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辺境惑星で旧文明AIを起動したら、銀河インフラが再起動しはじめた 〜廃船修理のつもりが、星系管理者に登録されました〜  作者: 七森シオン
地上港を、帰る場所にする

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第149話 基地が出発港になった

 基地へ戻る隔壁が開く前に、ガタの車輪から砂が落ちた。


 乾いた粒が床へ散る。次の瞬間、壁際から細い吸引音が走り、砂は白い溝へ吸い込まれていった。以前ならレンがフィルタを外し、詰まりを確かめ、床に膝をついて集めていた量だ。いまは隔壁が閉じるまでに跡も残らない。


『清掃速度が上がっています』


「お前の感想がそこなのか」


 ガタは前輪を小さく左右へ振った。溝の吸引音が追いかけ、タイヤの溝に残った砂までさらっていく。


『車輪に砂を残したまま充電区画へ入ると、軸受けに入ります』


「正しいけど、帰って最初に言うことじゃない」


 レンは隔壁脇の手すりへ工具箱を一度置き、肩に食い込んだ革帯を引き直した。隔壁が背後で閉じ、外の低い振動が切れる。


『では、帰還できてよかったです』


「言い直されると腹立つな」


 ガタは返事をせず、床に新しく引かれた黄色い線へ車輪を載せた。線の先には、低い固定枠と充電端子がある。以前は資材箱を二つどけて場所を作っていたが、いまはガタの車幅に合わせた待機場所として空いていた。


 固定枠が左右から軽く車輪を挟む。端子が接続され、低い充電音が始まった。


『ここはよいです』


「素直だな」


 固定枠が一段だけ沈み、ガタの車体を水平に合わせた。床との継ぎ目を越える衝撃はなく、充電音も乱れない。


『段差がありません』


「そこが評価基準か」


 ガタは車輪を一度だけ空転させ、固定枠の内側へ収め直した。


『重要です』


 レンは工具箱を持ち上げた。腕が重い。低地で補強リングと大型構造材を見続けたせいで、いつもの箱が小さく感じる。


 だが重量は変わっていない。肩へ掛かる革帯は、いつも通り痛かった。


 居住区画へ続く通路では、壁面パネルの割れが灰色の補修材で埋められていた。継ぎ目は残っている。新品ではない。直した場所が分かる直し方だった。


 空調音も低い。耳を澄ませなければ聞こえない程度に安定している。水処理ラインの脈動が壁越しに響かず、床の振動も減っていた。レンは歩きながら、壁へ手袋の背を当てた。


「ノア。循環系、止めてないよな」


『停止していません。流量は増加、振動は低下しています』


 レンは壁へ当てた手を少しずらした。掌に返るのは、規則正しい微振動だけだった。


「静かになると疑う癖がついた」


『正常な警戒です』


 配管の奥で弁が一度鳴り、すぐに静まった。レンは眉を寄せたまま手を離す。


「褒めてないだろ」


『評価していません』


 寝台区画の扉を開けると、薄い寝具が張り直されていた。枕らしいものまである。指で押すと、沈んだ形がゆっくり戻る。柔らかすぎず、硬すぎない。


 その横では、水筒が満たされ、食料合成器の受け皿に包装済みの補給食が三つ並んでいた。色は相変わらず灰色に近い。だが、以前の作業者支援ジェルよりは噛める形をしている。


