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辺境惑星で旧文明AIを起動したら、銀河インフラが再起動しはじめた 〜廃船修理のつもりが、星系管理者に登録されました〜  作者: 七森シオン
地上港を、帰る場所にする

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第155話 E-03に灯りと水音を戻した

 保守棟下層の配電盤は、昨日と同じ低い唸りを保っていた。


 非常灯は橙色。吸気は低速。補助電源第三系統の温度表示にも急な上昇はない。レンは外套の手首を盤へ向け、基地側の監視値と現地計器が一致することを確かめた。


『差異は許容範囲です』


「停止索は」


『作動可能。基地側からの緊急停止も待機中です』


『帰路、明るいです』


 ガタは配電室の外で、階段へ前輪を向けていた。右輪の表示は黄色のままだが、昨日つけた固定板と沈下床の印を避けてここまで下りている。


 今日起こすのは、保守棟ではない。


 壁の端に赤い固定具で封じた外部送電口。その先で砂に埋もれながらE-03まで残っている、古い配電線だった。


「固定を外す前に、線を見る」


 レンは外部送電口の下部覆いを開けた。二本ある送り線のうち、通信塔側へ分岐する一本は遮断札が下がったままだ。もう一本がE-03へ続いている。


 端子の周囲には白い粉が薄く積もっていた。外套のフィルタ回転を一段上げ、吸引袋を端子台の下へ当てる。ブラシで払うのではなく、細い清掃棒で固まりを崩して吸わせた。


『粉塵流入、増加なし』


「絶縁から」


 測定端子を当てる。


 数値はすぐには止まらなかった。低い側で揺れ、ゆっくり上がる。完全な断線ではないが、どこかに電気を逃がす場所がある。


「漏れてる」


『旧配電線の長さを考慮すれば、低出力送電は可能です。ただし通常配分は推奨できません』


『砂の下です』


「見れば分かる」


『見えません』


「だから厄介なんだよ」


 レンは導通確認へ切り替えた。保守棟から短い試験信号を送り、E-03の受電端で返る反応をノアが拾う。


 一度目は返らない。


 二度目、端末の端に細い波形が出た。


『E-03受電端で試験信号を確認しました。線路は連続しています』


「遅れは?」


『大きいです。線路損失と、E-03側の待機負荷が残っています』


「待機負荷?」


『照明、充電ステーション、水処理補助。三系統とも起動待機状態です』


 E-03の設備は前からそこにあった。補給ケース脇の誘導灯。ガタを充電したステーション。貯水部へ残った水を濾過し、配管へ押し戻す補助ポンプ。


 これまでは現地の蓄電分で、必要なものを一つずつ短時間使っていた。外から電気が来れば、三つとも自分の順番だと思って立ち上がるらしい。


「受電した瞬間に全部来るのか」


『既定設定では、はい』


『嫌です』


「俺もだ」


 先にE-03側の起動を個別に切れればいい。だが、受電していない現地端末へ遠隔変更は届かない。最初の一回だけは、三つが一斉に電気を取りに来る。


 レンは外部送電口の横へ、手動遮断レバーから伸ばした停止索を通した。右手で送電を入れ、左手で即座に落とせる位置へ固定する。


「保守棟側の上限は、昨日の安定域を越えない」


『設定しました。上限接近で警告、超過で自動遮断します』


「自動より先に落とせるようにする。線の温度は」


『保守棟出口とE-03受電端を監視します。中間部は推定です』


「推定が跳ねたら止める」


『記録しました』


 ガタが半車身下がった。車輪を階段側へ向け、退避経路を塞がない位置で止まる。


『帰れます』


「よし」


 レンは赤い固定具を外した。


 外部送電口の表示が、停止から待機へ変わる。


「E-03へ低出力送電」


『開始します』


 レバーを上げた。


 配電盤の唸りが一段低くなる。床の下を、重い振動が遠ざかっていった。古い線の中へ電気が押し込まれ、砂の下をE-03へ走っていく。


『E-03受電』


 端末に三つの表示が同時に開いた。


 照明。


 充電。


 水処理補助。


 全部が黄色から緑へ向かい――その途中で、電流表示が上限へ跳ねた。


『過負荷』


 レンは停止索を引いた。


 遮断器が落ちた。


 ばつん、と配電室の空気まで叩く音がした。壁の表示が一斉に消え、すぐに保守棟内だけの非常灯が戻る。


 外部送電口は赤。


 E-03側の三表示は、どれも起動未完了の灰色になった。


「線は」


『保守棟出口、温度上昇は軽微。中間推定、許容内。E-03受電端、遮断を確認』


「焼損」


『ありません』


『止まりました』


「止めたんだよ」


 左手が痺れていた。前話で使った停止索より短く張った分、遮断の衝撃が直接腕へ返っている。それでも設備を焼くよりは安い。


 レンは盤へ手袋を当てた。熱はない。焦げた表示も出ていない。


 止める条件を決めた意味はあった。


「原因を分ける。三つの立ち上がりを重ねたままじゃ無理だ」


『最大起動負荷は充電ステーション。次いで水処理補助。照明は小さいですが、全列点灯設定です』


