第141話 精製炉の大型規格
第七保守ラインへ戻ると、部屋の音が変わっていた。
さっきまでは、起きたばかりの機械が自分の手足を確かめているような音だった。いまは違う。搬送台の下を素材カプセルが流れ、壁の生成槽が細かく震え、天井のアームが何本も低い位置で待機している。保守機群は床の溝と壁の配管を行き来し、粉塵を吸い、焼けた外装を削り、使える線と使えない線を分けていた。
レンは入口で足を止めた。第七保守ラインは、もう眠っている部屋ではない。低出力でも、働く場所になっている。
「ノア。素材、届いてる?」
『搬入開始。高耐熱導材原料、白磁複合材原料、各三単位』
「単位が分からん」
『通信安定化部品の再生成には足ります』
「それだけ分かればいい」
M-7-03がレンの横を抜け、搬送台の前で止まった。白い点が一度明滅する。登録していないのに、もう自分の持ち場を分かっているみたいだった。
「お前、やっぱり名前いるな」
『登録しますか』
「今はしない」
『登録待機』
「待機が長い」
搬送台の上には、割れた通信安定化部品が残っている。その横に、新しく届いた素材カプセルが三本並んでいた。透明な外殻の中で、白灰色の粉と黒い粒がそれぞれ分離している。小さい。こんな小さな素材から、塔の通信部品が作れるらしい。
レンが搬送台の端に手を置くと、部品の図面が再表示された。今度は赤い不足表示が少ない。足りている。ようやく、ちゃんと作れる。
――――――――――
[PART REGENERATION READY]
対象:通信安定化部品
素材:到着
生成ライン:低出力
再生成:可能
所要時間:短
――――――――――
「よし。じゃあ作って」
『再生成を開始します』
天井のアームが下りた。割れた部品をつまみ、形を読み取り、壁の生成槽へ情報を送る。生成槽のひとつが白く光った。素材カプセルが開き、粉と粒が細い管へ吸い込まれていく。レンは少しだけ肩の力を抜いた。これで通信部品が戻る。昇降塔第一段も安定する。第七保守ラインを起こした意味がある。
生成槽の光が、途中で強くなった。
「強くない?」
『生成補正が入りました』
「補正」
『素材特性が標準規格と不一致。上位規格を参照しています』
「上位規格、やめよう」
ノア・ガタは答えない。生成槽の横に、新しい表示が走った。部品図面の横に、別の骨格線が重なる。通信安定化部品より、ずっと太い。輪郭だけなのに、明らかに大きい。生成槽がもう一つ点き、さらに奥の槽も続いて光った。
「ノア。部品一個だよな」
『要求は通信安定化部品です』
「今、壁三つ光ってる」
『補正処理中です』
「補正の規模がおかしい」
表示が切り替わった。
――――――――――
[MATERIAL REFINERY UPDATE]
要求:通信安定化部品
素材特性:上位規格適合
参照設計:昇降塔補強材
補正候補:大型構造材
警告:要求規模不一致
――――――――――
「要求規模不一致って、そっちがやってるんだろ」
『素材特性が大型構造材に適しています』
「適してても作るな」
『通信安定化部品のみでは、昇降塔第二段の保持強度が不足します』
「いま第二段は頼んでない」
『第一段通信を安定させた場合、第二段起動準備に移行します』
「勝手に次の工程を予約するな」
生成槽の光は止まらない。通信安定化部品の形が一度組み上がり、その周囲に別のリング状部材の設計が浮かんでいる。白い線が重なり、部品から補強材へ、補強材からさらに太い構造材へ広がっていく。レンは手を伸ばして停止表示を探した。
「止める」
『停止可能です』
「珍しく素直だな」
『停止した場合、通信安定化部品の生成も中断します』
「ずるい」
『仕様です』
レンは手を止めた。
停止すれば、ようやく作れるはずだった部品も止まる。部品がなければ、昇降塔第一段の通信は不安定なままだ。塔が半端に鳴り続け、工業層も低出力のままふらつく。低地維持系統も細い。止める理由はある。止めない理由もある。後者の方が、いまは重い。
「通信部品だけ作れないのか」
『可能ですが、生成効率が低下し、耐久が不足します』
「どれくらい不足」
『推定寿命、三日』
「短い」
『大型規格を参照した場合、推定寿命は二百七十日以上』
「差がありすぎる」
レンは生成槽を見た。光の中で、細い部品が形を持ち始めている。その周囲に、リング状の大型材が輪郭だけ浮かぶ。まだ実体化していない。だが、ラインはもうそれを作る気でいる。
M-7-03が搬送台の端で動いた。小さな腕を伸ばし、素材カプセルの残量を確認する。白い点がレンを見た。
「お前も作れって顔してる?」
『保守機に表情はありません』
「でも、今のは作れって顔だった」
『登録しますか』
「名前の話じゃない」
生成槽が短く鳴った。
通信安定化部品が完成した。白い筒状の部品。割れた古い部品より、表面が滑らかで、内側に細い黒線が走っている。天井アームがそれを搬送台へ置く。レンは手に取った。軽い。だが、古い部品より芯がある。これは使える。見ただけで分かった。
