第135話 外縁走行帯
低段差だと思っていたものは、段差ではなかった。
B-2の下部中継が吐き出した地形断片を、ノアがつなぎ直した。E-04遮断点の側面に、斜めの帯が現れる。崩れた外装材。沈んだ配管。砂に埋もれた支持フレーム。それらがばらばらに転がっているのではなく、外周へ向かって一方向に倒れている。
道ではない。
だが、走れる形をしていた。
[E-04-B ROUTE REBUILD]
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旧判定:低段差/崩落物帯端部
再判定:外縁走行帯
構成:外装材/支持フレーム/埋没配管
傾斜:外周方向へ連続
徒歩:非推奨
車輪走行:条件付き可能
推奨:速度維持/制御補正通過
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「徒歩非推奨?」
『はい。足で拾う地形ではありません』
「じゃあ、車輪で抜ける場所か」
『はい。低速で拾うと沈みます。一定速度で荷重を逃がす方が通過可能性は高いです』
『車輪カバー二枚』
「そこは合ってたんだな」
『はい』
『当然です』
ガタの返事は早かった。
整備室の入口に、左右の車輪カバーが並んでいる。昨日までの予備だの補助だのという話ではない。ノアの再解析では、それが外縁走行帯を抜けるための主装備になっていた。
レンは中央卓に両手をついた。
E-03から浅い沈降帯を越え、B-2を抜け、E-04の側面へ。白い線は途中で細く曲がるのではなく、外周へ向かって大きく弧を描いていた。B-2の視界では断片にしか見えなかったものが、地図上でつながる。遮断点を正面から破るのではない。外側へ回り込み、崩れた構造物の斜面を使って抜ける。
画面の縮尺が変わった。
「E-04-Bじゃなくて、外縁走行帯だな」
『名称を変更しますか』
「変更」
『登録名を、E-04外縁走行帯に更新します』
[ROUTE REGISTER]
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名称:E-04外縁走行帯
起点:B-2基部外周
到達:E-04側面低地
推奨走行:車輪制御補正あり
徒歩誘導:不可
制限:走行帯内停止不可
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「止まると沈む?」
『はい』
「つまり、行くなら抜ける」
『はい』
「分かりやすい」
レンは笑った。
怖さはある。だが、ちまちまと足場を拾うより、ずっと分かりやすい。進むなら抜ける。止まれば沈む。B-2が示した線は、慎重に踏む道ではなく、走って抜ける帯だった。
ガタが車輪カバーを装着する。
片側ではない。左右二枚。固定バンドは後部ラックではなく、車体下部のブレ止めに回す。ノアが重心補正を出し、ガタが自分で車輪角度を合わせる。整備室の床に、短い走行テストの軌跡が残った。
[GA-TA RUN CONFIG]
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車輪カバー:左右装着
固定バンド:車体下部補正
荷物:最小
走行制御:ノア補正
推奨:外縁走行帯を停止せず通過
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『表示名』
「ガタになってるぞ」
『よし』
レンは装備を最小にした。水パック一本。補修テープ。短い固定具。低段差対応板は置いていく。あれを積めば重い。重ければ沈む。今回必要なのは足場ではなく、軽さと速度だった。
ノアが最後に確認を出す。
[FIELD ACTION]
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目的:E-04外縁走行帯の実走確認
経由:E-03/浅い沈降帯/B-2基部
突破対象:外縁走行帯
到達目標:E-04側面低地
優先:通過後の地図更新
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「内部には入らない」
『はい。今回は側面低地への到達が目的です』
「抜けた先で止まる」
『はい。走行帯の途中では止まりません』
「そういう制限なら分かる」
E-03までは、いつもの外出だった。
