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辺境惑星で旧文明AIを起動したら、銀河インフラが再起動しはじめた 〜廃船修理のつもりが、星系管理者に登録されました〜  作者: 七森シオン
地上港を、帰る場所にする

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第152話 通信塔から保守棟までの道を決めた

 作業台から伸びた二本の白線を、レンは一枚の地図へ重ねた。片方は基地外縁のE-03で止まり、もう片方は砂に埋もれた通路跡を越えて保守棟下層へ続いている。


 表示を重ねると、近い方が使いやすいとは限らないことが分かった。E-03までの距離は短い。だが、残っている蓄電量は通信塔を起こすには足りず、外部から受けた電力を別系統へ渡す機能だけが生きていた。


「E-03単独では電源にならない」


『はい。現状の蓄電量では、通信塔の冷却を先行起動した時点で下限へ達します』


「保守棟は?」


『下層補助電源の停止記録があります。出力は十分です。ただし基地からの直接配電路は二か所で断線しています』


 保守棟下層は電気を持っているかもしれないが、遠い。E-03は近いが、電気そのものを作れない。どちらか一方を選べば、足りない部分がそのまま残った。


 レンは地図を拡大し、通信塔と保守棟の間へ指を滑らせた。二本の候補線は途中で交わらない。だが、E-03の外部接続口からは、保守棟方面へ細い旧配電線が延びていた。


「これ、生きてる?」


『導通確認はできません。E-03側の接続記録では、保守棟下層から受電可能です』


『砂で切れていたら嫌です』


 ガタが地図の下で前輪を左右へ振った。作業台を支えていた時より動きは軽いが、右輪が向きを変えるたびに小さな擦過音を立てている。


「俺も嫌だ。だから、先にE-03を通る」


『遠回りです』


「帰り道が増える。E-03を中継にして、保守棟を電源にする。保守棟で何も起きなくても、E-03まで戻れば基地へ状態を返せる」


 ノアはすぐには答えず、二本の線を組み替えた。通信塔からE-03へ。E-03から保守棟下層へ。ばらばらだった候補表示が一本の折れた白線になり、各区間へ通信、退避、給電の札がつく。


『役割分離を推奨します。E-03を中継点、保守棟下層を電源元として登録します』


「停止条件も入れる。E-03との通信が切れたら進まない。帰還電池が下限へ入ったら戻る。保守棟の受電口が埋まっていたら、その場で掘り始めない」


『最後の条件は作業計画にありません』


「俺が始めそうだから入れる」


『記録しました』


 地図の白線が固定され、通信塔から保守棟までの経路名が入力待ちになった。レンは長い正式名を消し、三つの場所を矢印でつないだ。


[EXTERNAL POWER ROUTE]

――――――――――

起点:通信塔

中継点:E-03

電源元:保守棟下層

通信断:停止

帰還電池下限:反転

経路:登録済

――――――――――


「道は決まった。積む」


 倉庫の搬出棚には、外部作業用の箱がすでに三つ並んでいた。水、予備電池、交換フィルタ。どれも基地では不足していないが、砂の中で切れれば帰れなくなる。


 レンは水容器を持ち上げ、腰に重さが来る前にガタの荷台へ置いた。二本目へ手を伸ばすと、荷台の支持板が低く鳴った。


『多いです』


「何日分に見える?」


『レンが保守棟をその場で直し始めた場合、二日分です』


「今日は下見と電源確認だ」


『先ほど、掘り始めない条件を登録しました』


 一本を棚へ戻す。交換フィルタも箱ごとではなく、密封された二枚だけを抜いた。工具は端子確認用、砂除去用、遮断用に分け、修理一式は置いていく。荷を減らすたび、ガタの車体がわずかに持ち上がった。


「予備電池は?」


『一基で足ります』


『二基を希望します』


「理由」


『右輪の駆動抵抗が増えています』


 レンはしゃがみ、擦過音を立てていた車輪へ手を当てた。ガタがゆっくり回すと、同じ位置で指先に細い振動が返る。外周に亀裂はない。軸の覆いを外すと、淡い砂色の粉が封止材の縁へ噛んでいた。


