。


 低音が細くほどける。通信塔の線は残留冷却へ戻り、中央卓の白い丸も薄くなった。基地の給水棚、温食、休息、出発待機線は白のままだ。ガタの右輪も黄色から変わらない。


 線が消える寸前、レンは言った。


「上へ行くためじゃない。戻ってくるための線だ」


 届いたかどうかは分からない。


 だが、中央卓の端で、水面の丸が一度だけ揺れた。


[CROSSOVER 7 PRELUDE / REN]

――――――――――

成立:相手側地上線を確認

相手側:南系統、地上標識、帰り線断片

共有残響:冷めたマグカップ、机上の輪染み

受信語:そちらにも、地上に残る場所があるんですね

送出語:上へ行くためじゃない。戻ってくるための線だ

同期値:平常枠を一時的に上回る

通信:未成立、安定接続なし

――――――――――


 ノアは、ログを閉じなかった。


『注意項目を追加します。上振れ値を通常値として扱わないこと』


「通常値に見えるんだな」


『はい。第一ロック試験計画に使用可能な値として見えます』


「危ないな」


『危険です。ただし、試験条件の候補にもなります』


 レンは中央卓から手を離し、食事区画の方を見た。温食容器の蓋から、まだかすかに湯気が立っている。水音も残っている。向こうにも、白湯と豆と受け入れ場がある。自分がいるのは金属の基地で、向こうは石と水と布の村だ。それでも、どちらも同じことをしていた。


 上へ行く前に、帰れる場所を作っている。


「ノア。次の試験計画に入れる時は、通常値と上振れ値を分けろ」


『記録します』


『上振れ、嫌です。でも、少し好きです』


「どっちだ」


『嫌です。少し好きです』


 レンは小さく息を吐いた。笑いにはならない。だが、胸の詰まりは少しだけ緩んだ。


 冷めたマグカップの輪染み。


 基地の中央卓に残った白い丸。


 ミオの村の水面に浮いた丸。


 同じ空を支える線は、まだ細い。通信ではない。返事とも言い切れない。それでも、向こうがただ上を目指しているのではないことは分かった。戻る場所を残したまま、上へ行こうとしている。


 それなら、こちらも同じだ。


 レンは第一ロックの白い表示を見た。閉鎖保持。低出力応答。上振れ値あり。


 行けそうに見える。


 その見え方こそが、次に一番危ない。


「ログを残せ。消すな」


『記録しました』


 中央卓の端に、細い白線が一本だけ残った。水でも、金属でも、祈りでもない。だが、机の輪染みみたいに、消したくない形をしていた。

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