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辺境惑星で旧文明AIを起動したら、銀河インフラが再起動しはじめた 〜廃船修理のつもりが、星系管理者に登録されました〜  作者: 七森シオン
沈黙圏の外へ

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第143話 月面工廠応答

 白点は、消えなかった。


 昇降塔の端末に残った小さな応答光は、弱いまま明滅を続けている。低地の底からは空が見えない。厚い外殻と崩れた構造体、その上に有毒大気がある。さらにその上に月がある。距離を考えるだけで面倒になる。


 なのに、返事は来ている。


 レンは端末の前から動けなかった。


「ノア。応答強度は」

『微弱。低下せず』

「それは良いのか悪いのか」

『通信維持としては良好です』

「こっちの気持ちとしては悪い寄り」

『気持ちは評価対象外です』

「評価して」


 M-7-03が塔の根元を回り、端末下の粉を吸っている。さっきから同じ場所を何度も掃除しているように見えるが、実際には端末周りの細い溝を開けているらしい。白い粉が消えるたび、塔の側面の通信線が少しだけ安定する。


 小さい保守機が足元を片づけ、地下都市の塔が月と通信している。


 状況の落差がひどい。


 塔の上端で、通信柱がまた細く伸びた。今度は一本ではない。中心の線の周囲に、薄い輪が二つ浮かぶ。輪はすぐに消えたが、ノア・ガタの表示は反応した。


――――――――――

[LUNAR SHIPYARD RESPONSE]


月面工廠:微弱応答

受信確認:完了

地下都市要求:受信

星系復旧規格:照合待機

建造準備層:休眠解除前

――――――――――


「星系復旧規格」

『はい』

「昇降塔の部品の話だったよな」

『地下都市側要求は、昇降塔第二段補強材および大型構造材の設計照合です』

「それがなんで星系復旧規格になる」

『月面工廠側が、地下都市要求を上位規格で受理しました』

「受理するな。小さく受け取れ」


 塔の端末が低く鳴った。信号が戻ってくる。行きよりも細い。だが、細い線が端末に触れた瞬間、低地の表示が増えた。第七保守ライン、採掘ライン、精製炉。各所のログが、レンの視界端に小さく開く。


 全部、月からの返事を見ている。


 レンは顔をしかめた。


「ノア。これ、各設備に勝手に配ってないよな」

『月面工廠応答は、昇降塔第一段を経由して工業層、採掘ライン、精製炉へ共有されています』

「配ってる」

『はい』

「なんで」

『上位設計照合のためです』

「返事の回覧板かよ」


 M-7-03が足元で一度明滅した。登録待機。たぶん、今もそれだ。いや、違うかもしれない。レンはもう少しだけ分かってきた。こいつは何かが起きると、確認したがる。


 低地の奥で、精製炉が短く鳴った。


 熱が来る。


 強くはない。だが、塔の根元まで温度が戻ってきた。第七保守ラインの方では、保守機群の音が増えた。採掘ラインは低く唸り、素材カプセルの流れが一瞬だけ速くなる。


「ノア」

『はい』

「月から返事が来ただけで、なんでこっちが動く」

『上位規格の受信準備です』

「準備だけで動くな」

『旧文明施設は準備段階から最適化します』

「その文化、嫌い」


 塔の端末に、月面工廠からの情報が一行ずつ降りてくる。最初は読めなかった。古い文字、圧縮された記号、ノア・ガタの翻訳が重なり、何度か乱れてから日本語に落ちる。


――――――――――

[UPPER DESIGN HEADER]


照合対象:地下都市昇降塔

適用候補:星系復旧規格

要求区分:地上側補修

上位処理:保留

不足:工廠側覚醒深度

――――――――――


「保留って出てる」

『はい。月面工廠は深い休眠状態です』

「じゃあ大丈夫?」

『完全照合は未開始です』

「よし」

『ただし、受信確認により建造準備層が浅い休眠へ移行しました』

「よくない」


 レンは端末から手を離した。離しても、表示は消えない。塔の側面に白い文字が残り、通信柱の先端が細く震えている。低地の底に立つ塔が、月面の古い工場を少しだけ起こした。そういうことらしい。


