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辺境惑星で旧文明AIを起動したら、銀河インフラが再起動しはじめた 〜廃船修理のつもりが、星系管理者に登録されました〜  作者: 七森シオン
沈黙圏の外へ

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第140話 採掘ライン安全弁

 第七保守ラインの奥にある搬送路は、低かった。人が歩けないほどではないが、天井が近い。左右の壁には細い溝が何本も走り、その奥を白い線が流れている。床の中央には幅の狭い搬送レールがあり、昨日までなら完全に埋もれていたはずの場所を、保守機M-7-03が先に進んで粉を吸い込んでいた。


 レンはその後ろを歩いた。工具箱が壁に当たらないよう、肩を少し斜めにする。背後では第七保守ラインが低く鳴っている。さらに向こうでは昇降塔第一段が鳴っている。音が増えた。低地に来た時は、死んだ施設の中を歩いている感じだった。いまは、寝起きの巨大な生き物の中にいる感じがする。


「ノア。採掘ラインまであとどれくらい」

『搬送路終端まで三十六メートル。右側に安全弁室があります』

「安全弁室」

『採掘ラインの圧力と搬送負荷を制御する小区画です』

「小区画って言ったな」

『はい』

「ほんとに小さいんだな」

『相対的には』

「その相対は要らない」


 M-7-03が止まった。白い点が左右に揺れる。そこから先は、搬送路の床が少し沈んでいた。崩落ではない。長く止まっていたレールが、熱で歪んだような形だ。保守機は細い腕を伸ばし、床の端を叩いた。こん、と軽い音が返る。


『搬送レール、歪みあり。通行可能』

「お前、もう普通に役に立つな」

『保守機です』

「名前、ミナナでいいか」

『登録しますか』

「まだ待て」


 レンは歪んだレールをまたぎ、奥へ進んだ。搬送路の終端に、丸い扉があった。高さは腰ほど。扉というより、配管の大きな蓋だ。中央に古い圧力計があり、針は下限で止まっている。右側に手動弁。左側に焼けた制御箱。


 安全弁室。


 小区画と言えば小区画だ。だが、壁の向こうから低い空洞音が聞こえる。扉の向こうに、もっと大きなものがある。


「これ開けるの?」

『安全弁室の点検には開放が必要です』

「開けたら採掘ラインが起きる?」

『安全弁復帰のみでは起動しません』

「のみでは」

『搬送路ロック解除と初期電源接続を併用した場合、低出力起動します』

「全部やる流れじゃん」


 レンは手動弁に手をかけた。固い。だが第七保守ラインの隔壁よりは軽い。二回、三回と回すと、扉の内側で圧が抜ける音がした。白い霧ではない。乾いた粉が細く漏れる。M-7-03が即座に横へ回り込み、吸い込み始めた。


「掃除早いな」

『粉塵濃度上昇を検出。保守機が処理しています』

「名前つけたら愛着湧きそうで嫌だな」

『登録しますか』

「まだだって」


 扉を開けると、中は本当に小さかった。人が二人入ればいっぱいになるくらいの空間。中央に円筒形の安全弁があり、床から天井へ太い管が抜けている。管の周りには白い結晶のような固着物がついていた。弁の表示は赤い。完全閉鎖ではない。半端に閉じ、半端に詰まっている。


 レンは安全弁にライトを当てた。


「詰まり?」

『高耐熱鉱材の粉末が固着しています』

「欲しい素材が、詰まってるのか」

『はい』

「嫌な偶然」

『採掘ライン停止時の逆流が原因と推定』

「それは偶然じゃなくて事故だな」


 作業は単純だった。固着物を削る。弁の隙間を出す。焼けた制御箱から生きている線を引き、手動弁に仮接続する。安全弁を完全に開ける必要はない。低出力で素材搬入を始めるだけなら、三割開けば足りる。


 ノア・ガタが弁の横に薄い表示を出した。


――――――――――

[MINING SAFETY VALVE]


安全弁:半閉鎖

固着:高耐熱鉱材粉末

手動復帰:可能

推奨開度:三十パーセント

搬送路ロック:未解除

――――――――――


「三十パーセントだけな」

『はい』

「三十一にするなよ」

『物理弁です。誤差はあります』

「先に逃げ道を作るな」


 レンは固着物を削った。白灰色の粉が落ちる。M-7-03がすぐ吸う。細い腕で床の粉を集め、腹の下へ吸い込んでいく。地味だが助かる。レンは削る。拭く。弁の根元へ工具を差し込み、少しだけ回す。ぎし、と音がした。動いた。


 安全弁の赤い表示が、黄色へ変わる。


「三十?」

『二十八パーセント』

「惜しい」

『許容範囲』

「俺の手作業、意外と優秀では」

『保守機の粉塵除去が有効でした』

「そこは俺を褒めろ」


 M-7-03の白い点が一度だけ明滅した。笑ったわけではない。たぶん。


 レンは制御箱の焼けたカバーを外した。中はひどい。半分は黒くなり、残った線も古い。だが、一本だけ白く残っている線があった。第七保守ラインから伸びてきた初期電源と繋げる場所だ。


「ノア。ここに繋ぐ」

『接続先、正しいです。出力を制限してください』

「分かってる。低出力、低出力」


 線を繋いだ瞬間、壁の向こうで何かが鳴った。


 遠い。


 だが、大きい。


 採掘ラインの奥で、眠っていたものが寝返りを打ったような音だった。安全弁室の管が震える。床の搬送レールにも白い線が走る。M-7-03が三歩下がり、脚を広げて固定した。


