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辺境惑星で旧文明AIを起動したら、銀河インフラが再起動しはじめた 〜廃船修理のつもりが、星系管理者に登録されました〜  作者: 七森シオン
沈黙圏の外へ

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第137話 昇降塔第一段

 E-04遮断点の低地側は、昨日までとは別の場所みたいに静かだった。壁面の赤い警告灯は落ち、床下を走っていた不安定な振動も、いまは細く一定のリズムになっている。完全に直ったわけではない。だが、足を置くたびに沈むような感覚は消えていた。


 レンは低地の縁にしゃがみ、床の白い線を見た。E-04遮断点を迂回したあと、線は床下へ消えている。消えた先で、低地維持系統に繋がっている。ノア・ガタはそれをそう呼んだ。低地維持系統。言葉だけなら地味だ。けれど、昨日までは崩れかけた通路で、今日は足元が生きている。


「ノア。状態は」

『E-04遮断点、部分解除。低地側維持系統、仮復帰。酸素濃度、安定範囲。床下圧、許容値』

「許容値って言葉、ちょっと怖いんだけど」

『問題ありません』

「問題ない時ほど、あとで何か出るんだよな」

『経験則ですか』

「最近の実績」


 ノア・ガタは返事をしなかった。レンは工具を腰に戻し、低地の中央を見た。霧はまだ薄く残っている。だが、視界は昨日より広い。向こうの壁まで見える。足元も、低い段差ではなく、広い床面として見えるようになっていた。


 ここは通路ではない。広場でもない。機械を置くには広い。人が集まるには無機質すぎる。床には円形の継ぎ目があり、その周りを白い線が三重に囲んでいる。昨日は土と粉で半分隠れていた。今日は維持系統が戻ったせいか、輪郭がはっきりしている。


「この丸、何だろうな」

『未分類です』

「珍しい」

『低地側データベース、破損率四十七パーセント。現在復元中』


 円形の床を避けて歩いたつもりだった。だが、足を置いた瞬間、床下で、こん、と音がした。金属ではない。石でもない。もっと厚いものが、内側から一度だけ叩かれた音だった。


「今の、俺?」

『接触圧、軽微』

「じゃあ何」

『床下圧、変動』

「崩れる?」

『逆です』


 答えを聞く前に、床が鳴った。ごん、と低く、重い音。円形の継ぎ目に沿って白い線が走り、三重の輪が順に灯り、床の粉が細かく跳ねた。レンは反射的に後ろへ下がる。ノア・ガタの小型投影が肩の横に浮き、青白い表示が一気に増えた。


『低地維持系統、再配分開始』

「止めろ」

『停止権限がありません』

「はい出た」


 円形の床が持ち上がった。沈むのではなかった。下から、押し上げてくる。古い外装が割れ、継ぎ目に詰まっていた粉が噴き上がる。低地の床そのものが、中央からゆっくりと上がっていく。塔だ。円形の塔。地面に埋まっていた太い筒が、長い眠りから起きるみたいに、一段分だけせり上がってくる。


 塔の外装は灰白色。ところどころ黒く焼け、亀裂も走っている。けれど、崩れてはいない。せり上がるにつれて、側面に細い窓のようなスリットが現れ、その奥で白い灯りが一つ、また一つと点いた。霧が割れた。低地の空気が動く。足元から吹き上がる風に、レンの上着の裾がばたついた。


「……ノア」

『はい』

「俺、通路を直しただけだよな」

『低地維持系統の仮復帰作業です』

「それでなんで塔が出る」

『結果として、昇降塔第一段が復帰しました』

「結果がでかい」


 塔は、レンの背丈の何倍もあるところで止まった。全部ではない。たぶん、ほんの一段だけだ。上部はまだ床下に埋まっているのか、途中で切れたような形をしている。だが、その一段だけでも十分だった。低地の景色が変わっていた。昨日まで床だと思っていた場所から、巨大な構造物が生えている。


 ノア・ガタの表示が塔の側面へ走る。


『未分類構造、照合完了』


――――――――――

[UNDERCITY LIFT COLUMN]


