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辺境惑星で旧文明AIを起動したら、銀河インフラが再起動しはじめた 〜廃船修理のつもりが、星系管理者に登録されました〜  作者: 七森シオン
地上港を、帰る場所にする

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第162話 E-03からもう一度出る

 基地を出て最初に減ったのは、水ではなくガタの電池だった。


 外部扉からE-03へ向かう硬い砂地で、右輪の駆動表示だけが細く揺れている。昨日登録した迂回線は崩れていない。それでも、黄色の右輪を庇って左側へ駆動を寄せるたび、電池の残量帯はレンの予想より早く短くなった。


『右輪、黄色。振動は開始時と同等です』


「電池の減りは同等じゃない」


『左輪の駆動負担が増えています』


『急旋回よりは好きです』


「好みで電池は増えない。差を記録」


 レンは防塵外套の面体越しに、E-03の橙色灯を見た。今日はここで休むために来たのではない。通常巡回を一巡し、水、電池、外套フィルタが実際にどこまで減るかを測り、途中で交換して仕事を続けられるか確かめる。


 低い外壁の内側へ入ると、風が一段弱くなった。水循環の細い音と、予備電池を維持充電する低い唸りが重なる。レンは補給ケースを開け、出発前に基地で確認した表示と現物を突き合わせた。


 封のある水容器。外部作業用の密封フィルタ。固定枠で緑を返す予備電池。退避用の封止布と保温シートも、登録した位置にある。


「開始在庫、合ってる」


『基地側でも一致しています』


「まだ使わない。ここから保守棟、通信塔、戻って交換する」


『現在の携行分で可能です』


『本機も、戻るまでは可能です』


「戻った後が今日の仕事だ」


 補給ケースを閉じ、レンは水容器の封とフィルタ袋の帯を手首端末へ読ませた。個数だけでなく、持ち出せる状態かを開始値にする。箱に入っていても、設備で使用中の物や点検待ちは補給には使えない。前に一度間違えた数え方を、今度は現物から直した。


 E-03から保守棟へ向かう間に、風向きが変わった。


 横から来た砂が面体を叩き、外套の吸気音が高くなる。レンは首をすくめず、表示を胸元へ寄せた。フィルタの残りはまだ白いが、昨日の同じ区間より減りが速い。


『粉塵濃度、通常巡回の測定開始時より上昇』


「一巡分は平均で決めない。悪い方を使う」


『最低在庫が増えます』


「足りない日に戻されるよりましだ」


 保守棟では側面入口の退避灯と補助電源だけを通過確認した。階段を下りず、外部受電口の温度と、E-03へ向かう配電線の安定を見て先へ進む。今日は部品箱へ触れない。荷台も、水と限定工具を載せた開始状態のままにした。


 通信塔へ近づくと、塔身から落ちる粉塵の帯が昨日より太かった。ガタは経路線の風上へ半車身寄り、右輪を深い砂へ入れないよう低速で進む。左輪の駆動音が長く続き、電池表示がまた一段下がった。


『帰還先を基地へ変更する場合、現時点で通常帰還可能です』


「変更しない。E-03へ戻る」


『外套フィルタは、E-03到着時に交換域へ入る可能性があります』


「だから置いた」


 レンは通信塔の現地停止器へ手を当て、昨日交換した割りピンが抜けていないことを確かめた。押し板を一度沈める。塔側受電はすでに停止中だが、基地表示は現地操作を拾い、押し板も砂を噛まず元の高さへ戻った。


「確認完了。工具を閉じる」


『通常巡回の最遠点を通過しました』


『電池は帰れます』


「E-03までな」


 帰路へ入ってすぐ、風がもう一段強くなった。


 外套の吸気音が耳の近くで唸り、面体の下端へ白い曇りが残る。レンは歩幅を落とした。ガタも右輪を庇ったまま速度を下げる。急げば早く着くが、黄色の輪へ負荷を寄せれば、予備電池があっても車輪そのものが持たない。