「前の外作業の残りか」


『清掃後の走行試験では許容範囲でした』


「荷を積むと出る、と」


 細い刷毛で粉を落とし、封止材の浮きを押し戻す。軸へ一度だけ低速を入れると、擦過音は消えたが、右輪の表示には黄色が残った。


『走行可能です。段差で再発する可能性があります』


「二基積む。片方はガタ専用。使わず帰れたらE-03へ置く」


『それなら許容します』


 ガタの返事は短かった。レンは予備電池を左右へ分けて固定し、荷台を揺すった。水容器は鳴らず、フィルタの密封袋も工具箱の角に触れていない。


 最後に自分の外套の留め具を引いた。冷却管、呼吸フィルタ、手首端末。どれも緑を返す。基地内の安定した空気の中では、外套の内側にこもる熱の方が気になった。


『外部気温は基地内より低いです。風速は弱。粉塵濃度は変動しています』


「扉前でフィルタを回す」


 搬出棚を離れると、作業室の音が背後へ遠ざかった。研磨器も切削器も止まり、保護枠の中では三部材が一つにつながっている。レンは振り返らなかった。直す場所はもう作業台の上ではない。


 外部通路へ入る手前で、ガタの車輪が床の継ぎ目を越えた。右輪は鳴らない。荷台の固定具が一度だけ震え、予備電池の留め具が乾いた音を返した。


「ガタ、電池」


『本体、上限近く。予備二基、異常なし。右輪、いまは静かです』


「帰還経路」


『基地扉まで登録済み。E-03以降は、到達後に更新します』


『外部扉の開放条件を確認しました』


 ノアの声とともに、通路の照明が一本ずつ白から橙へ変わった。背後の内扉が閉まり、厚い金属が噛み合う振動が靴底から上がる。送風音が高くなり、外套のフィルタが同じ調子で回り始めた。


 正面の扉には、以前の外作業でついた砂の筋が残っていた。未発見の出口ではない。レンとガタが何度も戻り、そのたび基地の空気を守ってきた扉だった。


「開ける」


『外部経路を通信塔、E-03、保守棟下層の順で開始します』


 ロックが外れた。


 最初に入ってきたのは音だった。扉の向こうで砂が金属を擦り、低い風が通路の奥へ細く伸びる。続いて温度が落ちた。外套の表面が冷え、手袋の関節がわずかに硬くなる。


 扉が半分まで上がると、床へ薄い砂が流れ込んだ。基地の照明を受けた粒が白く光り、すぐに風で筋を変える。外は暗く、遠い設備の輪郭だけが砂煙の向こうへ沈んでいた。


 ガタが先に前輪を境目へ乗せた。平らな基地床から、波打った外部路面へ重さが移る。右輪が一度沈み、荷台の水が鈍く揺れた。


『段差です』


「知ってる」


『砂もあります』


「それも知ってる」


『では進めます』


 ガタは嫌だと言わなかった。低い駆動音を保ち、後輪まで扉の外へ出す。レンもその横へ足を置いた。


 靴底が砂へ数センチ沈んだ。基地内では感じなかった細かな粒が、体重を移すたび外套の足首を叩く。振り返れば、開いた扉の奥に明るい通路があり、その先に水も工具も寝台も残っている。


 戻る場所は消えていない。


 レンは手首端末を上げた。登録した白線は現在位置から外へ伸び、最初の曲がり角の先を指している。E-03の表示はまだ遠く、状態欄も未確認のままだった。


「通信塔からE-03。そこから保守棟下層」


『経路追従を開始します』


『右輪、正常。まだ』


「その報告は続けてくれ」


 背後で外部扉が閉まり始めた。金属音が風を押し返し、基地の明かりが細い帯になる。完全に閉じる直前、レンはその光を一度だけ見た。


 扉が接地し、砂が跳ねた。


 残ったのは、ガタの駆動音と、外套を擦る風と、暗い地面へ延びる一本の白線だった。レンは線の先へ足を出す。ガタの車輪が隣で砂を噛み、二人分の跡が基地から外へ続いていった。

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