「最低限に落とす。照明は補給ケースと足元だけ」


『誘導灯一基、受電口灯二基へ限定できます』


「充電は予備電池一基を急速じゃなく維持充電。ほかは切る」


『低速維持へ変更します』


「水は、新しく作るな。貯水部に残ってる分を濾過して、凍結しない程度に回す」


『水処理補助を循環最低域へ設定。貯水量の増加処理は行いません』


 受電していないE-03へ、どう設定を渡すか。


 ノアは最初の送電で一瞬だけ開いた現地端末の記録領域へ、三つの起動条件を書き込んでいた。起動は失敗したが、停止前に最低設定を受け取る余裕だけはあったらしい。


『次回受電時、限定設定から開始します』


「勝手に通常へ戻る条件は?」


『ありません。現地承認か基地側解除まで最低配分を維持します』


「上限は三つの合計じゃなく、線路側で固定」


『設定しました。充電要求が増えても配分を上げません』


「水の詰まりでポンプが重くなったら」


『負荷上昇で水処理補助のみ停止。照明と維持充電を残します』


『私の予備電池は』


「遅い」


『どの程度』


「帰るまでにつないだ分が減らなければ合格」


『遅いです』


「知ってる」


 レンは停止索を握り直した。外套の面へ汗が薄く残り、給気音が近い。配電室に粉塵は舞っていないが、外へ出ればまた砂の中だ。フィルタ残量はまだ緑だった。


 契約の終点は、送ることではない。


 三つを同時に動かし、止められる範囲へ収めることだ。


「再送する」


『限定設定を確認。照明三基、低速維持充電一系統、貯水循環最低域。通信塔側分岐は遮断を維持しています』


「開始」


 レバーを上げた。


 振動が再び床の下へ走る。


 今度は、端末の表示が一つずつ開いた。


 最初に照明。


 E-03の補給ケース脇で、橙色の誘導灯が点いた。受電口の左右にも低い白灯が灯り、砂へ埋もれた外壁の形を基地側映像へ浮かび上がらせる。


 次に充電。


 ステーションの接続部が黄色く点滅し、低い作動音を返した。急速充電の高い唸りではない。小さな回転音が続き、接続された予備枠の残量表示が減少停止へ変わる。


 最後に水処理補助。


 一度、ポンプが咳き込むような音を立てた。


 レンの左手に力が入る。


『負荷、上昇』


 表示は停止線の手前で止まった。


 E-03の貯水部で、乾いた配管が二度鳴った。しばらくして、細い水音が基地の受信器へ届く。


 新しい水が湧いたわけではない。


 残っていた貯水が低速で濾過部を通り、凍結と沈殿を防ぐ循環路へ戻り始めた音だった。


『三負荷、同時稼働』


「線の温度」


『保守棟出口、安定。E-03受電端、上昇後に一定。中間推定、許容内です』


「補助電源は」


『低出力安定を維持。吸気、非常灯、基地監視に影響ありません』


 レンは停止索から手を離さなかった。


 一分。


 三分。


 照明は消えない。充電音は高くならない。水処理補助も、同じ細い水音を続けている。


 基地側の画面に、保守棟からE-03まで一本の給電線が白く固定された。そこから先、通信塔へ向かう分岐は灰色のままだ。


[E-03 AUXILIARY SUPPLY]

――――――――――

保守棟→E-03:低出力安定

初回過負荷:即時遮断済み

照明:限定点灯

充電:低速維持

水処理補助:最低循環

基地監視:接続

通信塔側:停止維持

――――――――――


「基地から落とせる?」


『確認試験を行いますか』


「全部は落とさない。水だけ」


『水処理補助を停止します』


 受信器の水音が消えた。照明と充電は残る。


『再開します』


 ポンプが短く鳴り、細い水音が戻った。負荷表示は上限へ近づかない。


「個別停止、再開。よし」


『E-03への補助給電を運用状態として登録します』


『充電、遅いです』


「でも減らない」


『減りません』


「じゃあ帰ってこられる」


 ガタの前輪灯が一度だけ揺れた。


 レンは外部送電口へ新しい札をつけた。通常配分禁止。最低設定固定。上限接近で遮断。通信塔側分岐は停止。


 保守棟下層の電源は、まだ強くない。E-03で使える灯りも三つだけだ。充電は遅く、水も既存の貯水を細く循環させているだけだった。


 それでも基地側の画面には、砂漠の中へ橙色の灯りが見える。


 その下で電池が減らず、水が流れている。


 補給物資を置いただけの中継点が、電気を受け取って自分の機能を保つ場所になった。


「次は通信塔側の線だ」


『E-03までの給電を維持したまま、分岐線を確認できます』


「今日は開けない、じゃない。開ける前に、ここを監視へ渡す」


『基地監視へ固定しました。異常時はE-03側を個別停止し、外部送電口を遮断します』


 レンはようやく停止索から手を離した。


 配電盤の向こうで、低い唸りが続いている。受信器の奥では、遠い充電音と水音が重なっていた。


 暗かったE-03は、もう地図の点ではない。


 保守棟から伸びた白い給電線の先で、三つの小さな機能が同時に生きていた。

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