 橙色灯が見えた時、外套フィルタの帯は交換域へ入っていた。携行水は予定より多く減り、ガタの電池も基地まで戻るだけなら足りるが、追加作業へ出せる残量ではない。


『E-03退避を推奨します』


「入る」


 低い外壁を越えた途端、面体を打つ砂音が鈍くなった。レンは補給ケースの前へ膝をつき、まず携行水の残りを計量部へ載せる。開始時との差は、基地で置いた見込みより大きかった。


「水は作業量じゃなく、面体の乾燥で増えた」


『本日の外気と粉塵条件では、基準見込みの約一・五倍です』


「細かい値はいらない。強風巡回は多い方で積む」


 レンはケースから水容器を取り出した。封を切ると、冷えた容器の表面が手袋へ張りつく。面体の飲水口へ接続し、最初の一口をゆっくり飲んだ。


 ぬるくなった携行水とは違う冷たさが喉を通った。乾いていた舌と首の奥がほどけ、外套の内側にこもっていた熱が少しだけ引く。残りを携行側へ移し、空になった容器には使用済みの橙札を付けた。


『水、補給完了』


「次、フィルタ」


 外套を止める前に、レンはE-03の局所送気口へ面体の補助管をつないだ。短い緑表示を確かめ、胸の固定環を外す。吸気が局所側へ切り替わると、唸っていたフィルタの回転が止まった。


 使用済みの筒を引き抜いた瞬間、襞の奥から灰色の粉がこぼれた。予想より片側へ偏って詰まっている。横風を受け続けたせいで、面体正面の表示より吸気抵抗が早く上がっていた。


「表示誤差じゃない。詰まり方が片寄ってる」


『外套は総抵抗から残量を推定していました。横風条件を補正へ追加します』


「交換域は今の実物を基準にする」


 密封袋を裂き、新しいフィルタを押し込む。固定環が二度鳴り、封止表示が白へ戻った。局所送気を外すと、吸気音は驚くほど低かった。


 レンは一度深く息を吸った。面体の内側から曇りが引き、胸を締めていた重さが消える。


『外套フィルタ、交換完了。吸気抵抗、開始時相当』


「ガタ、電池を替える」


『右輪は黄色のままです』


「直ったことにはしない。走れる時間だけ戻す」


 予備電池は固定枠の奥で緑を返していた。レンはガタを充電ステーションの横へ寄せ、右側へ荷重をかけないよう電池台を左から引き出す。使った電池は熱を持ち、取っ手越しにも温かい。接続を切ると車体の灯りが一瞬だけ細くなった。


『停止中です』


「落とすなよ」


『落とされる側です』


 レンは充電済み電池を台へ滑らせた。重い角が案内溝へ当たり、ご、と低い音がする。端子を奥まで押し、固定レバーを倒すと、ガタの前輪灯が白く戻った。


『充電状態、良好。右輪、黄色。急旋回禁止』


「そこは交換できてないからな」


『知っています』


 使い終えた電池を維持充電枠へつなぐ。すぐに緑にはならず、橙色の充電待ち表示が点いた。これで、棚の予備電池を一個減らしただけではない。満充電の一基を使い、戻した一基が次に使えるまで時間を要することも、基地側から見える。


「一巡で使った分をまとめて」


『強風条件の通常巡回一回。水は携行分を超過。外套フィルタ一個を交換。ガタ用の充電済み電池一基を使用しました』


「最低在庫は、三つが一緒に使えることだ。水だけ二回分あっても、電池がなければ出られない」


『水容器一つ、密封済み外套フィルタ一つ、直ちに使用可能な充電済み電池一基を一組とします』


「充電待ちは数えるな。点検待ちのフィルタもだ」


『了解しました。完全な一組を下回る前に補充警告を出します』


 基地側のE-03表示に、三つの白い枠が一つの帯で囲まれた。水、フィルタ、電池。どれか一つでも使用可能でなければ、帯全体が橙色になる。退避装備は別に残し、補給一組を使えなくても逃げ込む場所としては閉じない。


