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辺境惑星で旧文明AIを起動したら、銀河インフラが再起動しはじめた 〜廃船修理のつもりが、星系管理者に登録されました〜  作者: 七森シオン
地上港を、帰る場所にする

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第150話 焼けた一本をつなぎ直す

 中継板の表面を刷毛で撫でるたび、黒い粉が作業台へ落ちた。焦げた樹脂の匂いは、密閉容器から出して一晩置いても消えていない。


 レンは吸引口を板の縁へ寄せ、剥がれた粉だけを吸わせた。強く当てれば、生きている配線まで持っていかれる。薄い板の向こうでは、ガタが固定枠に前輪を押しつけ、作業台の振動を止めていた。


『右側、まだ揺れます』


「俺から見て右?」


 ガタが後輪を半回転させると、台の脚から低いきしみが返った。レンは工具を置き、板の向きを変えて印をつける。


『私から見て右です』


「先に言え」


 作業台の固定爪を締め直すと、板の震えが指先で分からない程度まで収まった。ガタの車体も動かなくなり、充電端子の音だけが一定に続く。


『固定しました』


「助かる」


 レンが指を離しても、中継板の端は拡大鏡の中央からずれなかった。固定枠の充電音も、同じ高さを保っている。


『段差がないので可能です』


「そこへ戻るのか」


 レンは拡大鏡を下ろした。中継板は手のひら二枚分ほどの大きさだが、中央から左上へ扇状に焼けている。表面の被膜は泡立ち、三本の配線が黒く途切れていた。その外側には、色の変わっていない細い線が何本も残っている。


「ノア。焼損範囲を出して」


『低電圧測定を開始します』


 測定端末から二本の細い針が伸びた。レンが一方を基準端子へ当て、もう一方を焼け跡の手前へ置くと、短い電子音が鳴る。表示は緑だった。


 針を次へずらしても緑を保つ。さらに一ミリ進めると、音が途切れて赤へ変わった。


「ここから死んでる」


『導通なし。絶縁抵抗は測定下限未満です』


 赤い点が板の上に記録される。レンは針を別の配線へ移し、同じように生きている端を探した。焦げの見た目より内側まで熱が入っている場所と、黒くても導通が残っている場所がある。


『外観より内側まで損傷しています』


「見た目だけで切ったら、生きてる方を捨ててたな」


 レンは赤と緑の境へ細いけがき線を引いた。金属を擦るかすかな音が続き、焼損範囲の輪郭が少しずつ閉じていく。


『三系統中、一系統は迂回可能です』


「残り二本は」


 端末の表示が二つ、灰色へ沈んだ。片方は焼損が端子の根元まで届き、もう片方は基板内部の層で途切れている。


『現部材では再接続できません』


「全部直る話じゃない、と」


 レンは補修片を中継板の上へ重ねた。昨日、いちばん手前へ置いた薄い金属板だ。幅は足りるが、そのままでは隣の配線へ触れる。使える一本だけを拾うには、指の爪より細く切る必要があった。


