第133話 崩落物帯の手前
E-04-Bは、地図上では細い白線だった。
中央卓に表示すると、それは頼りないくらい簡単に見える。E-03から浅い沈降帯を越え、B-2を経由し、E-04遮断点の側面低地へ入る。線だけなら、一息でたどれる。けれど、レンの足首には沈降帯の重さが残っているし、B-2の接続口は毎回砂をかぶる。崩落物帯の端も、実際には金属片と低段差の重なりだ。
線になったからといって、道になったわけではない。
レンはそのことを、中央卓の前で確認してから出発した。
[E-04-B FIELD CHECK]
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目的:仮ルート実地確認
到達目標:崩落物帯手前
経由:E-03/浅い沈降帯/B-2基部
装備:車輪カバー二枚/固定バンド/補修テープ
禁止:E-04内部接近
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「禁止が入ってる」
『必要です』
「今日は手前までだって分かってる」
『分かっていても、現地で進みたくなる可能性があります』
「信用がない」
『実績があります』
「嫌な実績だな」
ガタは車輪カバーを二枚装着していた。
ついに認めた形になっている。片側だけの時より見た目の違和感は少ない。かわりに、車幅が少し広がり、狭い場所では旋回に気を使う必要がある。ガタは満足そうだったが、満足していると言われると否定するので、レンは言わなかった。
『車輪カバー二枚、正常』
「はいはい」
『推奨装備です』
「分かってる」
『記録上も』
「分かってるって」
E-03まではいつも通り。補給ケース、充電ステーション、地形監視塔の表示を確認する。水パックの残量だけ見て、今回はそこで長く止まらなかった。浅い沈降帯の通過線も、何度目かになると体が先に警戒する。慣れたわけではない。むしろ、沈む場所が分かる分だけ足が硬くなる。
ガタの二枚カバーは、沈降帯では有効だった。
左右の沈み込みが近い。片側だけ深く沈むことが減り、車体の傾きも小さい。旋回は少し重いが、直進は安定している。
[WHEEL COVER CHECK]
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装着:左右二枚
沈降帯沈下:小〜中
車体傾斜:低下
旋回負荷:上昇
評価:崩落物帯前確認に有効
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「有効だって」
『はい』
「嬉しそうにするな」
『評価を受け入れています』
「それを嬉しそうって言うんだよ」
B-2の基部を横に抜ける。
今日は再起動しない。端末周りに薄く砂が積もっていたが、レンは手を出さなかった。B-2応答待ちも、未分類反応も、ログの奥に置いてある。寄れば気になる。だから寄らない。
ノアの表示が短く出る。
[B-2 PASSAGE]
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下部中継:停止
応答待ち:保持
未分類反応:変化なし
E-04-B:進行可能
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「通過」
『はい。B-2作業は行いません』
「今日は線を見る」
『はい』
B-2の先は、これまでより地面の色が変わっていた。沈降帯の灰色とは違う。金属の粉が混じったような、鈍い銀灰色。小さな外装片が砂に刺さり、ところどころで薄い板がめくれている。E-04遮断点の崩落物帯が近い。
レンは速度を落とした。
ガタも自然に遅くなる。二枚カバーの車輪が金属片の上を踏むと、かすれた音がした。砂ではなく、薄い板をこする音だ。
「ここから先、嫌な感じだな」
『崩落物帯端部です。足元に注意してください』
『車輪にも注意が必要です』
「ガタ、自分の心配か」
『全体の心配です』
「便利だな、全体」
地図上のE-04-B区間4に入る前、ノアが停止を出した。
[E-04-B EDGE]
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位置:崩落物帯手前
硬化部:断続
低段差:前方
金属片:多
本日推奨:手前確認まで
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「ここまでか」
『本日条件では、ここまでです』
「もう少し見える」
『見えることと、踏むことは別です』
「正論」
『必要です』
レンはしゃがんだ。
目の前の低段差は、地図で見るより厄介だった。高さは膝より低い。だが、段差の下に金属片が重なっている。踏めば沈むか、滑るか、ずれるか。どれもありそうだ。硬い場所はある。白い表示も出ている。けれど、続いていない。
ガタが横に並ぼうとして、車輪を止めた。
『車幅が足りません』
「二枚カバーの弱点だな」
『外しますか』
「ここでは外さない」
『では、これ以上前進できません』
「今日はそれでいい」
ガタが黙った。
珍しく、反論しなかった。
レンは低段差の手前で、補修テープの切れ端を取り出した。目印として使うだけだ。地面には貼れない。風で飛ぶ。だから、金属片の穴に短く結びつける。白い線ではない。派手でもない。ただ、次に来た時、ここが今日の到達点だと分かる。
『目印登録します』
「物理目印も置く」
『冗長ですが、有効です』
「冗長って言うな」
『有効です』
レンは立ち上がり、E-04の方角を見た。
遮断点の本体は、ここからでも一部見える。灰色の壁のような影。正面から見た時より近い。近いが、まだ遠い。崩落物帯を越えなければ、側面低地には入れない。
だが、手前までは来た。
E-03、沈降帯、B-2、崩落物帯手前。
線の上を、実際に踏んだ。
[E-04-B FIELD RESULT]
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E-04-B:崩落物帯手前まで実地確認
徒歩:到達可能
車輪:二枚カバーで到達可能
崩落物帯:未踏
次条件:低段差通過方法の検討
未分類反応:なし
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「反応なし」
『はい。未分類反応は検出されていません』
「今日は静かだな」
『外縁としては、静かではありません』
「まあな」
足元には金属片があり、前方には低段差がある。B-2は後ろで傾いている。沈降帯を帰らなければならない。静か、という言葉はたぶん合っていない。
でも、胸の奥は静かだった。
MIOの名前は出ない。
未分類の光も揺れない。
その分だけ、現実の地面がよく見える。
レンはそれを悪くないと思った。
「戻る」
『了解。復路誘導を開始します』
『車輪カバー二枚は復路でも有効です』
「今日は認める」
『記録します』
「今日だけな」
『今日の記録として保持します』
帰り道、B-2の横を通る時、レンは端末の方を見なかった。
見なかったが、そこにあることは分かっている。応答待ち。未分類反応。MIOの保留ログ。開けないものが、いくつも後ろにある。
それでも、今日は崩落物帯の手前まで来た。
開かないことで、進めた場所がある。
その事実を、レンは足の裏に残しておくことにした。
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