だが、空気が違った。補給ケースの確認も、充電ステーションの接続も、地形監視塔の短時間照射も、全部が通過点になっている。浅い沈降帯も、もう目的地ではない。E-03の北側に横たわる灰色の面を、登録済みの線で抜ける。
ガタの左右カバーは沈降帯でも効いた。
車体の傾きが小さい。旋回は重いが、今日は細かく曲がらない。ノアの誘導で、硬化部をつなぐように進む。レンはガタの少し前を歩くのではなく、横に近い位置を取った。先導ではない。並走に近い。
沈降帯を抜けると、B-2の傾いた柱が見えた。
壊れかけた観測柱ではなく、外へ走らせるための目。B-2の下部中継がなければ、外縁走行帯はただの崩落物にしか見えなかった。
[B-2 PASSAGE]
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下部中継:停止
応答待ち:保持
未分類反応:変化なし
外縁走行帯:誘導線保持
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「今日は礼だけ言って通過だな」
『B-2には音声入力系統がありません』
「気分だよ」
『記録しますか』
「しなくていい」
B-2を抜けると、地面の色が変わる。
銀灰色の崩落物帯。
昨日まで低段差だと思っていた場所が、今日は斜面に見えた。外装材が薄く重なり、配管が砂の中から斜めに出ている。支持フレームは倒れたまま、外周方向へ連続していた。足で行けば引っかかる。だが、車輪なら線になる。
ノアの誘導線が、視界の端に重なった。
[OUTER RUN LANE]
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進入角:右三度
速度:維持
停止:不可
補正:ノア制御
ガタ車輪:主走行
レン:左側後方保持
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「レン、左側後方?」
『ガタを先行させます』
「俺が後ろか」
『徒歩で先行する地形ではありません』
『本機が先です』
「言うようになったな」
『走行帯です』
ガタが前へ出た。
低い車体が、銀灰色の帯へ入る。最初の金属片を踏んだ瞬間、乾いた音が走った。板が鳴り、砂が跳ねる。車輪カバーが外装材を押さえ、二枚の輪が斜面に乗る。
止まらない。
ガタはそのまま進んだ。
ノアの補正表示が細かく点滅する。右三度。左一度。速度維持。荷重分散。支持フレーム上へ。配管を避ける。外装材の重なりを越える。
レンは後ろから追った。
走るほどではない。だが、歩くより速い。足場を一つずつ探している余裕はない。ガタが押さえた板の端を踏み、次の硬い場所へ移る。砂が滑る。金属片が鳴る。前方でガタの車輪が連続して音を刻む。
遅い探索ではない。
外へ抜ける動きだった。
『速度維持』
「分かってる」
『レン、左へ』
「見えてる」
『ガタ、右補正』
『補正中です』
銀灰色の帯が、E-04遮断点の側面へ向かって伸びている。
正面から見た遮断点は壁だった。だが、横から回ると違う。壁の根元が崩れ、外装材の流れが外周へ逃げている。そこに車輪の通る幅がある。細い。荒い。だが、ある。
ガタが一つ大きな金属片を越えた。
車体が跳ねる。
固定バンドが鳴る。
レンの足元でも、外装材が沈んだ。
「ガタ」
『走行継続』
『傾斜許容範囲』
「ノア」
『止まらないでください』
「分かってる」
レンは足を止めなかった。
ガタの車輪が金属片を噛み、外装材の流れを押さえる。その後ろをレンが抜ける。沈む前に次へ移る。細かい確認はしない。ログはノアが取る。判断はあとでいい。今は、帯の上に乗っている。
[OUTER RUN STATUS]
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走行帯:継続
ガタ車輪負荷:高/許容範囲
レン生体ログ:上昇
停止推奨:なし
側面低地:接近
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「停止推奨なし」
『はい。抜けます』
「いいね」
レンは笑った。
短く、本当に笑った。
前方の灰色が切れる。外装材の帯が終わり、砂の低地が広がった。E-04遮断点の側面だ。正面からは見えなかった場所。壁の横腹。崩落した構造物の裏側。遠くに、E-04の別の外壁線が続いている。
ガタが走行帯を抜けた。
車輪が砂を噛み、側面低地で止まる。
レンもその横に出た。
一拍遅れて、ノアの表示が開く。