『一系統の回復でも、推定出力は上昇します』


「どこまで」


 補修片の輪郭に沿って、作業台へ白い加工線が出た。細い橋の形で焼損部を跨ぎ、両端だけが生きた配線へ重なる。


『一系統を戻せば、出力は一段上がります』


「まずは上がるかだけ見ればいい」


 白い加工線の横で、推定値が接合位置に合わせて揺れた。補修片の端がわずかに動くだけで、結果が変わる。


『接合抵抗が未確定です』


 レンは小型切断器へ補修片を挟んだ。刃を下ろすと、高い音とともに金属粉が透明な覆いへ飛ぶ。手元へ返る振動は細かいが、腕の疲れにはよく響いた。


 一度で線に合わせようとすると、刃先がわずかに外へ逃げた。レンは白線から傷が広がる前に指を離した。


「止める」


『切断器停止』


 回転音が落ち、刃が補修片から離れた。白線の外側に浅い傷が残っている。切り直せる範囲だが、そのまま進めば橋の中央が細くなりすぎる。


『手首の振動が前回より増えています』


「疲れてるのは知ってる」


 レンは右手を開閉し、指の付け根を左手で押した。痛みはあるが、感覚は鈍っていない。切断器の速度を下げ、補修片の向きを逆にすれば、逃げた刃を外側へ戻せる。


「速度を落とす。固定爪、もう一段」


『設定します』


 ガタが前輪を作業台へ押し当て直した。固定爪が金属片を噛み、台の内部で重い音が一度鳴る。


『振動、減りました』


「今度は俺から見ても右は動かない」


 レンは切断器の先を加工線へ戻し、刃と白線の隙間を拡大表示で確かめた。今度は台を押しても、線が左右へ逃げない。


『正確です』


「そこは褒めていい」


 切断器を再起動すると、今度は刃先が白線の外側をゆっくり進んだ。焦らず、止めず、橋の形を切り出す。最後の角が落ちると、細い補修片が固定台へ残った。


 レンはやすりで縁を整え、拡大鏡の下へ戻した。傷の入った側は切り落とせている。中央の幅も設計線を下回っていない。


『加工寸法、許容範囲内です』


「接合面を出す」


 中継板の被膜を細い刃で削ると、黒い表面の下から鈍い銅色が現れた。焦げていない側も必要な長さだけ露出させる。削りすぎれば、そこが次の断線点になる。


 レンは二つの接合面へ洗浄液を一滴ずつ落とした。焦げた匂いに、冷たい薬品臭が混じる。小型保守機が吸引口を近づけ、蒸気を細く吸っていった。


「仮置きする。まだ流すな」


『給電は遮断を維持しています』


 補修片を焼損部へ渡す。片端を押さえると反対側が浮き、反対側を押すと最初の端がずれた。薄すぎる部材は、軽いくせに言うことを聞かない。


『中央がわずかに浮いています』


「見えてる」


 レンはピンセットを持ち替え、補修片の中央へごく浅い曲げをつけた。もう一度置くと、今度は両端が接合面へ沿い、中央も板から離れない。


「ガタ、台を動かすなよ」


『動きません』


 車輪の駆動音が完全に止まった。充電端子まで待機へ入り、部屋に残るのは空調と吸引口の音だけになる。


 レンは接合器の先端を片側へ当てた。短く熱を入れる。白い煙が一本上がり、吸引口へ曲がる。温度表示が上限の手前で止まったのを見て、反対側も同じ時間だけ押さえた。


『接合温度、許容範囲内。周辺層の変形なし』


「冷えるまで触らない」


 工具を置くと、指先に残った熱だけが手袋越しにじわりと広がった。板の温度表示は橙から黄へ落ち、やがて白へ戻る。


「導通試験」


『低電圧測定を再開します』


 レンは基準端子へ針を当て、もう一方を補修片の手前へ置いた。緑の表示が点く。次に橋の中央へ移しても、同じ色を保った。焼損部を越えた先へ針を置くと、端末が一拍遅れて音を返した。


 緑だった。


「一本、戻った」


『一系統の再接続を確認しました』


 レンは息を吐き、針を外さずに接触抵抗の測定へ切り替えた。数値は安定せず、小さく上下している。成功と呼ぶには、まだ揺れが大きい。


「再現試験」


『はい』


 端末が測定電圧を落とし、再び流した。緑。繰り返しても導通は切れず、最後に抵抗値が少し上がっただけで、許容線の内側に止まる。


『すべて導通成立。接合抵抗、許容範囲内です』


「中継板を測定器へつなぐ」


 レンは板を固定爪から外し、簡易負荷器の端子へ差し込んだ。かちり、と小さなロック音がする。通信塔への給電線は灰色のまま、負荷器の内部だけが低く唸り始めた。


『低負荷から開始します』


「温度上限を先に」


 中継板の上へ三つの温度点が表示された。補修片の両端と、焼損部の中央。レンは非常停止へ指を置き、数値の上がり方を見る。


『上限設定完了。低負荷を開始します』


 低い音が続き、補修片の温度がゆっくり上がった。負荷を段階的に上げても、接合部の片側だけが少し高いだけで、差は広がらない。


「ここで止める」


『試験負荷を固定します』


 作業台の振動が一定になった。焦げた匂いは増えない。補修片の色も変わらず、接合部の温度は上限より十分に低い。


『一系統回復を通信塔推定へ反映します』


「実際の塔には流してないな」


 レンは灰色の給電線を指で確かめた。表示は遮断のままで、通信塔側から駆動音も返ってこない。


『はい。模擬負荷結果からの推定です』


 負荷器の横に、新しい白線が伸びた。昨日の位置から少しだけ右へ動き、必要線にはまだ遠い。それでも、元の位置には戻らなかった。


[COMMUNICATION TOWER REPAIR STEP 1]

――――――――――

対象:焼損中継板

生存回路:一系統特定

補修片接合:完了

導通試験:三回成立

模擬負荷:安定

通信塔推定出力:一・二七

次作業:導波材表面の再研磨

――――――――――


「一段は上がった」


『はい』


 レンは目盛りを指で押した。表示は動かず、上がった位置に固定されている。


「直ったのは一本だけだ」


『一本分、上昇しました』


 中継板には、まだ二本の死んだ配線が残っていた。黒い焼損も消えていない。新品とは呼べず、完全修理にもほど遠い。


「全部直るまで待ってたら、何も動かないな」


『使用可能な部分を組み合わせる方針を推奨します』


 レンは補修した一本へ白い識別線を引き、加工寸法と接合時間を端末へ記録した。次に同じ損傷が出ても、見た目だけで切らず、生存端を測ってから橋を作れる。


「この手順を標準にする。焼けた板は、死んだ場所だけ避ける」


『部分回復手順として登録しました』


 負荷器を待機へ落とすと、唸りが止まった。中継板は測定端子へ接続したまま残し、その隣には傷の入った導波材が横たわっている。レンは導波材へは触れず、研磨器だけを作業台の端へ寄せた。


「次は、こっちの傷だ」


『導波材の再研磨条件を準備します』


 作業台には、少し伸びた白い目盛りと、修復済みの中継板が残った。そのすぐ横で、細い傷が作業灯を鈍く反射していた。

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