「まだロック解除してないよな」

『初期電源接続により、採掘ライン待機系が復帰しました』

「待機の音じゃない」


 安全弁室の外で、搬送路の照明が奥へ奥へ点いていく。暗かった道の先に、広い空間の輪郭が浮かぶ。壁の向こうだけではない。床下、天井、左右の配管。全部が細く震えた。


 ノア・ガタの表示が切り替わる。


――――――――――

[MINING LINE STANDBY]


安全弁:二十八パーセント復帰

初期電源:接続

搬送路:待機

採掘機群:低出力待機

素材搬入:未開始

必要:搬送路ロック解除

――――――――――


「採掘機群って出た」

『はい』

「群って何台から群なの」

『現在検出、二十四基』

「多いな」

『低地外縁としては少数です』

「それ絶対言わなくていい」


 レンは安全弁室を出た。搬送路の右壁に、ロック解除用のレバーが出ている。さっきまでは埋もれていたはずだ。白い線がそこへ集まっている。触れば、動く。見ただけで分かる。


 レンはレバーの前に立った。


「これを倒せば素材が来る」

『はい。高耐熱導材および白磁複合材の原料搬入が開始されます』

「採掘機群は」

『低出力で稼働します』

「低出力って、十二パーセントとか?」

『採掘ライン初期稼働は八パーセントです』

「低い」

『安全です』

「十二であれだったからな」


 レンはレバーを倒した。


 搬送路が動いた。


 床の中央レールが、低く唸る。奥で重いロックが外れる音が連続した。ひとつ、ふたつ、みっつ。そこで終わらない。さらに奥、壁の向こう、低地の外縁方向へ音が伸びていく。まるで、見えない巨大な背骨に沿って、関節が順に目を覚ましているみたいだった。


 採掘機群が起動した。


 壁の向こうで、低い回転音が増える。二十四基。ノア・ガタがそう言った数字が、音になる。重なり、低地全体へ広がる。床が震え、天井の粉が落ちた。M-7-03が忙しそうに動き回る。


「八パーセント」

『はい』

「八パーセントの音じゃない」

『採掘機は大型です』

「先に言え」


 搬送レールの奥から、最初の素材カプセルが流れてきた。小さな筒だ。思ったより小さい。透明な外殻の中に、白灰色の粉と黒い粒が分かれて入っている。それが一つ。二つ。三つ。ゆっくりだが、確実に流れてくる。


 素材搬入が始まった。


 レンは胸の奥で、少しだけ息をついた。これで通信安定化部品を作れる。昇降塔第一段を安定させられる。低地維持系統も強くなる。良いことだ。良いことのはずだ。


 その直後、搬送路の奥で、さらに大きな灯りが点いた。


「今度は何」

『採掘ライン、搬入先を照合中』

「第七保守ラインだろ」

『第七保守ラインに加え、精製炉が応答しました』

「精製炉」

『採掘素材の純度を上げ、構造材へ変換する設備です』

「また増えた」


 ログが出る。


――――――――――

[MINING LINE PARTIAL START]


安全弁:復帰

搬送路:開通

採掘機群:低出力起動

素材搬入:開始

精製炉:待機解除

地下都市振動:許容範囲

――――――――――


「精製炉、待機解除」

『はい』

「解除するとは言ってない」

『採掘素材搬入に対する自動応答です』

「自動応答、多すぎないか」

『旧文明施設は連鎖復旧を前提としています』

「俺は前提に入ってない」


 搬送路の素材カプセルは増えていく。第七保守ラインへ向かうものと、別の奥へ流れていくものに分かれ始めた。床の白い線が二股になる。片方は来た道。もう片方は、さらに奥の精製炉へ。


 レンはその分岐を見た。


 また道が増えた。


 だが、今度は嫌なだけではない。採掘ラインが動いた。素材が来た。保守ラインは部品を作れる。昇降塔は安定する。地下都市は少しずつ、ただ起きるだけではなく、自分を直し始めている。


 大きすぎる。


 けれど、進んでいる。


「ノア。第七保守ラインに素材は届く?」

『はい。通信安定化部品の再生成が可能になります』

「なら、まず戻る。精製炉は後」

『精製炉は待機解除済みです』

「後」

『了解』


 M-7-03がレンの横で一度明滅した。素材カプセルを追いかけたいのか、レンについてきたいのか分からない。結局、レンの後ろに回った。


「お前、来るのか」

『随伴継続』

「ミナナで登録しそうになるから、やめてほしい」

『登録しますか』

「しない。まだ」


 搬送路を戻る途中、背後で採掘ラインが鳴り続けていた。八パーセント。たった八パーセントの起動で、低地の空気が変わっている。壁の奥を流れる音。床を伝う振動。遠くで目を覚ました精製炉の待機音。


 レンは肩越しに振り返った。


 低地外縁は、もう眠っていない。


 安全弁を少し戻しただけで、採掘ラインが起きた。採掘ラインが起きたせいで、精製炉が返事をした。


 次に何が出るかは分からない。


 分からないが、だいたい大きい。


「ノア」

『はい』

「次にログが出る時、できれば小さい単語で頼む」

『小型表示に切り替えますか』

「そういう意味じゃない」


 ノア・ガタは、やはり答えなかった。


 搬送路の奥で、素材カプセルがまた一つ、白く光った。

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