第134話 低段差を越える方法
崩落物帯の手前まで来たことで、E-04-Bはただの線ではなくなった。
だが、線はそこで止まっている。
中央卓に映ったE-04-Bの末端には、昨日レンが結びつけた補修テープの目印が表示されていた。白い線の先、崩落物帯の端。低段差。金属片の重なり。徒歩は条件付き。車輪は補助装備推奨。そこから先は灰色のままだ。
[E-04-B FIELD LIMIT]
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到達点:崩落物帯手前
物理目印:設置済
低段差:未通過
金属片堆積:多
車輪通過:未確定
次課題:低段差通過方法
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「低段差、か」
『はい。高さそのものは小さいですが、段差下の金属片堆積が問題です』
「足なら選べる。ガタは引っかかる」
『その可能性が高いです』
『車輪カバー二枚』
「もう装着済み前提で話してるだろ」
『はい』
ガタは整備室側で、車輪カバーを並べていた。二枚。予備固定バンド。薄い補修板。小さな滑り止め材。いつの間にか、崩落物帯用の小さな山ができている。
「増えてる」
『必要です』
「誰が許可した」
『推奨装備です』
「許可じゃないな」
『必要になる前に揃えるのが準備です』
レンは言い返しかけて、やめた。
間違ってはいない。崩落物帯の低段差は、勢いで越える場所ではない。そこで車輪が引っかかれば、ガタだけでなく、荷物も接続線も止まる。戻るにも危ない。先に方法を作る必要がある。
ノアが、B-2で取った区間4の側面データと、昨日の実地到達ログを重ねた。
[LOW STEP ANALYSIS]
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段差高:低
段差下:金属片堆積
硬化部:断続
推奨:仮踏み板/固定バンド補助
徒歩:先行確認
車輪:低速直進
禁止:斜め進入
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「仮踏み板」
『はい。低段差下の金属片を一時的に押さえるための板です』
「橋じゃなくて、踏み板か」
『橋と呼ぶには短く、強度も不足しています』
「正直だな」
『必要です』
レンは整備室へ行き、使えそうな板を探した。軽いものはだめだ。風で動く。薄すぎると曲がる。厚すぎると運べない。基地に残っていた外装材の一部を切り出せば、短い踏み板にはなる。端は歪んでいるが、固定バンドで押さえれば何とか使える。
ガタが横からアームを伸ばした。
『これです』
「重い」
『重い方が安定します』
「持つの俺だぞ」
『本機も運搬します』
「本機、段差で引っかかる側だろ」
『そのための板です』
確かにそうだった。
レンは外装材を床に置き、補修板と合わせる。長さは足りる。幅はぎりぎり。ガタの車輪幅を考えると、まっすぐ入らなければ落ちる。斜め進入禁止の理由が、見ただけで分かった。
「これ、置く時点で危ないな」
『はい。徒歩で先行し、低段差下に設置する必要があります』
「俺が先に降りる」
『レンの足場も不安定です』
「ガタが先に行けないなら、俺だろ」
『その判断は妥当ですが、補助線が必要です』
ノアが、固定バンドの使い方を出す。
[TEMP BOARD PROCEDURE]
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一:徒歩で低段差手前まで接近
二:硬化部を確認
三:仮踏み板を段差下へ置く
四:固定バンドで金属片に仮固定
五:ガタは低速直進
六:通過後、板を回収または残置判断
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「残置もありか」
『はい。復路で必要になる可能性があります』
「残しておくと、風で動く」
『固定できなければ回収してください』
「固定できたら?」
『復路まで保持する選択肢があります』
「その場判断だな」
『はい』
レンは踏み板の端を持ち上げた。
重い。
持てないほどではないが、沈降帯を越えてB-2を抜け、その先まで持っていくには邪魔だ。ガタの後部ラックに載せる必要がある。だが、重心が上がると沈降帯で不安定になる。
ガタが先に言った。
『後部ラック中央に固定します』
「横に出すなよ」
『車幅は増やしません』
「本当だな」
『車輪カバー二枚により、すでに車幅は増えています』
「そういうことじゃない」
ノアが荷重計算を出す。