[E-04 SIDE LOWLAND]
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到達:成功
経路:E-04外縁走行帯
B-2誘導線:有効
ガタ車輪カバー:有効
正面遮断:迂回
外縁地図:拡張
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「抜けた」
『はい。E-04遮断点の側面低地へ到達しました』
『正面遮断を迂回しています』
『車輪カバー二枚は有効です』
「分かった。今日は全部認める」
ガタの車輪が、かなり得意げに鳴った。
レンはE-04の側面を見上げた。
正面から見た灰色の壁とは違う。ここには隙間がある。折れた外装の裏、沈んだ配管、斜めに落ちた支持フレーム。E-04はまだ閉じている。だが、閉じ方が見えた。閉じているものの横へ回り込めた。
B-2は背後で小さくなっていた。
E-03はさらに遠い。
基地はもう見えない。
レンは腕端末を上げた。
[OUTER MAP EXPANSION]
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E-03:外部仮拠点
B-2:外縁誘導点
E-04外縁走行帯:突破
E-04側面低地:到達
次候補:側面外壁線/外周配管群
未分類反応:変化なし
――――――――――
未分類反応は静かだった。
MIOの名前も出ていない。
レンは表示を閉じ、目の前の外周配管群を見た。太い管が何本も砂に半分沈み、遠くの別構造物へ向かっている。E-04だけで終わっていない。外縁は、まだ奥へ伸びていた。
「ここ、次の起点にできるか」
『短時間滞在なら可能です』
「名前は」
『E-04側面低地』
「そのままだな」
『分かりやすいです』
[NEW WAYPOINT]
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名称:E-04側面低地
種別:外縁到達点
状態:短時間滞在可能
接続候補:外周配管群
次回目的:側面外壁線の確認
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ノアの復路表示が、銀灰色の帯の上に重なった。さっき抜けてきた線が、そのまま帰りの線になる。ガタが先に角度を合わせ、レンはE-04側面低地の端に立って、外周配管群をもう一度見た。
配管群の向こうに、低い影がいくつも並んでいる。支柱か、別の観測点か、外壁の残骸か。まだ名前はない。だが、地図の余白ではなくなった。
「帰るぞ」
『はい。復路誘導を開始します』
『外縁走行帯、再進入角を表示します』
ガタが銀灰色の帯へ戻る。車輪カバーが外装材を押さえ、乾いた音が連続した。レンもその後ろへ入った。来た時より、足の置き場所が分かる。風が砂を流し、E-04の側面が少しずつ背後へ下がっていく。
B-2の傾いた柱が遠くに見えてくる。
E-03は、そのさらに奥だ。
帰りの走行帯を抜けたあと、レンは腕端末の地図をもう一度開いた。白い線は、E-03からB-2で止まっていない。E-04の横腹へ回り込み、側面低地まで伸びている。
線が伸びた分だけ、画面の端に新しい空白が生まれていた。
レンはその空白を見て、息を短く吐いた。
「次は、外周配管群だな」
『はい』
『Cブロック到達目標を更新します』
[C BLOCK SF RESULT]
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E-03:外部仮拠点化
浅い沈降帯:通過線確立
B-2:下部中継起動/外縁誘導点化
E-04外縁走行帯:突破
E-04側面低地:到達
次接続候補:外周配管群
未分類反応:保留維持
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ガタが画面を見上げた。
『車輪カバー二枚』
「はいはい。Cブロックの功労装備だ」
『記録します』
「しろ」
レンは笑って、地図を保存した。
E-04正面遮断は、まだ破れていない。
それでも、もう正面だけを見てはいなかった。
外縁に、走れる帯がある。
その先に、次の構造物がある。
E-04側面低地から伸びる配管群は、細い影を連ねたまま、地図の外へ続いていた。
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