「食料、増えた?」


『連続外部作業二回分を自動準備しました』


 レンが包装を押すと、中身はジェルのようには逃げず、乾いた塊の手応えを返した。


「休ませる気は」


『睡眠区画も自動準備済みです』


 寝台側で空調口が開き、温度の違う風が足元を撫でた。枕の表面がわずかに膨らみ、使用待機表示へ変わる。


「両方用意すれば文句ないと思ってるな」


『選択肢は増えています』


 レンは補給食を一つ持ち上げ、また戻した。いま食べれば、そのまま寝られる。水もある。洗浄ブースも、表示上は温水まで使えるらしい。


 以前なら、帰還したあとの仕事が残っていた。工具の泥を落とし、空の水筒を交換し、次に持ち出せる電池を探す。使えるフィルタがどれか、一個ずつ端末へ当てて確かめる。


 それだけで次の出発は半日ずれた。いまは違う。休めば、起きてすぐ出られる。


「便利になったな」


『はい』


 水筒の充填表示が消え、食料合成器の受け皿が静かに閉じた。寝台と補給食の両方が、レンの選択を待っている。


「嫌になるくらい」


『便利さと嫌悪感に相関はありません』


 レンは補給食から指を離し、代わりに工具箱の革帯を握った。疲れた掌には、柔らかい寝具よりそちらの方が馴染んだ。


「俺にはある」


 工具箱を棚へ置くと、棚側の表示が点いた。使用済み工具、清掃待ち、再充電待ち。レンが分ける前に分類され、隣の小型保守機が一本ずつ回収していく。


 空いた作業台の中央には、何もなかった。


 何もない作業台を見て、レンは立ち止まった。散らかっていないからではない。次の作業を置ける場所が、もう空いている。


「ノア。復旧艦の骨格図、ここで出せるか」


『表示可能です』


 レンは作業台に残っていた細かな粉を手袋で払い、表示面を空けた。


「候補図だけだぞ」


『星系復旧艦規格、候補骨格図を再表示します』


 作業台の上に白い線が立ち上がった。


 低地の壁を埋めていた図より小さい。だが、形は同じだった。長い中央骨格と、複数の収容区画が白線で組まれている。


 月面工廠へ伸びる製造線と、地下都市側の縦軸も残っていた。そして、骨格の外側には細い輪が離れて浮かんでいる。


 レンは輪を指した。


「これが軌道アンカーか」


『候補規格上は、軌道移送系統の固定点です』


 レンの指先に合わせ、細い輪だけが明るくなった。輪の内側には、現在値を示す表示が何もない。


「動いてる?」


『状態不明です』


 白い輪は回らず、点滅もしなかった。停止しているのか、表示できないだけなのかも判別できない。


「位置は」


『最終登録値のみ保持。現在位置、姿勢、損傷状態は未取得です』


 輪の横へ古い座標が一瞬出たが、文字列は灰色のままだった。レンが触れると、現在値なしの警告へ戻る。


「月面工廠経由で聞けないのか」


『微弱接続では規格照合が上限です。軌道アンカー状態照会には、地上通信塔からの指向照会を推奨します』


 骨格図の輪から細い線が下へ伸びた。月面ではなく、地下都市の上方を通り、基地の通信塔へ重なる。


 戻ったばかりなのに、線はもう外へ出ていた。


「照会だけなら、今の塔で届くか」


『不足します』


「どれくらい」


 ノアはすぐには答えなかった。骨格図が縮み、通信塔の断面へ切り替わる。焼けた箇所が三つ、橙色に点いた。


 表示名は、中継板、導波材、給電端子。その先に、現在出力を示す細い白線がある。


 白線の上へ、もう一本の目盛りが出た。


[ORBITAL ANCHOR QUERY CONDITION]