[LOAD BALANCE CHECK]
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仮踏み板:搭載可能
後部ラック:中央固定推奨
固定バンド:二本使用
沈降帯通過:低速限定
崩落物帯:設置後通過
総合評価:実行可能
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「実行可能」
『はい。ただし、余裕は小さいです』
「いつも小さいな」
『外縁では通常です』
「通常が嫌だ」
レンは踏み板をガタの後部ラックへ載せた。固定バンドを二本使い、左右の揺れを抑える。ガタが車輪を少し動かして、荷重のかかり方を確認した。金属の小さな音が鳴る。
『許容範囲です』
「本当か」
『許容範囲です』
「快適とは言ってないな」
『快適ではありません』
「正直でよろしい」
準備はできた。
だが、すぐ出るには遅い時間だった。沈降帯を越え、B-2を抜け、崩落物帯手前まで行って戻るには、日が足りない。行けなくはない。だが、急ぐ理由はない。むしろ急ぐと、踏み板の実験が雑になる。
レンは中央卓へ戻り、今日の行動を準備登録に切り替えた。
[ACTION UPDATE]
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本日:低段差通過準備
仮踏み板:作成
搭載方法:確認
固定手順:登録
実地確認:翌行動候補
未分類反応:変化なし
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「今日は出ない」
『妥当です』
『装備の再確認を推奨します』
「する」
『睡眠も』
「する」
『本当に』
「するって」
ガタが整備室側から言った。
『踏み板の名前は』
「いらない」
『識別名が必要です』
「仮踏み板でいいだろ」
『正式性に欠けます』
「仮なんだから欠けてていい」
『低段差対応板』
「急に事務的だな」
『機能名です』
「じゃあ、それで」
ノアがすぐに登録した。
[EQUIPMENT REGISTER]
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名称:低段差対応板
用途:崩落物帯端部の一時足場
搭載:ガタ後部ラック
固定:固定バンド二本
状態:仮運用
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「仮運用」
『はい。現地で有効性を確認します』
「だめなら戻る」
『はい』
『だめでも回収します』
「ガタ、そこ大事か」
『装備です』
「そうだな」
レンは整備室の床に落ちた金属粉を払い、踏み板の端をもう一度確認した。鋭くめくれている部分に補修テープを巻く。手袋に引っかからない程度でいい。きれいに仕上げる必要はない。現場で一回使えれば、それで十分だ。
単純な準備だ。
派手な反応はない。
MIOの名前も出ない。
B-2応答待ちも、今日は沈黙している。
それでも、E-04-Bは少しだけ現実に近づいた。線を引くだけではなく、低段差を越えるための物を作った。足場がなければ、足場を持っていく。ずいぶん雑な解決だが、今のレンたちにはそれが合っている。
ノアが中央卓に、E-04-Bの次行動を表示した。
[NEXT FIELD ACTION]
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目的:低段差対応板の現地設置
到達:崩落物帯手前
確認:徒歩足場/車輪直進可否
禁止:E-04内部接近
撤退条件:板固定不可/車輪傾斜過大/通信低下
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「禁止、また入ってる」
『必要です』
「分かってる」
『現地で線が見えると、進みたくなる可能性があります』
「……否定しない」
『では、必要です』
レンは中央卓を閉じた。
明日は、低段差の手前まで行く。
踏み板を置く。
ガタを通す。
そこまでだ。
E-04の内部へは近づかない。MIOログも開かない。B-2応答待ちも触らない。開けないものばかり増えているが、今はそれでいい。
開けない代わりに、踏む場所を作る。
レンは整備室の灯りを落とした。
暗くなる直前、ガタの後部ラックに固定された低段差対応板が鈍く光った。頼りない板だ。名前も仮だ。だが、灰色の線の先へ進むための、次の道具だった。
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