 レンは残る現物を数え直した。今回の交換後、次の一巡を一度だけ立て直せる一組が残っている。基地表示の帯は白から黄色へ変わり、その下に補充警告が出た。


『E-03補給在庫、最低域です。次回通常巡回前の補充を推奨します』


「不足じゃない。今はもう一度出られる。ただし、使ったら次がない」


『その条件で記録しました』


『本機は今、出られます』


 ガタが前輪灯を外壁の出口へ向けた。右輪の表示は黄色のまま変わらない。それでも、駆動音には電池低下時の細い揺れがなくなっていた。


 レンは立ち上がり、面体の封止と新しいフィルタの固定をもう一度押した。息を吸っても胸元のファンは唸らない。冷たい水が腹へ落ち着き、手の震えも止まっている。


 基地へ戻るだけなら、今日の巡回はここで終えられた。


「保守棟の外部受電口まで行く。配電の確認だけして戻る」


『補給後の追加巡回として記録します』


『急旋回なしなら行けます』


「行くぞ」


 E-03の外壁を出ると、砂がまた面体を叩いた。だが、さっきまで耳元に張りついていた吸気音は低く、視界の曇りも戻らない。ガタは左輪だけを無理に回さず、両輪の速度を抑えて登録経路へ入った。


 黄色の右輪は治っていない。風も弱くなっていない。


 それでも、勤務は続いた。


 保守棟の低い外壁が粉塵の向こうから現れた。レンは側面入口の前でガタを止め、荷台を開かずに外部受電口へ端末を当てる。E-03へ向かう配電は安定し、接点温度も通常域にある。退避灯を一度点灯させると、白い光が入口の段差を照らした。


『保守棟外部確認、完了』


「E-03補給後も、ここまで作業継続できた」


『基地へ実走結果を送信しました』


 レンは工具を一つも広げていなかった。部品棚にも、消耗品の箱にも触れない。今日確かめるのは、E-03で身体と装備を立て直したあと、引き返さず次の地点へ届き、必要な確認を終えられることだけだった。


 帰路で再びE-03の橙色灯が見えた時、外套フィルタの帯には十分な白が残っていた。ガタの電池も、基地までの帰還分と右輪の低速走行分を残している。レンは補給ケースを開けず、外から最低在庫の表示だけを確認した。


 黄色の帯と、基地側の補充警告は消えていない。


「警告は勤務を止めるためじゃない。次も同じことをするためだ」


『はい。今回の再出発は成立しています。次回開始前に補給一組を追加してください』


『電池は、充電完了後に一組へ戻ります』


「水とフィルタは戻らない。そこは基地から持ってくる」


 何をどれだけ運ぶか、空いた容器をどう戻すかは決めなかった。今日は、使った現物と、次に必要な不足だけを基地へ見せる。保守棟側の荷まで混ぜれば、一巡の基準がぼやける。


[E-03 RESUPPLY OPERATION]

――――――――――

通常巡回:強風条件で一巡実施

実使用:水/外套フィルタ/ガタ用電池

現地交換:三項目とも完了

最低在庫:使用可能な補給一組

基地警告:最低域到達時に表示

退避機能:補給在庫と分離して継続

再出発:保守棟外部確認まで完了

――――――――――


 基地の外部扉へ戻った時、運用図には通常巡回の線が一周分残っていた。その途中、E-03で線はいったん太くなり、そこで終わらず、もう一度保守棟まで伸びている。


 レンは除塵区画で面体を外した。交換したフィルタの吸気はまだ軽く、ガタの前輪灯も白い。右輪だけは黄色のまま、整備台へ上がるまで急旋回を求めなかった。


『E-03を、補給・退避・再出発可能な中継点として更新しました』


「途中で足りなくなっても、帰るしかない、ではなくなった」


 運用図のE-03には、次の補充を求める黄色い印がある。その印の先で、今日終えるはずだった外部勤務が、保守棟一地点分だけ長く続いていた。

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