 少しだけ。


 最近、その言葉が信用できない。


「建造準備層って何」

『月面工廠内で、復旧艦建造の前段準備を行う層です』

「復旧艦」

『はい』

「出たな、艦」

『現時点では建造開始ではありません』

「現時点では」

『はい』


 レンは笑いそうになって、やめた。笑える話ではない。地下都市の補強材から、月面工廠の建造準備層まで来た。部品を交換しただけで、話が月に飛んでいる。


 飛びすぎだ。


 物理的にも。


 塔の端末に、細い図面が浮いた。最初は昇降塔第二段の補強リングに見えた。だが、その外側に、別の規格線が出る。リングの外へ伸びる太い骨格。まだ断片だ。全体像ではない。だが、第七保守ラインで見た大型構造材の輪郭より、ずっと大きい。


「ノア。今、何見せられてる」

『上位規格の断片です』

「昇降塔の?」

『昇降塔補強材と互換する、星系復旧艦補助フレームの断片です』

「互換しなくていい」


――――――――――

[FRAME COMPATIBILITY NOTICE]


昇降塔補強材:上位互換確認

大型構造材:復旧艦補助フレーム規格と一致

精製炉処理:補正可能

工業層生成:限定対応

月面工廠:本処理保留

――――――――――


「補強材を作ろうとしたら、艦の骨組みに合うってこと?」

『はい』

「なんで合う」

『地下都市側昇降塔は、星系復旧規格の地上側支援構造と推定』

「長い」

『昇降塔は、上位施設と接続する前提です』

「短くしたら怖くなった」


 低地の空気がまた上へ流れた。通信柱の周りだけ、霧が細く巻く。塔の側面のスリットは白く、足元の端末には月面工廠の受信確認が残っている。レンは見えない月を想像した。荒れた表面。眠った工場。そこに、今、小さな灯りが点いたのかもしれない。


 余計な想像をした。


 だいたい当たるから嫌だ。


「ノア。月面側の映像は取れる?」

『不可。応答は受信確認のみです』

「それでいい。映像まで来たら怖い」

『次回応答で、低解像度診断を要求可能です』

「要求しない」

『保留します』


 保留という言葉が増えていく。保留なら安全、ではない。保留は、あとで来る。地下都市はそういう場所だ。止まっていたものが、必要になった瞬間、古い順番を思い出す。


 M-7-03がレンの足元から塔の端末へ移動し、白い点で表示を見上げた。小さな機械にも、月から来た返事が分かるのだろうか。レンは少しだけ屈んだ。


「お前、分かる?」

『保守機M-7-03は、受信情報を保持できません』

「じゃあ見てるだけか」

『はい』

「俺と同じだな」


 M-7-03が一度だけ明滅した。


 塔の端末が、最後にもう一度鳴った。上から降りてきた白点が細くなり、やがて端末の中央へ収まる。通信柱は消えない。ただ、さっきより弱くなった。常時接続ではない。呼べば返る。今はその程度らしい。


 その程度で十分だ。


 十分すぎる。


――――――――――

[LUNAR LINK STATUS]


月面工廠:受信確認済

通信状態:微弱維持

建造準備層:浅休眠

上位設計:断片受信

本照合:未開始

次回応答:可能

――――――――――


「次回応答、可能」

『はい』

「可能って出すな。呼びたくなるだろ」

『呼びますか』

「呼ばない」

『了解』


 レンはケースを開き、通信安定化部品の残り表示を確認した。部品は交換済み。塔は安定。第七保守ラインも動いている。採掘ラインは低出力。精製炉は処理中。月面工廠は返事だけ。


 返事だけ、というには重すぎる。


「ノア。第七保守ラインに戻って、大型材の生成を止める」

『上位規格の断片受信により、停止ではなく保留が推奨されます』

「また保留」

『生成を中断すると、素材の劣化が発生します』

「保留なら?」

『大型構造材の仮成形まで進みます』

「止めるより進むじゃん」

『はい』


 レンは目を閉じた。


 止めると劣化する。保留すると進む。進むと、次が出る。分かっている。ここはそういう施設だ。


 それでも、通信部品は戻った。塔は安定した。月面から返事も来た。進んでいる。進みすぎているが、進んでいる。


「仮成形だけだ」

『了解』

「仮、だけ」

『大型構造材、仮成形準備へ移行します』

「だから言い方がもう本決まりなんだよ」


 塔の端末下で、M-7-03が掃除を止めた。


 低地の奥から、第七保守ラインの搬送台が動く音が聞こえた。続いて、精製炉が短く鳴る。塔の側面に残っていた細い白線が、床へ下り、レンの足元を通って、来た道の奥へ走っていく。


「動いたな」

『はい。仮成形準備が開始されました』

「仮って言ったよな」

『はい。仮です』

「今の音、仮にしては重いぞ」


 精製炉が、もう一度だけ低く鳴った。

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