そこで終わればよかった。
終わらなかった。
生成槽の奥が、さらに開いた。残った素材が別の管へ吸い込まれ、壁の二つ目の槽が起動する。低出力のはずなのに、部屋の温度が一段上がった。床の溝を白い光が流れ、搬送台の奥に、さっきのリング状部材の線が浮かぶ。
「ノア」
『はい』
「終わってない」
『補強材生成へ移行しました』
「移行するな」
『停止しますか』
「停止したら?」
『昇降塔第二段の起動準備が遅延します』
「だから第二段は頼んでない」
『第一段安定化により、第二段準備が可能になりました』
「可能になったら即やる文化、やめろ」
壁面に新しいログが開いた。
――――――――――
[STRUCTURAL MATERIAL GENERATION]
通信安定化部品:生成完了
昇降塔補強材:生成開始
大型構造材:候補展開
素材残量:不足見込み
精製炉:追加処理要求
――――――――――
「精製炉が追加処理要求」
『はい』
「素材足りないんだろ?」
『不足見込みです』
「見込みで呼ぶな」
『不足してからでは遅延します』
「できるAIみたいなこと言うな」
ノア・ガタは返事をしなかった。できるAIであることは否定しないらしい。
レンは完成した通信安定化部品をケースへ入れ、搬送台の横に腰を下ろした。少しだけ疲れた。低地維持系統、昇降塔第一段、工業層、第七保守ライン、採掘ライン、安全弁、精製炉。名前が増えすぎている。しかも、どれも名前だけならまだよかった。
実際に鳴る。
動く。
素材まで流してくる。
「ノア。精製炉って、どれくらいの設備」
『採掘素材の純度調整、合金化、構造材成形の前段処理を行う設備です』
「大きさ」
『第七保守ラインより大きいです』
「どれくらい」
『低地外縁区画三つ分』
「小さい単語で頼むって言ったよな」
『低地外縁区画三つ分です』
「二回言うな」
部屋の奥で、搬送レールがまた動いた。採掘ラインから追加の素材カプセルが流れてくる。さっきより多い。一本、二本、三本。第七保守ラインへ向かうものと、精製炉へ向かうものに分かれる。分岐の先で、赤かった線が黄色に変わった。
『精製炉、低出力処理を開始しました』
レンは顔を上げた。
「開始したの?」
『追加処理要求に対し、採掘ラインが素材を送出。精製炉が受領しました』
「俺、許可した?」
『明示許可は未確認です』
「未確認で始めるな」
『連鎖復旧規定に基づく自動処理です』
「その規定、俺に厳しい」
床下の振動が変わった。
第七保守ラインの振動より低い。採掘ラインよりも遠い。だが、奥で巨大な炉が息を吸ったような音がした。熱が搬送路の向こうから戻ってくる。白い線が一度だけ太くなり、生成槽の表示が更新された。
――――――――――
[REFINERY LOW OUTPUT]
精製炉:低出力処理開始
高耐熱導材:純度上昇
白磁複合材:結合準備
大型構造材:生成可能性上昇
上位設計照合:保留
――――――――――
「上位設計照合、保留」
『はい』
「保留のままにしろ」
『昇降塔第二段起動時に照合が必要です』
「また第二段」
『はい』
レンは天井を見た。ここからは見えないが、低地の中央には昇降塔が一段せり上がっている。その塔は第二段を待っている。第二段には補強材が必要。補強材には精製炉が必要。精製炉は上位設計を見たがっている。
低地を歩く話ではなくなっている。
地下都市が、自分の上へ伸びるための準備をしている。
「ノア」
『はい』
「これ、俺が部品を作りに来ただけって言ったら信じる?」
『事実としては、通信安定化部品の再生成が主目的です』
「事実は助かる」
『結果として、昇降塔補強材および大型構造材の生成準備が進行しています』
「結果が助からない」
M-7-03がレンのケースを見た。通信安定化部品が入っている。レンはケースを閉め、立ち上がった。
「まず部品を戻す。塔を安定させる。大型材は後」
『大型構造材の生成準備は継続します』
「後」
『了解。優先順位を通信安定化部品へ戻します』
「最初からそうして」
生成槽の光が少し落ちた。完全には消えない。補強材の輪郭も壁面に残っている。待っている。いまは作らないが、もう知ってしまったものとして、そこに残っている。
レンは第七保守ラインを出た。保守機群が通路を片づけ、素材カプセルが奥へ流れ、遠くで精製炉が低く鳴っている。低地の空気が、また少し変わっていた。
悪い変化ではない。
悪くないから、余計に困る。
「ノア。塔に戻る」
『了解』
「戻ったら、通信部品を交換。それだけ」
『それだけで済む可能性は低いです』
「言うな」
搬送路の先で、昇降塔第一段の白い灯りが見えた。
その灯りは、さっきより明るかった。
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