E-04遮断点:部分解除

低地維持系統:復帰

昇降塔:第一段上昇

工業層通信:微弱接続

上層経路:未開放

――――――――――


「昇降塔」

『地下都市内の垂直移送構造です』

「いまさら縦移動を出すなよ。こっちは低地を横に歩いてたんだぞ」

『横方向の探索により、垂直系統が復帰しました』

「言い方」


 レンは塔へ近づいた。側面には取っ手も扉もない。代わりに、低い位置に縦長の溝がある。そこだけ外装が割れ、内部の端子が見えていた。接続口だ。明らかに、何かを繋ぐための場所だった。端子の周りには古い粉がこびりついている。焦げている箇所が二つ。生きている端子が三つ。真ん中の一本は折れている。


『接続推奨。塔内部に工業層通信端末あり』

「工業層?」

『地下都市の保守材、補強材、交換部品を生成する系統です』

「今度は工場か」

『工場ではありません。工業層です』

「スケールを上げるな」


 レンは空を見た。いや、空は見えない。ここは低地の底だ。上には崩れた外縁と灰色の大気があるだけだ。けれど、塔が出たせいで、視線が上へ引っ張られる。昨日まで、低地は下へ沈む場所だった。いまは違う。ここから上へ行くものがある。それだけで、気分が変わる。悪くない。悪くないが、嫌な予感もする。


「生きるために必要?」

『長期維持には必要です』


 その言い方はずるい。レンはケーブルを端子に差した。瞬間、塔の側面を白い線が走った。一本ではない。縦に三本、横に二本。外装の下で眠っていた回路が、薄く発光する。塔の内部から、低い駆動音が響いた。


 低地の奥で、別の灯りが点く。まだ遠い。だが、明らかにこの塔と繋がっている。低地の壁面、崩れた設備の裏、閉じていた隔壁の向こう。何箇所かで、白い点が目を覚ました。


『工業層通信、微弱接続』

「微弱でこれかよ」

『第一段接続のみです』

「第一段でこれかよ」


 接続口の下に、また別の表示が出る。古い文字と、ノアの翻訳が重なった。


――――――――――

[LIFT COLUMN INTERFACE]


内部端末:起動準備

工業層通信:微弱

保守材生成系:待機

昇降塔第二段:素材不足

推奨:内部端末確認

――――――――――


「第二段ってあるんだ」

『昇降塔構造ですので』

「じゃあ今出たのは」

『第一段です』

「塔が一段せり上がっただけ」

『はい』


 レンは塔を見上げた。一段だけで、低地の景色は変わった。では二段目が出たら。三段目があるなら。この塔は、どこまで伸びる。地下都市の底から、地表へ。地表から、空へ。そこまで考えて、レンは首を振った。


「考えすぎだな」

『不明です』

「そこは考えすぎって言え」

『現在、否定材料がありません』

「嫌な返事をするな」


 遠くで、低地の壁がまた一つ鳴った。ごく小さく。だが、たしかに。塔が起きたことで、地下都市のどこかが返事をしている。レンは工具を握り直した。


 帰るために直していたはずだった。いまは、とりあえず低地を安定させるために直している。酸素、水、熱、通路。生きるためのものを、一つずつ戻しているだけだ。そのはずなのに、足元から塔が出た。しかも、その塔は工業層へ繋がっている。さらに第二段がある。


「ノア」

『はい』

「これ、俺が起こしたことになってる?」

『はい』

「聞かなきゃよかった」


 塔の側面で、細い扉のような線が光った。扉ではない。まだ開かない。ただ、内部端末の位置だけを知らせる白い線だ。レンはその前に立った。低地はもう、ただの低地ではなかった。E-04遮断点の向こうで沈んでいた場所は、地下都市の縦軸を隠していた。通路を直しただけで、都市が一段、上へ動いた。


「内部端末を見る。変なものが起きそうなら、先に言え」

『了解しました』

「起きたあとに説明するなよ」

『努力します』

「努力じゃなくて確約して」


 ノア・ガタは答えなかった。


 塔の内側で、もう一度、低い駆動音が鳴った。

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