――――――――――

現在通信塔出力:通常

必要指向出力:三倍強

対象:軌道アンカー状態照会

照会結果:位置/姿勢/第一ロック状態

――――――――――


「遠いな」


『はい』


 レンは現在値から必要線までを指でなぞった。細かな数字を追わなくても、今の塔を少し直すだけでは届かない距離だと分かる。


 レンは作業台へ両手をついた。硬い天板から、整備機構の細かな振動が伝わる。必要線まで出力を上げるにしても、焼けた配線へ電気を増やせば、照会より先に塔が煙を返す。


「塔を丸ごと交換は」


『交換用通信塔はありません』


 レンは通信塔断面を二本の指で広げた。外装の内側まで焼損表示が伸び、交換単位にできるまとまりは見当たらない。


「だと思った。使えるところだけ直す場合は」


『中継板の部分導通回復、導波材の再研磨、給電端子の再加工が必要です』


 三つの橙色表示が順に明滅した。レンは工具棚へ目をやり、研磨器と端子加工具の位置を確かめる。


「それで必要線まで届く?」


『修復部材のみでは未確定です。段階測定を推奨します』


 レンは作業台の端を指で二度叩いた。一度で全部流せば、どこで焼けたかも分からなくなる。


「最初から一気に上げない」


『はい。各段階で温度、反射損失、絶縁状態を確認します』


 通信塔断面の横に三本の測定欄が開いた。どれか一つが上限を越えれば、給電線が赤へ変わる表示だった。


「止める条件も先に決める」


『推奨します』


 レンは骨格図を見た。星系復旧艦はまだ線だけだ。軌道アンカーは位置さえ分からない。


 なのに、次に触るべき焼け跡は基地から手の届く通信塔の中にある。巨大な話が、また焦げた板一枚まで小さくなった。それなら、まだ工具を当てられる。


「必要部材、基地にあるか」


『照合します』


 倉庫側で短い駆動音がした。レンが振り返るより先に、床の搬送溝が白く光る。奥の棚が動き、細長い容器が一つ、低い台車へ載せられた。


 台車は無人のまま通路を曲がってきた。以前なら、倉庫端末で番号を探し、棚の固着を外し、暗い列の間から手で運んだ場所だ。いまはレンの前で止まり、固定爪を開いた。


 容器の蓋を外す。中には、薄い中継板補修片、研磨前の導波材、端子用合金棒、絶縁材、温度計、簡易負荷器が順番に収まっていた。古いものもある。


 端子用合金棒には曇りがあり、絶縁材の端は硬くなっている。新品ではないが、使えるかを確かめるところから始められる。


『通信塔修復部材一式です』


「一式って言うには寄せ集めだな」


 レンは合金棒を容器の縁で転がした。曇った表面が擦れ、乾いた金属音が一度鳴る。


『必要機能は満たす可能性があります』


「その言い方なら信用できる」


 レンは中継板補修片を持ち上げた。軽い。角を指で弾くと、澄んだ音のあとにわずかな濁りが残る。


 次に導波材を光へ透かすと、細い傷が見えた。研磨は必要だ。給電端子用の合金棒は削り代が十分にある。


 手を動かす順番が見える。中継板を部分修復し、そこで一度測る。導波材を研磨し、もう一度測る。


 最後に端子を作り直す。そこまで進めれば、足りない分が何かを出せる。


 レンは部材を容器から取り出し、作業台へ左から順に並べた。工具棚から絶縁手袋と測定端末も出す。小型保守機が清掃を終えたドライバを戻し、その隣へ予備電池を置いた。


 帰還してから、まだ食事も睡眠も取っていない。それでも、次の作業はもう始められる形になっていた。


「ノア。通信塔の実作業は次だ」


『了解。現時点では部材確認と作業順序の固定まで実施します』


 レンは負荷器の主電源が切れていることを確かめ、給電ケーブルを作業台の奥へ押しやった。


「塔へ給電しない。出力も上げない」


『通信塔出力は一・〇〇を維持します』


 端末上の給電線が灰色へ戻った。橙色の焼損表示だけが残り、塔側には何の駆動音も起きない。


「軌道アンカーへも送らない」


『照会は未実施です』


 境界を一つずつ確認してから、レンは作業台の端末へ手を置いた。部材の識別が始まり、並べた順に白い枠がつく。


 中継板補修片、導波材、端子用合金、絶縁材、負荷器。次に必要なものが、全部ここにある。


[GROUND DEPARTURE PORT]

――――――――――

基地生活系:安定

帰還後整備:自動実行

外部作業補給:二回分準備

軌道アンカー照会出力:未達

修復対象:中継板/導波材/給電端子

通信塔修復部材:作業台へ展開済み

次作業:焼損中継板の部分修復

――――――――――


「出発港」


『はい。基地機能を、長距離外部作業の反復起点として更新しました』


 搬送台車が空の容器を載せ、倉庫へ戻り始めた。代わりに作業台には修復部材だけが順序よく残る。


「勝手に港にするな」


『呼称は変更可能です』


 レンは中継板補修片を指先で回し、焼損断面へ当てる向きを確かめた。薄い金属が作業灯を鈍く返す。


「機能の話だ」


『機能はすでに更新されています』


 レンは言い返さず、空だった作業台を見た。


 帰って休むだけの場所なら、ここには寝台と水があればよかった。だが、いまは帰った時点で工具が整い、補給がそろい、次の目的地へ届くための部材まで出てくる。


 基地は、戻る場所のまま、出る場所になっていた。


 レンは焼けた中継板に合わせる補修片を、作業台のいちばん手前へ置いた。

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